第15話 激戦 1
視界に映る無数のバケモノ。
円を描くように広がり、じりじりと3人に迫る。
絶体絶命、そんな言葉がぴったりな状況。
「1度校舎に戻るぞ」
康介は2人に言う。その表情は、まだ希望を捨てていなかった。
「はいよ!」
「わかったわ」
翔太と氷上もまた、希望は捨てていなかった。
「俺が道を作る。そうしたら全力で走るぞ」
康介はそう言うと、手を横に伸ばし、放電し始める。
それは幾重にも束ねられ、極太の稲妻に変わる。
「行くぞ!」
その稲妻は掛け声と同時に打ち出される。
直線上のバケモノを一掃する、激しい稲妻の奔流。
3人は開けた開けた道を走りだす。
バケモノは、その空いた空間を埋めるように殺到していく。
翔太が強力な追い風を吹かせて、走るスピードを吊り上げる。
氷上がバケモノの立つ地面を凍らせ、攪乱する。
動きの鈍くなったバケモノ目掛け、康介が雷撃を放つ。
完璧な連携。
それでも攻撃をくぐり抜けてくるバケモノ。
圧倒な数の暴力。
康介が作り出した道は、既になくなり掛けていた。
しかし校舎まではあと少し。
その時、3人の眼前に見覚えのあるバケモノが回り込んできた。
ライオンに似ていて、硬い外皮を持つ――そう、以前襲われたバケモノ。
「くそっ!」
翔太は思わず毒づく。
あのバケモノに生半可な攻撃は効かない。しかし威力の高い攻撃を放つ暇はない。
康介なら――
そう思い翔太は振り返る。
だが、頼みの綱の康介は、後方での対応に追われて手が離せない。
翔太は覚悟を決める。
「うぉぉぉぉぉ!」
激しく渦巻く風を腕に纏い殴りつけた。
やはり、と言うべきか効果は薄く、バケモノは爪で切り裂こうとしてくる。
それを即座にバックステップで躱し、風の刃を飛ばして切り裂こうとするが、文字通り刃が立たない。
――どうすれば……
そんな時、康介の声が響いた。
「翔太!持ってるソレは飾りか!?」
その言葉に、ハッとする。
持ってる物、それは康介に渡された刀。今まで、戦いに集中する余りに失念していた。
翔太は巻きつけてある布を外して刀を抜き構えると、上段がら勢い良く振り下ろす。
放たれたのは、今までとは比べ物にならないほど巨大な風の刃。それはバケモノに突き進み、傷を負わせた。
普通のバケモノだったら、それで両断出来ただろう。しかし今対峙しているのには、硬い外皮に威力を削がれ、倒すには至らなかった。
だが、今はそれで充分。
バケモノが怯んだ、それだけでいいのだ。
「今だ!」
翔太が言うと、康介と氷上は一気にスピードを上げて、そのバケモノを突破する。
そして、そのまま3人は校舎内に駆け込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
佐藤は、結界の外で唇を噛み締めていた。
その視界の先には、取り残された友人の姿がある。そう、康介、翔太、氷上の3人だ。
3人はバケモノに囲まれながらも、必死に戦っている。
「私は……なにを……」
泣きそうな表情を浮かべる。
この結界を張っているのは佐藤だ。バケモノを閉じ込め、市街地に出さないように張った結界。
しかし、それは康介達3人までもを、閉じ込めてしまっている。
その結界が、3人を窮地に追いやっていると言っても過言ではない。
佐藤は、そこからくる自責の念に駆られていた。
「軍は……軍は、まだ救援に来ないの!?」
佐藤が声を荒げて言う。
それを宥めるように折田が話し掛ける。
「瑞葉、落ち着きなよ。きっともうすぐ来るから」
「落ち着ける訳ないでしょ!?和田君達が取り残されてるのに、なんで翼は平気でいられるのよ!?」
折田の言葉に、佐藤は激昂したように叫ぶ。
「――ッ!平気な訳ないだろ!?けど、取り乱したって状況は良くならないんだよ!」
普段大人しい折田が怒鳴る。その拳は、血が滲むほど強く握り締められていた。
佐藤は、それを見ると黙りこんでしまう。
「大丈夫……。康介達なら大丈夫だ」
折田は自分に言い聞かすように呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「とりあえず、撒いたみたいだな」
康介達は、職員室にいた。
校舎内に逃げ込み、中まで追って来たバケモノを振り切って行き着いたのだ。
一息ついた翔太と康介は話し始める。
「しつこく追って来たな。まるでストーカーだぜ」
「あんなアグレッシブなストーカーは、遠慮願いたい」
「確かに。俺もストーカーとの捕まったら最後の鬼ごっこは嫌だ」
「な、なんでっ、2人は、そんなにっ、元気なのよ?」
そんな2人に、氷上が息を切らしながら話し掛ける。
「氷上は氷の壁を作ったりとか1番頑張ってくれたからな。疲れるのも無理ないだろ」
「少しここで休もうぜ」
康介が言うと、翔太が氷上を気遣うように提案する。
それに康介は頷く。
「そうだな。けど余り長くは留まれないぞ」
「なんでだ?」
「俺達には、バケモノの返り血が付いてる。匂いでここを辿られるかもしれないからな」
その言葉に、翔太はガックリとうなだれる。
「ねえ、ごめんね。私のせいで……」
荒かった呼吸が収まった氷上が、不意にそんな事を口にする。
その言葉に、康介と翔太は、なんの事だかわからないといった風に首を傾げる。
「私が油断しなければ……ちゃんと反応出来てれば取り残される事はなかったから――」
ごめんなさい、と頭を下げる。
「あれはしょうがないよ」
翔太は落ち込む氷上の肩を軽く叩きながら慰めだす。
「あの瞬間は、皆が油断していた。氷上が悪い訳じゃないさ」
だから気にするな、といった風に康介も言う。
「ええ、ありがとう」
2人の言葉にそう答えるが、氷上の表情はくらいままだ。
そんな様子の氷上に、康介は苦笑する。
「まったく……。
俺達は助け合って行くんだろ?だから氷上のミスは気にしないし、フォローするさ。
そのかわり、俺がミスった時は氷上がフォローしてくれるんだろ?」
励ます為だけの言葉か、本心かはわからない。しかし氷上はその言葉で表情を明るくする。
「そうよね……うん!」
氷上は、気が晴れた訳ではない。康介の言葉が嬉しかっただけ。ただそれだけだが、頑張ろうという気になれたのだ。
話しが纏まった所で、翔太が口を開く。
「これからどうする?」
「お前……、少しは自分で考えろよ」
「難しい事は苦手だ!何も考えずに突っ込むのが俺の仕事、指示を出すのが康介の仕事だろ?」
「お前な……」
何故か胸を張って言い切った翔太に、康介は呆れ果てた顔をするが、すぐに真面目な顔に戻り、続けて言う。
「まあいい。氷上、銃は持ってるか?」
「ごめん……教室」
氷上は申し訳なさそうに目を伏せる。
「だったら、まずそれを取りに行こう。武器は有るに越したことはない」
「すぐに動くのか?」
「いや、もうしばらくは休憩だ。休める時に休んだ方がいい」
そう言って康介は立ち上がると、室内にある水道でコップに水を汲み、それを2人に渡す。
「飲んどいた方がいいぞ。休めるのは、これが最後かもしれないからな」
「サンキュ!」
「ありがとう」
2人は、一気に水を飲み干す。すると氷上が呟いた。
「もう少し、この平穏が続くと良いわね」
「……そう上手くは行かないみたいだ。バケモノが近づいて来てる」
康介はため息をつく。
「なんでわかるんだ?」
「さっきから微弱な電気を飛ばして辺りを探ってたんだ。
鉢合わせる前に行くぞ」
「ええ」
「はいよ」
そう話すと3人は職員室を出て移動を始めた。
「雷の能力って、便利だな」
翔太が呟く。
3人は、康介の能力でバケモノを察知して、見つからないようにのらりくらりと避けながら移動を続けて、遠回りはしたが教室についた。
氷上は自分の席で銃を取り出している所だ。
「否定はしない。けど、どんな能力も使い方次第だ」
「確かに俺も風の流れで同じ事を出来なくはないけど……広範囲は制御しきれないな」
康介の言葉に翔太は首を横に振りながら答える。
そこに、銃を手に持った氷上が近づいてくる。
「あったわ。それでこの後どうするの?」
「その事だが、少し――いや、かなり困った事になった」
康介が、険しい表情に変わった。
「どうしたんだ?」
「この教室、囲まれてる。まだそこまで数は多くないけどな」
――すぐに集まってくるだろう。そんな言い方をする。
それに氷上と翔太は顔を歪めた。
「今の内に突破するぞ」
康介がそう言うと、2人は気持ちを切り替えたように武器を構える。
扉を開けたその先には、廊下の右側に3体、左側に7体、合計10体のバケモノがいた。
「右だ」
康介の指示と同時に、翔太が真っ先に飛び出し、能力を付加した刀でバケモノを切り裂く。
その後ろから氷上は、氷の弾丸を打ち出して援護を始めた。
左側の相手は康介が。
巧みに電撃を操り、バケモノを抑える。
右側のバケモノはすぐに片付き、翔太が声を上げる。
「行くぞ!」
翔太と氷上は走り出す。
康介は後ろに電撃を飛ばしてバケモノを牽制しながら、2人に付いていく。
大きい攻撃をしないで、牽制程度に留めているのは、大きな音を立てて他のバケモノを気づかれるのを避ける為だ。
「翔太!上の階の渡り廊下から隣の校舎に移るぞ!
この校舎はバケモノが多い」
能力でバケモノの数を察知した康介が、先頭を走る翔太に伝える。
「わかった!」
翔太は返事をすると、階段を上り始めるが、その上から2体のバケモノが降りてくる。
翔太は刀を構え、すれ違いざまに1体を切り裂き、反す刃でもう1体も仕留めようとするが踏み込みが甘く、倒すには至らない。
そこに氷上がすかさず銃を連射して止めを刺すと、再び走り出す。
その後ろで康介は思わず舌打ちをしていた。
その理由はバケモノの数。次々と追って来る数が増えて来ている。
その先頭には、硬い外皮を持つ、あのバケモノがいる。康介の雷撃は弾かれ、余り効果が出ていない。
階段を抜けると、すぐに渡り廊下が見えてきた。
康介は叫ぶ。
「そこを渡り終えたら、全力で渡り廊下をぶっ壊すぞ!」
3人は勢い良く駆け抜けると反転し、それぞれがバケモノの手前の床を目掛けて攻撃を飛ばす。
翔太は風の斬撃。
氷上は特大の氷の弾丸。
康介は雷球。
それは同時に着弾すると、轟音を立てて、渡り廊下を破壊した。
崩れ落ちる渡り廊下。
バケモノ達は、瓦礫と共に落ちて行った。
「康介って意外と大胆だな」
それを見届けた後、翔太が呟いた。
続いて氷上が。
「こんな壊しちゃって大丈夫かしら?」
2人は康介を見る。
「お前らも共犯だろうが。それに非常事態だから仕方ないだろ」
康介は肩を竦めながらそう言うと、窓から校庭を見下ろす。
そして――固まった。
一筋の冷や汗が頬をつたう。
「どうしたんだ?」
「……見てみろ」
康介は不思議そうにしている2人にそう促すと、2人も視線を外に向ける。
「ははは……これはヤバいな」
「……笑い事じゃないわよ」
2人は引き攣った表情――いや、顔を歪ませた。
視線の先に広がる光景――それは、3人のいる校舎にバケモノが大挙してくる姿。
「さっきの崩壊音に吊られて来たみたいだな」
「冷静に分析してる場合じゃないと思うのだけど?」
「ああ。自分で言って思ったよ」
康介と氷上がそう話すと、3人のいる廊下の先の方に、1体のバケモノがその姿を現した。
いや、1体ではなかった。それを先頭にバケモノの波のように押し寄せてくる。
その状況に康介は、思わず声を張り上げる。
「逃げろ!」
「どこに!?」
翔太は後ろを見て焦ったように言う。
渡り廊下を破壊してしまった為に、退路がないのだ。
「階段!上よ!」
そう大声で言う氷上が指折す先には、階段があった。
3人は1度顔を見合わせると走り出し、階段を駆け上がる。
3人がいたのは最上階。行き着く先は屋上だった。
扉を蹴破り、3人は屋上に出ると、すかさず氷上が入口を氷で塞いだ。
「ここからどうするよ?」
「助けを期待でもしてみる?」
「そんな都合良くは来ないだろ」
翔太の問い掛けに、氷上は口元だけ笑わせながら答え、それに康介は即答した。
「じゃあ、いっちょ戦うか」
「こんな狭い屋上じゃ、まともに戦えないわよ」
「そうだな……。広い場所ならまだしも、ここじゃ――」
康介が言いかけて、何か思いついたように止まる。
翔太と氷上も同じ事を思いたのか、3人は顔を見合わせ、1拍置いた後に全員がある場所を見た。
そこは――校庭だ。
「飛び降りるか」
康介が呟く。
「ここは屋上――4階よ?」
「着地は翔太がなんとかしてくれるさ」
「なんとかするしかないんだろ?任せとけ」
会話をしている間に、入口を塞いでいる氷に亀裂が入り出す。
「時間がない。跳ぶぞ」
康介が言うと、翔太と氷上は頷き、3人で屋上の淵に向かって走りだした。
それと同時にバケモノが氷を破り、屋上に雪崩込む。
「翔太君、頼むわよ」
「しっかりな」
「任せとけ!」
そう話しをすると、3人は飛び降りた。
重力に従い落下していく。
普通なら、そのまま地面に直撃して赤い血の花を咲かせるだろう。
しかし翔太は風の能力者。
「渦巻き!巻き上げろ!」
その言葉と共に、落下地点に竜巻が発生し、地面にぶつかる直前で3人をフワッと宙に浮かせる。
それにより3人は無事に着地に成功した。
着地した場所は、助走をつけて跳んだ為、校庭だ。
3人は屋上を見上げる。
すると、バケモノも追うように飛び降りて来ていた。
しかも、しっかりと着地している。
「どんな運動能力してるんだよ……」
次々と着地し、迫ってくるバケモノに、流石の康介も驚いている。
「校庭じゃ逃げ場はないわね」
「戦うしかないみたいだな」
氷上と翔太がそう言うと、康介は2人に向き直る。
「絶対に死ぬなよ」
康介のその言葉に、氷上と翔太は笑みを浮かべる。
「ええ。もちろんよ」
「康介もな!」
自信――氷上と翔太の表情は自信に満ち溢れていた。
戦い抜くと、生き残ると、そんな強い意思が伝わってくる。
そんな2人に康介は笑みを浮かべ、拳を前に突き出す。
すると氷上と翔太は、その意図を理解したのか、同じように拳を突き出す。
3人は自分達の中央で拳をぶつけ合う。
「さあ、始めよう――生きる為の戦いを」
康介のその言葉を合図に、3人は動きだした。