第12話 踏み出す1歩
何故だろう。
康介は、寝起きではっきりとしない頭をフル回転させる。
ソファーで寝ていたはず。なのに今は布団の上にいる。
そしてその隣には氷上が寝ていた。隣といっても、同じ布団ではなく、床の上だが。
「……なんでコイツがここにいるんだ」
体を起こす。
「おい、起きろ!」
言いながら氷上の頭をバシバシと叩きだす。
すると氷上が見をよじりながらうっすらと瞼を開く。
「ん……。康介、君?」
氷上は目を擦りながら起き上がる。
「ああ」
「目が覚めたのね!」
康介が答えた瞬間、そう言いながら飛びついた。その勢いで、康介の身体は再び布団に沈んだ。
そんな事お構いなしに氷上は続ける。
「心配したのよ!?」
気のせいかも知れないが、その瞳には、涙が浮かんでいるように見える。
「ッ!?
あ、ああ。悪かった」
康介は涙を浮かべる氷上の姿に動揺し、とりあえず謝る。
氷上に聞きたい事はいろいろとあるはずなのだが、涙を浮かべる氷上――もとい、美少女の破壊力はとてつもない。
頭の中ではいろいろな思考が飛び交い、パニックを起こしていた。
なんとか落ち着きを取り戻して、氷上の事を意識しないように視線を外す。
「と、とりあえず、どいてくれ」
「え?」
キョトンとした顔で、今の状況を確認するように、自分と康介を交互に見る。
そして顔を真っ赤に染めて、凍りついたように固まる。
氷上は、康介に覆いかぶさるように布団の上に倒れ込んでいた。必然的に2人はかなり密着している。
「ごっ、ごめん!」
我に戻った氷上が慌てて離れようとする。
と、その時、部屋のドアがガチャリと開いた。
「康介の具合はどう……」
入って来たのは買物袋を手に下げた翔太だった。
目に映った光景に、翔太は言い掛けた言葉を途中で止めてフリーズする。
その視線の先には、言わずもがな密着している康介と氷上。その光景は、端から見たら、氷上が康介を押し倒してるように見える。
唖然として固まる翔太。
同様に康介と氷上も固まっていた。
「その……、ごめん。間が悪かったよな。出直してくる」
完璧に誤解をした翔太は、踵を返して部屋を出ようと歩き出す。
「待て待て待て。お前は何か誤解してる!」
康介は焦って翔太を引き止める。
「ごまかさなくてもいいぜ。わかってる、わかってるから。俺は邪魔なんて野暮な事はしないから、ごゆっくりどうぞ」
「何もわかってないじゃない!誤解よ!」
ニヤニヤしている翔太に、氷上が立ち上がって声を張り上げた。
しかし誤解が解ける様子はない。
「美男美女、絵になるな。けど氷上が康介を手籠めにするとは意外だった。まぁ康介も、満更でもなさそうだったし」
翔太がそう言った瞬間、部屋の中にパチパチと音を立てて、電気が走る。
発生源はもちろん康介。ユラリと立ち上がり、翔太に近づいていく。
康介の表情に変わりはない。しかし雰囲気でわかる。怒っていると。
「なあ、翔太」
「な、なんだ?」
「人の話しは聞いた方が利口だと思わないか?」
そう言うと、放出される電気が更に強まる。
「悪かった!聞く!ちゃんと聞くから電撃は止めてくれ!」
「最初からそうすればいいんだ」
必死に謝る翔太に康介は言うと、電気の放出を止める。
康介が誤解を解く為に、あの状況に至った経緯を説明すると、翔太は納得したように頷きながら言う。
「そういう事だったんだ」
「ああ。
それで、2人はなんでここにいるんだ?」
誤解が解け、康介がようやく本題に入る。
「康介君が急に学校を休むから、気になって翔太君と見に来たのよ。そうしたら康介君がソファーに血だらけで倒れてるじゃない。だから慌てて手当てして今まで付き添ってたのよ」
「康介、お前3日も眠ってたんだぞ?」
「3日も……。
そうか、面倒掛けたみたいだな。ありがとう」
康介は3日も眠っていた事に驚き、その間に介抱してくれていた2人に感謝する。
「気にすんな!で、誰にやられたんだ?」
翔太はスッと目を細める。
「黒ずくめの男……恐らく幻術の能力者だ。帰りに路地裏で急に襲われて戦闘になってな。後1歩で目的を聞き出せるって時に邪魔が入って逃げてきたんだ」
「路地裏……男……」
説明を聞いた氷上が、考え込み呟きだす。そこに翔太が何かに気づいたように話し掛ける。
「もしかして、アレか?」
「ええ、たぶんね」
そんな会話をしている2人を康介は首を傾げながら見ている。
「なんの話しだ?」
「そっか、康介君は知らないわよね。あの次の日のニュースで、路地裏で男の死体が見つかったって言ってたのよ」
「……あの男は捨て駒だったのか」
康介は少し考えた後に、そう呟いた。
「なあ、康介。その男はトロイの関係者なのか?」
「どうだか。ただ、あの男は何らかの組織の構成員だろうな。任務に失敗したから消されたんだろ。推測だけどな」
「けど、組織だとしたらやっぱりトロイじゃない?」
そう言って氷上は康介に問い掛ける。
「それが1番怪しいのは確かだな」
康介は、ため息をつきながら答える。
無言。
重い空気が部屋を漂う。
3人は皆、苦々しい表情を浮かべている。
そんな中、不意に康介が口を開く。
「あいつらは――折田と佐藤は、俺のケガの事とかトロイの事とか知ってるのか?」
「あの2人は知らないわ。巻き込みたくないから何も話してないわよ」
「そうか。なあ、2人に頼みがある」
氷上の話しに頷いた後、康介は決心したように翔太と氷上を見る。
「金輪際、俺に近づくな」
「……どうして?」
「今ならまだ狙われてるのは俺だけだ。けど、俺に関わってると2人にも矛先が向くかもしれない。そうなったら、2人を護りきれない」
どこか悲しそうに、康介は話す。
しかし康介の想いとは裏腹な反応を翔太と氷上は見せる。
「それは無理な相談だな。康介が狙われてるんだ。放っておけるかよ!」
「私もよ。それに、護りきれないですって?なんで1人で背負おうとするのよ!?」
2人のその言葉に康介は黙り込む。
「俺達は、あれから能力の鍛練を続けていた。そりゃ、まだ始めてから日は浅いけど、ある程度は使いこなせるようになった」
翔太が言う。
「過信かもしれないけど、私達は康介君と肩を並べて戦えるくらい力をつけたわ。だから、康介君が私達を護るじゃない。3人で助け合うのよ」
氷上が続く。
2人は、想いを康介にぶつける。一緒に戦いたいと。
「それでも……俺は……」
康介はその想いを受け、ポツリポツリと話し出す。
「俺は、もう誰も失いたくないんだ」
その言葉に2人は驚いた顔をする。『もう誰も失いたくない』その言葉から、以前康介が誰かを失ったと気がついた。康介の抱える闇。その鱗片を感じとったのだ。
康介は続ける。
「俺は、誰も護れない。だから人との関わりを拒んだ。大切な物をつくらないように――それなのに」
今にも泣きそうな表情。
「それなのに!お前らは、俺の心にズカズカと踏み込んでくる!俺の決心を鈍らせる!」
触れれば壊れてしまいそうなくらい、脆い心の一面。
「どうすれば、いいんだ……」
最後にそう呟く。
康介は自分がわからなくなっていた。
これ以上、関わったらいけない――そう思っていたはず。命を狙われている自分と関わっていたら、2人にも危険が及ぶかもしれない。そう、命の危険が。
しかし、2人の言葉でそれは揺らいだ。
この2人と離れたくない、そんな事を思ってしまったのだ。一定の距離を置いていたにも関わらず、そう思ってしまった。
相反する2つの感情。
今の康介は、余りにも痛々しい。
氷上と翔太は、それをただ見ているしかなかった。容易く声を掛けれるものではない。自分達の行動が康介を苦しめていたのだから。
沈黙が続く。
どのくらいたっただろうか。康介が顔を上げる。
「なあ、2人は……。翔太と氷上は、こんな事に巻き込まれて、俺と関わった事を後悔してるか?」
「後悔?する訳ないだろ。友達だからな」
「私もしてないわ。友達だもの」
康介の問いに答えると、2人はニッと笑う。
「友達、か。そんな事言われたら、拒絶出来ないな」
康介は、フッと笑いながら呟き、続ける。
「ああ、そうか。お前らは、心に踏み込んでくるどころか、心に入り込んでいたんだな」
そう言う顔は、どこか清々しい。そして決意したように言う。
「今度は、護り抜いてみせる」
その言葉に、翔太と氷上は表情を明るくする。
「康介君、違うでしょ?」
「そうだぞ?康介だけが護るんじゃない。互いに護り合うんだ」
笑顔で言う。
「ああ。そうだったな」
自然と康介の顔も綻びる。
この時、初めて3人の心が通じ合った。
康介はまだ2人に伝えてない事はあるが、抱える物の一端を伝えた。
張りぼての関係ではあるが、確かに絆が産まれたのだ。
なんか違和感が……
もっと上手く話しを進められないものか……