第10話 望む力
窓から差し込む眩しい日差しに康介は、ハッとする。いつの間にか寝ていたようだ。
時計の針はまだ6時を回ったばかり、寝たといっても微睡んだ程度だろう。
康介は立ち上がり大きく伸びをすると、キッチンに移動して濃いめのコーヒーを入れる。
コーヒーを片手にリビングに戻ると、眠ってる氷上と翔太に視線を向けた。
「まだ起きないのか」
その表情は少し不安げに見える。
「……学校は休むしかないな」
2人目を覚まさないので仕方がないだろう。そして康介も疲れがとれておらず、強い倦怠感に襲われていた。
ドサッと椅子に腰掛け、テレビをつけ、朝のニュースを見る。
「昨日のことは……やってないか」
激く能力を行使して轟音が発せられてはいたが、バケモノは灰なってしまっていた。残っているのは地面の焦げ目くらいな為、音に気づいた人がいても、イタズラ程度にしか思わなかったのだろう。
テレビの音で氷上が目を覚ます。
「んぅ……ん、ここは……?」
目が覚めきってないのか、目を擦りながらボーッとしている。
「ようやく起きたか」
康介がまだウトウトとしている氷上に声を駆けると、氷上はびっくりしたように肩を上げて声を上擦らせる。
「こ、康介君!?」
「ああ」
「そっか、あのあと……気を失って……」
ポツリポツリと声を漏らす。ゆっくりと気を失う前のことを思いだしているようだ。
「思い出したか?」
「ええ、夢じゃなかったのね……、そうだ!翔太君は!?」
「そこで寝てる」
傷を負った翔太を思い出し、心配したように問い掛ける氷上に、視線をその隣にある布団に向けながら答えた。
そこには痛みもないように、穏やかな表情で眠ってる翔太が見える。
それを確認した氷上は、安心したように気を緩めて呟く。
「よかった」
「治療もしたし、そのうち起きるだろ」
そう言いながら康介はコップに入った水を差し出す。氷上は、ありがとう、といった風な面持ちでそれを受け取ると、よほど喉が渇いていたのか一気に飲み干す。
「ねえ、あの男、トロイって言ってたわよね」
「ああ、けどその話は翔太が起きてからの方がいいだろ」
昨夜のことを話しだす氷上を康介はそう言って止める。確かに話すなら3人でしたほうが効率がいい。
それに同意するように氷上は頷く。
「ねえ、康介君」
「なんだ?」
「ありがとう」
氷上にとって康介は命の恩人だ。あの時に康介が来なければ氷上も翔太も無事ではなかったはず。それに対してのお礼を言う。
康介はその言葉ぬ苦い表情をする。確かに氷上を助けたが、その時の康介には氷上があの少女に見えていた。果してそれは氷上を助けたと言えるのだろうか。
そのことに罪悪感を感じているのか、小さな声で答える。
「……気にするな」
康介は氷上を直視することを出来ずに目を逸らしてしまうが、氷上はそれを照れていると思ったのか、そんな気持ちに気づいた様子もなく、微笑みながら康介を見つめている。
ちょうど会話がなくなったその時に、眠っていた翔太が体を起こし、キョロキョロと周りを見渡しだす。
「翔太君!目覚ましたのね!」
嬉しそうに翔太に近づいて行く。大丈夫だとわかっていても、目を覚ますまでは不安だったのだ。
翔太もまた、そんな様子の氷上を見ると、安心した表情をする。
「彩香?よかった、無事だったんだ」
「ええ、翔太君と康介が護ってくれたから」
「康介が?」
「ああ。何があったか説明するよ」
翔太は気を失ってからのことを何も知らない為、氷上の言葉に首を傾げた。
そんな翔太に康介は、事の顛末を説明し始める。
説明が終わると、翔太が康介に向き直る。
「康介には助けられたみたいだな、ありがとう」
「いや、気にするな。たまたま通り掛かっただけだしな」
珍しく真面目な顔をしながらお礼を言う翔太に、康介はそう返す。通り掛かっただけ、それは事実。物音が気になり、近づいて行ったら2人が襲われていたのを見つけ、とっさに助けに入ったのだ。
「それにしても、トロイに氷炎、バケモノとの関連性……随分と物騒な話しだな」
「翔太君は氷炎について何か知ってる?」
渋い表情をしながら、大きくため息をつく翔太に、氷上が問い掛ける。
すると翔太は驚いたように話しだす。
「知ってるもなにも、めちゃくちゃ有名だぜ?なんせ、最初に発見された能力者だからな。トロイでの破壊活動もあるし」
「そう……知らなかったわ」
「俺も初めて知ったな」
「知らなかったのかよ!?」
氷上と康介の言葉に、翔太は若干だが呆れたような素振りを見せる。だが、直ぐに真面目な表情になり2人に問い掛ける。
「なあ、これからどうする?」
これから、とは今後の動きについてだ。偶然ながら、バケモノの存在やトロイについて知ってしまった。そのことに関してだろう。
その質問に、康介が少し考え込んでから答える。
「どうするも何も、巻き込まれないように注意する位しかないだろ。近々、何か大事が起きるだろうが」
「そうね、巻き込まれないようにってのが難しいけど」
確かにその通りだ。いろいろな事を知りはしたが、それを理解した訳ではない。相手の目的も何も分からないのだから。
氷上もそれに同意見のように頷いている。
すると翔太が何か決心したように康介に向き直る。
「なあ康介、俺を鍛えてくれないか?」
「唐突だな。どうしてだ?」
「もし巻き込まれた時、それを退ける力が必要だろ?」
「それはそうだか……」
「それに、今回俺は護られるだけだった……。氷上に護られ、康介に護られ……そんなのは嫌なんだ!」
翔太は拳を握り絞めながら言う。
「そんな事ないわ!翔太君は身を挺して護ってくれたじゃない!」
「けど、その後に康介が来なかったら俺達は助からなかった」
「それは……」
氷上が否定するが、翔太は自分の力のなさを悔やむように言い、俯いた。
それを見た康介は諦めたように口を開く。
「……わかった。けど俺が教えれる事は少ないぞ?」
「それでもいい。ありがとう!」
翔太は俯いていた顔を勢い良く上げると、嬉しいそうに言う。
「けど鍛えるって、何するの?実践とか?」
氷上が問い掛ける。
「いや、実践よりもまずは能力の使い方だ」
「「能力の使い方?」」
康介の言葉に2人は首を傾げる。
「ああ。とりあえず場所を変えよう。街の外れに、廃棄された区画がある。そこなら人もいないだろ」
「そうだな」
「そうね」
そう話すと3人は家を出た。
目的の場所に着くと、そこには荒れ果てたビルや家屋が建ち並んでいて、人影もまったく見られない。
「さてと、さっき能力の使い方って言ったよな?まず、それについて説明する」
康介は2人が頷くのを待ってから話し出す。
「使い方ってのはそのままの意味だ。たぶん2人は使い方が悪いんだよ。
バケモノと戦ったときに、どんな攻撃をした?」
「突風を放ったかな」
「私は氷の塊をぶつけたわね」
2人が答えると康介は、やっぱりな、と言うような反応する。
「それだ、それ。2人には工夫が足りない。
例えば台風の風と、竜巻だったら、どっちの方が被害が大きいと思う?
雹が振って来るのと洞窟の天井から氷柱が落ちて来るのは、どっちが危ない?」
「……竜巻だな」
「……氷柱ね」
「そう言うことだ。突風に殺傷力なんて殆どない。戦うなら竜巻を作りだすべきだろ。
氷上もだ。氷の塊よりも鋭い氷柱を飛ばした方がいい」
「成る程ね。それが使い方ってことか」
「そう言うことね」
その説明に翔太と氷上は納得したように頷く。
「能力を使えるのと使いこなせるとでは、意味がまったく違う。2人共ただ使ってるだけだ」
康介は2人に辛辣な言葉をぶつける。
「確かに……そう、だな」
「何も言えないわね」
翔太と氷上は歯切れ悪く言うと頷いてしまう。
「落ち込んでも何もはじらないぞ?説明は終わりだ。後は練習」
康介は手をパンパンと叩きながら2人を促す。
翔太と氷上は頷くと、それぞれ練習を始めた。
翔太は風の渦を徐々に大きく、そして強くしていって小規模な竜巻を作り出す。
氷上は氷を鋭く尖った氷柱に象り、数を増やしていく。
2人はしばらくそれを続けていると、だんだんと正確に作り出せるようになってきた。
すると、氷上が動きを止めて康介に話し掛ける。
「ねえ康介君。確かに威力は強いんだけど、時間が掛かり過ぎるわ」
「確かに、俺はそれが理由であの時は模擬戦の時の技を使えなかったからな」
翔太も氷上に同意見のように言う。
「まぁそうだろうな。
発動までの時間を縮めるコツはイメージだ。明確で強いイメージが出来れば、能力もそれに呼応する」
康介はそう答えた。
能力とは、能力者のイメージが現実となるもの。風の能力者が竜巻をイメージすると、実際に竜巻ができる。しかしイメージするものが複雑だったり、細部までしっかりすると、その分発動が遅くなるのだ。
その為、早く発動させるには明確でしっかりとしたイメージを素早く行う必要がある。
その康介の言葉に、氷上が渋い表情をしながら言う。
「それが出来たら苦労はないわよ」
「その為の言葉だ」
「「言葉?」」
翔太と氷上は首を傾げる。
「イメージを言葉に出すんだ。例えば、竜巻だったら『渦巻け』とかな。頭だけでイメージするよりも、それを連想出来る言葉を口にしながらイメージした方が早くできる」
康介が話し終わると、翔太はそれを実践してみる。
「渦巻け」
すると、確かに先程よりも早く竜巻が構成された。
「おお!ホントだ!」
翔太は驚いたように声を上げる。するとそれを見た氷上が、その隣で能力を使う。
「貫け、氷柱」
それは翔太と同様に、先程よりも早く正確に構築された。
「口に出した方が、パッと頭に浮かぶだろ?」
「ええ」
「そうだな」
康介の言葉に2人は納得したように返事をし、翔太はそのまま続けて言う。
「まるでファンタジーの魔法の詠唱みたいだな」
「実際似たようなものだ。単純なものなら一言でいいが、複雑なものは言葉を増やした方が効率がいいからな」
「成る程、確かにそうよね」
その説明に氷上が頷く。更に康介は続けて話しす。
「後は、技に名前をつける事だな。馬鹿らしく思えても大事な事だ。名前をつける事で、その技に対しての固定概念が出来る」
「確かにそうすれば、技名を言うだけで、直ぐにイメージが浮かぶな」
翔太が理解したように言う。
「ああ、そう言うことだ。
まあ、俺に教えられるのはこのくらいだな。後は各自の練習と工夫だ」
康介はそう言うと、長々と説明した疲れからか、ふっと一息つく。
「ありがとな、勉強になったよ」
「私も勉強になったわ。ありがとね、康介君」
「ああ。
今日はもういいだろ。行くぞ」
康介はそう返すと歩き出す。
1人で進んで行く康介に、翔太と氷上は慌てて追いかける。
3人は康介の家の前に立っていた。
しかし、誰もそこから動かない。しばらく沈黙が続き、それを打ち破るように康介が口を開く。
「2人共、なんでここにいるんだ?」
「さっき康介が『行くぞ』って言ったからだぜ!」
翔太は、あっけらかんと答える。
「……」
その言葉に康介は眉をひそめるが、そう言った事は確かなので何も言えなくなった。
「あっ、でも私は帰るよ」
「そうか」
「ええ、それじゃあ康介君、翔太君、じゃあね!」
「ああ」
「じゃあね!」
康介と翔太がそう返事をすると、氷上は歩きだした。
「で、翔太、お前はいつまでここにいるんだ?」
氷上を見送った後、康介がさも当然のようにその場に残っている翔太に話し掛ける。
「そんな嫌そうな顔すんなよ。まぁ、少し話そうぜ!」
「……仕方ない」
康介はそう言うと家の中に入り、翔太もそれに続いて入って行った。
2人はリビングのソファーに腰掛け、翔太が口を開く。
「なぁ、なんで康介はそんなに強いんだ?」
「強くなんかないさ」
翔太は、なんだ急に、と言うような反応をしながら答える。
「けど俺よりは強い。かなり鍛えたんだろ?なんの為に、そんなに力を求めたのかな、って気になってね」
「翔太は今なんの為に力を求めてる?」
「護られるだけが嫌だから。誰かを護れる程の力が欲しい」
「……俺もそれと似たようなものだった」
康介は、どこか淋しいげな表情をしなが言う。
「康介も……?それで、護れたのか?」
翔太は少し驚いたような反応をした後、真剣な眼差しで問い掛けた。
すると康介は、悔いるような、それでいて淋しいそうな、何とも言えない複雑で沈痛な表情で答える。
「俺は……遅かったんだ、何もかも……」
「えっ……?」
「話しは終わりだ」
「そう、だな……。じゃあそろそろ帰るよ」
翔太は康介のその表情に、それ以上なにも聞くことが出来ずに、そう言って立ち上がる。
「それじゃあな」
「ああ」
そう言葉を交わすと、翔太は帰って行った。
「俺はなんであんな事を言ったんだ……、らしくないな」
1人になった康介はそう呟くと、複雑な表情をする。
「護る力……か。俺は、今度こそ、護れるのか?
あいつらを……」
自分の手を見ながら言うその姿は酷く弱々しく見えた。