~不穏な気配~
【修正版】
ミルドッド邸に滞在して三日目の昼。
レイキッド様を連れて私物を取りにマゼラン邸へ向かうことになった。
「別に服を取りに行かなくても、叔母さんが貸してくれるっつってんだから、気にすることねぇと思うぞ? 」
「急な訪問で滞在するのに、素敵な部屋まで準備して貰って、その上に服まで借りるのは申し訳ないんです……服以外の私物も取りに行きたいですし」
一時帰宅に対して、レイキッド様は反対していた。
エイリーンと衝突したことを考えれば当然だ。
しかし、私は帰宅せざる負えなかった。
「オルカ嬢がそう言うなら……ただ、マゼラン侯爵が留守にしてるらしいから、早く用事を済ませようぜ」
「はい。私も、面倒事は御免ですからね」
「あ、あと叔母さん達が、オルカ嬢は今療養中だから、余計なことは考えなくて良いって念を押してたぜ」
「エイリーンのことを心配してくれているのでしょうか? 私も避けたいと思っていたので、大丈夫です」
屋敷へ戻ることを反対されたが、服以外の私物を理由に出せば渋々と言った様子で皆が了承してくれた。
日記帳や勉強道具も回収したいので嘘は付いてない。
ただ、所持金が無いので金銭面をどうにかしたいというのが、一時帰宅の一番の目的だ。
情けないことに、現在、所持金が無いに等しい。
実は、マゼラン邸を出る直前にエイリーンと一悶着があった所為で、侍女から小遣いを受け取り損ねていた。
幸い髪飾りを質屋に入れて、少ないながらも手持ち金を確保したとはいえ、それだけでは貴族御用達しのブティックで服を新調する事は出来ない。
レイキッド様が費用を出すと申し出てくれたのは有難かったけれど、金銭関係で気負いたくない分、申し出を丁重に断った。
それに平民の服を仕立てて貰うくらいなら手持ち金で十分だったので、怪我が治るまでの短い滞在期間を考えれば問題ないと思っていた。
しかし、事情を聞いた伯爵夫妻が、大きさの調節が可能な夫人の服を貸し出してくれると申し出てくれた。
親切な対応を有難く思う反面、与えられてばかりの現状は、正直なところあまり良い気分ではない。
罪悪感は勿論のこと、高価な物や便利な物、心強い対応を受ける度に、酷い裏切り行為を受けていた過去の出来事が脳内にフラッシュバックして、どうしても嬉しさより不安が勝ってしまう。
同時に今度は何を要求されるのか、何に利用されるのかと、すぐに疑う自分自身にも嫌気が差す。
程なくしてマゼラン邸に到着すると、侍女長や使用人、執事長までが心配した表情を浮かべて出迎えてくれる。
「オルカお嬢様、おかえりなさいませ。お怪我の具合は如何でしょうか? 顔色が良さそうで良かったです」
「ただいま。怪我は……大丈夫」
「可愛らしいドレスですね。お顔が明るく見えてとてもお似合いです」
「ありがとう。エイリーンは? 」
「ご友人のお茶会に出掛けておられるので、帰りは夕方になるかと思います」
「そう……良かった。荷物をまとめたいんだけど、手伝ってくれる? 」
「勿論です」
即答してくれた侍女の表情は、どこか元気が無かった。
荷造りと聞いて寂しがってくれているのだろうか。
他の意図があるのだろうか。
どちらにせよ彼等に必要以上の対応はせず、自分の目的だけを最優先に考えた。
お父様に限らず、誰かに期待するのはもう止めようと決めてから、相手の顔色ばかり伺って、泣き寝入りをしないよう心掛けた。
もう誰かを信頼しない、見返りを求めない。
そうすれば、また裏切られたとしても以前のように深く傷つくことはない。
レイキッド様には応接室で待機して貰う間、自室に移動して荷物をまとめると、思った以上に私物が少ないことに気付いて顔をしかめる。
特にアクセサリーや髪飾り等の装飾品がほぼ無く、本当なら質屋に出してお金を工面しようと考えていたのに、どうしたものかと額を押さえた。
「オルカお嬢様、如何なさいましたか? 」
「アクセサリーや髪飾りが全然ないと思って……」
「それは……屋敷を追い出されたお嬢様の専属侍女が盗んでしまったようで、まだ一つも返されてないんです」
「そう言えば取られちゃったんだった……」
「普段、お嬢様がよく使用している物には手を付けてないみたいですが、その他の帽子や鞄、手袋も極端に少ないところを見ると盗まれていると思います。返ってくる可能性も低いので、諦めて新しく購入した方が宜しいと思いますが……」
新しく購入したい気持ちがあっても、お金が無い。
荷造りを手伝っていた侍女長が険しい表情で立ち上がると、執事長に相談すると言って部屋を出て行く。
いくら執事長でも、お父様の不在時にお金を動かすのは難しいと思いながら、閉まる扉を静かに見つめた。
気持ちは有難いけど、期待は出来ないだろう。
仕方ないので、普段着に使用出来ない高価なドレスを何着か売すことに決めた。
ところが保管されたドレスをよくよく確認すれば、所々に不自然な穴が空いていた。
それも、明らかに故意によるものだ。
どうやら宝石等の装飾品が、一部の布ごとハサミで切り取られてしまったようで、売り物としての価値があるか怪しいドレスしか保管されていなかった。
「はぁ……こんなところに付いた宝石まで取るなんて信じられない……」
「これは……酷いですね。ここまで大胆に盗みを働いていたのに、他の使用人も気付かないなんて……」
「少し前に解雇された人達は、私を主人として扱っていないような人達だったからね。興味ないか、加担していたかのどちらかだと思う」
複雑な表情で立ち尽くす侍女に、過ぎたことだと言って荷造りを再開させる。
ドレスは諦めて、鞄に日記帳や勉強道具を詰めた後、持って行く服をどうするか顎に手を当てて考え込む。
改めて見ると、クローゼットの中身が少ない。
ドレスルームにもほぼパーティー用のドレスしかなく、普段着が極端に少ない。
見た目の落差が大きい分、とてもアンバランスだ。
「うーん……」
先日購入した平民の服は、悪くないと思った。
目的も無く、” 可愛い、着てみたい ” という単純な理由で服を購入したのはいつぶりだろうか。
妃教育が本格的に始まった頃から、忙しさで時間に余裕が無くなってしまい、付きまとう噂も相まって、私物を購入することが年々減っていた。
普段着に使用していたのは元専属侍女が季節の変わり目に選んで購入した服か、エイリーンが気紛れにプレゼントしてくれる服だけだ。
ただ、エイリーンが選ぶ服はどれも喪服のような黒一色のワンピースばかりで、もっと年相応のデザインや色のバリエーションが欲しいと思いながら、以前はそれでも気遣ってくれたことに感謝して大事に着ていた。
……今では、その行動の真意が定かではない。
でも、今更知りたいとも思わない。
気乗りはしないけど、無いものは仕方ないので元専属侍女が適当に購入した衣服のみを鞄に詰めていく。
「はぁ……」
「オルカお嬢様、服はこちらだけですか……? 」
「うん。エイリーンから貰った服は持って行きたくないし、もう着たいとも思わないから」
「分かりました。では、処分致しましょうか? 」
「ええ、そうね。お願い」
「かしこまりました。誓約書は如何致しましょう? 」
「誓約書? 」
殿下との婚約を三か月延長するにあたって、様々な取り決めを交わした書類を侍女が引き出しから取り出す。
今回、ミルドッド邸への滞在理由は、あくまで腕の傷が治るまでの間だったが、元々浅い切り傷なので完治までそう時間はかからないだろう。
しかし正直なところ、傷が治っても何かと面倒事の多いマゼラン邸に戻りたいとは思えなかった。
いっそミルドッド邸を出た後は、ほとぼりが冷めるまで、辺境の地で身を潜めて静かに過ごしたい。
それが無理なら住み込みで何処かへ働きに出たい。
……けど、何処も雇ってくれないだろう。
奇抜な眼鏡と特徴的な容姿に加えて体力も無い。
第一、殿下から隠れながら仕事するなんで無理だ。
問題を起こされて、給料どころか、何かを破損させてしまえば、逆に損害賠償を請求される恐れもある。
それに、受け継がれた血を不吉に思う人も多い。
また、未成年なのでお父様が自立を理由に出て行くことを許可してくれなければ、法的処置を取られ、マゼラン家へ強制的に連れ戻される可能性も十分にあり得る。
何より、妃教育がまだ継続されていることや、レイキッド様が護衛として傍に居る限り、帝都から離れることも、何処かで働くことも出来ない。
「はぁ……せめて執事長を通して何か投資でもしていれば良かった……」
「投資ですか? 」
「ううん。何でもない。書類は一応持って行く。気付かせてくれてありがとう」
「いえ、とんでもないです」
資金に関する備えを一切してこなかった過去を、今更後悔しても仕方ない。
荷造りが完了して廊下に出ると、侍女長と執事長が横に並んで立っていた。
お父様の許可なく大きなお金を動かすのは難しいので特に期待はしてなかったけれど、それでも何か用意をしてくれたようで手には鞄を持っている。
「オルカお嬢様、こちらを是非持って行って下さい」
「……それは? 」
「前回欠席なさったパーティーでお嬢様が着て行く筈だったドレスやアクセサリーです」
「どうしてそれを……? 」
「私共の権限だけでは、オルカお嬢様に十分な資金をお渡しする事は出来ません。しかし、こちらをお売りになれば未使用ですし、多少なりとも所持金を工面するできます。アクセサリーも入ってますので、そのまま手元に置いても、お嬢様の好きに使用なさって構いません」
「……有難いけど、そんな勝手なことをして、侯爵様が知ったら怒るんじゃない? 」
「ご安心下さい。もうオルカお嬢様の物ですので、旦那様がお怒りになることは無いと思います」
「オルカお嬢様、こちらに先日お渡しする筈だった現金が入っております。僅かではございますが、どうぞ持って行って下さい」
専用の鞄には、胸元にダイヤが装飾された藍色のドレスとストール、そして同じダイヤが使用されたアクセサリーが入っていた。
侍女長からも現金の入った小袋を受け取る。
中身を確認すれば、僅かだなんてとんでもない。
一度町へ実際に買い物に出掛けていたおかげで物価を知っていた分、袋には節約をすれば当面は暮らせる程の大金が入っていた。
所持金を工面したいと思っていたので、ドレスとお金を有難く受け取り、執事長が侍女と一緒に全ての荷物を馬車まで運んでくれる。
長居をするつもりは無いので、部屋を出てすぐに出発しようと考えていたが、階段を降りる途中で、不意に開かずの部屋に続く廊下が視界に入る。
「オルカお嬢様? 」
「……ちょっと待ってて」
夢で見ていた所為でなんとなく気になってしまい、素通り出来ずに少しだけ立ち寄る。
成長してからは近付くこともなかった開かずの部屋。
最後に見た記憶より廊下が狭く、装飾品は全て取り外されていた。
最近は内側から目にする機会があったけれど、実際に見る扉は夢と違って古く色褪せていた。
ドアノブは鎖と南京錠でガッチリと固定され、鍵はお父様にしか開けられず、今は中に入ることが出来ない。
マゼランと話した内容を思い出しながら、何気なく自分の手に視線を落とすと、夢ではなんとも思わなかったのに、成長した自分の手が視界に映った途端、切なさがこみ上げる。
……嗚呼、もう居ないんだ……
悲しい別れと温かい思い出が脳裏に過って、例えようもない孤独感と寂しさが押し寄せて、気付けばエントランスホールまで足早に戻っていた。
執事長から悲し気な表情で見つめられたが、ドレスを持って来てくれたとはいえ、長年放置されていたことを気にも留めなかった人に、今更心を開くつもりは無い。
視線を無視して私は何度か深呼吸をした後、今度こそレイキッド様と待機させていた馬車に乗り込む。
「どした? 取りに来た物が無くなってたのか? 」
「え? いえ……あ、はい。無くなってはいましたけど、大丈夫です」
「そんな動揺するくらい大事なもんだったのか? 俺のことなら気にしなくて良いから探して来いよ。それか叔母さん達の屋敷に戻る前に町に行くか? 所持金は本当に気にしなくて良いからさ」
「いえ、本当に大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ちょっと……感傷に浸ってただけですから」
馬車が出発してからも表で執事長や侍女長、他の使用人もこちらを不安そうに見つめたまま立っていた。
見えなくなるまでその場から動かずに立ち続けるつもりなのだろうか。
マゼラン家の門をくぐると、門番が複雑な表情で軽く会釈をしていた。
よく見れば離れた場所に、いつも送り迎えをしてくれた御者達も、畏まった姿勢で静かに立っている。
屋敷が見えなくなるまで馬車が遠ざかった頃、レイキッド様は使用人達の態度を意外だったと話を切り出す。
「最近さ、マゼラン家で使用人を総入れ替えしてなかったっけ? 突発的に大募集して集まった人を雇ったんだろ? それにしちゃ、すげぇ忠誠心高そうな連中じゃねぇか」
「うーん……どうなんでしょうね。追い出された使用人達も以前は彼等と同じように親切だったんです。それが年月と共に横柄になったことを考えると……」
「あの執事長は変わってねぇんだろ? まともそうに見えたけど、あの人は追い出された使用人の態度を見過ごしてたのか? 」
「はい。まぁ……でも、終わったことです」
「はぁ~オルカ嬢は辛抱強いな。もっと我儘になっても良いと思うけどなぁ~……」
我儘の代償を考えるだけで悍ましい。
これも結局は泣き寝入りになるのだろう。
でも、妥協するのはここまでだ。
過去の行いに対して、報復することは考えていない。
だけど許したわけでもない。
だから、これからはもう、取り繕うこともしない。
「それより、本当にこのまま叔母さん達の屋敷に戻って良いのか? 用事をさっさと済ませた方が良いとは言ったけどさ、荷造りの割にはかなり早く済ませてるし、持ってきた物も少ねぇし、探し物があるなら見つかるまでもう少し探してても良かったんだぜ? 」
「いいえ。探して見つかるものでもないんです。だから大丈夫です」
まさか持ってきた荷物だけで、ほぼ全ての私物が収まっているとは思いもしないだろう。
レイキッド様と他愛も無い会話をしている内に、悲しい気持ちが和らいで、ミルドッド邸へ到着する頃には今後について考えるまでに心に余裕が出来た。
私達を出迎えてくれた使用人達は、不思議そうな表情で荷物を部屋まで運んでくれた。
しかし、荷解きを手伝ってくれていた侍女が鞄から出てきた服を見ると、顔を顰めた。
妥当な反応だ。
侯爵令嬢でありながら、持ってきた服はどれも使い古した流行遅れなものばかりで、元専属侍女のこのだから恐らく最安値で購入したに違いない。
その為、質素で色合いも微妙だ。
シンプルな仕上がりの服は、大抵、生地の良さで勝負するところがあるが、残念ながら私の服はどれも触り心地が特別に良いとは言い難い。
先日購入した平民の服より多少良いというくらいだ。
アクセサリーで着飾るにしても、肝心の小物類がほぼ盗まれた為、見栄えをカバーすることも出来ない。
今思えば、外出する頻度が少なくて正解だった。
社交界では第一印象が大事なので、着る服に気を遣わなければならない。
侍女からすれば持ってきた服では、少人数のお茶会にすら着て行けるようなものは無いと判断しただろう。
表立って活動する機会は少なかったけれど、殿下とエイリーンの三人で町へ出掛ける際は、私だって喪服のようなワンピースではなく、本当は違う服を着てみたいといつも思っていた。
エイリーンが着ているような、大きなリボンが付いたドレスや、フリルの付いたワンピース、服に合わせた可愛い髪飾りやアクセサリーを着けてみたかった。
けれど、何処へ行くにも好奇の目と噂が付きまとうので、願望を口にする勇気が出なかった。
「恐れながら……マゼラン侯爵令嬢はその、あまり服に関心が無いのでしょうか……? 」
「いえ、今まで買う機会があまり無くて……」
「あ、し、失礼致しました! ……あの、町へ外出が難しければ、奥様に相談してデザイナーをお呼び致しましょうか……? 」
「え? ううん、あの、恥ずかしいけど……あまり手持ちが無くて……でも、今は難しいけどその内、一着だけでも購入する予定だから大丈夫」
「そうでしたか……出過ぎた発言をお許し下さい」
「ううん。確かに、この服を見れば驚くと思うし……」
荷物を片付け終えた後、テラスでぼんやりと遠くを見つめたまま衣類について考える。
元々気にしていただけあって、改めて服のことを言われると余計に恥ずかしい。
借りていたミルドッド夫人の服に視線を落とすと、視界の端に門の外で馬車が停まっている様子が映る。
「なんだろ……? 」
よく見れば、殿下が普段使用している皇室の馬車だ。
皇太子専用の馬車には特別なデザインが施されているので、見間違う筈がない。
到着してから荷解きを完了するまで時間はそう経っていないのに、いつの間に来たのかと不思議に思いながら眺めていると、様子がおかしい。
ミルドッド邸へ用事があって来たのであれば、すぐに門を開けて馬車を敷地内に通した後、使用人が出迎える筈なのに、皇室の馬車は門の外に停車したままだ。
屋敷の関係者が近付く気配もなく、見つかると面倒だと思いながら一歩後ずされば、馬車から降りた少し後ろに殿下が立っていることに気付いた。
「何……してるんだろ……」
表に面した二階の部屋を使用している為、一階の様子がよく見える分、見晴らしが良いので逆に一階からもこの部屋のテラスや窓辺の様子が見えてしまう。
殿下は大声を出すわけでも、手を振るわけでもなく、一階の門の外から私を見つめたまま静かに立っていた。
距離がある上に眼鏡の所為で殿下がどんな表情をしているか認識出来ないが、怒りや憎しみよりも、今はとにかくその様子を気味悪く感じて部屋に入る。
何か悪さをしたわけでもないのに妙な胸騒ぎを感じて、鼓動がどんどん早くなって浅い息を繰り返した。
このままでは何かマズイことが起きそうだと直感的に感じたものの、何が起きてどう対処しなければマズイのかが自分でも良く分からない。
何か見落としていることは無いだろうか。
考えを整理する為にベッドに腰掛けて呼吸を整えている間に、馬の鳴き声が部屋まで届く。
「……帰った? 」
警戒しながら窓辺に近付いて外を覗けば、停まっていた馬車がミルドッド邸からどんどん遠ざかっていく様子が見えた。
特に来客の知らせが無いところを見ると、急な外泊で私の居場所を探しに来たと結論付けるのは、単なる自意識過剰なのだろうか。
マゼラン邸からの戻り道の途中、声も掛けずに私達の乗っていた馬車の後を、一定の距離を取ってこっそり付けてきたのだとしたら、やっぱり気味が悪い。
ふと、マゼラン邸の門番の表情や、御者達の畏まった姿勢を思い出して背筋に嫌な汗を感じる。
「最初から……? いや、まさかね。考えすぎか」
誰に言うでもなく、ボソッと呟いて首を左右に振る。
私はともかく、レイキッド様も後を付けられていたことに気付かないとは考えにくい。
婚約解消は殿下にとってもデメリットはあれど、私という邪魔な存在が居なくなるので、メリットの方が遥かに大きい筈だ。
両陛下がエイリーンを快く思っていなかったとしても、殿下からの寵愛とケイプ家の財力、社交界での人気を考慮すれば、断然私より皇太子妃に適している。
今はゴシップが流れて一時的に批判を受けたとしても、すぐに以前の評判が戻るだろうとも思っていた。
唯一のデメリットは、婚約を解消したという事実だけなので、メリットに比べれば大して損はない筈だ。
「オルカ嬢、ちょっと良いか? 」
「ぅえ? あ、はい! 」
扉をノックする音に肩が跳ねる。
続いてレイキッド様に呼ばれて、反射的に間抜けな声で返事で返せば、廊下から笑い声が聞こえた。
誤魔化すような咳払いをしてから扉を開ければ、どうやら殿下が来ていると知らせに来たようだ。
「皇太子の野郎が門の外に居るみてぇだから、今日はこの後、外出を控えた方が良さそうだぜ」
「それが……もう居なくなってしまったみたいです」
「え? もしかしてテラスに居た? 」
「はい」
「あー……遅かったか〜」
「殿下は何用でいらしてたんですか? 」
「それが門番の話じゃ、ただ馬車が停まってただけで入って来なかったんだとさ。特に用件も聞いてねぇし。何で来たのかサッパリだ」
「そうですか……」
「でも、また来るかもしんねぇから、窮屈だろうけどテラスとかにも出ない方が良さそうだぜ」
「はい。教えて下さって、ありがとうございました」
表情を崩さずにレイキッド様に答える。
でも本当は、まだ胸騒ぎが収まっていない。
何故、こんなに気味悪く感じるのだろうか。
状況を整理しても自分に後ろめたいことは無いので、結局落ち着かないまま時間だけが過ぎていった。
※修正箇所※
字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。