~予想外の助っ人~
【修正版】
婚約を継続する期間内は、レイキッド様が一時的に護衛として付いてくれることになった。
予想外な人物の護衛に驚きつつ、相手はマナー教育で習った内容が全く通じない、正直な性格の持ち主でもあるので、心配していたスパイか、はたまた油断させる為のカモフラージュなのかは、判断しづらいところだ。
お父様から話を聞いた数日後、早速レイキッド様がマゼラン邸に訪れると、到着して早々、気晴らしに出掛けようと外出に誘われる。
「ずっと部屋に引き籠ってっと気が滅入るぞ。町に遊びに行こうぜ」
「遊びに……ですか? 」
「買い物でも良いし、飯食いに行くでも良いし、いつも遊びに行くとこで適当に時間を潰すだけでも、良い気晴らしになるだろ? 」
私の状況を知った上での発言なのだろうか。
護衛として来ているなら知っている筈なので、どうしたものかと、満面の笑みを向けるレイキッド様を見つめながら頭を悩ませる。
もう負い目を感じる必要は無いとはいえ、状況が変わってしまった以上、嫌だからと簡単に拒絶して後から理不尽な報復に遭うのは御免だ。
噂に振り回されて言動に気を付ける必要もないので、ゴシップ誌でも陰口でも好きに叩けばいいと諦めていた。
しかし、見方を変えれば目撃者が多いということでもあるので、何処で誰が殿下にどんな情報を流すか分からない不安もあった。
「うーん……買い物は間に合ってますし、滅多に外食はしませんし、遊びに行く程、町に行きませんし……」
「は? 嘘だろ? いつも何処に遊びに行ってんの? 」
「何処と聞かれましても……そもそも遊びで出掛けることがありません。大抵はどうしても必要な買い物か、外せない用事が無い限り、家で勉強してましたので」
「はぁ!? おまっ……そりゃダメだろ! 」
「ダメとは? 」
「ったく……本当に何であんな噂が流れたんだ? 理解出来ねぇな……よし、俺が案内してやっから出かけるぞ」
「え? あの……でも、殿下が……」
「気にし過ぎだって! あんな野郎、叔母さん達に任せて放っときゃ良いんだよ! 」
レイキッド様にも皇族の血が流れているとはいえ、仮にも皇太子殿下を ” あんな野郎 ” 呼ばわりするのはどうなのだろうか。
理不尽な報復に遭いたくはないが、だからって以前のように殿下の顔色を伺いたくはなかった。
逃げ出したい。
屋敷から離れたい。
煩わしい人を遠ざけたい。
そんな願望が強過ぎて誘いを断り切れず、あれよあれよという間に外出の支度を整えた後、不安を抱えたままエントランスホールまで移動する。
ただ、出発前に物音や話声で私達の様子に気付いたエイリーンが、階段の上から大声で私を呼び止めると、血相を変えて走り寄って来た。
私が不在のパーティーへ参加した日を最後に、顔を合わせるのは久しぶりで、正直かなり気まずい。
「オルカ待って! 何処に行くの? 二人だけで? 」
「二人じゃないわ。レイキッド様の他に、護衛を何人か連れて町へ遊びに行くの」
「遊びに……? 二人は特別に仲が良かったの? 」
「質問の意図が分からないわ。男女の関係を疑われているのであれば、レイキッド様に失礼だから止めて」
「でも、名前で呼び合ってるじゃない……」
何故すぐに男女の関係を疑うのか理解できない。
今まで私が誰かと一緒に居るところを見たことがない癖に、根拠もなく無責任な言葉を発するエイリーンを眼鏡越しに睨見つける。
聞き捨てならないと思ったのか、レイキッド様も不機嫌な表情を浮かべて会話に入るなり、エイリーンの言葉をハッキリ否定した。
「会話中、失礼。ケイプ侯爵令嬢、俺とオルカ嬢は幼い頃に面識があって、その時から名前で呼び合うようになっただけだ。それにオルカ嬢とは全く顔を合わせてなかったのに、早速疑われるなんて心外だな」
「疑われるような言動を取ってるからですわ。それにオルカには婚約者が居ますの。護衛に付いたとはいえ、男女が二人で出掛けるのは如何なものかと? 」
「両陛下とミルドッド伯爵夫妻からも、オルカ嬢の護衛とメンタルケアを頼まれているから公認の上だ。仮にそれで噂が立ったところで、皇室が権力を行使して、群がるハエ共を叩き潰すだろう。それに二人じゃないとオルカ嬢が伝えたと思うけど、記憶力が弱いのか? 」
「……っ」
「大体……二人っきりにならないからって、婚約者の居る相手と男女の関係を疑われないとも限らないけどな」
「私と殿下はそんな関係ではありませんっ! 子爵様の言葉こそ心外ですわ! 」
「誰もアンタの話なんかしてないだろ?それとも自覚があったってことか? 」
「なんて失礼な人なのっ!? 」
率直な物言いに、不覚にも気持ちがスッキリする。
心の中でレイキッド様に感謝しつつ、二人の口論を大人しく傍観しながら、噂なんて全く当てにならないものだと改めて実感した。
大半の人は何故か、盲目的にエイリーンを信じて何を目撃しても中々良い印象を崩さない。
” 心優しいエイリーンは怒ることを知らない ”
そんな風に思い込んでいるようだけど、実際は短気で、淑女にあるまじき怒鳴り声を上げるような気性が荒い一面を持っていた。
昔、エイリーンのアプローチを拒んで、私の傍を離れようとしなかった人々にも攻撃的で、当時を思い出しながら、今頃どうしてるだろうか、なんて考えていると、不意に身体が引っ張られる。
突然のことに驚いて顔を上げれば、興奮状態のエイリーンが支離滅裂な言葉を並び立てながら、私の両肩や二の腕をベタベタと触って、眼鏡越しに目が合った瞬間、不気味な笑顔を向けられた。
「妃教育が忙しいって、私とも町へ出掛けたことが無いのにズルいわ。そんなのダメよ。だから出掛けるのは中止にして。どうして最近私を避けるの? 」
「オルカ嬢を離せ。何考えてんだよ」
「オルカは殿下のことが好きなんでしょう? だったら諦めちゃダメじゃない。私達、ずっと一緒よね? 」
「チッ! いい加減にしろっ! 」
二の腕に指が食い込んで痛みに顔をしかめる。
見送りに居た使用人が離すよう声を荒げて、レイキッド様もエイリーンを私から引き離してくれた後、大声で他の使用人を呼び付ける。
今までのことを思い出しながら、言い返したい言葉は沢山頭に浮かんだけれど、至近距離で見る狂気じみたエイリーンの笑顔と言動に、怒りより恐怖で口を閉じる。
騒ぎを聞きつけた使用人が止めに入った隙に、表で待機させていた馬車に急いで乗り込んで、私達はすぐにマゼラン邸を後にした。
馬車の中は重苦しい空気に包まれ、暫く静かに揺られていると、窓の外を眺めたままだったレイキッド様が、眉間に皺を寄せてポツリと呟く。
「ったく……焦ってるからって強引過ぎんだろ……」
「焦る? 」
「ゴシップ誌に名指しで、ケイプ侯爵令嬢と皇太子の関係を批判する記事が出たんだ。噂好きな連中が盛り上がって、ここ数日で爆発的に広がってんだよ。だからそれで焦ってんじゃねぇかと思ってさ」
「そうでしたか……」
例のパーティーが火種になって、ゴシップの餌食になったのかと考えていると、全く違った予想外なきっかけがあったことを初めて知る。
「両陛下はあの女を快く思ってねぇんだ。ほら、皇室って ” 誠実と信頼 ” を大事にしてるだろ? マゼラン侯爵が婚約を白紙に戻すって話したすぐ後だと思うけど、皇后陛下主催のお茶会で、皇后陛下自らが不誠実な行いをする男女について、遺憾だとか品行が悪いとか、とにかく非難する発言をしたらしくてさ」
「……随分と過激な発言ですね」
「世論を操作しようとしてんだと思う。外でもあの二人は堂々と仲良くしてたんだろ? お茶会の参加者はゴシップ好きな連中ばかりだったらしくて、それで色んな内容の噂が短時間で爆発的に広がってんだ」
「……でも、今まで私に付いて回った噂の所為で、結果的に私が悪者になりそうな気がしますが? 」
「まぁそこは予測済みで、対策の一つとして俺がオルカ嬢の護衛になったんだ」
「え……? 」
「その辺の話は追々説明すっから、取り敢えず二の腕は大丈夫か? 遊びに行く前に一先ず手当した方が良さそうだぜ」
気になる話を打ち切られ、これくらい大丈夫だと言って自分の二の腕に視線を落とすと、露出した肌にぷっくりと赤く腫れた傷が数か所できて、血が滲んでいた。
掴まれた時に指が食い込んだ所為で、爪が刺さって怪我をしたのだろう。
「あ……痛い……」
「いや、遅すぎだろ」
不思議なもので、怪我に気付く前は痛みも何も感じなかったのに、血が滲んでいる分かった瞬間から、ズキズキと痛みだす。
素直に痛みがあると伝えると、一先ず手当の為に私達は行き先を変更する事になった。
レイキッド様は北部出身だ。
アドバンズの名で管理している領地も北部にある。
帝都へは勉強の為に一時的に留まっているだけで、全ての授業で習得が認められれば、北部にまた戻る予定だ。
なので、傷は帝都で滞在中に利用しているタウンハウスか、町の診療所で治療を施して貰えると思い込んでいたが、到着した場所はミルドッド邸だった。
男女の関係を疑われない為に、レイキッド様が利用しているタウンハウスを敢えて外したのか。
であれば町の診療所で良かったと思いつつ、動揺を悟られまいと平然を装って馬車を降りると、伯爵夫妻が出迎えてくれる。
「オルカちゃん! 大変だったわねぇ……可哀想に」
「お出迎え下さり、ありがとうございます。突然の訪問をする無礼をお許し下さい」
「とんでもないわ。挨拶は本当に素晴らしいけど、今は授業で教えた内容は忘れて頂戴。取り敢えず早く傷の手当てをしましょ」
「さぁ、中に入りなさい。レイキッドもよくやったぞ」
「いや。まさか初日の一発目から活躍できるとは思ってなかったけどさ」
「そうね。知らせを聞いてビックリしたわ。城から飛んで帰ってきちゃったわ」
「そうだな。私も丁度仕事が一段落した時に知らせを聞いて驚いたよ」
忙しい伯爵夫妻が、わざわざ日中に帰宅して出迎えてくれている現状に、むしろ私こそ内心では驚いていた。
また、事前連絡の無い訪問が失礼にあたると教わった相手の家に、突然訪問する気まずさと罪悪感に苛まれていると、挨拶もそこそこに屋敷の中へと通される。
客間には既に待機していた主治医らしき白髪の男性が私を見るなり、目元に幾つも皺を作って優しく笑いかけられた。
「これはこれは……すっかり大きくなられましたな。いやはや、通りで歳を感じるわけですなぁ。ささ、こちらへどうぞ、お座り下さい」
「え? お会いしたことがありましたでしょうか? 」
「ええ、ええ。令嬢はまだ母君の腕に抱かれていた頃に何度かお会いしましたとも。ホホホ、恐らく覚えておられないでしょう」
「そんな昔から? という事は、お母様と面識があるのでしょうか? 」
「ええ。当時は町医者でしたが、母君の頭痛薬を処方していたのは、私でしたから」
「え!? 」
「実は令嬢の母君の他にも、似た病を患っていた患者が居りましてね。自分の力不足を実感して、勉強に集中しようと一度休業して旅に出たんです。帝都に戻って来た時に真っ先にお伺いしのたですが……悲報を聞いた時は本当に残念でなりませんでした」
主治医は子爵家の出で、決して有名ではなかったが、医者を生業にする人が多い家系だったようだ。
基礎知識を身に付けながら、医療現場を体験する事を目的に診療所で勤務していた彼は、その後さらに勉強と経験を積む為に近隣諸国を巡った話をしてくれた。
そんな各国を巡る前は、お母様の薬を処方していて、現在は高い医術を認められて伯爵家の主治医を担当することになったようだ。
「おやおや、余程強い力で掴まれたようですね。爪で傷付けれたのでしょう。可哀想に痛かったでしょう? 」
「いえ……お気遣い頂き、ありがとうございます」
「ホッホッホ! 奥様の言う通り、令嬢は立派な淑女になられましたね」
「いいえ、とんでもないです」
「しかし、ここはハイエナが群がる社交パーティーの会場ではありません。肩に力を入れず楽になさって下さい」
「え……? 」
「はっはっはっ! おっちゃん例えが上手いぜ! 」
優しそうな主治医の予想外な例えを、レイキッド様が豪快に笑い飛ばしている間に手当てが終わり、夫妻の待つ部屋に戻った。
突然の訪問で長居をしたくなかったので、用事を済ませた後はミルドッド邸をすぐに出ようとしたが、主治医と夫妻の茶番のような、大袈裟なやり取りが始まる。
「オルカちゃんの怪我の具合はどう? 」
「酷いですねぇ〜……恐らく二の腕を掴まれた時に、掴む力が強すぎて爪が皮膚に食い込んだのでしょう。数か所も怪我をされて痛々しかったですよ~」
「なるほど。マゼラン侯爵令嬢、傷が治るまでうちに泊まってはどうかね? 聞けばその怪我を負わせたのはケイプ侯爵令嬢でしょう? 」
「はい、ケイプ侯爵令嬢に関しては侯爵様に相談した対応をして頂こうと思います。怪我に関しては、すぐに治るような軽い切り傷なので、ご心配には及びません。なので折角ですが、私はそろそろ……」
「そうだ、そういえば! 令嬢は最近まで体調を崩していたと聞きましたが、いや~実に心配ですね〜。免疫力が低下している時に怪我をすると、最悪の場合、化膿する恐れも無きにしも非ず。油断は禁物ですので安全な場所で治療を受けた方が宜しいかと思いますよ? 」
「まぁ! 化膿したら大変だわ! オルカちゃんは肌が真っ白だし、目立つし、何より主治医がこう言ってるならちゃんと完治するまでうちに泊まった方がいいわ! 」
「え? いえ、あの……」
「よしよし。そうと決まればマゼラン侯爵に書信を出そう。すぐに部屋を準備させるから心配ないな」
「い、いえ! あの、侯爵様も突然の事で驚くと思いますので、そんなに酷い怪我でも……」
ミルドッド伯爵が書信を書く為に一旦部屋を出て、残された夫人も私がミルドッド邸で滞在することを前提に話をどんどん進めていた。
主治医は笑顔で成り行きを見守り、レイキッド様は諦めろと言いたげに両手を上げたポーズを取っていると、夫人が悪びれる様子も無く滞在するに際の懸念をスラスラと説明する。
「これからレイキッドと顔を合わせることが多くなると思うけど、大丈夫そう? 難しいならあの子だけタウンハウスに移って貰おうかなって思ってるんだけど……」
「おい。本人の前でなに言ってんだよ叔母さん」
「移る……? レイキッド様はタウンハウスで滞在してるわけではないんですか? 」
「あの子の母親と私は古い友人で、帝都に居る間はうちで預かってほしいって頼まれてるの。レイキッドはあんな言動ばかり繰り返すから、令嬢達の間でちょっと怖がられてるみたいだけど、本当は不器用なだけで、とっても良い子なのよ」
「あ、いえ……特に怖いとは思いませんが……」
「それは良かったわ! 」
仲良くする、しないは別として、そもそも私がミルドッド邸で滞在することに動揺していると、レイキッド様は呑気に笑うだけで助け舟を出す気はないようだ。
婚約期間を延長することやエイリーンの恐ろしい一面、そしてミルドッド邸に滞在するまでの流れがあまりにも急すぎて頭が追い付かない。
もう滞在は決定事項となってしまった為、意地になって否定し続けるのも失礼にあたるので、最後には諦めて大人しく流れに身を任せることにした。
「さぁさ、マゼラン侯爵への書信はもう書けたから、何も心配ないよ」
「ありがとうございます。お世話になります」
「ああ、こちらこそ宜しく。自分の本当の家のように寛ぎなさい」
「これから宜しくね、オルカちゃん。さ〜て、はぁ〜どうしましょ! 買い物を沢山しなくては! 」
「マゼラン侯爵令嬢は目が光に弱いんだったね? 落ち着いた色の家具で揃えた方が過ごしやすいかね? 」
「どうぞ、オルカとお呼び下さい。眼鏡を掛けていますし陽の光には弱いですが、その他の光にはそこまで弱くはありませんので……」
「オルカちゃんの好きな色は? クッションはどんなタイプが好き? 」
「えっと……」
その後、伯爵夫妻が家具を買い揃えてくれる間に、予定通りレイキッド様と町へ出掛ける。
私物の購入は滅多ない為、慣れない買い物や初めて入る店に緊張しつつ、今までに感じたことの無い、ワクワクとした明るい気持ちで過ごしていた。
以前は要望を少しでも発すれば、一緒に居る殿下が不機嫌になって、エイリーンに諦めるように諭され、ただ大人しく愛想笑いをするだけだった。
そんな三人で町に出掛ける時とは違って、気になった場所に立ち寄れて、食べたかった物を食べさせて貰えて、以前は考えられない程に充実したけれど、やっぱり何処へ行くにも嫌な視線が付きまとう。
本当に、私が何をしたと言うのだ。
遠くから冷ややかな視線を送りつつ、ヒソヒソと何かを話し合う光景を見る度に、皮肉にもそれが緩みそうになる私の気を引き締めてくれていた。
優しさに惑わされて誰かに利用されたくない。
信じて大人しく耐えるだけの日々には戻りたくない。
攻撃の的にされるくらいなら、皇太子妃になんてなりたくないと思った。
****
外泊した初日の夜。
子供の姿でマゼラン邸にある開かずの部屋に居る、夢の続きを見ていた。
見知らぬ怪しい男性は上機嫌に再会を喜び、前回は気になるところで会話が途切れてしまったので、今回はお茶の誘いを素直に承諾する。
無味無臭の紅茶を飲みながら、ここで何があろうと所詮は夢で、現実に影響がないと割り切っている分、決めつけるのではなく、きちんと男性の正体を知ろうと自分から話を切り出す。
「貴方はマゼラン家の誰なんですか? 予測不可能な存在が夢に登場するのは初めてなんです。面識が無いのに顔がハッキリ認識できるのも不思議です」
「ははは! 君は本当に冷静なおチビちゃんだね! ただ誤解してるみたいだけど、僕は ” マゼラン家 ” の誰かじゃなくて、君の中に眠る ” マゼラン ” 本人から受け継がれた魔力が具現化した存在なのさ」
「……はい? 」
突拍子も無い発言に、思わず素っ頓狂な声が出る。
男性は愉快そうにカラカラ笑いながら足を組み替えた後、考える素振りを見せたかと思えば、落ち着いた口調で更に続けた。
「ここは確かに君の夢の中だけど、僕は君の夢の一部じゃないからね。そりゃ予測出来ないし、顔も認識出来て当然さ。僕が実際に生きていた時代に紙や絵具は存在してなかったから肖像画も残ってないけど、彫刻ぐらいなら残ってるんじゃないかな? 」
「え……」
「ははは!良い反応だね! 」
「え、待って下さい、本当に……ご先祖様ですか? 」
「はは、そんな風に言われるとなんだか複雑だけど、半分正解で半分不正解。何せ、僕はマゼラン本人の持っていた魔力ではあるけど、厳密に言えばマゼラン本人ではないからね」
マゼラン本人から次世代に受け継がれた魔力で、マゼラン本人の性格や容姿が反映された姿が、見知らぬ男性の正体だと判明した。
謎かけのような回答に頭が混乱しつつ、にわかに信じ難い内容をすぐに受け入れることは出来なかった。
また、魔力について知る人や記録も残っていない。
マゼランの魔力と名乗る人物を怪訝な表情で疑り深く観察していると、予想通りと言いたげに、当人はカラカラと愉快そうに笑っていた。
初対面で妙な行動を取る人物だ。
何かの冗談なのかと思ったが、改めて彼はマゼランの魔力なのだと主張する。
「まぁ、最初は信じられないよね。でも僕は君の中に眠るマゼランの魔力で、嘘じゃないよ。紛らわしいから僕の事はマゼランって呼んでよ」
「魔力が自我を持ってるんですか? その、何世代にも渡って本人の魔力が消えずに? 」
「うーん、混乱しないように順番に答えようか」
「あ、ごめんなさい。つい……」
「ううん、いいよ! 気になるもんね。まずは魔力についてだけど、同種族であれば受け継がれた魔力は、新たな個体の養分として本来は吸収されて消えるんだ。でも人間は魔力を持ってないだろう? だから何世代にも渡って、同じ魔力が受け継がれているんだ。あ、勿論受け継いだ血が薄くなればなるほど、魔力も薄くなるよ」
「なるほど……? 」
「自我については、それだけマゼラン本人の魔力が強力で沢山持っていたってだけさ。でもさっきも話した通り、養分になればそれも本来は消える筈だったんだ」
まるで御伽話を聞いているような気分だった。
異種族の血を受け継いだ人々の存在は知っていたけれど、掘り下げて考えたことはなく、またどんな力を持っていたかも気にしたことはなかった。
現実味の無い話で、脳が容量を越えて夢の中だという理由で考えを放棄しそうになったものの、現に自分が未来から過去へ戻ったことを思い出し、雲を掴むような話を一生懸命に理解しようと、慌てて紙とペンにマゼランの言葉を書き出す。
「ほぉ〜? 君って真面目だね~? 今までも僕と出会った人は何人か居たけど、紙に書き出して理解しようとする人は初めて見るよ」
「 何人かって……他のマゼラン家の人達に受け継がれた魔力とも意思疎通が出来るんですか? それとも子を成せば、貴女がそのまま受け継がれて元の身体から消えるんですか? 」
「意思疎通というか、魔力は分散されてしまっているけど、元々一つだったからね。マゼランの魔力であれば何処で誰の中に居ても、僕と記憶を共有できるのさ」
「………………なるほど」
「あははははは! 今無理やり話しを飲み込んだね? 本当に真面目で可愛いおチビちゃんだね~! 」
「茶化さないで下さい。えっと、つまり魔力は……」
紙に書き出した内容をまとめようとすると、前回と同じく閉まったままの扉から誰かに声を掛けられる。
夢の中で自覚してからそんなに時間が経過したとは思えないけれど、現実では朝なのか、時間の流れが違うのかと首を傾げる。
「今日はもう時間切れみたいだね」
「え!? でも、そんなに話し込んでないような……」
「君も薄々気付いていると思うけど、夢の中では感覚が鈍るのさ。君自身は至って普通に過ごしているつもりでも、実際はとっても遅かったり、気付かない内に動きを止めていたりするんだ」
「そうだったんですか? でも待って、毎日会えるわけではないみたいですけど、話の続きが気になります。次はいつ会えますか? 」
「うーん……それは僕にも分からないし、僕だって本当は毎日会いたいけど……」
考え込むマゼランに、また会える方法について言葉を待っていたけれど、段々と室内に反響する声が大きくなるにつれ、閉じた扉が独りでにゆっくりと開いていく。
早く早くと焦っていると、マゼランも慌てて方法を考えいたが、間に合わずに完全に扉が開いてしまい、前回と同じく白い光に包まれて何も見えなくなった。
※修正箇所※
字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。