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~温度差~

 

 熱が引いてから数日後、親族会議を急遽開いた。

 ミルドッド伯爵夫妻に伯爵邸で開くよう勧められたが、マゼラン邸の使用人にも状況を理解してもらう為に、夫妻の提案は丁重に断った。

 屋敷へ向かう途中、馬車に揺られながら何度も溜息を零す。

 皇室との問題ばかりに気を取られ、マゼランからの忠告を共有せず忘れていた事を今更思い出して不安に駆られた。


「本当に大丈夫なのか ? 」


 心配そうに聞いたのはレイキッド様だ。

 生憎、急な決定で伯爵夫妻と公爵夫妻は、時間を作れず代わりに彼が授業を休んで同行していた。

 議員等の接触と記者の取材、更には事実上、皇室とは対立している今、皇室派の貴族にも気を遣う為、外出するだけで不安が付き纏う。

 いつだって注目を集めるとろくなことにならない、なんて思いながら体調を気遣ってくれるレイキッド様に笑いかけた。


「はい、大丈夫です」

「オルカ嬢の大丈夫は信用ならねえからなぁ……」


 不満気そうに呟くレイキッド様に、短く謝罪する。

 彼の言う通り、私の体調は万全とは言い難かった。

 ただ、絶命寸前のレイキッド様を治癒した影響で回復が遅れているなんて、言える筈もなかった。

 ただ、大きな問題を前に休める状況でもないと彼も理解しているから、こうして送り迎えを承諾したのだろう。


「耳が痛いですね……でも、親戚の皆さんも体調が回復してますし、注意喚起もしたいので会議を開くなら落ち着いてる今しかないんです」

「俺がオルカ嬢と同い年ん時は、悩みっつったら精々どうやって調理室からパンをバレずに取れるかとか、そんなもんだったな……」


 レイキッド様らしい悩みに苦笑しつつ、カーテンの隙間から外を眺める。

 陽の光を浴びて楽しそうに遊ぶ子供たち。

 真面目に仕事をこなす労働者に、雲一つない空に感謝して機嫌良く洗濯をする婦人。

 そんな彼らの当たり前な日常を羨ましいと思った。

 マゼランは、人が魔力を持たずに生まれる事が正解だと言っていたが、本当にそうだと溜息を零す。

 熱で寝込んでいた数日間は、親戚の何人かが書類仕事を代わりに行っていた。

 つまり、未だ昏睡状態のお父様が居るあの屋敷に、何も知らない親戚が出入りしてるという事だ。

 私やお父様と同様、魔力を使用した影響で不調を訴えた者は少なくない。

 直系と傍系では払う代償に差が出るのか。

 それはどれくらいなのか。

 寝込んだ者は、単に初めて意図して使用する魔力の力加減が出来なかっただけなのだろうか。

 そんな状態の彼等が、重症のお父様が眠る部屋に近付いて無意識に魔力を使用してしまえば一溜まりもない。


「彼等を帝都に呼んでおきながら、何の説明もしないなんて不誠実です。魔力のこともありますし、現に今も命を危険に晒している状態です」

「ったく……魔力っつーのは便利なんだか不便なんだか分かんねぇな」


 能力にも寄るだろうが、少なくとも私は治癒能力を便利だと感じた事は一度も無い。

 レイキッド様を治療出来た事には感謝しているが、今のところデメリットの方が多い。

 カーテンの隙間から再び窓の外に視線を移した。

 もしも魔力を持たずに生まれたなら、奇抜な眼鏡に悩まされることはなかっただろう。

 絵画ではなく、肉眼で見る青空を見れただろう。

 ほぼ陽が落ちた夕空しか見た事が無い私には、色のある世界を生きる周囲の人間が羨ましい思った。










 ……さて、馬車の中で感じたセンチメンタルは親族会議ですぐに吹き飛んだ。


「僕の領地で鉄鉱山が見付かったから、今後はこっちから鉄を叔父さんに送るよ」

「そうかそうか。ならば木材はこちらから出そう。聞くところによれば、造船を計画しているんだって ? 」

「はい ! 他国に向けたビジネスを考えているので助かりますよ」


 楽し気に話す親戚をただ茫然と見つめる。

 これから始める事業を熱弁する者。

 それに便乗する者。

 新たな経営方針を発表する者。

 一見すると仕事熱心に見えるが、彼等の動機は決して純粋な気持ちからではなく、私が今までに受けた仕打ちを知った事による経済的な制裁を目論んでのことだ。


「さーて、奴等がどう根を上げるか楽しみだな」

「ふふ、こういうのはいけない事だと分かっていてもワクワクするわね」

「出版社にも、お灸を据えなきゃね」

「おきゅーってなーに ? 」

「母様達は悪い大人をコテンパンにボッコボコにやっつけるってことだよ ! 」

「わ〜い ! 楽しそう ! 」


 部屋の隅で遊んでいた子供達が無邪気に笑い、大人達もからからと笑う。

 口調や雰囲気は穏やかだったが、小心者の私は内心で焦りを覚えた。


「あ、あの……皆さんのお気持ちは嬉しいのですが、後々問題になる行動は控えた方が……」

「ぶはははは ! なーに心配ないさ ! 今までに培った交渉術で上手くやるよ」

「そうよ ! 商人揃いの家系を敵に回す怖さを思い知らせなくちゃ ! 私達を信じて」


 ウィンクをして見せる夫人に返事ができず押し黙る。

 遠くから帝都まで来てくれた事や、問題に巻き込んでしまった事への謝罪と感謝から始まり、家門の言い伝えや魔力に関する説明までは順調だった。

 既に魔力を使用し、副作用を経験しているだけあって素直に信じてくれたまでは良い。

 注意喚起が遅くなった事への反感を買うかとも思ったが、叱られる事さえなかった。

 むしろ身を案じてくれる言葉を掛けられ、その懐の深さに感動した。

 さて、感動で会議は終われば理想的だっただろう。

 しかし、熱で寝込んだ数日間に仕事を代わってくれた時の話しから雲行きが怪しくなり、気付いた時には親戚が一致団結して経済的制裁の打ち合わせを始めたのだ。

 ミルドッド伯爵夫妻から色々と聞かされ、実際に議員等による姑息な攻撃に腹を立てていたところに、私から過去の話を直接聞いた事で親戚一同の我慢が限界に達したようだ。

 マズイことをしてしまった。

 火に油を注いでしまった。

 頭を抱えそうになり、どうにか考えを改めてもらおうと声をかけても余計に勢いが増すばかりだ。


「あ、あの……熱も引いたので業務に復帰しようと考えておりまして……」


 以前のような疑心暗鬼とは違い、今は周囲を信じたいと思う反面、物騒なやり取りを耳にしてしまえば流石に平常心ではいられない。

 手始めに代理で任せていた仕事を、これまで通り私が担うと口にすると一同は首を横に振った。


「まぁまぁ、一時的と言わずに後は私達に任せなさい」

「承諾が必要そうな書類は簡潔にまとめて後で届けるから心配要らないよ ! 」

「伯爵様に聞いたが、今まで遊びに行った事も無かったんだって ? 可哀想に……ほれ、小遣いをやろう」

「ホホホ、思う存分遊んでらっしゃいな」


 優しく微笑む老夫婦から小切手を差し出される。

 ミルドッド伯爵夫妻を除いて年相応の扱いを受ける事が無かったは私は、呆気に取られてついそれを受け取った。

 けれど記載された金額の多さに驚いて慌てて返す。


「どうした ? 足りないか ? 」

「い、いえっ ! むしろ多すぎます ! そもそも急に呼び出した挙句に問題に巻き込んでしまったのに、私にはこんな大金受け取る資格はありません」

「巻き込んだだなんて、水臭いわよ」

「ホホホ、貴族令嬢には珍しいわねぇ~可愛いわぁ。ただ、お金の使い方を学ぶのも大事よ ? 」

「いえ、だって……」


 豪邸が買える程の大金は小遣いと言わないだろう。

 以前、少ない所持金でやりくりを試みた自分を思い出して小切手を握る手が震えた。

 同時に、敵だらけの社交界で虚勢を張っていた過去を思い出しながら、差し伸べられた親切に戸惑う。

 どう対処すべきか分からずに混乱して、満足に受け答えも出来ず結局小切手はそのまま持参したハンドバックに仕舞った。

 金銭的な援助をする筈が、まさか逆に受け取るなんて予想外だった。


「話は以上で良いかな ? それじゃ、我々は引き続き準備に取り掛かろうか」

「オルカちゃん、まだ身体が辛いだろうから無理しないでね」

「怪しい人を見かけたら、取り敢えず動物の真似をしてみると良いよ。例えばアヒルみたいにグワグワグワ~ってね ! 」

「アヒルじゃ弱いよ~」


 良い大人が動物の真似をすれば、周囲からわっと笑い声が上がる。

 次々に退室する彼等を見届けながら、本当にこのままで良いのかと胸がざわつく。

 何かを見落としてないか。

 婚約破棄を軽々しく口にした後の大騒動を思い出しながら、けれど知識不足な自分の頭では回避策が何も浮かばなかった。

 好奇心が旺盛で趣味を仕事に変えてしまう行動力と探求心、そして調和を重んじる親戚が騒動を起こすとは思えないが、私が考える以上に大胆で行動力が高い。


「終わったみてぇだな。お疲れ」

「あ、レイキッド様……」


 あれこれと悩みながら重い足取りで廊下を歩いていると別室で待っていたレイキッド様が現れた。

 親戚の誰かに会議が終わった事を知らされ、様子を見に来たようだ。


「暗い顔してっけど、マズイ事でもあったのか ? 」


 執務室に向かわない私を疑問に思ったのか、レイキッド様が不思議そうに首を傾げる。

 業務に復帰すると伝えていたので無理も無い。

 そんな彼にもう暫く仕事を休む事になったと説明すると、安堵の表情を浮かべて一緒にエントランスへ向かった。


「まだ体調が回復したわけじゃねぇんだから、素直に甘えりゃいいじゃん」

「ですが、報復を企んでいるような会話を聞いてしまうと不安が拭えないと言うか……」

「大丈夫じゃね ? オルカ嬢の親戚って生粋の商人揃いみてぇだし、そんな人達が後先考えずに行動するとは思えねぇけどな」


 組織的に行われる商いで、理不尽な騒動を起こすとは考えにくい。

 ましてや権力に疎い親戚が不利益を被るような真似をしないだろうとレイキッド様が続けた。

 経済学を学ぶ彼の言葉に説得され、思い過ごしなのだと自分に言い聞かせて深呼吸をする。


「心配のし過ぎだって ! 」

「そう……ですよね」

「んな事より時間出来たんだから、今まで出来なかった事を進めりゃ良いじゃん。どうせ素直に休む気ねぇだろ」


 言われた言葉に苦笑しながら頷く。

 この時、心配事が多い中で味方が居る事への安心から私は気が緩んでいた。

 順番に、一つずつ問題を片付けようと考えても、予想外な事態に何度も計画はぶち壊されてきた。

 そもそも知識不足で想像力が乏しい自分の計画なんてたかが知れているが、渦中に身を置いていると欠点に気付けないようだ。

 否、自分の学習能力が低いのか。

 婚約騒動から続く問題の連続で疲弊して、無意識に逃げていたのかもしれない。

 仕事に時間を取られ、後回しにしていたケイプ家の問題を処理する為に一先ず私達はミルドッド邸へ戻った。


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