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~矛盾と疑問に向き合って(上)~

 

 待っていた衝撃がやって来なかった。

 そもそも夢の中では痛覚が機能しないことを思い出して、そっと目を開ける。


「おチビちゃんっ! 」

「マゼラン……? 」


 気付けばマゼランに抱きしめられた状態で、お父様の作業部屋に戻っていた。

 何が起きたのか理解が追い付かず、呆然と辺りを見渡す。

 元々窓の無い部屋だったが、壁掛けランプや蝋燭がある分、決して薄暗くは無い。

 煙はどこにもなく、空間も歪んでいない。

 光る球体や人形もなく、家具も正常に配置されていた。

 部屋の隅に視線を向ければ、お父様は相変わらず間抜け面で停止したまま動きを再開させた気配はない。

 すぐ後ろには片開きの扉が閉ざされて、今は中を確認できなくなっていた。


「マゼラン……何が起きたのでしょうか……? 」

「はぁ……ごめんね。君は反則なくらい、身体に魔力が馴染んでるのに迂闊だった」

「え? 」


 マゼランは私を抱きしめたまま、何度も謝罪を繰り返す。

 態度から察するに、良くない状況に陥っていたのだろう。

 罪悪感に苛まれる彼をなだめながら、一先ず何が起きたのか説明を求めた。

 けれど、マゼランは質問に答えるより先に、私の夢へすぐに戻ろうと踵を返す。

 普段、明るく余裕に満ちた人物の落ち込んだ姿を見てしまえば、” 何故、どうして ” と聞き分けのない子供のように質問を重ねる気にはなれず、また自分自身も、体験した出来事を頭の中で整理できずにいたこともあって、反抗せずに大人しく従った。

 マゼランに抱えられたまま、お父様に視線を向ける。

 白い霧の向こうに消える姿を眺めているだけで、どこか寂しさが込み上げた。

 物理的に開いた距離は、まるで私達親子の関係を指し示しているようで、そっと視線を外す。

 何でも一人で勝手に決める父親の過去を知ったところで、私の憤りや落胆が払拭されたわけではない。

 むしろ、理不尽な時間を過ごした幼少期の自分と比較して苛立つ気持ちが増した。

 その一方で、断罪後に何が起きたのか。

 そして関わりたくないと強く思う反面、肉親に対する寂しさが自分の中に根強く残っていた事に気付かされる。


「……ごめん」

「いえ、あの……マゼランが私をあそこから引っ張り出してくれたんですか? 」

「うん。探すのに時間が掛かっちゃってごめんね」

「こうして無事に戻れたので、もう謝らないで下さい。大丈夫ですから」


 私の夢に戻ってソファーに座ってからも、マゼランは謝罪を繰り返していた。

 探しに来てくれたことを感謝したが、責任を感じているようで、却って落ち込ませてしまい暫く沈黙になる。

 すぐにでも例の空間について尋ねたい気持ちを抑えつつ、見慣れた開かずの部屋を見渡した。

 ここは常に夕方だ。

 理由は、持病の影響でお母様の活動時間の大半が夕方だからであり、必然的に夕暮れ時の印象が強く夢に反映されたのだろう。

 大きな窓はカーテンが全開になっていて、室内に夕日が差し込んで明るい。

 外の庭園に目を向ければ、今は刈り取られてしまったであろう美しい花々が咲いていた。

 池の方を大人しく眺めていると、ようやくマゼランがぽつりとぽつりと話し始めた。


「マシューの身体が……魔力を補おうと、無意識に君の魔力に反応して取り込もうとしてたみたいなんだ……」

「え? 」


 本来、あの片開きの扉の向こうには、お父様の作業部屋と差して変わりない部屋がある筈だった。

 しかし、昏睡状態の影響なのか。

 お父様の魔力は失った分を補おうと、私を取り込む為に別の場所へ連れ去ったのではないかと告げられる。

 マゼランに見たものを説明すれば、やっぱりと言わんばかりに溜息を零して、また謝罪の言葉を口にしていた。


「本当にごめんね。多分、君がさっきまで居た場所は、マシューにとって凄く深い大切な場所なんだ」

「……光る球体や人形の正体は、やっぱり記憶や感情を司っていたものだったんですね……? 」

「多分、そう。僕は魔力が具現化した存在だけど、実は君の見たっていう場所や球体の事は何も知らないんだ」

「知らないって……なら、どうやって私をあの空間から連れ戻したんですか? 」

「魔力を辿って、君を引っ張り寄せたのさ。呼んでも返事が無いし、姿が見えないし、気配も……薄っすらと感じるだけで何処をどう探せばいいか分からなくて、本当に焦ったよ」


 それは、こちらの台詞だ。

 そう言いたかったが、良心が痛んで口を噤む。 

 マゼランは続けて、連続でこの夢を見ている理由も説明してくれた。


「僕が……君を故意に呼んだんだ。起きるようにマシューを説得して欲しくて……」

「夢に……呼ぶことが出来たんですね? 」

「うん……ごめん。だけど無意識ならともかく、故意に君を呼ぶと少なからず身体に負担がかかるから出来るだけこういう事はしたくなかったんだ」

「あの、そもそも何故、無意識の時は身体への負担が無いんですか? 」

「毎晩、身体の中で生成された魔力が一定になるように自動的にコントロールされてるんだ」

「なるほど……? 」

「余分な魔力が発生した事によって、君がこの部屋に来ることが出来るって仕組みなのさ」


 魔力は使用時に代償を払う。

 それは能力を使用した事によって生じる現象のみに留まらず、無意識に肉体と魔力の均衡を保とうと働きかける為、新たに生成された分の代償も払う。

 これは異種族の身体でも ” 核 ” と呼ばれる魔力を管理する器官によって、同様の働きが見られた。

 生憎、人間は核を持たないので、魔力に関連する殆どの場合に代償が付き纏う仕様になっているようだ。


「この空間は、ちょっと特殊なんだ。普通の夢と同じで記憶を元に建物や風景が反映させるし、条件は限られるけど、頭に強く思い描いた物を出現させられる」

「……閉じ籠もることも出来ますよね? 」

「うん。普通の夢と違って全てが思い通りにならないけど、普通の夢より現実に与える影響が大きいんだ」


 開かずの部屋の夢は、通常の夢と原理が違う。

 ここは魔力で創られた空間のようで、意図的にマゼランと再会する事は即ち、魔力を使用して創った空間に夢を通じて彼に会いに来るという行為を意味していた。


「上手く説明できないんだけど……身体は睡眠状態で脳だけが活動してる……って感じかな? 」

「…………白昼夢のようなものでしょうか? 」

「うーん、それとも少し違うというか……」


 治癒を施すよりは使用する魔力が少なく、背に腹は代えられないと考えたマゼランは、お父様を昏睡状態から起こそうと、私を夢に呼び出していたようだ。


「本当にごめん……それから、君が例の空間? そこに居る間にきっと知らず知らずのうちに魔力を吸い取られた可能性が高いから、起床後は体調不良を起こすと思う」


 始めから気味が悪いと感じたのは、単純に身体が危機感を覚えていたからなのだろうか。

 真相はさておき、ただでさえ事件後で身体がまだ回復しきっていないのに、とんだとばっちりだ。

 振り返ってみれば、マゼランには私に何が起きて、どうしてお父様が昏睡状態になったのか詳細を話していない。

 球体で見た断罪後の流れを気にはなっていたが、正直なところ、そろそろ身体が限界だ。


「実は……少し前に生死を彷徨う怪我を負ったんです」

「え!? 」

「侯爵様が昏睡状態になった理由は、私を助けようとしたからです。だけど、ハッキリ言って侯爵様は……私が危険な目に遭った要因の一人でもあります」

「そ、だったの……ごめん。知らなくて……」

「いいえ。ただ今は元気に見えますが、実際の身体はまだ完全に回復したわけではありません。なので、意図的にこの夢に訪問する方法を教えて下さい。……少し休みたいんです」

「……わかった」

「安心して下さい。侯爵様には皇室との縁談を断って頂きたいと思ってますので、必ず説得に来ます」


 気まずい雰囲気が流れる中、夢への訪問方法を教えてもらった後、自ら両開きの扉を開けて目を覚ました。




 ****











 夜明け前に起床後。

 高熱と酷い倦怠感に襲われた。

 起き上がることも出来ず、腕を動かすだけで精一杯だ。

 現在は伯爵家に滞在している為、朝食の時間に伯爵夫妻とレイキッド様に容体を知られてしまい、仕事を禁じられ休まざるを得なかった。

 有り難い反面、知らぬ間に厄介な問題が起きるのではいかと不安に駆られる。

 主治医からは無理が祟って熱病を発症したのではないかと診断されたが、十中八九あの例の空間が原因だ。

 今までも魔力を使用した後に体調を崩す事があった。

 その度にすぐ回復した為、今回もすぐに熱は下がるだろうと予想していた。

 しかし、事情を説明する余裕がない。

 また、周囲は仕事の所為だと初めから決め付けている節もあって、話を聞いてもらえる状況でもなかった。

 昼前に親戚が能力で治療を施してくれたおかげで、いつもより回復が早かったが、完全完治とまではいかず。

 事件後に負った怪我による不調は変わらず残った。


「オルカ嬢、頼むから無理しないでくれ」

「す、すみません。あの……でも、防衛本能で魔力がゆっくり回復させてくれている筈なので、間違いなく身体は日に日に回復してると思います」

「高熱出してんのに? 」

「あ、いえ……これは単に、魔力を使用したことによる副作用でして……その……」

「しっぺ返しがあるんじゃん。つーか事件後に起きてからすぐ仕事してたのも関係あると思うぜ」


 レイキッド様は午前の授業を休み、身体に良いと言われている蜂蜜を調達して見舞いに現れた。

 その表情は暗く、こちらが申し訳なく思う程だ。

 けれどやっぱり不安が勝って、せめて手紙だけでも確認したいとレイキッド様に頼んでも、首を縦に振ってくれない。

 議員等に隙を見せたくないと訴えても許可が下りず。

 ケイプ家に関しても、マゼラン家の仕事と並行して親戚が引き受けている状態なので心配ないの一点張りだ。

 心遣いには本当に感謝している。

 ただ、実際に自分の目で確認していない分、疑い癖が働いて新たな問題が発生しないか気が気ではなかった。

 悩ましい幼馴染の事も早く説得したいのに、何一つままならない現状に焦りが増すばかり。

 そんな私を見透かしたのか。

 レイキッド様は真剣な表情で静かに口を開いた。


「……オルカ嬢、拉致事件の時に俺を回復させてくれたことは本当に感謝してる。ありがとう」

「え? いえ……」

「あの時、オルカ嬢が身体を張って回復させてくれなかったら、間違いなく俺はもう死んでたんだ」

「いえ……私も、何度もレイキッド様に助けて頂いてますから、当然です」

「……実はさ。俺の教育が成人後まで先延ばしにされてた理由は、小さい頃にこっち来て早々、マズイ事をやらかしたからなんだ」


 急に何の話だと、首を傾げた。

 レイキッド様は視線を落としたまま続ける。

 字の読み書きや地理、計算と言った基礎知識は習得したものの、成人後にマナーや歴史、語学を学ぶ為に北部から帝都にやって来た。

 妃教育ほどではないにしろ、学ぶことが多い理由はアドバンズ領で行われている事業が大きく関係していた。

 ミルドッド伯爵と同様、レイキッド様も貿易関係の事業に携わっているようで、詐欺被害を防ぐ為に多くの知識を身に付ける必要があった。

 大きなパーティーが開催させる時は両親と共に帝都へ出向く事もあったが、単独で長期間の滞在は今回が久しぶりだったようだ。

 そして、帝都に友人が一人も居ないこと。

 同世代との考え方の違いに苦しんでいたこと。

 周囲との関係性を諦めたきっかけも話してくれた。


「北部はこっちと違って年中真冬だからさ。あっちには花屋なんてないんだ」

「咲く花が限られているから、需要が無いんですね」

「ああ。それで……帝都で初めて参加した茶会で、誰かの誕生日が近いらしくてさ。何も知らねぇくせに同世代の令息を真似て令嬢に花を渡そうと思った」


 ぴくりと眉が動く。

 私やエイリーンと同じように、ローウェンス公爵の髪色や瞳もまた、帝都では珍しかった。

 父親そっくりの彼も、さぞ注目を集めたに違いない。

 しかし、普段の言動を思い浮かべながら、話の流れからして嫌な予感を覚えつつ大人しく話の続きを待つ。


「北部じゃ花を贈るっつったら、森の中で直接摘んで来るのが当たり前なんだ。俺はそん時、会場の外にある雑木林から綺麗な花を摘んで令嬢に差し出した」

「……ミルドッド夫人やローウェンス夫人は傍に居なかったんですか? 」

「俺だけこっちに来ててさ。叔母さんは用事があって一緒に来れねぇから本当は止められてたんだ。でも我慢できなくて、こっそり屋敷を抜け出しちまってさ……」

「……」

「別に参加するだけだから何も問題ねぇだろって、礼儀作法とか貴族間のやり取りを甘く見てた。北部でも何回かパーティーに参加してたしさ」


 北部に赴いたことはない。

 けど、レイキッド様の性格を見るに、きっと帝都とは社交の場の雰囲気が全く違っていたのだろう。

 良かれと思って贈った花は受け取ってもらえず。

 そればかりか、同世代の令嬢や令息に馬鹿にされてしまい、周囲に居た大人までもが冷ややかな目を向ける始末。

 味方が居ない状況で笑い者にされるのは、幼い子供にとってどれほど酷なことなのか身に染みて理解している。

 公爵令息とは言え、言動もさながら次男かつ単独で参加していた所為で、完全に侮られてしまったのだろう。

 学ぶ量が多い上に、教育が開始されたばかりの年頃となると、十歳前後といったところか。

 帝都に訪れてから日が浅く、知識も無い幼い子供なら、間違いなくゴシップ好きな輩の格好の餌食だ。

 そこに性別や年齢なんて関係ない。

 誰かを陥れる話題が一番そそられるようで、いつしか大抵の噂は品格を疑うものばかりが流行っていた。

 そんな噂を良しとする人々が集まる場だ。

 いくらミルドッド伯爵家の後ろ盾があったところで、子供一人であれば幾らでも誤魔化せると思ったのだろう。

 レイキッド様はその後も、絶妙な言い回しで言葉巧みに責められ、陰湿な攻撃に反論もできず、ただ大人しく耐えるしかなかった。


「今なら軽率だったと思う。こっそり抜け出して、騒ぎ起こして馬鹿だったなってさ……社交界を甘く見てたし、周りがあんなに陰湿だって全然想像してなかったし」

「……酷いですね」

「この髪色が目立ってさ。会場の何処に居ても見つかるし、仕舞いにはどこぞの令息が何人か絡んできて……まぁ、そん時に我慢できなくて手を出しちまったんだ」


 本人も自覚している通り、レイキッド様に落ち度がある。

 けれど、いくら何でも子供相手に寄ってたかって陰湿な攻撃を仕掛ける方も間違っている。

 騒動の末に、相手を怪我させたレイキッド様に非があったとして、成人を迎えるまで帝都に長期滞在及び、単独でパーティーへの参加を禁じられてしまったようだ。


「多分、落ち着いて物事を考えられる歳になるまでってことで、成人後なんだと思う」

「あの……聞く限り相手にも非があると思いますが、そちらにも何かしらの罰は与えられたんですよね? 」

「……いや、俺だけだったよ。正直、親父の爵位が高かったからあの程度で済んだんだと思う。じゃなきゃ永久追放とかも有り得たかもな」


 余程、相手に酷い怪我を負わせたのだろうか。

 それにしたって、周囲の大人も一緒になって子供を攻撃していたのだ。

 なのに被害者だけが罰を与えられるなんて理不尽だ。

 自分の過去と重ねてしまい、感情移入して顔を顰める。

 レイキッド様は押し黙る私に、構わず話を続けた。


「今でもあの時の騒ぎが尾を引いてるし、俺もこっちで親戚以外と仲良くしようなんて考えてなかった。だから、オルカ嬢が初めてなんだ」

「え? 」

「色々大変な目に遭ってるし、心配事が多いのも疑り深い理由もちゃんと理解してる。最初こそ周りを見返して欲しいって、自分を重ねて見てた時もあったけどさ。今は、本当に大事なんだ。だからさ、本当にさ……あんま無理すんなよ」


 覇気の無い話し方と、暗い表情に胸が痛む。

 在り来たりな言葉で説教を受けるより、何倍にも罪悪感を感じて心に重くのしかかった。

 口では心配を掛けた事に対して詫びておきながら、実のところはあまり反省なんてしていない。

 ” 仕方ない、不可抗力だ ” と、端から改善しようともせず、目の前の問題に手一杯で余裕がなかった。


「出来ることは何でも協力するし、まぁ……あんま気が乗らねぇけど、ケイプ侯爵令嬢に会えるように裁判の時間稼ぎもするしさ。だから、何でも一人でやろうとしないで、もっと周りに仕事振って自分を労われよな」

「……ごめんなさい。今一度、自分の行動を振り返ります」


 不器用で、けれど真っすぐな言葉を素直に受けて止めて、視線を手元に落とす。

 もはや仕事をしたいと食い下がる気にはならなかった。


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