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~当主代理の不満~

※お詫び※

次回話の出だしを今回の話しの最後に付け足しました。

すみません。

 

 開かずの部屋の夢を見た翌日。

 憂鬱な気分でマゼラン邸へ向かった。

 体調が万全とは言い難い状態でも。

 納得できない出来事が重なっても。

 当主の業務と問題を放置することが出来なかった。


「オルカ嬢、大丈夫か? 」

「はい? はい……大丈夫です」

「まだ目ぇ覚めたばっかなんだから無理すんなよ? どっか痛むのか? すげぇ怖い顔して書類を睨みつけてんぞ」

「ありがとうございます。これは……まぁ、ちょっと、夢の所為といいますか……」

「嫌な夢なんか忘れちまえ」

「……そうですね」


 私だって忘れたい。

 本当はもう関わりたくない。

 けどお父様が昏睡状態である限り、忘れようがない。

 夢と夢が繋がるなんて予想外だった。

 唯一休める安全地だと思っていた場所でさえ、安心できないと知ってしまった落胆が大きい。

 加えて幼稚な態度に感化されたのか。

 マゼランが泣き虫な子供を世話する光景にも、不満を覚えて憂鬱な気分に拍車をかけていた。

 子供相手に嫉妬するなんて情けないと思う反面、その子供の実子である自分はどうなるのか。

 妥当な反応なのか、やっぱり情けないのか。

 そんな自問自答を繰り返しながら、寝ても覚めても問題に悩まなければならないなんて、最悪だ。

 そもそも、また無意識に期待して、勝手に落胆している自分が嫌になる。


「はぁ……何でまた期待しちゃったんだろ……」

「なんか期待外れなことが起きたのか? 」

「はい……無意識に期待する癖を直したい……」

「オルカ嬢でもそんなことあるんだな。良いんじゃね? 誰かを信じられるのはそれだけ心に余裕があるってことだろ? 」


 レイキッド様の言葉に小さく溜息を零す。

 これは果たして本当に良いことなのだろうか。

 勝手に裏切られたように錯覚して負担に感じるくらいなら、無意識に期待しない方が良いのではないだろうか。

 問題に関してもそうだ。

 婚約を解消さえすれば、未来は安泰だと思っていた。

 それがどうだ。

 夢では閉じ籠るお父様の説得に苦戦し、現実では再婚約とケイプ家に関する問題に頭を悩ませている。

 幽閉されているとは言え、例の力が発現した殿下への不安も解消されたわけではない。

 今は大人しくても、また暴走しないか心配だ。

 そんな殿下の突発的な訪問を無くなり、一息つけるかと思いきや新たな悩みの種が発生した。

 穴埋めをするかのように、議員等から事業や投資を通じて接触を図ろうとする手紙が何通も届き始めたのだ。

 昨日の今日で、既に片手では数え切れない程の量に頭が痛くなる。

 流石に仕事の詳細を突かれると、即答出来ない。

 何のことを指しているのか、さっぱり分からない。

 曖昧に返すわけにもいかず、過去の契約書や資料を引っ張り出して、一々調べなければならなかった。

 これがまた物凄く手間がかかる。

 そしてこれらの問題を、マゼラン当主が担っていた通常業務と並行して行う必要があるので時間もかかる。

 本当に、いい加減にしてもらいたい。

 一難去ってまた一難、否、二難三難くらいの勢いで押し寄せてくる現状に辟易した。


「レイ兄、そこ綴り間違えてるよ」

「え? あー……もう、頭がこんがらがるぜ……ったく」

「北部と微妙に使い方違うから、私もこっちに戻ったばかりの頃は凄い苦労したなぁ~」


 議員に尾行されていた件を踏まえて、もう暫くレイキッド様と行動を共にすることになった。

 そしてリクレット様とレイラ様もまた、心配で会いに来てくれていた。

 再婚約の話が浮上している現状で、皇室が私とレイキッド様の接触を牽制しないのは、恐らく兄妹二人が居てくれているからだろう。

 書類仕事に励む私を横目に、皆は各々で持参した勉強道具を広げて勉強会を始めている。

 殺風景な室内で、ローテーブルに宿題を広げる三人の姿は、なんとも奇妙な絵面だった。


「うーん……」


 執務室内を見渡した後、小さく唸る。

 過去に戻る前は、威圧的な態度のお父様が居るこの空間が苦痛だった。

 過去に戻った後も、不毛な努力を続けた以前の自分を思い出して自己嫌悪に陥ってしまう為、この部屋に入るのはやっぱり苦痛に感じていた。

 しかし今は非常時とは言え、私がお父様の執務室を使い、お父様の椅子に座って書類仕事をしている。


「オルカ姉様、どうしたんですか? 」

「感慨深いなと思ってました。ここ数か月で起きたことも、当主代理になって仕事をしていることも」

「確かに……多分今年起きたことは、教科書に載りそうだよね~? 廃太子が生まれた理由が理由だし! 」

「それは勘弁願いたいですね。当事者としては、恥ずかしいですから」

「当然の主張なんだから、オルカ姉様は何も恥じることないですよ。ただ、レイラが言うように教科書に載る可能性はありそうだけどクソ……おっと。議員達が体裁を気にして承諾しないかもしれませんね」

「今、” クソ ” って言ったろ? 」

「嫌だなぁ~? レイ兄じゃあるまいし、クソ爺なんて言うわけないよ~」

「あはははは! リク兄様、本音出ちゃってるよ~! 」


 兄妹二人とは拉致事件後に再会するまで、挨拶程度にしか会話を交わしたことがなかった。

 けれど周囲から何か聞いているのか。

 再会した二人の態度は、以前に比べて気を遣い過ぎず、自然体で接してくれる。

 決して横柄ではなく、礼儀を欠いてるわけでもない。

 一見すると何でもないように見えて、実際のところは場に応じた適切な言動をしっかりと理解している。

 流石は皇族というべきだろうか。

 けど、だからって全く不安を感じないわけではない。

 伯爵家と公爵家から協力を得ている現状で抑えられているとは言え、疑い癖は健在だ。 

 ただ、伯爵邸の使用人と同じく、良くも悪くも正直で無遠慮な物言いが、どこか安心する。

 二人の態度が演技だと言われればそれまでだ。

 けれど、兄妹を信じている伯爵家と公爵家、そしてレイキッド様を疑いたくない。

 不安になる気持ちは否めないが、再会してからは必要以上に二人を警戒することはしなかった。


「リクは皇太子の話を断ったんだって? 」

「うん。ダメ元で断ったけど……無理だろうなぁ」

「タイヘンソー。ガンバッテネー」

「レイラは他人事だと思って……」

「だって私は成人後にオリバー様と北部に行くし~♪ 」

「良いなぁ……僕だって成人後は南部で貿易の仕事をしようと思ってたのにさ~」

「その為に何年も商団で準備してたのに災難だな。嫌んなったらいつでも北部に遊びに来いよ」

「早くあそこから出たかったのに……兄上は本当に余計なことばっかりするんだから」

「お父様は諦めないと思うんだよね~? あ、オルカお姉様も気を付けてね」

「はい。新たな問題が起きる前に、出来れば対策をしたいんですけどね……」


 既に婚約は解消され、書類も無事に受理された今、近衛兵に見張られる心配はない。

 しかし、レイラ様の言う通り、両陛下は決して諦めたわけではなかった。

 証拠に、議員の行動を静観している。

 ミルドッド夫人から聞いた話によれば、皇室に向けられた疑惑を払拭させる為に、私が最初に睨んだ通り、マゼラン家との縁談を強く推し進めているようだった。

 間違っても他の家門から求婚されないよう、裏で根回しまでされている始末。

 マゼラン家は嫁ぎ先として元々人気がなかった。

 理由は魔族の血を引いていること。

 そして出生率が低く、短命が多いこと。

 他の家門に嫁ぐ場合も似た理由で敬遠される一方で、財力を目当てに後妻として欲しがる中高齢の貴族が一定数存在していた。

 

「今のところは議員がエロ爺共を牽制してくれてるみたいだから、求婚状がすぐに届く心配はないと思うよ」

「リクも何だかんだ口悪いよな」

「レイ兄に言われたくないけど」

「それにしても、他力本願で評判の回復を図るなんて甘え過ぎだと思うんだよね〜? 」

「手っ取り早いけど、どうなんだろな? 第一、今回の騒動はクソ野郎の行動に問題あり過ぎだろ? 」


 国民の反発を考えれば分からなくもない。

 別荘の襲撃で犠牲になった元使用人の遺体は、身元引受人が現れなかった為、マゼラン家で引き取ってそのまま墓地の手配まで行った。

 事件から一週間以上が経過してしまったとは言え、皇室が殿下のことで手一杯になっていた所為で、まだ安置所から動かされていなかったのだ。

 彼等は最後までエイリーンの能力に惑わされ、冷めた視線や棘のある言葉遣いが直ることはなかった。

 それでも、ちゃんと業務を行っていたこと。

 そして身体を張って侵入者に立ち向かい、私達を守ろうとした行動を考慮して、過去の仕打ちを水に流すことにした。

 元はと言えば、お父様に対する不満とエイリーンの能力に惑わされた被害者だ。

 遺体の状態は良くなかったが、せめて埋葬前に出来るだけ綺麗にしようと衣服や化粧も施す予定だ。

 依頼した業者は事情を知るなり感極まって吹聴しているようで、この事実が広がりつつある。

 ” 身寄りの無い平民に立派な墓地を建てるマゼラン家 ”

 ” 一度は追い出した使用人の遺体を、義理で引き取り埋葬まで行う名家マゼラン ”

 意図せず、そんな好意的な声が上がっているのだと、昼過ぎに町へ出向いたマゼラン邸の使用人が嬉しそうに報告していた。

 昨日の内に侍女長が役所で代理手続きを行っていたところを誰かから聞いたのか、もしくは書類を見たのか。

 議員等はこの情報を一早く察知し、評判に肖ろうと被害者と加害者が和解したという事実も、広めたがっているようだった。


「議員の方々から届く手紙が中々厄介ですねぇ……」

「オルカ姉様一人なら、丸め込めると思ってるんでしょうね。当主代理とは言え、成人前の令嬢だって侮ってるんじゃないかな? 」

「昨日の今日でそう思えるなんて、お母様の言う通り、議会の席を入れ替えた方が良いよねぇ~? 」

「オルカ嬢も次から次へと本当に大変だな」

「そう……ですね」


 殿下と違って誓約書を交わしていない分、一人一人に対応しなければならないのは、非情に面倒だった。

 この状況で両陛下が議員等の動きに気付かない筈がないので、公爵夫人がすぐに勘付いて腹を立てている。

 昨日から現在までに折られた扇子は何本あるだろうか。

 怒りを覚えたのは伯爵家も同じだった。

 悪評の沈静化に手間取っている理由もこれだ。

 特に教え子が多いミルドッド夫人からの助力が得られないのは、皇室としては大きな痛手になっている。

 貿易関係の事業を行うミルドッド伯爵が知らぬ存ぜぬの姿勢を貫いている所為で、事件後から隣国に不名誉な悪評がだだ漏れる状況も食い止められていない。

 また、両家はこれまで皇室の印象を高める為に尽力してきた、言わば皇帝陛下の懐刀のような存在だった。

 社交界で影響力の強いミルドッド伯爵家。

 そして傭兵から私兵、国家に所属する兵全般の憧れの的であるローウェンス公爵家。

 信頼する両家との対立に多少なりとも備えていたのだろうが、殿下の行いが二人の予測を遥かに上回ったことで、対処しきれない状況に追い込まれているようだ。


「本当、みんな自分勝手な人ばっかりだよね」

「そうだよね。昔は私達に目もくれなかったくせに」


 リクレット様も再婚約に猛反対していた。

 というより、皇太子の座に興味が無いようだ。

 裁判が終わり次第、殿下が正式に皇太子としての地位を剥奪されれば、時期皇帝の座は第二皇子であるリクレット様のものになる。

 その事実を理解した途端、周囲が手の平を返してすり寄る姿に気分を害しているようだった。

 特に偏見や先入観、権力に肖ろうと貪欲な姿勢を見せる議会の面々を嫌っていた。

 彼の気持ちは分からなくもない。

 ディヴァルガン帝国の王城は他国に比べて広く大きい。

 戦後に大幅な増築が加えられ、それまで別で建てられていた各宮殿が敷地内に集められた。

 両陛下の住む、ドラゴン宮。

 殿下には、皇太子宮。

 リクレット様とレイラ様にもそれぞれ皇子宮と皇女宮が用意されている。

 元々あった宮殿を巻き込む形で王城の敷地を広くし、温室を始めとする、皇族が教育や訓練を行う為の私的に共有する建物が新たに建てられた。

 とは言え、敷地内でも位置や建物が全く違う為、皇族が私的に利用する場所は総称して王宮と呼んでいた。

 敢えて呼び方を分けることによって、配属された兵や使用人を区別しやすく、また暗殺者やスパイの侵入を未然に防ぐ為に両陛下が工夫して作り変えたのだ。

 マゼランから聞いた昔の話しに登場する王の庭は王宮内にあって、一定の建物も含めて塀で仕切られている。

 ここでは安全を考慮して、関係者以外は立ち入れない場所でも、多くの兵が駐在していた。

 けれど、どんなに内側から固めようと、安心できるか否かは権力次第。

 背を向けた瞬間、味方が敵になって平然と攻撃を仕掛けてくるのが王宮という場所だ。

 長年、異種族の血と代々語り継がれた歴代の仁君によって守られ、個々の忠誠心を高める活動を怠った現在の両陛下の致命的な失敗とも言える結果だろう。

 高みからは見えない場所で、当時は発言力がなかったレイラ様とリクレット様が理不尽な思いをした理由は、忠誠心より欲を優先する人間が多いからだ。


「ところでオルカ姉様は、書類仕事をしたことがあったんですか? 」

「いえ、初めてです」

「それにしては秘書も居ないのに手際が良いですね? 僕より仕事が早いですよ」

「今はただ仕分けているだけですので、それで早く感じるのでしょう。ケイプ卿には申し訳ないのですが、ケイプ家に然るべき資産と権利を速やかに返還して、あちらに処理を委ねようと思ってますので」

「皇室にそのまま返還しちまえば良いじゃねぇか? ケイプ侯爵令嬢の裁判が終われば、全部どうせ没収されちまうんだろ? 」

「可能性としては濃厚ですが、どうでしょうね……」

「つーか、あの人も本当に苦労人だよな。令嬢一人の行動で家門全体が罪に問われちまったんだからよ」

「そうですね……侯爵様からの被害を長年受けていたことを考えると、可哀想でどうにか手助けをしたいと思ってるんですけどね……」


 エイリーンは事件後、一命を取り留めた。

 ワインセラーから救出され、その後は病室から能力を使用して私を捜索させたようだ。

 あの時、不自然に集まっていた動物はそういうことかと納得して安堵したものの、その後の流れは最悪だった。

 エイリーンはこれまでの過ちを自白し、自分の意思で現在は小さな離島にある貴族専用の牢屋に収監されている。

 怪我の具合はどうなったか不明だが、レイキッド様のように完治していないのは確かなので、治療を受けていることを願うばかりだ。


「ケイプ侯爵令嬢は一体何がしたかったんだろうね? 」

「そうそう。ロイダン兄様と共犯でもなかったし……なんだったらその被害者だし」


 レイキッド様も取り乱すエイリーンしか見てない分、顔を顰めてそっぽを向いた。

 擁護しようにも上手い言葉が浮かばずに押し黙る。

 傷害、拉致、監禁、暴行、脅迫、殺人。

 そんな様々な罪に問われている彼女は、本来であればインフェルノに送還されてもおかしくなかった。

 しかし、ケイプ家に伝わる能力と殿下の被害者であり、かつ私の捜索に最も活躍した功績が認められて、罪を軽減された。

 エイリーンに下された刑は、時期当主の資格を剥奪された後に、現在収容されている牢屋での終身刑。

 この刑罰には被害者であることへの擁護と、犯した罪の重さに比例していないという賛否両論の声が集まった。

 けれどそんな周囲を黙らせたのもエイリーン本人だ。

 彼女は死刑を強く訴え、殿下の裁判が終わり次第、エイリーンの二審が行われることが決定している。

 大抵の裁判は一審で確定する為、殿下を除いて二審が行われるのは約数十年ぶりであり、本人が極刑を強く申し出るのは類を見ない、極めて異例の事態だった。


「死刑を免れようと必死になる罪人は見たことあるけど、死刑を望む罪人は初めて見たよ」

「本当、何がしたかったんだかな……」

「エイリーンはその、自分の欲求に忠実というか……」

「そんなの兄上と同じじゃないですか? 」

「いいえ。死刑を強く望んでいる理由も、恐らく彼女自身が持つ能力を上手く操作できないからで……」

「そんな強い力持ってたのか? 」

「はい。強力な能力で衝動的にこう……」


 エイリーンの言葉を思い出して、口を閉じる。

 ” 殺戮衝動に駆られるみたいです ”

 ……なんて言えるわけもなく、視線を逸らす。

 罪に対する意識も対象によって落差が大きい分、反省しているのかも怪しいところだ。

 また、私が元使用人から受けた嫌がらせや虐待に対する抗議をした時も、悪びれる様子がなかった。

 単純に怪我をしているか否かの違いで、目に見えない相手の精神的苦痛に対する理解が及ばないようだ。

 これも能力の副作用なのか。

 それとも育った環境が影響しているのだろうか。

 そんなエイリーンが消極的な選択を選ぶ理由は、間違いなく殿下に刺される直前に聞いた言葉が原因だ。


「そこまで極悪人でもないというか……」

「能力を使って騎士を一人葬ったのに? 」

「そ、それは……」

「令嬢同士を険悪にさせて、喧嘩するように仕向けてたみたいだぜ? 」

「それは普通に酷いですね」

「そうだぞ? それで家門が二つ没落しちまったんだからよ。婚約関係を結んでた家門にも影響あったんだぜ? 」

「憂さ晴らしって、そのことだったのかな……」


 本当に何をやってるんだか。

 エイリーンを擁護しようとすると、悪い面ばかり浮かんで言葉が出て来ない。

 思い返しても、腹立たしく思うところはある。

 今でも受けた仕打ちを全て許したわけではない。

 過去に戻る前、断罪されたパーティー会場で自分を窮地に追い込んだ事実も簡単に許せるわけなかった。

 けど、あの優越感に浸る笑みの理由も、別荘で過ごした日々のことを思うと、突き放せないのも事実だ。


「と、とにかく出来れば、終身刑を受け入れるようにエイリーンを説得したいんです」

「まぁ、兄上の裁判もまだ終わってませんし、ケイプ侯爵令嬢の判決内容をどうするかはその先の話しになると思いますけど……」

「つーか、あのクソ野郎の裁判に時間が掛かってんのもおかしいだろ」

「仕方ないよ。だってドラゴンの血に拘る人達が猛反発してるし……」

「はぁ……こう聞くと両陛下も苦労が多いですね」

「オルカ嬢ほどじゃねぇと思うぞ? 」


 開かずの部屋が脳裏を過る。

 ケイプ家に関する書類に視線を戻すと、丁度部屋の扉がノックされて手紙を持った侍女長が執務室に現れた。

 差出人は議員の一人で、内容はやっぱり事業を口実に話の場を設けたいという旨が綴られている。

 手紙を破り捨てたくなる衝動を抑えながら、書類を置いて、憂鬱な気分で過去に交わした契約書を探す。








****


 一日が終わって、疲れた身体でベッドに潜り込む。

 しかし、目を閉じてからすぐに絶望感に苛まれた。

 気付けば、開かずの部屋の中に立っていたからだ。


「嘘でしょ……」


 二日連続でこの夢を見るなんておかしい。

 新手の嫌がらせか。

 以前は意図的に見たいとまで思っていたこの夢を、今は億劫に感じて眉間に皺を寄せた。

 いつもは朝まで開かずの部屋に居る所為で、時間切れと言いたげに扉が独りでに開いて起床という流れだった。

 でも今夜は自分で開けて目を覚まそう。

 明日もやるべきことが沢山あるんだ。

 夜くらい、ゆっくり休ませて欲しい。

 そう思って踵を返すも、先にマゼランに見つかってしまい、声を掛けられる。


「おチビちゃん! 良かった! ちゃんと来てくれた」


 ちゃんと、とは何だ。

 満面の笑顔でマゼランに抱き上げられて、不満を隠すことなく表情に出しても全く気付いてくれない。

 まだ一言も言葉を発していないのに、当然のように例の小部屋に向かって霧の中に入る。

 拒否してしまえば簡単だったが、脳裏に初代当主が過って思うように言葉が浮かばず唇を噛む。

 霧を抜けた先では、お父様が鼻歌を歌いながら何やら楽しそうに服を仕立てて、ニコニコ笑っている。

 その姿を見た瞬間、早くも苛立ちが限界間近に達した。

 こっちは病み上がりにも関わらず、お父様が放棄した問題に苦労しているというのに、本人は呑気に趣味に没頭しているなんて、理不尽にも程がある。


「マシュー! 君の娘を連れて来たよ! 」

「オルカ! サイズを計りたかったから良かった! 」

「あの……何してるんですか? 」

「オルカのワンピースを仕立ててるんだよ! 」

「そんなことしなくていいので、いい加減、目を覚まして下さい」

「やだ! 」

「両陛下には私が謁見を申し立てて……」

「やだやだやだやーだっ! 聞きたくないっ! 知らない知らない知らないもんね! 」

「わぁ……マシュー、おチビちゃんの額に血管が浮き出てるから、ちょっと一旦落ち着こうか……」


 相変わらず私を単なる夢の登場人物だと思い込んで、現実の話しが全く出来ない。

 というより、聞こうとしない。

 間違いなく記憶はあるくせに、精神年齢が子供に戻ってしまった所為で我儘し放題だった。

 椅子に座ってから自分の気持ちを落ち着かせる為に、何度も深呼吸を繰り返す。

 相手は子供だ。

 起きるように説得するには合わせる他ない。

 けど、自分はその子供の実子だ。

 何故、こちらが譲歩する必要があるだろうか。

 頭の中で自問自答を繰り返す内に採寸が終わり、お父様は上機嫌でスケッチブックに何かを書き留めていた。


「何を作るの~? 」

「オルカに着せたい服を作るんだ! あとストールでしょう? 手袋でしょう? 帽子は作ったことないな~……」

「どんなのが良いか教えてくれれば靴や帽子なら僕が出せるよ! 」

「フーガーは凄いな! これが出来たら出して! 」

「良いよ~♪ 」


 ” フーガー ” とは、童話に登場する架空生物の名称だ。

 夢にしか現れず、気さくで子供の相手をする優しい妖精で、悪夢を食べてくれると言われている。

 マゼランに聞けば、もしかしたら人魚やケルピーのように実在するかもしれないが、今は好奇心に心を揺さぶられる余裕もなく、ただひたすら同じ言葉を繰り返す。


「侯爵様、早く目を覚まして下さい」

「やだってばっ! 」

「はぁ……私も早く片付けたい問題があるんです。せめてご自身の問題くらい……」

「やだってばやーだっ! うぅぅ……」

「あぁ〜っ! マシューすぐ泣かないの! ほらほら、君の娘は意地悪でも怒ってるわけでもないんだから……」

「いえ、怒ってはいますけど」

「あ、ちょっとちょっと、おチビちゃん……」

「うええぇぇえええぇ~んっ!! 」


 マゼランがあやすように、子供を抱き上げた。

 私が生まれる前にお爺様とお婆様は他界している。

 その為、どんな人だったのかはよく分からない。

 けど、親戚や元専属侍女から聞いた昔のお父様の性格から察するに、きっと優しい人達だったのだろう。

 そして目の前の泣き虫で我儘な子供の態度からして、恐らくとんでもなく甘やかされて育ったに違いない。

 これは単なる憶測に過ぎないけれど、事実なら腸が煮えくり返るほど腹立たしい。

 お母様を亡くして以来、私は敵に囲まれたあの屋敷で独りぼっちだったのに、そんなの不公平だ。

 いい加減、我慢の限界で泣き喚く姿に文句を言ってやろうと口を開いた瞬間。

 マゼランの腕の中の子供は動きが鈍くなり、徐々に固まって大きな口を開けたまま停止した。


「あ……止まっちゃった」

「……はぁ」

「おチビちゃん……怒ってるのは分かったから、もう少し優しく言ってあげてよ? 」

「無理ですね。今日だって誰かさんが夢に閉じ籠っている所為で仕事に追われてましたから」

「そんなこと言って……余計に会話ができないよ? 」

「……」

「マシューの身体だっていつまで魔力に耐えられるか分からないんだし、精神年齢が下がっちゃったから、子供に接するようにしてあげなくちゃ」


 私だって成人間近とは言え、未成年だ。

 それもマゼランが庇っている子供の子供だ。

 なのに諭すように私が注意を受けるなんて心外だ。

 夢の中ならともかく、現実ではまだ身体のあちこちが痛む中で頑張っているのに、酷い話ではないか。


「どうして、いつもこうなるんだろ……」

「あ、そうそう。現実のマシューの身体はどう? 状態が酷いなら治癒しない方がいいよ」

「え? 」

「魔力を上手く操作出来れば良いけど、そうじゃないなら治癒者の身が危険に晒されるから気を付けてね」

「それ、どういうことですか? 」


 魔力が相手の状態を無条件に回復させようとする所為で、予想以上の能力を使用してしまい、払う代償が大きくなるのだと説明されて背筋が寒くなる。

 マゼラン家の主治医の話では、お父様は元々多くの持病を抱えていた上に、今回無理をした事で倒れたようだ。

 恐らく、見た目以上に身体の中身はボロボロになってしまっているのだろう。

 以前、遠征時で後先考えずに負傷者を治癒していた話を思い出して、眉間に皺を寄せる。

 目先に囚われて、知らない力を頼るなんて随分と恐れ知らずなことをしたものだ。

 問題を処理する為にマゼラン邸に足を運んでいたが、まだ昏睡状態のお父様を一度も確認していないことを思い出して溜息を零す。


「親戚に注意喚起して、侯爵様の部屋に入らないようにしなくちゃ……」

「そうだね。他の人は直接触れる距離まで近付かない限りは、無意識に能力を発動させないだろうけど……」

「他の親戚とも交流はしてますか? 」

「いや、皆は僕に気付けないね。見えてないし、声も聞こえてないと思う」

「そうですか……」


 受け継いだ血の濃薄によって、魔力量が変わるのか。

 エイリーンや殿下の能力を思い出しながらマゼランを見つめて、はたと気付く。


「貴女は私の夢に居たマゼランでしょう? なら侯爵様の夢に居た “ マゼラン “ は、今どうしてるんですか? 」


 記憶を共有していて、各子孫の夢に現れるなら、マゼランがもう一人居てもおかしくない。

 けれど、一つの夢に登場するマゼランは一人のみで、複数人を登場させるには、魔力を意図的に使用しなければならないと説明されて混乱する。


「僕は心臓みたいな存在なんだ。記憶を共有してるとは言え、あくまで魔力が具現化した存在だからね」

「……なる、ほど? 」

「僕等があの霧を抜けた瞬間に、この夢の僕は一人に統一されたってわけさ。そうじゃないと身体の持ち主に負担が掛かってしまうんだよ」


 何がそんなに負担だというのだろうか。

 全く意味が理解出来なかったが、マゼランが抱える子供が視界に入ったことで、質問する意欲が失せた。

 よりによって大泣きしたまま止まる姿に溜息を零しす。

 なんて間が抜けた表情。

 食堂で謂れのない説教を受けて、使用人から冷めた視線を向けられた過去を思い出してしまい、理不尽な現状に何もかも投げ出したくなる。


「はぁ……本当に、何でいつもこうなの……」


 気分を紛らわせようと椅子から立ち上がって、室内を歩き回った。

 私の夢に登場する開かずの部屋には、霧で中に入れない小部屋が二つ存在していた。

 一つは今居る、お父様の作業部屋。

 そして、そのすぐ隣にある同じ片開きの部屋だ。


「入ってきた入り口とは違う、こっちの二つの扉を開けても大丈夫ですか? 」

「あ! えっと、その奥の両開きの扉は夢から覚めちゃうやつで、多分、君かマシューが開けたら目が覚めちゃうと思う。あっちの片開きの扉は隣に繋がってるよ」


 両開きの扉に視線を向ける。

 しかし、その不自然な造りに首を傾げた。

 開かずの部屋が位置する場所の廊下は、一つだけだ。

 作業部屋の奥にも別の部屋があるとは考えづらい。

 開かずの部屋には用具入れのような小部屋が二箇所あったが、部屋全体が特別に広いわけでも、入り組んだ複雑な間取りというわけでもない。


「ここに両開きの扉なんてあったかな……? 」

「恐らく現実には無いと思うよ。マシューが夢から覚める為の扉でしかないんだ」

「へぇ……でも、どうしてここに? 私の出入りする部屋の扉で目を覚ませば良いのに……」

「マシューにとって、この部屋が一番心に残った場所だから夢にもそうやって反映されたんじゃないかな? 」


 つくづく不思議で面白い。

 問題さえ起きていなければ、詳細について質問攻めをしていたに違いない。

 残念ながら間抜け面で停止する泣き虫な子供が視界に入るだけで、現実で直面している様々な厄介事を思い出してしまい、質問する意欲が削がれる。

 部屋を見渡した後にマゼランに視線を戻すと、閃いたとばかりに手を叩いた。


「そうだ! 私があの両開きの扉を開けるので、マゼランは侯爵様を外にそのまま放り投げれば、目を覚ますんじゃないですか!? 」


 名案だとばかりに満面の笑みで伝えたが、マゼランは眉を寄せて首を左右に振った。


「マシューが自分で起きても良いと思えない限り、おチビちゃんが扉を開けたって、君一人が目覚めるだけだ」

「そう……ですか」

「君は朝になったら扉が独りでに開くでしょ? だけどマシューの夢ではそうじゃない。理由はマシュー本人が魔力を使って意図的に扉を閉めてるからなんだ」


 こう聞くと、遠征時や今回の昏睡状態で、知識もなく自然と魔力を使いこなすお父様に感心する。

 もっと違うことに役立てて欲しかった。

 以前、温室の花を変色させた自分とは大違いだと溜息を零しながら、片開きの扉を開ける。

 しかし、次の瞬間。


「え……? 」

「おチビちゃん? 」


 扉の内側から紫と灰色の煙がわっと溢れ出る。

 何の気無しに扉を開けてしまった所為で、突然の事態に反応することが出来ず、避ける間もなく身体が煙に覆われて視界が阻まれた。



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