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~可能性を信じて~

【修正版】

 

「オルカお嬢様、おはようございます。昨晩はよく眠れましたか? 」

「ん……? 」

「お水を飲みますか?先にお顔を綺麗になさいますか?」


 ニコニコと愛想よく笑う見知らぬ女性に、落ち着いた優しい声で起こされる。

 すぐに自分がマゼラン邸の自室に居ることに気付いて、物腰柔らかな使用人の女性に首を傾げた。

 一度も目覚めずに夢の中で起きたのだろうか。

 そう思いながら手元に視線を落とすと、普段通りの自分の手が視界に映り、不思議に思って日記帳の日付を確認すれば、まだ十六歳の頃の夢の中に居た。


「え……? 」

「どうかされました? 」


 八歳の頃とは違って、十六歳の頃といえば身の回りの世話をする使用人は、私に優しく接したりしない。

 無作法な専属侍女が無遠慮に部屋を歩き回り、目に配慮せず勝手にカーテンを開けていたのに、そんな侍女の姿は何処にもない。

 目の前の優しそうな使用人は、カーテンを勝手に開けることも横柄な態度で接することもなく、用意されたタオルは清潔で異臭を放っていなかった。

 桶の中には、起き抜けに適温なぬるま湯が入っていて、普段着用している眼鏡も、いつの間にか手の届く場所に移動されている。


「……あの」

「はい、何でしょうか? 」

「……いつも私を起こしに来ていた侍女は? 」

「彼女は、オルカお嬢様に無礼を働いた罪で屋敷から追い出されました。お嬢様の毎月のお小遣いを横領していた事や盗んだ物を弁償させる為に、現在はインフェルノに送還され、無償で労働を強いられています」

「!? 」


 専属侍女が寝坊したか、エイリーンの所にでも居るのだとばかり思っていたが、まさかの回答に目を見開く。

 “ インフェルノ “ とは単なる通称で、正確には貴族が所有する鉱山の中で働くを事を意味していた。

 しかし、重労働な上に食事や寝床、休む時間も満足に与えて貰えず、過労死や栄養失調で命を落とす人が多く、またストイックな生活を強いられる為、治安も悪い。

 労働者は罪人ばかりで、劣悪な環境から地獄を思わせるような場所という意味で、 ” インフェルノ ” と呼ばれるようになった。

 眉を寄せまま硬直していると、何を誤解しているのか、使用人は気遣うような言葉を掛けてくれる。


「オルカお嬢様が気に病むことはございません。彼女は暴力や暴言、横領と、様々な罪をお嬢様に犯したのです。当然の報いですよ」

「え……どうして暴言を知ってるの……? 」

「執事長が隅々まで調査して下さったそうですよ。旦那様はカンカンに怒って、迅速に処理したと聞きました。屋敷内でお嬢様に無礼を働く他の人も一緒に追い出されたので、どうかご安心下さい」

「ぁ……」


 使用人は、あたかも子煩悩な父親が娘の為に激怒したと言いたげに説明していたが、散々放置されてきた私の為を思って行動したとは到底考えられなかった。

 恐らく体裁を気にして、結果的に使用人がマゼラン家を軽んじたと解釈したのだろう。

 お父様は真面目で厳格で、予定が狂うことが嫌いだ。

 殿下の訪問日に問題が起きて腹を立てただけで、普段の様子を思い浮かべながら、子煩悩ではなく、あくまで娘に対する思いやりなんてある筈ない。

 本当に子煩悩なら、気付くのが遅すぎる。

 感謝よりも、何年も同じ扱いを受けて来たのに、今更知ったのか、という呆れた気持ちの方が強かった。

 専属侍女に関しては、流石に気の毒に感じるところはあっても、心配なんてするわけない。

 目の前に居る使用人の言う通り、彼女の自業自得だ。

 それよりも、二日続けて同じ夢を見るなんて、こんな体験は初めてだ。

 ただ、驚いたものの、特に気に留めなかった。

 何が起きたって現実は変わらない。

 その日は体調不良を理由に、一日を部屋の中だけで大人しく過ごした。












 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も同じ。

 私は十六歳の夢の続きを見ていた。

 窓辺にはエイリーンの為に選んだという、殿下から頂いた花束が花瓶に活けられ、一日中カーテンを閉め切った部屋に置かれている所為で枯れ始めていた。

 選ばれただけで、こんな扱いを受けて無念だろう。

 私に贈られたばかりに、花も可哀想だ。

 体調不良を理由に妃教育も連日休み、一切部屋から出る事なく、食事も自室で摂り続けていた。

 主治医が診察に訪れることはあっても、お父様やエイリーンとは顔を合わせていない。

 今のところ引き籠っている事に対して、お父様から呼び出しはなかったが、様子を見に来る気配もなかった。

 エイリーンに関しては、距離を置く為に連絡手段を全て拒絶していたけれど、どうしても私と話がしたいのか、一日に何度も部屋の前に足を運んでいた。

 残念ながら以前のように私の言葉を無視して、強引にエイリーンの要求を押し通す人はもう居ないので、部屋に押し入られる心配はない。


「オルカ、今日も具合悪いの? 殿下が来るって言ってたけど支度しないの? 」

「……」

「ねぇ、この間からどうしちゃったの…? 殿下に言った言葉、本気じゃないよね? 話がしたいの。どうして部屋に入れてくれないの?」

「……」


 扉越しにエイリーンから声を掛けれられても、返事を返す事はしなかった。

 暫くすると足音が遠ざかり、部屋で一緒に居た侍女が心配した表情で、お茶のお替りを淹れてくれる。

 屋敷を追い出された専属侍女は平民だったが、新しく身の回りの世話をしてくれる侍女は男爵家の出身で、動きや言葉遣いがとても丁寧で思慮深い人だ。

 とはいえ、散々裏切られて来た私が、短期間で彼女を信じる事は出来なかった。

 また、社交界で悪い噂が絶えない私に、プライドの高い貴族が大人しく仕えるとも思えないので、何か魂胆があるのだろうとも疑っていた。


「……今日は夜まで休むわ」

「かしこまりました。お茶はもう、お下げしても宜しいでしょうか? 」

「ええ。お願い」

「ではこちらはお下げします。ごゆっくりお休みください。失礼します」


 侍女の丁寧な対応に緊張してしまい、部屋を出て扉が閉まるまで見届けた後、溜息を零す。

 飲んだ紅茶の味と風味を思い出しながら、自分の置かれた状況にどんどん疑問が膨らんでいった。

 今まで見る過去の夢と言えば、八歳の頃の夢ばかりだ。

 記憶が曖昧な部分が多いからか、現実とは異なる点が多々あって、一目で変な箇所にも気付ける。

 夢の中で臭覚や味覚、痛覚を感じる事はない。

 身近な人の顔はハッキリ見える一方で、屋敷内とはいえ、面識が少ない人の顔は煙のようにぼやけて、識別できなかった。

  ” こうなりたい、ここに居たくない ”

 不満があればそんな風に思うだけで、夢の内容は不思議と気持ちに反応して変化した。

 ところが、今居る夢の中ではどんなに願っても、いくら想像しても環境が変化せず、食べ物には味があって、手をぶつければ痛みを感じて、面識の無かった使用人の顔もハッキリと見える。


「流石に夢の中に居る時間が長すぎるし、本当に十六歳の頃に戻ったのかな……? 」


 日中にも関わらず、今はカーテンを完全に締め切っている状態なので、眼鏡は外していた。

 シックな色合いで統一された家具は、眼鏡越しに見るよりも色鮮やかで、そのまま部屋をぼんやりと見渡す。

 窓辺に置いてある花瓶に活けられた、自分以外の人を想って選ばれた花にそっと触れた。

 淡いピンクと黄色の花は綺麗だけど、明るすぎて、暗い印象を持つ私には似合わない。


「確かに、これは私の為の花にしては、綺麗過ぎるね」


 会ったことはないけれど、昔はこの地にあらゆる種族が人間と共に共存していた。

 しかし、人間同士の争いが各地で勃発するようになり、巻き込まれることを恐れてか、いつの間にか隠れるように彼等は姿を消してしまったと言われている。

 歴史ある家門の中には、人間と意思疎通が可能な異種族と婚姻を結んだ事によって、その血を受け継いだ人々が存在していた。


 ケイプ侯爵家も歴史ある名家で、エルフの血が混ざっていると言われている。

 何代にも渡って受け継がれた血が薄まっている為、今では人間が口にする食材を好み、本物のエルフのように長寿でも特別な能力が使用できるわけでもないようだ。

 また、そんな報告を皇室も受けてないのか、図書館に正式な記録があるわけでも、噂があるわけでもない。

 ただ、容姿に関しては異種族の血を引いていることを証明するように、ケイプ家の血を引く者は皆、銀に近い金髪に碧眼と、少し変わった形の耳をしている。

 それらは古い書物に記された、エルフの特徴と重なる為、確かな証拠もなく漠然と家門の主張を信じていた。

 歴史ある家門の出自である事や、ハープの音色を思わせる透き通った美しい美声、金髪か茶髪が多い帝都では珍しい髪色を持つことも、エイリーンの人気が高い理由に含まれていた。


 そして、マゼラン家もまた、歴史ある名家で、魔族の血が混ざっている。

 エイリーンと同じく、私の黒髪と紫の瞳も帝都では珍しかったが、 ” 魔族 ” に対する印象が良くない為、私の場合は人気どころか完全に悪目立ちになっていた。

 マゼラン家の血を引く者は皆、目が陽の光りに弱い事も魔族の血が関係していると言われ、日中は目を保護する為にレンズに色の付いた特別な眼鏡を着用している。

 この奇抜な眼鏡と、魔族の血を受け継いでいる事を不吉に感じる人が多く、気弱な性格も相まって、社交界では陰口の的になりやすい原因に繋がっていた。


 私にも特別な能力がある自覚はなく、使用した事実も聞いたことがなければ、屋敷に残された多くある記録にも、それらしい内容が記されていない。

 その為、異種族や特別な能力を信じていなかった。

 しかし、血を受け継いでいる以上、不可思議な現象が起きる可能性は低くても、全くないわけでもない。

 実際に体験すると、改めて異種族の存在や家門の祖先に対する信憑性が高まり、興味を持ち始めた。


「ご先祖様が憐れんでくれて、やり直すチャンスを与えて下さったのかな……」


 過去とは出だしから、現在進行形で起きた出来事が変わり続けている為、比較することが出来ない。

 エイリーン以外の友人が居ない。

 大きなパーティー以外で招待状が届いたことも無い。

 また、同じ理由で滅多に買い物に出かけないので、いつどんな物が流行っていたか、また印象に残るような大きな事件も無い年なので、あまり記憶に残っていない。

 ましてや十六歳と言えば、外交の際に必要な語学や礼儀作法、文化を新たに学び始めた年でもあるので、勉強漬けで目まぐるしい日々を送っていた。

 だから自分の憶測が正しいのか証明する術が無い。


「本当に戻れたなら、今度は自分の為に生きたい……」


 けれど、単なる夢だったとしても、望んでいたことや、やりたいことをやってみるのも悪くないと思った。

 本当に過去に戻れたのであれば、それで悲惨な未来を回避できる可能性も十分あり得ると、現状に疑問はあっても前向きに捉えることにした。










「お嬢様、皇太子殿下から土産の品を預かりました。こちらはどうなさいますか? 」


 夕食前に、侍女が花束を持って部屋にやって来た。

 どうせ、今回もエイリーンの為に選んだ花だろうと思いながら渋々と言った様子で受け取る。

 珍しくメッセージカードが添えられていることに気付いて中身を確認した瞬間、大きな溜息が零れた。


「オルカお嬢様? 」

「この花束とメッセージカードを侯爵様の執務室に持って行って貰える? 」

「はい? はい、かしこまりました。それから、旦那様が夕食は食堂で摂るよう仰せつかっております」

「わかった」


 殿下が帰った後、挨拶もなければ出迎えることもしなかった為か、夕食は食堂で摂るよう、言いつけられてしまった。

 流石に家長の言葉を無視出来ずに、大人しく身支度を整えた後、食堂へ移動する。

 先に席についていたエイリーンから不安な表情でジッと見つめられ、何も言わずに視線を逸らす。

 お父様もすぐに現れて仏頂面で席に着いた。

 緊張を悟られまいと無表情で大人しく座っていたが、静かな口調で話しかけられ、平然を装って応対した。


「オルカ、妃教育を連日休んでいるようだが、体調はまだ回復しないのか? 」

「はい」

「エイリーンに対応を任せて、何故、わざわざ屋敷へ足を運んで下さった殿下を出迎えなかったんだ? 前回も殿下の訪問中に席を外したそうじゃないか」

「体調が優れませんでしたので」

「このままでは皇室からの印象も悪くなる。余程のことが無い限り、婚約を解消されないだろうが、だからと言って安心するのは早い。言動には気を付けなさい」


 お父様の言う、 ” 余程のこと ” が起きないよう、以前は様々なことを我慢して努力していた。

 その結果、不名誉な濡れ衣を着せられ、断罪され、婚約破棄を言い渡された挙句に地下牢に放り込まれた。


 危険から身も守ってくれる筈の人に裏切られて。

 努力して好感を得ようとした人に裏切られて。

 負い目を感じて酷い仕打ちの数々を許したのに。

 ………その相手にも、結果的に裏切られた。


 好奇の目に晒され、慎重に動いても根も葉もない噂はどこまでも付きまとって、助けてくれる人もいない。

 今のお父様には何のことか分からないだろう。

 けれど、惨めだった瞬間が次々に脳内でフラッシュバックして、黙っていられず気付けば本心を口にしていた。


「今日……殿下から頂いた花束を、侯爵様の執務室へ届けるよう使用人に頼んでいましたが、そちらは御覧になりましたか? 」

「……なに? 」

「僭越ながら申し上げます。私に皇太子妃が務まるとは思えません。つきましては、どうか今一度、私達の婚約についてお考え直し頂けないでしょうか? 」

「オ、オルカっ! 貴女それ、本気で……」

「刺激的な内容のメッセージカードを、ご覧になりながら、どうぞご検討頂けますよう、お願い致します」


 花束に添えられたメッセージカードには、マゼラン家を貶すような文字の羅列が綴られていた。

 エイリーンがマゼラン邸に来てから、お父様に萎縮して、認められたいけど同じ空間に居ることも苦手だった。

 そんな相手に、自分の意見をここまでハッキリ伝えたのは初めてで、表情には出さなかったが、テーブルの下に降ろした両手はブルブルと震えていた。

 しかし、一度勘当を言い渡されて吹っ切れたのか、もう期待していないので、仮に今すぐ屋敷を追い出されたとしても、大人しく受け入れるつもりだった。

 行く当てなんて無くても、妃教育で学んだことを役立てて他国で就職しても良いかと考えた。

 頭では冷静なのに、心と体は過去の私が感じる不安と恐怖に支配される中、お父様は暫く沈黙した後、ゆっくりと眉間を抑えながら口を開く。


「……お前の考えは分かった。メッセージカードとやらを確認しながら、検討しよう」

「……! 」

「だが、結論が出るまでは妃教育に向かいなさい。突然やめる事は許さん。両陛下のご好意を無下にするわけにはいかんからな」

「わかりました」


 今更好感を持って貰いたいとは思っていないのに、何故こんなに緊張するのかと自分に苛立っていると、意外にもお父様は私の意見に耳を傾けてくれた。

 今回のように長く会話を続けたことも含めて、それが信じられなくて、悔しいけど少し嬉しかった。

 緊張のし過ぎで息が苦しい。

 心臓の鼓動も早い。

 会話が終わっても、やり取りを頭の中で何度も思い出しながら、落ち着く為に小さく息を吐き出した。

 私の言葉が予想外だったのか、大きな衝撃を受けた様子のお父様はそのまま席を外して、夕食も食べずに食堂を出て行く。

 家長が退席したので私も席を立つと、焦った表情のエイリーンが弾かれたように駆け寄って腕を掴まれる。


「オルカ待って! 貴女本気なのっ!? この間のことをまだ気にしてるの!? 」

「……」

「私は殿下と友人で、別に特別な関係じゃないわ! 勝手な誤解で婚約を解消するなんて……もっと冷静に考えた方が良いわよ! 」

「貴女がそう主張したところで、周囲の見解は果たして同じかしら? 」

「え……? 」

「それに、殿下の私に対する横暴な態度にも、もう耐えられないの」

「横暴って……きっと殿下は、ただ婚約者である貴女に甘えていて……」

「もう休みたいから、離して」

「オルカ待って、話をちゃんとしよ? この間から色々あったからきっと貴女は……」

「エイリーン・ケイプ、今すぐ腕を離しなさい」

「! 」


 私の初めて見る強気な態度に、エイリーンが驚いて腕を離した後、傷付いたような表情で見つめてくる。

 専属侍女から庇って貰った時と同じように、今も演技をしているようには見えない。

 けれど、今日の殿下とのお茶の時間がいつもより長かったことや、談笑していたと報告を受けている分、罪悪感を感じなかった。

 断罪されたパーティーより以前から、裏切り行為を受けている状況にしっかりと向き合ったことで、もう今までのような友人関係を継続するなんてできない。


※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

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