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~限界~

【修正版】

 

 肌寒さと身体の痛みで目が覚める。

 不愛想だったとはいえ、ちゃんと毎朝起こしてくれいていた使用人の姿はなく、エイリーンも居ない。

 そもそも目覚めた場所は、誘拐された時に使用していた部屋でもない。


「うっ……」


 上半身を起こせば、何故か肩や腰に鈍い痛みが走る。

 どうやら薄い布が敷かれた硬い板の上に、暫く寝かされていたことが原因のようだ。

 傷だらけで熱まであるのか、関節の節々が痛む。

 身体が悲鳴を上げていて、薄い毛布に包まって悪寒を感じながらガタガタと震えた。

 体調不良ではあったものの、薬を盛られている様子はなく、また手足が縛られているわけでも、目隠しをされているわけでもない。

 ただ顔を上げた瞬間、ひゅっと息を飲む。

 辺りは薄暗く、部屋も廊下も石造りで出来た空間。

 窓が無い為、陽の光も届かない。

 灯りは壁掛けの松明の炎だけだ。

 狭い部屋の隅には簡易的なトイレと、寝具とは言い難い、壁に取り付けられた分厚い板しかない。

 牢屋の中だと理解して、血の気がサッと引いた。


「何で……ここ……」


 動揺しながら昨日の記憶を辿って、ハッとする。

 殿下が夜中に突然現れて、別荘を襲ったのだ。

 カタカタと震えながら視線を落とすと、毛布だと思っていた物は殿下の上着で、板の上に敷かれていたのは逃げる際、亡くなった元侍女から手渡された羽織だった。

 認識した瞬間、上着を部屋の隅に放り投げる。


「最悪……」


 使用人の死や元専属護衛、そしてエイリーンが刺された時を思い出して青ざめる。

 相変わらず不愛想だったけど、元使用人達は決して不親切なだけではなかった。

 拉致監禁は立派な犯罪だけれど、結果的に穏やかな時間を過ごしていたのに、殿下は最悪な方法でその全てをぶち壊した。


「結局、ここへ戻って来てしまったのね……」


 投獄された理由は、舌に噛み付いたからだろうか。

 思い出した今でも、気持ち悪い。

 過去に戻る前とは理由も経緯も違っていた為、全てを諦めて絶望することはなかった。

 代わりに、突然の悲しい別れの数々に心が痛む。

 生き残った元使用人とエイリーンは、その後どうなっただろうか。

 治癒が間に合ったことを祈りながら、自分の今後について不安が押し寄せる。

 貴族裁判はこれから行われるのだろうか。

 知らせを聞いたお父様にまた絶縁されるのだろうか。


「今回はむしろ、こっちから絶縁したい……」


 抗って逃げて協力してくれた伯爵家と公爵家、また両陛下も目的は違えど手を差し伸べてくれたのに、多方面に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 片方の足首に妙な重みを感じて視線を落とせば、足枷まで嵌められていた。

 足枷から伸びた鎖の先を辿ると、大きな鉄の球体と繋がっていることが分かり、愕然とする。


「重罪人用の足枷っ!? 最悪……」


 絶望的な状況に、頭を抱えて項垂れた。










 ーーその後。

 医師や王宮騎士団の騎士が何度か地下牢を出入りした。

 食事や衣服、薬を持ってきた彼等から、好奇の目を向けられ、心無い言葉を浴びせられた。

 医師は薬や包帯を格子の外から投げ入れるだけで、初めから治療を施す気は無いようだった。

 殿下は別荘で見て以来、一度も姿を現さない。

 用意された物には一切手を付けず、部屋の隅に小さく縮こまったまま大人しく座る。

 何度目かの食事が運ばれた後、遠くでけたたましく扉を開ける音が響いて、複数人の足音が次々に入って来た。

 もうダメだ、打開策も何も思いつかない。

 羽織を握りしめたまま最悪の事態を覚悟したが、予想外の人物に大きな声で名前を呼ばれて顔を上げる。


「オルカ嬢ぉーっ!! 居るかーっ!? 」

「レ……レイキッド様? レイキッド様っ!! 」

「オルカ嬢! 見つかって良かった……畜生っ! あの野郎、こんな所にオルカ嬢を監禁しやがったのかっ!? 」


 監禁とは何だ。

 エイリーンの誘拐事件を指しているのか。

 レイキッド様と共に現れた兵の制服には、ローウェンス家の紋章が刺繍されていて、首を傾げる。

 裁判所に付き添う兵が、何故私兵なのだ。

 牢屋の鍵を開けて入って来たレイキッド様に、強く抱きしめられる。

 ” 良かった ” 、と耳元で呟く声にまた首を傾げた。

 身体が離れたかと思えば、着ていた上着を私の肩にかけてくれた後、見張りらしき兵を捕らえるよう声を荒げる。

 見れば、心無い言葉を浴びせてきた王宮騎士団の騎士だ。

 地下牢のすぐ外で待機していたようで、床に押さえつけられ、泣きながら何度も私に許しを請う。

 その謝罪の意味が分からず、眉を顰める。

 今度は何が起きているんだ。

 自分はどうなってしまうのだろうか。

 状況が飲み込めないまま横抱きに抱えてくれた瞬間、耳障りな鎖の音にレイキッド様はまた怒りを含んだ声をあげた。


「足枷まで付けられてたのかっ!? クソったれが! おい! この鍵は何処だ!? 」

「ひっ! あ、ぁ、その、鍵だけは……こ、ここ、皇太子殿下がお持ちです……っ」

「チッ……おい! 剣を貸せ! 」

「はっ! 」


 レイキッド様が剣を思い切り振り下ろすと、鎖は紐のように簡単に切れた。

 それと同時に、風も無いのに松明が揺れて、炎の勢いがぐんぐん増したおかげで、陽が届かない地下だというのに、地上と同じくらい明るい。

 異常な光景に、取り押さえられた騎士が震え上がっていたが、ローウェンス家の私兵は全く動じていなかった。

 訓練で精神力まで鍛えられているのか。

 はたまた見慣れた光景だからだろうか。

 レイキッド様は構わず、私を抱えて牢屋を後にした。


「オルカ嬢、悪いけど足首のはもう少し我慢してくれ」

「は、はい……あの、廊下の松明が……」

「そいつを逃がすなよ! 大罪人だからな! 」

「はっ! 」

「え……? 」

「どうかお許しを! お、俺はただ殿下の指示に従っただけなんです! マゼラン侯爵令嬢からもどうか口添えして下さいよ! 食事を持ってってやっただろ!? 」

「黙れ! 」


 私兵が一喝した後、鈍い音が耳に届いた。

 暴行を加えられたのか、喚いていた騎士が短い悲鳴をあげた後、激しく咳込んでいる。

 一時的に公共施設が拘置所として提供したのか。

 地下牢を出て階段を上った先は、帝都で最も古い大きな図書館の廊下に続いていた。

 幸い、外は夕方でほとんど陽が沈んでいた為、眼鏡を掛けていなくても、目に痛みを感じることはなかった。

 建物のすぐ外には沢山の兵が待機していて、出動要請を受けたのか、公爵の姿と、その隣にリクレット様も険しい表情で立っていた。

 そして、異様な数の動物も集まり、人間に臆さず、また襲う気配もなく私達を取り囲んでいる。

 王宮騎士団の制服を着た何人かの男性が、警備隊に取り囲まれ、捜索隊と治安隊が彼等を鋭く睨みつけていた。

 混乱しながら辺りを見渡すと、近衛兵に取り押さえられた殿下も居て、怒りに染まった表情でひたすらに怒鳴り続けている。


「私は皇太子だぞ!? 時期皇帝にこんな無礼を働いて許されると思っているのかっ!? 」

「兄上こそ、これだけの罪を犯して、このまま許されるとお思いですか? 」

「黙れっ!! お前のような欠陥品が私に偉そうな口を叩くなっ!! 」


 殿下の声に従う者は一人も居なかった。

 むしろ罪人を見るような、心底軽蔑した目を向けていた。

 ようやく混乱した頭が落ち着いて、周囲は自分を罪人として見ているのではなく、助けに来たのだと理解する。

 牢屋の中で目覚めたものだから、つい早とちりをしてしまったようだ。

 私がレイキッド様に抱えられている光景を見た瞬間、殿下の怒りは更に燃え上がっていた。

 安堵の表情を浮かべたのも束の間、強い怒りが引き金になったのか、怒号と共にドラゴンの能力だと思わしき力に襲われる。


「貴様等ぁぁっ!! そいつは私の物だぁあぁっ!! 」

「煩ぇ……うっ!? 」

「ぐぁっ!? 」


 大きな叫び声と共に、その場に居る全員が倒れる。

 身体中を目に見えない何かで圧迫され、地面に縫い付けられたように起き上がることが出来ない。

 なんとか顔をあげると、殿下の拘束はいつの間にか解けて、傍に居た近衛兵もその場に倒れて微動だにしない。

 何処からともなくつむじ風が吹いて、殿下はマントを揺らしながら、ゆっくりと近付いて来る。

 その際、金色の双眼が気のせいか、若干光って見えた。

 別荘の惨劇を思い出し、とんでもなくマズイことが起きてしまうと直感的に感じて、止めろと声を上げる。


「殿下っ……やめてっ……もう、やめてっ」

「慈悲を与えたのに……先に孕ませるべきだったな」

「は……? 」


 予想外な言葉に、恐怖と吐き気を覚えて押し黙る。

 何が慈悲だ。

 別荘を襲撃して地下牢に監禁したことが、慈悲だと言えるものか。

 沸々と怒りが湧き上がっているからか。

 痛みや寒気が徐々に引いていく。

 殿下はすぐ目の前まで来ると、うつ伏せで倒れていたレイキッド様の身体を蹴って仰向けに反転させた。

 荒々しい声で誰かに指示を出せば、虚ろな目をした殿下の従者が、剣を持ってよろよろと近付いて来る。

 エイリーンの腹部を貫いたあの剣を見た瞬間、嫌な予感がして必死に手を伸ばす。

 マズイ、またあの惨劇が繰り返される。

 殿下はそれを受け取り、レイキッド様に剣先を向けた。


「テメッ……何しやがった……っ!? 」

「天は私の味方をしてくれたようだ。聞いたことくらいあるだろう? ドラゴンの能力を発現させたのだ! 」

「天が味方? 馬鹿じゃねぇのか!? なら何でテメェの周りにこんだけ敵が居んだよ、クソったれが……!! 」

「レイキッド様、落ち着いて……殿下を刺激しないでっ」

「前々から貴様のことは気に入らなかったんだ……っ生意気な奴め。傀儡にする価値も無い愚か者めっ! 」

「だったらテメェは、畜生以下のクソったれ野郎だっ! 」

「殿下! やめて……っ!! 」


 次の瞬間。

 レイキッド様の胸に、剣が深々と垂直に突き刺さる。

 近くに居た公爵夫人が叫び声をあげたが、誰もどうすることもできない。

 身動きが取れないまま吐血をして、身体を暫く痙攣させた後、レイキッド様は目を開けたまま動かなくなった。

 満足そうな表情で殿下が剣を引き抜くと、勢いよく血が溢れ出る。

 別荘の廊下で切り付けられ、絶命した元侍女と、ワインセラーで腹部を刺されたエイリーンと、使用人達の悲鳴や鼻を衝く血の臭い。

 そして、牢屋から出してくれたレイキッド様の顔が次々に頭に浮かんだ後、周囲の音が全て遮断された。

 色んな感情が渦巻いて、自分の中の何かがプツンと切れた瞬間、気付けば大声を上げていた。


「いやだああぁぁぁぁぁぁああぁっ!!! 」


 突風が吹き荒れて、大量の煙が私達の周りに発生する。

 身体にかかった圧が解けて、レイキッド様の身体を引っ張り寄せた。

 傷を両手で押さえると、煙と共に眩しい紫色の光を放つ。

 頭の片隅で警鐘が鳴り響いていた。

 これは駄目だ。

 今すぐに引き返せと、本能が警告している。

 だけど、そんな選択肢は今の私にはなかった。


「能力を吹き飛ばしただと……? 」

「オ、オルカ姉様……!? 」

「この煙の所為で上手く能力が発動しない……!? 」

「こ、この光は何だ? 」

「マゼラン侯爵令嬢も不思議な力が使えるのか……!? 」


 周囲には目もくれず、私はただひたすら自分の持てる全ての力を傷口に注いだ。

 周辺の花々は次々に紫色に染まり、枯れ木や枯れ草、花の蕾が瑞々しさを取り戻し、魔力の影響を受けた植物は傍に咲いていたものから、一定の距離まで水面が波打つように美しく咲き乱れた。

 マズイことをしてしまった、と直感的に感じた。

 神秘的な光景に釘付けになる周囲とは反対に、自分の危機的状況に一早く気付いたが、止めるつもりはない。

 どう見てもレイキッド様は息を引き取っていたけど、このまま諦めるなんてできなかった。

 力を注いでいる間、頭の中で今までの思い出が走馬灯のように過る。


「ぐっ……くっ……っ」


 マナー教育で習った内容が全く通じない。

 正直な性格の持ち主で、接し方に戸惑った時もあったけど、初めから嫌悪感を抱いたことはなかった。

 町に遊びに行って、外で露店の食べ物を口にして、本音で口論をして、悪巧みもして、パーティー会場のメインホールでダンスもした。

 どれもこれも初めてで、改めて振り返っても、面白くて思わずクスっと笑ってしまう出来事ばかりだ。

 あまりにも楽し過ぎて、充実し過ぎてしまったから。

 悲しい別れなんて、到底考えられなかった。


「ごほっ」

「なっ!? おい……まさか力を使い過ぎると、身体に大きな負担を伴うのか!? 」

「ぐっ……ごほっ……ごほっ」

「やめろっ! 大体、私の許可なく力を使うなと言っただろう! クソっ切っても切っても邪魔な草木だっ!! 」


 頭の中の警鐘が、どんどん大きく鳴り響く。

 血液が氾濫した川の流れのように、身体中を勢いよく駆け巡る感覚と、それに伴って眩暈と吐き気、そして心臓を押さえつけられているような苦しみに襲われた。

 全身を針で刺されているような痛みと、骨が軋む嫌な音まで聞こえる。

 目の前がチカチカと点滅した後、胃からせり上がったものを吐き出せば、胸元がどす黒い血で汚れた。

 鼻血が垂れて、身体の力が抜ける。

 徐々に視界が傾いて、瞼もゆっくり閉じていった。

 地面に身体が倒れる直前に目の前が真っ暗になり、そのまま意識が途絶えた。


※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

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