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~終わりの始まり~

【修正版】

 

 ある晩、慌てた様子のエイリーンと元侍女に起こされる。


「オルカ! 起きて! 逃げるよ! 」

「ぅ……エイリーン? え、どうし……」

「ああ、もう! オルカお嬢様、急いで下さいっ! ほら、羽織を持ってっ! 」

「え? 何……」


 寝起きの頭で手を引かれ、わけも分からず起き上がる。

 しかし、羽織を渡してくれた元侍女が廊下に出た瞬間、突然何者かに横から切りつけられ、咄嗟にエイリーンが私を引き寄せた。

 血飛沫が飛び、身体が傾いて倒れるまでの動きがゆっくりに見えて、何が起きたか瞬時に理解出来なかった。

 数秒遅れて、足元に視線を落とす。

 元侍女は、目を薄っすら開けたまま横たわる身体を痙攣させ、切りつけられた首元の傷からは噴水のように血が勢いよく噴き出し、血溜まりが床に広がっていく。

 いつもの憎まれ口を思い出しながら、寝ぼけた頭がようやく覚醒するも、突然の事態に混乱して悲鳴も出ない。


「大人しくついて来てもらおうか」


 声の主を見上げれば、黒いローブに身を包む人物が複数人立って、武器を手に持っていた。

 盗賊にしては身形が綺麗過ぎる。

 盗みを働いている様子も無い。

 となると、暗殺者の可能性が高い。

 すぐに始末せず、同行を要求する理由は何だ。

 様々な推測が脳内で飛び交っていたが、恐怖と驚きで身体が動かず、声も上手く発することが出来ない。


「令嬢に手荒な真似をしたくないんだ。余計なことは考えず、マゼラン侯爵令嬢を引き渡して貰おうか」

「襲撃しておいて手荒な真似はしたくない? 自分の言葉が矛盾していることに気付いてないの? 」

「エイリーン、待って……変に刺激しない方が……」


 よくよく見れば、ローブから血が滴り落ちている。

 そして廊下にも真っ赤な足跡がいくつも付着していた。

 元気に立つ姿から、どう考えても返り血だ。

 いくら二階の部屋だからって、悲鳴が全く聞こえなかったなんておかしい。

 何故、どうして、と混乱する頭で打開策を考えながら、武器を持った侵入者を睨み付ける。

 エイリーンの能力を発動させる条件は、どちらも揃っていないので反撃不可能だ。

 かといって、治癒しかできない上に腕力も無い自分じゃ、到底太刀打ちできるとも思えない。

 最悪な状況に絶望して立ち尽くしていると、そこへ一人の男性が駆けつけて私達の間に立つ。


「待てぇっ!! 」

「ミライド卿っ!? 」

「チッ……意外としぶといな」

「エイリーン様! オルカお嬢様! 奥の通路から一階に下りれますので、裏口から表に続く道に逃げて下さい! 」

「こいつ馬鹿か? 俺達にまで退路を教えてどうすんだ」


 ローブを身に纏った男性が鼻で笑った。

 ごもっともな指摘に返す言葉も無い。

 失言があったものの、ミライド卿は逃げずにたった一人で応戦していたようで、身体中が傷だらけだった。

 必死で護ってくれようとする姿を意外に思いながら、彼の背中を見上げる。

 勇敢な行動の理由は惑わされているからなのか。

 エイリーンの能力はそれだけ影響力が強いのか。

 なんて場違いなことが脳裏を過る。


「早くお逃げ下さいっ!! 」

「エイリーン様とオルカお嬢様に手を出すなっ! 」

「うぐっ!? 何だ貴様ら?! 」

「わざわざ殺されに来たのか」


 侵入者がこちらに気を取られている隙に、今度は数人の使用人が後方から彼等に飛びつき、逃げるよう叫ぶ。

 手には調理器具らしき物や園芸用品を持って応戦を試みていたが、武器もさながら腕力でも勝てない。

 このまま離れれば、間違いなく使用人達に命はない。

 躊躇しているとミライド卿に腕を引っ張られ、エイリーンも敵と反対の廊下に向かって走り出す。


「ま、待ってっ! あの人達は……! 」

「どうせあそこに居たって何も出来ないでしょう!? 面倒臭いこと言わないで逃げますよ! 」

「そうよ! 今は逃げるよ! 」


 後ろ髪を引かれる思いで前を向いて走り出す。

 私達がその場を離れると、背後から悲鳴が聞こえた直後に、床に何かが倒れる音が廊下に響く。

 犠牲になった使用人に心の中で謝罪を繰り返し、恐怖と悲しみに押し潰されそうになりながら、なんとか一階まで駆け下りた。

 しかし、裏口にも侵入者が複数人待機していた為、逃げられるという期待は打ち砕かれ、建物の陰に隠れる。

 このままでは小道に進めない。

 また、周辺に高い木々が無く丘の上にある見晴らしの良い立地が仇となって、身を潜める場所もなかった。

 夜中とはいえ、今宵は生憎の満月だ。

 ランタンや松明がなくても、月明かりで十分明るい。

 私有地の看板から先の大きな通りまで続く道には、見たところ草木が生い茂っていて、近いとはいえ関所の警備隊がすぐに気付いてくれるとは思えない。

 大声で助けを呼ぶわけにはいかず、生存者が少ないのか、別荘内の物音は差ほど大きくないので、異変に気付いてくれる可能性も低い。

 馬車の通り道にも何人かが待機している様子が、遠目からでも確認できて、頭を抱える。

 変わり果てた姿で横たわる使用人を端に移動させ、地下のワインセラーに隠れるよう促された後、ミライド卿は一人で小道の方へ走って行ってしまった。

 恐らく関所に向かったか、裏口に居た侵入者を引き付けて退路を確保しようとしてくれたのだろう。


「ミライド卿……っ! 」

「オルカ! 今は隠れよ! ほら早く! こっち! 」

「で、でもっ……! 」

「もう今更追いかけても、どのみち遅いよ! 」


 エイリーンに引っ張られながら地下のワインセラーに降りて、一番奥の棚の裏に身を潜める。

 夕方までの穏やかな時間を思い出しながら、突然訪れた数々の別れに胸が苦しくなった。

 何故こんなことになったのか。

 どうすれば逃げられるか考えるも、連れ去られてから一度も外に出たことがないので、土地勘が全くない。

 絶望的な状況で、気付けばエイリーンにきつく抱きしめられたまま、私達は静かに表の音に耳を傾けていた。

 しっかりしろと自分に言い聞かせる反面、恐怖と悲しみで頭が真っ白になって、悪夢なら早く覚めてと願う。


ーー……カタン……コツコツコツ……。


 そこへ、ゆっくりと地下へ下りる足音が、ワインセラー内に反響した。

 順々に壁掛けのランタンに火が灯される。

 迷いなく近付いてくる気配に眉を寄せながら視線を落とすと、何処かで血痕を踏んだことに気付いて青ざめた。

 これでは見付けてくれと言っているようなものだ。

 赤い足跡を辿って、目の前で立ち止まった人物をゆっくりと見上げれば、金色の双眼と視線がぶつかる。


「……殿下? 」

「かくれんぼは楽しかったか? 」


 不敵な笑みを浮かべる殿下に腕に掴まれると、エイリーンから引き離され、片腕で抱き寄せられた。

 恐怖より、拒否感を抱く相手から触れられる気持ち悪さに不快感を示して放すよう暴れたが、数日寝込んだ影響で体力もなければ体格差もある為、殿下の腕はビクともしない。


「放して! 何故、殿下がここに居るんですか!? 」

「やめて、オルカを返してっ!! 」

「動くな」


 殿下は持っていた剣を、立ち上がったエイリーンの首元に突き付けた。

 顔面蒼白になりながら、止めろと声を荒げる。

 想いを寄せた令嬢ではなかったのか。

 一体これはどういうことだ。

 こちらの考えを他所に、当の本人は眉間に皺を寄せてエイリーンを睨んでいた。


「仲違いをしていたいのは、やはり私を欺く為だったのか。残念だ……エイリーン嬢。私は君を高く評価していたのに、こんな形で裏切られるとはな」

「は? 」

「え? 」

「やはり、子爵との仲もカモフラージュだったのだな」


 殿下は何か勘違いを引き起こしているようだった。

 居場所が特定された理由は、あの診察に来た医者から漏れたようで、その時に誤解されるような内容を耳にしたのだろう。

 私とエイリーンが結託して、残りの婚約期間中を殿下から隠れてやり過ごそうとしていたのか。

 なんて見当違いな言葉で問い詰められて困惑した。

 新聞に容疑者候補として上がった人物に対して、何故その結論に至ったのか、ろくに確認もせず勝手に腹を立てていることにも呆れる。

 仮にその憶測が本当だとしても、武器を持たない使用人達を次々に虐殺するのはやり過ぎだ。


「少し痩せすぎではないか? 」

「放して下さいっ」

「これでは私の子を無事に産めるか心配だな。マゼラン家は能力の発現率が高いそうだな? 」

「は……? 」


 殿下の場違いな発言に吐き気を覚える。

 正気とは思えない。

 未だに破綻した関係を修復出来ると思っているのか。

 怒りに震えていると、ワインセラーの棚がガタガタと独りでに動き出して、ワインの香りが一層強くなる。

 何事かと驚いて辺りを見渡せば、樽や瓶から中身が溢れ出てボコボコと泡立ち、粒子になって宙に浮いた。

 ……これはまずい。

 エイリーンに視線を戻すと殺気立った表情をしている。

 水だけではなく、ワインに含まれる水分まで操作できたのか、それとも殿下の言葉で怒りのあまり、能力が進化したのだろうか。

 何であれ、今は正気を失いかけている彼女が完璧に能力を操れるとは思えず、嫌な予感を感じて必死に止める。


「エイリーン、やめて! 落ち着いて! 」

「ほう? ケイプ家に受け継がれた能力を使えるのか。惜しいな……オルカ嬢と婚姻を済ませた後に、側室として迎えてやろうか? 」

「お止め下さいっ! エイリーン! 落ち着いて! 」

「無能なくせに、ふざけないでよ」

「下品な言葉を使うんだな。それが君の本性か……美しいのに残念だ。まぁ正直なところ、君に触れたいとも思えないがな」

「殿下、お止め下さい! エイリーンも落ち着いて! 」


 頼むから今のエイリーンを刺激しないで欲しい。

 私の慌てた様子を面白がるだけで、殿下は尚も将来の子供について聞くに堪えない戯言を並べていた。

 冗談じゃない。

 私だって殿下に触れたくも、触れられたくもない。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 先日、目の当たりにしたサイドテーブルが頭を過って、血の気がサッと引く。

 エイリーンはもはや言葉で止められそうも無い。

 このままでは私まで怪我をする。

 そう思って殿下の腕から逃れようとしても放して貰えず、液体の粒が無数の弓矢の様に私達に襲い掛かる。


「うっ!? 」

「っ!? 」


 着込んでいた殿下と反対に羽織と寝間着姿だった私は、足や腕の露出箇所にかすって傷を作る。

 スパっと切れた傷口から血が滴り落ちる様子を見て、エイリーンはハッとしながら怯えた表情を浮かべた。

 ようやく落ち着きを取り戻せたのか。

 宙に浮いた液体が地面に落下し、口元を抑えていた。

 安堵したのも束の間、怪我した本人よりも挑発した殿下が激怒し、尤もらしい言葉でエイリーンを責め立てる。


「オルカ、ごめん……ち、違うの……上手くコントロールが出来なくて……っ」

「大丈夫、ちょっとかすっただけだから、落ち着いて」

「チッ……正気かっ!? そんな危ない力を制御も出来ずに人を匿おうとしたのか? 君は私の伴侶を殺す気なのか!? 」

「こ、殺すなんて……っ」

「ち、違う! エイリーン、気にしないで! ちゃんと分かってるから! 大丈夫だよ! 」

「力の制御が出来ないなら、オルカ嬢から距離を取ってくれないか? ただでさえ世継ぎに不安があるのに、これ以上、怪我をされては困るんだ」

「殿下!! いい加減にしてください!! 何も知らないくせに、偉そうなことを言わないで!! 」

「まぁ、いい」


 何故、彼はそこまで怒りを露わにするのだろうか。

 殿下は言い終えるのと同時に、持っていた剣で躊躇なくエイリーンの腹部を貫いた。

 一瞬、何が起きたのか理解が追い付かず、剣を引き抜くと、傷口から大量に血が溢れ出て、エイリーンは膝からその場に崩れ落ちる。


「エイリーンっ! 」


 過去に戻る前は婚約者を断罪してまで選んだ女性を、容易く手に掛けるなんて信じられない。

 ピクリとも動かない身体に、迷わず両手を翳して傷が治るように強く願えば、煙が現れてエイリーンを包み込む。


「本当に不思議な能力が使用できたのか……」


 自分勝手で、平然と人の命を奪う狂気の一面もあって、散々頭を悩まされたけれど、憎み切れない幼馴染。

 生まれた時から親族に死を望まれ、様々な苦悩を抱えて頑張る彼女に、ここで死んでほしくなかった。

 受けた仕打ちを全て許したわけではない。

 今でも彼女と殿下が揃いの服を着て、パーティー会場のメインホールで、優雅に踊る光景を鮮明に思い出せる。

 その時の悔しさも、悲しさも、投獄された時に知った濡れ衣の事実も忘れたりしない。

 それでも、これからは改心させて、元使用人達と一緒にゆっくり歩み寄れれば良いと思っていた。


「止めろ! 」

「うっ! 放して……っ」


 殿下は初めて見る治癒能力に暫く呆然としていたが、我に返ると剣を投げ捨てて、空いた手で私の腕を掴む。

 気が逸れてしまった所為で煙が消えてしまい、もう一度エイリーンの怪我を治療しようと視線を向けようとした瞬間、突然唇を押し付けられる。


「んっ!? 」


 驚きと共に、殿下との予期せぬ接吻が気持ち悪くて、口内に侵入した舌を思いきり噛んでやった。

 相手の身分なんて今はどうでもいい。

 顔が離れたのと同時に、自分の唇を羽織で力任せに拭う。

 本音を聞く前のエイリーンと同じように、殿下の思考回路は理解不能だったが、エイリーンに感じた思いとは違って、理解したいという気持ちが微塵も湧かなかった。

 悪意に満ちた視線の所為か。

 それとも惑わされたわけでもない彼が、今まで散々私を侮辱してきたからだろうか。

 抗議する前に抱えられ、そのまま歩き出す。


「やめて……エイリーンの傷を治療しないと! 」

「その力を今後、私の許可なく使用するな」

「殿下には関係ありません! 放して下さいっ! 」

「皇太子殿下、逃げていた護衛を捕まえて参りました」

「ああ、ご苦労」

「如何なさいましょうか? 」

「もう虫の息だ。放っても勝手に野垂れ死ぬだろう」

「はっ! 建物内の生存者は如何なさいましょう? 」

「どうせ負傷した身体じゃ、そう長くは生きられないだろう。放っておけ」


 地下から出ると、ローブを身に纏った男性の一人が、うつ伏せで横たわるミライド卿を足で小突いた。

 その姿を見た瞬間、過去に戻る前の忘れていた記憶が走馬灯のように頭の中に流れる。


「そうだ……そうだった……」


 霧が晴れたように、あの時の状況が蘇る。

 彼はあの時、計画の全貌を打ち明けてから、独りよがりな謝罪をする為だけに地下牢に来たわけではなかった。

 お父様の差し金でもなく。

 片思いが実らなかったことへの当てつけでもない。

 専属護衛としての責務を果たそうと、一度は計画に加担したものの、彼の持つ仕事への拘りとやらで主人を見捨てられずに戻ってきたのだ。

 普段は度胸もないのに、恐怖で震えながら彼なりに騎士の誓いを守ろうとして、身体中を傷だらけにしながら単騎で助けに来てくれた。

 残念ながらすぐに見付かり、地下牢の廊下で彼が取り押さえられ、あの時もこうして兵達に切り付けられ、うつ伏せに倒れて絶命した。


「火を放ちますか? 」

「いや、関所が近いからこのままで良い。ああ、けど生存者を地下のワインセラーに閉じ込めておけ。エイリーン嬢への餞別だ」

「はっ! 承知致しました! 」


 殿下とローブを身に纏った男性等の会話を聞き流しながら、呆然とミライド卿を見つめていた。

 確かに亡くなった護衛と彼は、日頃の態度が似ていた。

 だけど、責任感は全く違ったようだ。

 憎らしくて無礼で、浅はかで、情けない面も多々あったけれど、ちゃんと忠誠心を持っていた私の元専属護衛。

 謝罪の言葉を呟いて、ゆっくり手を伸ばす。

 気付いた殿下が妙な薬品が染み込んだハンカチを私の口元に当てると、すぐに酔ったような感覚を覚える。


「むぅ……っ」

「余計な真似をするな。大人しく寝ていろ」


 アロマキャンドルに似た臭いを放つハンカチを嗅ぐと、次第に睡魔に襲われる。

 裏切られたことを考えれば、ミライド卿が護衛から外されたのは間違いではなかったかもしれない。

 けど、元使用人等と同じように、彼ともこれからは良い関係を築きたかった。

 小馬鹿にした話し方を思い出しても、怒りより悲しみで胸がいっぱいになって視界が潤む。

 心からの謝罪と感謝の言葉を譫言のように呟きながら、私はそのまま意識を手放した。


※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

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