表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/35

~変わったこと、変わらないこと~

【修正版】

 


 両陛下主催の大きなパーティーが王城で開催された。

 表向きでは様々な理由を掲げていたが、実際は私に関する悪評を鎮める為の印象操作が目的だ。

 マゼランから物騒な話を聞いた後で、王城に出向きたくはなかったが、気分で欠席するわけにもいかない。






 両陛下からの招待状が届いた数日後。

 殿下からもパートナーを申し出る手紙とドレスが届く。

 過去に戻る前は切望していたとしても、関係を断ち切りたいのに、今更送られても困る。

 プライドが高いのか低いのか。

 未だに私が大人しく従うとでも思っているのか。

 魂胆が駄々洩れた贈り物は当然受け取りを拒否した。

 そして今まで通りの相手を誘えと手短に返事を返す。

 定期巡回や記者に追われる日々、そして着々と迫る期限に追い込まれ、その苛立ちを綴った手紙を何通も送っておいて、よく誘えたものだ。

 お父様は新調を勧めたが、元専属侍女の話を聞いてから無下に出来ず、以前売る筈だった未使用のドレスを着ると言ってきっぱりと断る。

 今回のパートナーであるレイキッド様の服も合わせて後から作ったので、むしろ変更することが出来なかった。

 護衛から外してまで牽制していたにも関わらず、両陛下がパートナーを許可した理由は、恐らく公爵家と伯爵家の双方から苦情が入って、渋々承諾したのだろうか。


「はぁ……腹立つ」

「ぶはっ?! あはははっぐはっぶははははっ!! 」

「ちゃんと座りなさい。服に皺が付くでしょ」

「だ、だってっぷはははははっ! あの優等生が腹立つだってだはははっ! 」

「まーた鼻垂れ坊主がちょっかい掛けてきたのか? 」

「いえ、ただ……今までエイリーンに送っていたドレスやパートナーを申し出る手紙が届きまして、腹立たしく感じてつい……」


 腹を抱えて笑うレイキッド様に溜息を零す。

 淑女に在るまじき言葉遣いだったと反省して、小さく咳払いした後に、窓の外に視線を移す。

 どうせ断っても殿下は屋敷に来るのは想定していた。

 なので、逃げるように予め公爵家の馬車で迎えに来て貰い、早めに会場へ向かった。

 一応、エイリーンは屋敷に戻って来ていたが、招待状が届いていないのか、特に準備している気配はない。

 王城に到着すると、馬車の中で見せた姿が嘘のように、レイキッド様のエスコートはスマートで完璧だ。

 ちゃんとやれば出来るのに、なんて思いながら差し出された手を取り、高鳴る気持ちを抑えて微笑を浮かべた。

 会場の入り口に立っていた近衛兵の横を通れば、床にはメインホールまで、フカフカの長いカーペットが敷かれて二人で呆ける。


「はぁ……結構奮発したみてぇだな……」

「ええ、本当に豪華ですね……」


 誰かとパーティーに参加するのは初めてだった。

 緊張しながら公爵夫妻の後に続いて歩みを進める。

 嬉しいような気恥しいような。

 そんな思いでメインホールに入れば、一斉に注目が集まったが、好奇の目を向けられることはなかった。

 公爵夫妻のおかげだろうか。

 ゴシップ誌の影響だろうか。

 今夜は、奇抜な眼鏡を外しているからだろうか。

 見える景色が色鮮やかで、光に照らされたグラスがキラキラと輝いて綺麗だった。


「あらまぁ、眼鏡を外してるのね! 素敵! オルカちゃんの瞳を直接見るのは本当に久しぶりだわ」

「皇后陛下にご挨拶を申し上げます。本日は華やかなパーティーにご招待頂き、ありがとうございます」

「なんて可愛らしいお顔なの! オルカちゃんは童顔だったのね! アメジスト色の瞳が素敵よ」

「眼鏡で隠すなんて実に勿体ない」


 化粧直しで偶然席を立っていたのか。

 皇后陛下は伯爵夫妻の座る席に来ていた。

 妃教育を止めていた所為で、両陛下との関係に亀裂が入らないか不安だったが、不要な心配だったようだ。

 皇帝陛下は私達の会場入りにすぐ気付いたものの、議会の面々と思わしき人物に取り囲まれ、席から離れられずに居た。

 頃合いを見て正式に挨拶を済ませると、直後に両陛下が壇上に上がって、始まりの挨拶を述べる。

 最初のダンスを私とレイキッド様で踊るよう指名され、予定時間より開始が早かったことを不思議に思いながら、予想外な展開に戸惑う。

 これはどういう風の吹き回しだろうか。


「お手をどうぞ」

「はい」


 注目を集める中、レイキッド様に手を引かれて、会場の中央まで一歩進む度に緊張も段々と高まった。

 ヒールの音がコツコツコツ、と会場内に響き渡る程、場が静まり返っているのに、心臓が破裂しそうなくらい煩く鳴り響く。

 向かい合ってスタンバイしてから、不意にレイキッド様の日頃の態度を思い出して、踊れるか不安が過った。

 ただ、演奏が始まってから心配は杞憂に終わり、むしろ緊張していた私を、完璧にリードしてくれる姿に驚く。


「レイキッド様はダンスが上手なんですね? 」

「お袋と伯母さんに猛特訓されたからな」

「あぁ……ふふふ、納得です。ふぅ…それにしても人前で踊るのは初めてで、凄く緊張します」

「だったら親父が謁見の間で屁ぇこいた時のことを思い出せば、多少は緊張が解れるんじゃねぇ? 」


 タイミングよくトランペットが演奏を始めて、レイキッド様と一緒に思わず吹き出す。

 考えてみれば、先生以外と踊るのも初めてだった。

 結局最後まで殿下と踊らなかったけど、過去の努力が報われて、ステップを踏み間違えることもなく、レイキッド様も猛特訓のおかげか、普段の彼からは想像も出来ないような、自然で滑らかな動きに関心する。

 合間に喋る余裕があるくらい合わせやすて、周囲の視線を気にせず純粋に楽しんで踊れた。

 あっという間に曲が終わると、形式的なお辞儀を交わして顔を上げた瞬間、会場中から拍手が沸き上がる。


「ふぅ……上手く踊れたみてぇだな」

「拍手を貰うなんて初めてです……」

「……だな。俺も。悪くねぇな」


 過去を思い出しながら、周囲の反応を見渡す。

 不慣れな待遇を受けて徐々にまた緊張が高まり、レイキッド様と一緒にゆっくりと席に戻る。

 途中、いつの間に会場入りを果たしたのか。

 殿下が壁際に立っている姿が視界に映った。

 意外にも怒っている様子は無い。

 金色の双眼でこちらを静かに見つめているだけだ。

 間違いなく目が合った瞬間、すぐに視線を逸らす。

 流石にこれだけ多くの人に囲まれていれば、殿下も大胆な行動に出れず、伯爵夫妻の座る席に戻っても話しかけに来る気配はなかった。

 エイリーンを誘わず、一人で来たのか。

 殿下の傍にはパートナーと思わしき人物も居ない。

 受け取りを拒否をしたにも関わらず、送られたドレスとペアの服を一人で着るなんて何を考えているのやら。

 会場に到着してから私を説得しようとでもしたのか。

 それともタイミング悪く拒否した事実を知らないのか。

 エイリーンに似合いそうな薄黄色の装いは、藍色のドレスとペアなんて誰も間違えようがない色だ。


「ケイプ卿は居なさそうだな……あの人、本当に社交界に全然顔を出さないんだな? 」

「言われてみればそうですね……他のケイプ家の親族も見当たりませんね? 」

「あん時、会えて本当にラッキーだったな」

「そうですね」


 白いジャケットと、胸元のボタンにダイヤが装飾された藍色のシャツを着るレイキッド様を笑顔で見上げる。

 一部が終わったタイミングで化粧直しに席を立った。

 拉致未遂事件の影響で、私が使用する更衣室は特別に用意されていたが、指定された部屋の前には、令嬢が何人か集まって立ち話をしていた。


 ちなみに用意された更衣室の並びには、限られた家門のみに設けられた専用の部屋しかなく、一般の人の更衣室は別のフロアだ。

 エイリーンと違って私は他の令嬢との交流が無い。

 その為、友人が訪ねて来るなんてありえない。

 いくら廊下が解放されているからと言って、階段をわざわざ上がってまで来る理由は、世論が変わった影響で関係を築きたいか、単なる嫌がらせのどちらかだ。

 彼女達を一目見た瞬間、後者だと気付いて溜息を零す。

 好奇の目に晒されることなく、笑顔や拍手も貰えたとはいえ、以前と同じように悪意を持って近付いてくる人間は変わらず居るようだ。

 見たところ、以前も嫌味を言ってきた令嬢で、私を見付けた途端、聞こえるように陰口を言い始める。


「(婚約者に捨てられてから日が浅いのに、もう新しいパートナーを見つけるなんて、破廉恥だわ)」

「(ペアよね? でもまぁ、相手もあれだしねぇ?)」

「(ねぇ、こっちを見てるわよ。やだやだ、だから横柄な態度だって言われるのよ。不愉快な人よね)」


 不愉快なのはどっちだ。

 好き勝手に陰口を言っては、反応を伺ってクスクス笑い、その幼稚な行動に呆れて今度は大きな溜息を零すと、反応が気に入らないのか、更に陰口を続けていた。

 以前なら、ゴシップ誌の餌食にならないように、ただ大人しく見過ごしていたが、今はもう吹っ切れている所為か、何か文句を言ってやりたくて仕方ない。


「わざわざ別フロアまで来たかと思えば、群れて陰口を叩くことしか出来ないなんて、本当に可哀想ね」


 マゼラン家の元使用人に初めて声を掛けた時のように、三人は暫く硬直して互いに顔を見合わせていた。

 好戦的な態度に驚いたのだろう。

 更に思った言葉を口にすると、黙っていられなかったのか、令嬢達は怒りを露わにしてすかさず反論を返す。


「礼儀知らずな上に字も読めないのね。本当に可哀想だけど、邪魔だから退いて頂けないかしら? 」

「なっ!? 令嬢こそ、礼儀がなってないのでは? 」

「そう? 私の為に設けられた更衣室の前を占領して、本人を前に陰口を叩くような人よりは、礼儀を弁えているつもりだけど? 」

「なんですってっ!? アンタなんかちょっと前まで誰にも相手にされなかったくせにっ! 」

「そうよ! ゴシップのカモが偉そうにしないでよ! 」

「皇太子殿下に捨てられて両陛下に泣きついた分際でよくもそんな失礼なことを……」

「ネッサ、帝都では目上の人間に下品な言葉を掛けることが流行しているのかしら? 」

「まさか。少なくとも私の教え子にはきちんと礼儀作法を教えているわよ。あんなのと比べられたくないわね」


 私の後方からミルドッド夫人とローウェンス夫人の声が聞こえると、反論していた三人が押し黙る。

 さっきまでの強気な態度は何処へやら。

 夫人二人を前に、慄いて身を寄せ合っている。

 途中から見た人からすれば、彼女等の方が被害者だと勘違いされそうな程だ。


「安い香水の臭いを嗅ぎ過ぎて、頭痛がしてきたわ」

「あら、大変。安物の臭いは下品で本当に嫌ね。製造元に苦情を入れた方が良いのかしら? 」

「やぁね、製造元は情報不足でミスをしただけよ。販売先に卸した仲介を叩きのめす方が良いわ。貴族名簿から抹消されるくらいにね」


 自分達が付けていた香水の話しだと勘違いしたのか。

 三人は顔を真っ赤にしてただただ俯いていた。

 皇后陛下と実の姉妹であるミルドッド伯爵夫人。

 そして皇帝陛下の弟の妻であるローウェンス公爵夫人。

 肩書も然ることながら、二人は社交界で影響力が強く、睨まれれば縁談や事業といった将来に悪影響を及ぼす。

 そんな人物にたかだか令嬢が太刀打ちできる筈もない。

 ましてや、専用の更衣室しかないフロアに来てまで嫌がらせを行った手前、自分達に非があるのは明白で、言い返せる状況ではないだろう。

 言い回しを美徳とする貴族同士の会話は、嫌味でさえ遠回しなので、時として相手に真意が伝わらないもどかしさがあった。

 そして彼女達も、言葉通りに受け取ってしまっているので、仕方なく家門の存続が危機に直面した状態であることを教えてやった。


「招待主を製造元、パーティー会場を販売先に例えるなんて、言葉選びが秀逸で面白いですね」

「あらあら……親切に伝えるなんて、オルカちゃんは優しいのね」

「家門の存続が危機に直面しても気付けないなんて、知性が低いのは時として幸せね」

「そっそんなっ!? こんなことでっ!? い、いえ……も、申し訳ございませんでした! 」

「無礼をお許しください! どうか家には……! 」

「あらやだ、大袈裟な身振り手振りの所為で本当に香水のキツイ臭いに酔いそうだわ」

「両陛下がご用意して下さった更衣室でお休み頂いた方が良さそうですね」

「ありがとう。マゼラン侯爵令嬢の言葉に甘えて休ませて頂こうかしら。それにしても、邪魔ねぇ」


 ローウェンス公爵夫人は連れていた護衛に目で合図を送ると、令嬢達は引きずられるようにして追い払われた。

 彼女達は今頃、パーティーを楽しむ余裕も無いだろう。


「ありがとうございました」

「いいえ。毎回あんなのを相手にしてて、本当に大変だったわね」

「いえ……今までは婚約の事もありましたし、大人しく言われっぱなしだった私にも原因があったので」

「そうね。付け上がらせちゃったのはまずかったけど、これから流れを変えれば良いわ」

「はい」


 令嬢との衝突を皮切りに、平和な時間は徐々に崩れた。

 拍手や笑顔を向ける者も居れば、冷ややか視線や陰口を叩く者も現れ、会場の隅でヒソヒソと話し合っている。

 少しでもミスをすれば、一斉に牙を剥くだろう。

 そんな居心地の悪さを感じながら二部が終わった頃。

 ローウェンス公爵夫人から帰宅するよう促される。

 どうやら以前のように、貴族令息の何人かが私に対して、不愉快な話題で盛り上がっている場面を目撃してしまったようだ。

 更衣室の件もあるので、話の内容は容易に想像がつく。

 パーティーは三部まで続いていたが、事情を説明して一足早くレイキッド様と帰宅することになった。

 両陛下に罪悪感を感じつつ、馬車乗り場へ移動すると、今度は関わりたくない人物に呼び止められて肩を落とす。

 大勢の目がある中で、大胆な行動に出れない思っていたけど、やっぱり大人しく帰してはくれないようだ。


「オルカ嬢! 婚約者の誘いを断ってまで他の男とパーティーに参加するなんて、非常識ではないか? 」

「は? 自己紹介か? 国民全員が知ってっから、そんなことでわざわざ声かけんなよ」

「子爵には関係ないだろ! 」

「皇太子殿下にご挨拶申し上げます。恐れながら、私もレイキッド様と全くの同意見です」

「私が君の誘いを断ったと? 」

「誘いも何も、婚約者同士が揃ったパーティーにパートナーとして参加するのは当然だと思いますが? 政略結婚とは、言い換えれば家同士の取引です。身分や個人の感情はどうであれ、取引相手に対する最低限の配慮をすべきだったのではないでしょうか? 」

「ハッ! なら今夜は仕返しと言いたいのか? 」


 呼び止められた時から殿下は苛立っていた。

 それも、レイキッド様を睨みながら、今にも掴みかかりそうな勢いだ。

 この人は一体誰と話がしたいのだろうか。

 そもそも私が要求を受け入れて当然と言いたげな態度は、以前と何も変わっていない。

 ドレスの件も相まって、婚約解消を仄めかした時から、既に関係修復はあり得ないと、心から拒んでいることをハッキリと伝えた。


「婚約に関する意思を変えるつもりはありません。どうぞ今まで通り、好きな相手を誘って下さい。以前にもお伝えしたと思いますが、これ以上、袖にされることに耐えられません。然るべき書類をお持ち頂ければ、喜んで婚約を解消いたします」

「だからそれは誤解だと言っているだろう! 誰に向かって口を利いているっ!? 」

「てめぇこそ煩ぇんだよ。婚約解消を言い渡されて立場が不利になったからって、オルカ嬢に付きまとうな」

「付きまとうだと? その女が強情なだけだ! 大体、浮気だと宣うのもおかしいんじゃないか? 私は時期皇帝だぞ!? 妃の一人や二人が居て当然の存在だろ! 機嫌取りが仕事のような連中じゃないか!! 」

「そりゃ手順踏んで正式に迎えたらって話だろ? 大体、側室は政治面の協力と子孫を残すのが本分であって、下半身を満足させるだけの存在じゃねぇだろ。失礼過ぎて流石に引くわ」

「黙れっ! 私は……! 」

「(信じられない! 皇太子殿下は私欲の為だけに側室を迎えるつもりだったのね? )」

「(ねぇ聞いたっ!? やっぱりマゼラン侯爵令嬢の方が捨てたんだわっ! )」

「(そりゃ、あれだけ婚約者の前で堂々と他の令嬢に現を抜かしてれば、当たり前さ)」

「(スクープだ! おい、面白いものが見れるぞ)」


 殿下が言いかけたまま、口を閉ざす。

 気付けば私達を中心に、人集りが出来ていた。

 社交界には噂好きな人が多く、パーティー会場のすぐ外で大声を出せば、野次馬が集まってくるのは当然だ。

 感情的な姿は断罪以来で、周囲が見えなくなる程、彼は相当追い込まれていると言うことだろうか。

 婚約解消についても、どちらが切り出したかはハッキリと新聞に伝えられていなかったので、口論の内容を聞いた野次馬はどんどん盛り上がっていた。

 誰が標的だとしても、好き勝手にヒソヒソと話し合う声は、いつ聞いても不快な気分にさせられる。

 騒ぎを聞きつけた伯爵夫妻と公爵夫妻も駆けつけて、間に割って入り、遅れて両陛下も離れた場所に現れた。


「第一皇子殿下、何事ですか? 」

「公爵家には関係ないだろう」

「そうはいきません。大体、か弱い令嬢を一方的に怒鳴りつけて、自身の主張を押し通そうとする姿を国民に晒すのは、皇室の威厳にも関わることですわ」

「オルカ嬢は私とケイプ侯爵令嬢の関係を誤解したまま、そもそも話し合いに応じないからこの事態を招いているのだ」

「その話し合いとは、例えばどんなことですか? 威圧的な態度で暴言罵倒を繰り返した挙句、気に入らなければ池に突き落とすなどと言った内容でしょうか? 」

「そんなことするわけ……! 」

「殿下が令嬢に行った過去の行為については、既に証言が取れています」


 ローウェンス公爵夫人は毅然とした態度で追及すると、殿下もあの時のことを覚えているのか押し黙る。

 その様子を見た野次馬はざわつき、次第に好奇の目に嫌悪感が混じって、空気が一層冷え切った。

 両陛下も初耳だったようで、表情が険しくなる。


「ケイプ侯爵令嬢についても、誤解は無いでしょう? お言葉ですが、殿下は一度だって、婚約者であるマゼラン侯爵令嬢をパーティーでエスコートした記憶はありますか? パートナーとして参加したことは? 」

「そ、それは……」

「普段、令嬢をどんな風に扱っていたか、この場に居る全員が証言できるでしょう」

「……っ」

「これ以上、醜態を晒すのはお止めなさい。より良い世の中を築こうと激務に励む両陛下や、各地を視察して国民に寄り添うご兄妹の努力を、殿下お一人の自分勝手な言動で潰すおつもりですか? 」


 やや内容が盛られていたが、元専属侍女の証言を聞いてから、公爵夫人は怒りが収まっていなかったようだ。

 また、ちゃっかり皇室の評判を上げる発言を挟むところは、流石だと脱帽せざる負えない。

 両陛下が公爵家の態度を、寛大な心で許す理由はここにあるのだろう。

 そんな両陛下は、黙り込んでしまった殿下の姿に、力なく首を左右に振って項垂れていた。

 成り行きで公爵夫人も馬車に乗り込んで出発する。


「はぁ……全く、高慢な上に見境も無いなんて、呆れて言葉も出ないわ」

「ありがとうございました。おかげで助かりました」

「いいえ、当然のことを言ったまでよ」


 遠ざかる会場の入り口に目を向けると、両陛下と伯爵夫妻が場を収めている様子が伺える。

 殿下はすぐに部屋に戻ったのか、人だかりに埋もれているのか、姿が何処にも見えない。

 ふと、ある人物が視界に映って動きを止めた。

 到着した時は緊張して気付けなかったが、入り口に立っていた近衛兵を遠目で見て、確信する。


「レイキッド様……あの会場の入り口に立っているゴーレム、謁見の間に居た兵ではありませんか……? 」

「え? あんな無表情の堅物いたか? 」

「はい。初めは気付きませんでしたが……頬の大きなホクロからして、恐らくあの方です」


 よくよく見れば、もう一人の近衛兵も謁見の間を出たすぐの廊下で、私達を気遣って声を掛けてくれた兵だ。

 二人は感情が欠落したように無表情で立って、目の前で起きる騒動に全く関心が無いように見える。

 公爵の言葉に口元を緩ませ、小さく何度も頷き、目を輝かせた人物とは別人のように、ただ一点を見つめる姿は何処か不気味だ。

 同情の眼差しを向けていた兵もそうだ。

 今は、まるで抜け殻のように微動だにしない。

 たった数日の間に、一体何があったというのだろうか。


「ああいう光景が、きっと皇室に伝わる言い伝えの信憑性を高めているのね」

「え? 」

「ゴーレムは三つのランクに分けられているでしょう? 制服もそれに伴って変更される。厳密に言えば最高ランクがゴーレムで、他二つは訓練兵という括りになるの」

「では謁見の間に居たのは訓練兵だったんですか? 」

「そうね。ゴーレムとして育てられる予定の訓練兵だから、他の一般兵や訓練兵とは違うわ。既に他の隊に入団経験がある人だしね」

「……」

「一定条件を満たすと、彼等は一人前のゴーレムになるの。詳細は私でも分からないわ。だけど、極秘の訓練を習得した人は必ず、あんな風になるの」

「ご家族の方は異変に気付かないんですか? 」

「気付ける人が居ないのよ。ゴーレムに抜擢される人は決まって貴族の婚外子で、家門にとって隠したい存在の彼等に手を差し伸べたのが皇室なの。まぁ……あれを見る限り、手を差し伸べたのか、地獄に突き落としたのか意見が分かれるところね」

「なるほどな……生い立ちを気にしてるから、功績をガンガンあげて、すぐ出世しようとしてんのか」


 急にマゼランの話を思い出して身震いする。

 馬車の中は、なんとも言えない空気に包まれたまま、私達は王城を後にした。


※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ