~ケイプ家の初代当主と初代皇帝~
【修正版】
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元専属侍女に魔力を使用した数日後。
開かずの部屋の夢を見ることができた。
会いたくて仕方なかった人物がこちらに気付いて、ニコニコと笑顔で声を掛けて来る。
「いらっしゃい、おチビちゃん! 久しぶりだね~? 」
「マゼラン……! こんにちわ。やっと会えた……」
「僕に会いたかったの? 嬉しいな~♪ おや? また魔力が一段と身体に馴染んでるねぇ? 」
「今日は聞きたいことが沢山あって! あ、その前に話したいことも沢山あって……」
「元気そうだね~? 良いよ。何でも聞いて~」
自然な流れで身体を抱き上げられた。
そして、前回と同じように膝の上に乗せられる。
完全に子供扱いだったが、いつ会えるか分からない人物の行動をいちいち指摘する時間が惜しい。
なので、構わず自分の現状を伝えた。
マゼランから話しを聞くことで、魔力の代償や問題の解決、対策のヒントが少しでもあれば良いと考えていた。
また、単純に未知の能力について好奇心をくすぐられ、理解を深めたいとも思っていた。
混乱しないように、最初に過去に戻った経緯やお父様を含む屋敷で起きたこと、ケイプ家の能力と、エイリーンについても順番に説明する。
魔力が具現化した存在とは言え、マゼランは途中で口を挟まず、突拍子もない話を静かに聞いてくれていた。
一通り説明を終えると、意外にもすんなり信じてくれたことに安心しつつ、逆に疑わない姿勢を見て、やっぱり先祖の力で過去に戻れたのだろうかと、胸を躍らせる。
「大変だったんだねぇ~? そっか。見た目通りの年齢じゃないとは思ったけど、立派なレディだったんだね~」
「…………あにょ、ひっぱなへひーのほほへあほばはいへくひゃひゃい」
「あはは! ごめんごめん。だって子供の頬っぺたって触り心地が良いんだも~ん」
「…………ひゃひゃひへ」
「分かった分かった。まず……未来から過去に戻った点については、情報量が少なすぎるし、僕でも分からない」
マゼランでも分からないことがあるのか。
今まで何でも答えてくれていたので、彼の回答を意外に感じながら、同時に時間を操作する能力を聞いたことはないと言われてしまい、肩を落とす。
マゼランは時間を遡ることより、お父様が魔力を意図的に使用した点について、払った代償を心配していた。
昔から顔を合わせる頻度が少ないのだ。
会話もないので、元気に見えて実際はよく知らない。
マゼランとの予期せぬ再会は嬉しい反面、情報の準備不足にモヤモヤしながら、エイリーンの払った代償についても懸念していた。
ケイプ家に関しても、不思議そうに首を傾げている。
「魔力量にむらがあるのは、やっぱり変ですか? 」
「ううん、遺伝的な問題もあるから変じゃないよ。ただ……ケイプ家の初代当主って、そもそもエルフじゃないんだよね」
「えっ!? 」
「エルフって凄く賢いから独自の文明を築いててさ。エルフの言葉とか字を使っていたけど、気配っていうのかな? それが全然違ったね」
人間には識別不可能なエネルギーの核が、異種族に備わっていて、エネルギーを敏感に察知する能力もあるの為、正体を簡単に誤魔化せるものではないようだ。
ケイプ家の初代当主と対面したことがあるマゼランは、少し考えた後、思い付いたように話を切り出す。
「 ” ケルピー ” って知ってる? 」
「あの……馬の身体に魚の尾ヒレが付いた、海に棲む魔物……実在したんですか? 」
「うん。ケルピーは背中に乗った人間を海の中に引きずり込んで、襲う習性があるんだけどさ。この時、背中に乗るよう誘導するんだ」
「……惑わして、ですか? 」
「いいや? 人懐っこい仕草で相手を油断させるんだよ。逆に背中にさえ乗らなければ襲われる心配はない」
現代には正式な記録がほとんど残されていない。
ただ、子供用の絵本や劇で、異種族を題材にした物語は近隣諸国を含めて、数多く存在した。
どれも数百年前から語り継がれてきたもので、誰がいつ思い付いたのか、詳細は不明だ。
流通されている絵本や劇の内容は、昔からある物語をリメイクしたものばかりで、どの世代でも共通の認識を持っていたが、大多数の人は架空の生物だと思っている。
かく言う私も、以前までは全く信じていなかった。
マゼランは、人間には理解し難いケルピーの習性や実態を説明してから、次に人魚の話題に移る。
美しい容姿と歌声で船乗りを惑わす、狂暴で恐ろしい生き物だったと説明してくれた。
「人魚は繁殖期になると交尾の為に人間の雄を捕まえて、その後は食い殺すんだ。カマキリみたいだよねぇ~? 」
「……想像していたのと違って、凄く恐ろしいんですね」
時折、町中で見かける劇のポスターを思い浮かべながら、想像と真逆な人魚の実態に顔を顰める。
ケルピーや人魚のように、人間には理解し難い習性を持つ異種族が多く存在する反面、彼等にとっても、時に人間の行動を不可解に感じることがあるようだ。
当時、新たに拡大した地域の一部が海に面していて、人魚による被害が頻発した影響で、討伐隊が派遣された。
この騒動で地域の治安は守られたが、取り逃がした個体が別の場所に影響を与えたのか、新たな変化が起きた。
「人魚に棲みかを脅かされたのか、海面に出て来た奴等が何種類か居たんだ。その中に海に棲む怪鳥が居て、意思疎通が出来ないから発見者が ” キエイプ ” って名付けたんだ。その地域の言葉で、 ” 海の鳥 ” って意味だよ」
「キエイプって、まさか……? 」
「始めはセイレーンが突然変異した姿か、進化したのかと大騒ぎになってさ」
「セイレーンは人魚じゃないんですか? 」
「ううん、違うよ。セイレーンは人魚のように上半身が人間と同じだけど、下半身は鳥だよ」
「……………………………なる、ほど」
「ぶはっ!? あはははは!ちょっと、不意打ちで急にその無理やり納得した顔ずるい! あはははは! 」
「つ、続きをお願いします……」
マゼランの笑い声で顔に熱が集中する。
異種族に関する知識のほとんどは、絵本や劇のポスターと言ったフィクションから得た情報だ。
思い違いをしても仕方ないだろう。
第一、過去に戻るまでは受け継がれた血や能力について、深く掘り下げて調べようともしなかった。
キエイプは、ずぶ濡れの巨大な鳥の雛に似て、世辞にも美しいとは言い難い姿で、突如海面に現れた。
恐ろしい見た目に反して鳴き声は美しく、性格も大人しかった為、そのまま放置されていたが、現れてから数か月後、エルフの村が壊滅する凄惨な事件が発生した。
発見が遅れた理由は、彼等が研究目的で国の保護下から外れた森に移り住んだことが原因だった。
調査の結果、川から這い上がった何かに全員が食い殺されてしまったと推測され、その頃になるとキエイプも姿を消していた。
「惨劇から二年くらいが経った頃かな? 聞いたこともない美声を持つ、エルフに似た奴が国に連れて来られたんだ。そいつが後の、ケイプ家の初代当主さ」
「うーん……話の流れからすると、キエイプっぽいような気がしますけど? 」
「可能性は十分あり得たけど、キエイプは群れてたわけじゃないし、対面してないから何とも言えないね」
「何で、ケイプ家の人達は勘違いをしたのかな……」
「面識が少ないから分かんないな〜? 能力については異種族と違って、受け継がれただけの人間なら、確か条件を整える必要があったと思うんだよね? 催眠系の能力って持続しないし比較的に弱いし、治癒能力と違って面倒臭いお膳立てがあった気がする」
「条件……? 」
「相手が自分を信じて、特定の何かに不満を抱いてないと成立しないんだ。それに魔力を持った相手には、無条件に暗示を掛けられない」
「えっ!? どうして……? 」
「魔力に能力を弾かれてしまうからね。特に僕の魔力は強力だから防衛本能が働いて、知らず知らずの内に身を守ってくれているんだよ」
つまり、お父様は惑わされていなかった。
そして殿下もまた、あの不誠実な言動はエイリーンの所為ではなく、あくまで彼自身の選択と判断の結果だということも判明した。
どうやらケイプ卿の話を聞いてから、能力の所為にして、無意識に何かを期待してしまっていたらしい。
裏切られた時のような衝撃を受けて、視線を落とす。
「何で……駄目だって分かってるのに、何度も期待しようとするんだろう……」
「え? あ、あ……えっと……」
「傷付くって分かってたのに……」
「あー……あ、そうだっ!! 最後に、ドラゴンに関する話をしようか? 」
気を紛らわせようとしてくれたのか。
明るい声で次の話題を提案したマゼランだったが、言葉を発した直後、すぐに表情を曇らせて小さく唸る。
話題を逸らそうと、咄嗟に思い浮かんだことを口にしたものの、穏やかな内容ではなかったようだ。
悩んだ末に、マゼランはドラゴンが国の王になった経緯から話し始めた。
「前に話した、メゼラを覚えてるかい? 」
「はい? 確か……異種族と人間の集団でしたっけ? 」
「うん。ヴァルは、メゼラのリーダーだったんだ。ブラウン集落の皆と旅をしたように、メゼラも安定した土地を求めて各地を転々としてたみたい。それで最後に辿り着いたのが、ディヴァルガン帝国だったのさ」
「侵略されたんですよね……? 」
「君は記憶力が良いねぇ~? 一回で覚えるなんて感心しちゃうよ! 可愛いねぇ~」
「あ、ちょっ」
満面の笑みを浮かべたマゼランに抱きしめられる。
実年齢を伝えても、やっぱり子供扱いが抜けていない。
ただ、そこまで嫌だとは思えず、彼は人の懐に入るのが上手いようだ。
「えーっと……メゼラが侵略した話だったね? ヴァルの前の王様は人間だったけど、血も涙も無い悪魔だと言われてたんだ」
「暴君ということでしょうか? 」
「そうだね。それも酒池肉林を作り上げた自己中心的でどうしようもない暴君だった。ヴァルは最初から侵略を企んでたんじゃなくて、旅の疲れを癒す為に国に立ち寄っただけだったんだ。だけど国民から相談を持ち掛けられて、結果的に侵略したというわけさ」
「良いドラゴンだったんですね」
「まぁ……最初はね。人に化ける事も出来るし、物静かだけど冗談が通じるし、責任感が凄く強かった。ただ、なんていうか、段々と様子がおかしくなってさ……」
ドラゴンが王に即位してから一年後。
帝国内の異種族は次々に不当な理由で投獄された。
戦争の名残だと思っていた各建物内の牢屋は、この頃に起きた悲しい出来事による産物だった。
言葉巧みに人間の心を揺さぶり、濡れ衣を着せる。
これにより冤罪で多くの異種族は命を落とした。
肩身が狭くなり、隠れて暮らす者まで偽の情報で炙りだして、人々はそれまでの関係性を忘れたかのように、異種族を迫害し始めた。
特に被害を被ったのは魔族で、現代に残る人々の持つ悪い印象は、この頃の名残だったと知る。
「酷い。ドラゴンはどうしてそんなことを……? 」
「冷静沈着に見えて、プレッシャーに弱かったみたい。流れ者の自分を王にした国民に感謝を込めて、守ろうとしたんだろうね。他のメゼラから攻撃を受ける事も多かったし、責任感も強いから背負い込み過ぎたのかもね」
「それと異種族に行った仕打ちは、どう関係しているんですか? 」
「表向きは制裁だけど、実際は自分の持つ魔力を強化する為に、食い殺していたんだ」
基本的に生まれ持った魔力は寿命が尽きるまで変化しない為、強化するには力を与えられる存在を探すか、他者を食らう二つの方法が存在した。
多少落ち着きを見せたとはいえ、戦乱はまだ続いていたことから、前者に掛ける時間も手間も無い分、後者を選んだのだろう。
後から取り入れた糧は、本来持つ力と融合するまでに時間が掛かり、またその大きさによっても差があった。
「王族にさ、時々両親と全く似てない、変わった姿の子供が生まれることがあるんじゃない? 」
「そうですね……数年に一度、誕生します。不貞を疑うところですが、如何せん彼等は帝国内に似た人が居ないので、血統の影響ではないかと噂されていました」
ローウェンス公爵が正にそうだった。
例を見ない燃えるような真っ赤な髪にオレンジの瞳。
これは決して母方から譲受けたものではなく、また周囲に似た人も存在しなかった。
過去にも銀髪に赤い瞳や、藍色の髪と瞳。
茶髪に灰色の瞳を持って生まれた人も居た。
「力を得る為に食べ過ぎて、消化しきれずに死んだからだと思う。前に、同種族であれば親から子へ受け継がれた魔力が、新たな個体の養分になって吸収されるって話したことを覚えてる? 」
「はい」
「遺伝的に受け継いだ場合、すぐに吸収されるんだ。でも後から取り入れた場合は、融合って形でドラゴンの糧になる。本当はね」
「帝都から異種族が姿を消したのは、ドラゴンの仕業だったんですか? でも、同じ国民なのにどうして人間との扱いがそこまで違うんです? 」
「彼を王にしたのは人間だからさ。当時、他の種族は静観してたから、受け止め方に差が出たのかな? それか単純に眼中になかったか……あとは、騙しやすくて偏見を持ってる人が多いから、味方に付けやすかったのかもね。捕獲理由はあくまで制裁だから、見た目が特徴的な連中や目立ってた連中から次々に餌食にされてさ」
初代皇帝の愚行を隠蔽したのか。
教科書の内容は間違えたのではなく、意図的に操作したのであれば、どこまでも後味が悪い話だ。
人間から支持される一方で、異種族はエネルギーを識別できる分、王の非道な行いは他種族にすぐ知れ渡った。
だが残念なことに、元々ドラゴンの力は強力だ。
太刀打ちできないと判断した種族の中には、国外へ逃亡した者も少なくなかった。
しかし、ディヴァルガン帝国は比較的平和な国で防衛戦にも優れていた為、保護下から外れた戦乱の世で、戦い方を忘れた彼等が生きていける筈もない。
ドラゴンが目を光らせていたこともあって、逃亡者は悲しい結末を辿る結果になってしまったようだ。
「ドラゴンは異種族が治める国を次々に侵略しては、力を強化した。目的は強奪じゃないし防衛戦で十分な利益もあったから、吸収した土地に住む人間を今までと同じ条件で受け入れた。少し気遣うだけで仁君のイメージが定着して、人間は彼を褒め称えたけど、僕等の目は誤魔化せない。逆にそんな彼を真似た種族も現れた」
「どうなりましたか? 」
「融合に失敗して勝手に滅んだよ。ドラゴンは元々強いから、手あたり次第に他種族を食べても問題は無いけど、相性があってさ。大体は身体が拒絶反応を起こすんだ」
「異種族はそうして数を減らして姿を消したんですね」
「そうだと思う。あんなに多かったのに、たった二年で異種族の家門は片手に収まるまでに減っちゃってさ。ドランド家とか、ウィンディア家とか……残ったのはそんなものかな? 」
「メゼラ時代の仲間も、餌食になったんですか? 」
「うーん……気付いたら姿を見ないから、多分食べられたんだと思う」
無慈悲な方法で順調にことを進めていたドラゴンにも、世継ぎと言う大きな壁が立ち塞がった。
また、この頃になると無差別に他種族を食らった影響か、人間と変わらない速度で急激に老化も進んでいた。
初代皇帝は創生期時代に家族と死別して以降、メゼラで各地を転々としていた為、同種族と番える確率が非常に低いことを痛感していた。
世継ぎを急ぐ必要があったドラゴンは、止む負えず他種族との婚姻に踏み切ったが、そこで障害になったのは彼が散々喰らった強力な力だった。
強くなり過ぎて番える種族が現れなかったのだ。
しかし、ドラゴンは諦めなかった。
「孕む見込みのある雌を各地から捕縛して、無理やり妃に迎えたんだ。初代ケイプ当主が連れて来られたのはこの頃だね。エルフの村を訪ねた時に発見されたんだ」
「そんな……」
「迎えても迎えても捕縛の手が止まなかった。妃のその後の目撃情報は無いし、世継ぎも生まれない。彼女達の家族も忽然と姿を消してるから、恐らく適当な理由を付けて食べたんだと思う」
「酷過ぎる……っ」
「辛うじて残ってた他種族も、これには我慢出来ずに一斉に逃げ出してさ。すっかり仁君に騙された人間達によって、 ” 異種族狩り ” が大々的に行われたんだ」
「マゼランは大丈夫だったんですか? 」
「僕は当時、診療所で仕事をしていた影響で人間からの支持率が高ったんだ。他と比べて特徴もないし、元々が人型だし。だからヴァルも僕に手を出せなかったんだと思う。でも流石に我慢の限界を超えて、モーモと一緒に城まで抗議に出向いたよ。ほら、前に言ったブラウン集落の焚火の番をしてた奴さ」
「その方も長生きだったんですね」
「……………………」
マゼランが急に押し黙る。
不思議に思って見上げれば、深く傷ついたような苦しそうな表情を浮かべていた。
冗談ばかりで、ニコニコと笑顔を絶やさない彼にとって、余程辛い出来事が起きたのだろう。
これ以上、興味本位で話を聞くのは止めた方が良いと判断して話題を逸らしたが、マゼランは途中で止めずに続きを話してくれた。
「ドラゴンはいつでも僕等を食べる機会を伺ってたのに、支持率に安心してすっかり油断してた」
「……」
「特にモーモは炎を変幻自在に操れるし、魔力も多分、僕と同じくらい強力だから、食べたくて仕方なかったんだろうね。金色の双眼にじっとりと見つめられてさ。適当な理由で罪に問われたけど、連行されたのは牢屋じゃなくて王の庭だった。かつての暴君が酒池肉林を作った忌々しい庭にね」
「建物はそのままだったんですね」
「王の庭は、城の中枢部に位置していて、場所そのものが隔離された状態だった」
城の中枢部に位置する、隔離された場所。
妃教育を行う建物も似たような位置にあって、王宮の敷地内にも関わらず、高い塀で囲われていた。
脈が速くなって視線を落とすと、手が震えている。
そんな場所に通っていたのかと思うと、恐ろしい。
「すぐ傍の建物内から、妃達のすすり泣く声と悲痛な叫び声と……生臭い吐き気を覚える悪臭が漂ってた」
「どうして、そんなところに……? 」
「僕に妃の面倒を任せようとしたみたい。僕がドラゴンの要求を承諾するまで、モーモは弱点の氷水が入った桶に沈められた」
「拷問……!? 」
「桶は庭の中央に設置されて、僕はその様子が見える妃の空き部屋で、鎖に繋がれて軟禁された。日夜問わず、突然大きな音と泣き叫ぶ声が聞こえて、暫くしてから生臭さと……何かを咀嚼する音が、僕の居た部屋にまで届くんだ……凄く怖かったよ。ブラウン集落の皆と物騒な世界を旅してた頃よりも、ずっと恐ろしかった」
「マゼラン……」
「なんとか隙をついて逃げたけど、失敗してモーモが食べられて、僕も自暴自棄になって城の焼却炉に飛び込んで絶命した。対猛毒を持つ異種族の処理場にも使用する分、底が深い大きめの焼却炉でさ。僕はそのまま糧にされず、身体が灰になって消えたのさ」
マゼランは苦しそうに顔を歪めた。
聞いているだけでも、当時の恐ろしさが伝わる。
悲しい結末に胸を痛めていると、彼が小さく笑った。
「でも、僕はマゼランの魔力が具現化して、マゼランの記憶を持ってるだけで、マゼラン本人ではないから悲しむことはないよ」
「でも……記憶があって、貴女は自我を持ったマゼランの魔力でしょう? 」
「うーん……自我が宿ったばかりの頃、まだ感情が機能してない所為で、最初は何とも思わなかったんだよね。ドラゴンも死んでたし、王も代替わりしてたし」
マゼラン家の人間と交流を重ねる内に、人間と同じように喜怒哀楽が芽生えたのは、初代当主が没してから随分あとだったようだ。
抗議をしようと初めに誘ったのはマゼランだった。
だから余計に友人の死に責任を感じて、深い悲しみと絶望感から自暴自棄になってしまい、消極的な選択を選んでしまったようだ。
結果的にドラゴンの糧になることは回避した。
けれど、燃え盛る炎の中で孫の存在を思い出した瞬間、彼は自分の選択を後悔したが、底の深い焼却炉から逃げ出すことも出来ず、絶望を抱えたまま灰になった。
「ドラゴンは僕の孫を見て世継ぎのヒントを得たんだと思う。後で聞いた話だけど、初代国王は最終的に人間を娶って無事に世継ぎが生まれたんだって」
「何で、人間の身体は耐えられたんでしょうか? 」
「多分だけど……魔力を持ってないからかな? 拒絶反応を起こす最大の原因が無いから、適応したんだと思う。皮肉だよね。眼中になかった種族が適応して、それに気付くまでに他の種族はほぼ絶滅したんだから」
「……本当に、そうですね」
「魔力を持って生まれても、人間と異種族は根本的に身体の作りが違う。他種族のハーフ同士が結ばれたとしても拒絶反応は出ないし、生まれる子供は、強い方の魔力を受け継ぐ可能性もあるし! その代わりに、核を持ってないから代償が伴うんだ。上手い話はないってことだね〜」
最後は明るくいつもの笑顔を見せてくれたけど、それでもマゼランはどこか寂しそうな表情をしていた。
急に、彼を初めて見た時の光景が頭を過る。
何を思いながら、窓の外を眺めていたのだろうか。
マゼラン本人ではないと割り切っていたとしても、当初は感情が無かったとしても、今は思うところがあるから傷付いた表情をするんだ。
目覚めた時には、当事者が居ない。
もうどうすることも出来ない。
そんな自分のものでもない記憶に、長い間どれほど心を痛めてきたのだろうか。
それも、こんな代わり映えのない、時間が止まった夢の世界で、彼は独りぼっちだったと思うと切なくなる。
理論や淑女の行動を、今だけは考えることを止めた。
小さな腕を広げて、マゼランに抱き着く。
彼はすぐに元の調子に戻ったけど、ただの照れ隠しだということに気付いて、その両頬をつまむ。
「ひょっひょ~ひゃーひぃ? ひゃひゃひゃ」
「ふふふ、いつものお返しです」
本当はまだまだ気になることが沢山あった。
けど、今夜はもう彼の好きな話を聞くことにした。
移り変わる時代の流れを見て、どんなに驚いたか。
今までも沢山の子孫と夢で会って、町で起きた出来事や流行、時には贈り物を受け取ったことも話してくれた。
一頻り話し終えた後は、教えて貰いながら夢から覚めるまで、子供の頃に戻ったように二人で遊んで過ごした。
***
※修正箇所※
字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。




