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~ハプニングは重なる~

【修正版】

 

 ーー後日。


 伯爵夫妻が用意してくれた変装道具に身を包んで、レイキッド様と二人でケイプ邸へ向かった。

 周辺を偵察していると、門にはマゼラン家の私兵が二人と、建物内にも数人が行き来している様子が伺える。


「庭師は居ねぇけど、窓の前を通る使用人だけでもそこそこ多いな……」

「そうですね。侯爵家の馬車が停まっていますので、今日はお父様が居る日のようですね。あれ?マゼラン家の主治医だ……私兵が居るからかな? 」


 門の外から敷地内を観察しつつ、侵入経路についてレイキッド様と思案していると、建物内から鞄を持った中年男性が出てくる。

 門に向かって歩く姿はどこか落ち込んでいて、飛び込みのセールスか、契約を打ち切られた業者だろうと考えた。

 ケイプ邸には一度も足を踏み入れたことが無いので、内部の構造について聞き出すには丁度良い。

 そのまま男性を尾行して、声を掛けるタイミングを計る。

 しかし、大通りに待機した辻馬車に乗り込む際、髪の隙間から見えた特徴的な耳で、すぐに中年男性がただの部外者ではないと気付いた。


「あの! 突然、お声掛けいたしまして、申し訳ありません。ケイプ家の関係者とお見受け致します。恐れ入りますが、少しばかりお時間を頂いても宜しいでしょうか?」

「…………………………もしや、マゼラン侯爵令嬢ですか? 」

「いきなりバレたっ!? 仮面付けてんのにっ!? 」

「え!? 帽子も被ってるのに、どうして……っ!? 」

「はは、記者や事業の勧誘にしては礼儀正し過ぎますし、立ち振る舞いも上品ですから貴族に間違いないでしょう。ただ、社交界と縁遠い私を呼び止める貴族は少ないので、なんとなくマゼラン侯爵令嬢ではないかと思ったのです」

「頭の回転が速ぇ……」


 鋭い洞察力と推理力に関心する反面、あっさりと変装を見抜かれてしまったことに私達は慌てふためく。

 まだ何も得られていないのに、これはまずい。

 何かを察した中年男性は、理由を聞かずに遭遇した事を他言しないと約束してくれた。

 物腰が柔らかで賢い上に察しも良い。

 紳士的な対応に感謝しながら、彼と一緒に辻馬車に乗り込んで、改めて互いに自己紹介を交わした。


「うちは裕福ではありませんので、馬車を所有してないんです。座り心地は良くないかもしれませんが、何卒ご了承ください」

「とんでもないです。お時間を下さって感謝します」

「申し遅れました。ジェイムズ・ケイプと申します。ケイプ家の先代当主の実弟に当たるものです」

「オルカ・マゼランです。先代当主の訃報を、心からお悔やみ申し上げます」

「レイキッド・L・アドバンズだ。先代当主の訃報は、俺も残念に思う」

「痛み入ります。ところで、ご用件は何でしょうか? 」


 ケイプ家の親族を探す手間が省けたのは良かった。

 ただ、いきなり遭遇するとは思ってもみなかった所為で、呼び止めた手前、話しをどう切り出すか迷う。

 エイリーンに抱く印象次第でアプローチが変わる。

 一歩間違えれば計画が崩れる為、慎重に言葉を探した。

 相手の情報を聞き出すことから始めようとした矢先に、ケイプ卿がハッとした表情を浮かべたかと思えば、徐ろに頭を下げて謝罪の言葉を述べた。


「姪が……令嬢と皇太子殿下のご婚約の件で多大な迷惑をお掛けして、大変申し訳ございませんでした……」

「え? あ、いえ、ご丁寧に謝罪して頂き、ありがとうございます。ケイプ家も今回の騒動で打撃を受けたでしょうし、むしろ巻き込んでしまってすみません」

「いいえ……令嬢が謝罪することではありません。そもそも、あの子は生きていてはならない存在なのです」


 思慮深い紳士から、思いがけない物騒な言葉が飛び出たことに驚いて、レイキッド様と顔を見合わせる。

 出方を伺っていたので丁度良い。

 先ずは彼の事情やケイプ家について話を聞くことになり、ケイプ卿は落ち込んだ様子で話を切り出した。


「誤解が無いよう先にお伝えしますが、決して女性当主の誕生に反対しているわけでも、遺産目当てでもありません。ゴシップ誌に掲載された内容が理由でもありません。正直、誰が次期当主に着任しても構わないと思ってますが、エイリーンは……あの子は例外です」

「そこまで強く反対する理由は何でしょうか? 」

「それは、その……その……」


 聡明な姿を見せていた彼は、言葉を詰まらせる。

 落ち着き無く手元をいじり、視線を逸らす姿からは何か言いづらい事情があるのだと察したが、興味深い内容を聞き流せず、静かに次の言葉を待つ。

 沈黙に耐え切れなかったケイプ卿は、本題に入る前に、予想外な質問を口にした。


「マゼラン家も異種族の血を受け継いでいますが、その……家門に言い伝えられている言葉などありますか? あったとして、信じていますか? 」

「はい? はい……信じています。ですが、それとエイリーンにどのような関係が? 」


 怪訝な表情でレイキッド様と顔を見合わせながら、どんなことでも、軽視する言動は取らないと約束した。

 だから、安心して話して欲しいと伝えると、ケイプ卿はそれでも言いにくそうに言葉を続けた。


「ケイプ家は……容姿だけではなく、その……周囲に居る不特定多数の者を惑わす、厄介な能力も異種族の血と共に受け継がれてきたました。そして ” 超越した声帯を持つ災いの子を殺せ ” という家門の言い伝えがあります」

「え!? 」

「あの、事情を知らない人からすれば、信じ難い話だとは重々承知しています…………馬鹿げていると思われても仕方ないでしょう」

「そんなことはありません! どうぞ、続けて下さい」

「ありがとうございます。何年かに一度、この厄介な能力を濃く受け継ぐ子供が生まれてきますが……今回は、エイリーンが該当します」


 言い伝えの内容はともかく、侯爵家と皇室は勿論、伯爵家も受け継がれた不思議な能力について信じている。

 ただこれは、大々的には公表しているわけではないので、一般の人から理解を得るのは難しい。

 能力が実際に発現した事例を知らないケイプ卿は、突拍子も無い話を信じて貰えるか心配していたようだった。

 彼は証拠とばかりに持っていた鞄から、家門の歴史が記された資料の写しを取り出す。

 驚いたことに、翻訳する形で国が興る前からの出来事が書き記され、マゼランが教えてくれた歴史に近い内容が記録されていた。


「建国してからも異種族が人間と共存してるって書いてあるけど、これ本当なのか? 授業で習う内容と違う気がすんだけど? 」

「異なる点は多々あるので、困惑するのも無理はありません。実際、我々もどちらが本当に正しいのか未だにハッキリとは分かっておりませんし、矛盾点を全て解明する手段があるわけでもございません」

「いえ、信じます。詳細をお伝えすることは出来かねますが……正しい歴史について詳しい人物から昔の話を聞いたことがありまして、その内容がこちらの資料と重なる部分が多いです」

「え?そうなのか? 」

「はい……授業では創生期時代に異種族は姿を消したと習いますが、実際はもっと長く人間と共存しているんです」


 思わぬ収穫に目を輝かせて資料を読み進めると、” 異種族狩り ” や ” 迫害、虐殺 ” 、 ” 逃亡 ” などと言った物騒な言葉の羅列に息を飲む。

 あまりにも熱心に読む姿を見て、ケイプ卿から資料の写しをそのまま譲って貰えることになった。


「すみません……」

「いえ、そちらは写しですので構いません。マゼラン当主にこの資料を持って、時期当主の件を考え直すよう何度も頼んでいるんです。残念ながら信じて貰えず、この資料も捏造だろうと言って突き返される始末……先代当主と情報交換を行っていた影響で、マゼラン当主は我々を快く思っていないんです」

「そうなんですか……? でも、どうして……? 」

「先にお伝えした通り、エイリーンは言い伝えにある災いの子に該当します。なので、昔から先代当主に処断するよう親族総出で説得していたんです。酷な話ではありますが、それだけエイリーンの力が強かったので、決断を急ぐ必要がありました。先代も始めは反対していましたが、亡くなる直前には考えを改めています」


 どうやら、お父様はケイプ家の先代当主が考えを改めたことを知らずに、死別してしまったようだった。

 ケイプ卿もお父様の心情を十分理解した上で、時間を掛けて説得していると述べていたが、レイキッド様は分が悪過ぎると判断したのか、顔を顰める。


「そりゃ…… ” 言い伝えに該当する娘を殺せ ” なんて言われりゃ反対するし、周囲も警戒して当然だ。その……惑わしの能力? それって見てすぐ分かるのか? 」

「効果が出るまでに多少の時間を要するので、気付きづらいです。ましてや一緒に住んでいる者は尚更、気付きにくいでしょう」


 私はすぐに以前のマゼラン邸の出来事が頭に浮かんだ。

 惑わしの能力は、徐々に周囲が変化する所為で理解が無い人間からは単なる贔屓と誤解されやすく、知らぬ間に能力を発動している者に従順になってしまう。

 また、能力の影響範囲も徐々に広がるので、早めの対処が必要だった。


「能力を発動している者を速やかに隔離すれば、周囲は次第に正気を取り戻ります。ただ、影響を受け続けると精神に異常をきたす恐れもあるんです」

「そんな影響力が強ぇなら気付きそうなもんじゃね? 」

「影響を受けていない人物も、洗脳という形で判断力が鈍り、異常な状況に気付けなくなります」


 レイキッド様は一度私に視線を向けた後、口を閉ざす。

 お父様が以前、皇室に提出した報告書の内容を思い出して何かを感じ取ったのだろう。

 私も知らず知らずの内に、惑わされていたか、洗脳されていたのだろうかと思いながら、視線を落とした。


「皇太子殿下や侯爵様も、惑わされているのかな……」

「マゼラン当主に関しては正直、断言できません。しかし、正常な判断もできる様子から、影響を受けていても完全に惑わされているわけではないのでしょう。だから、次期当主の件を考え直すよう説得しているんです。まだ正気である内に……」

「クソ皇太子に関しては元からだろ」

「ク、クソ……? 」


 ケイプ卿は驚いて目を丸くする。

 私は慣れてしまったが、初めて聞く人にとっては、皇族相手に使う言葉として不適切で、衝撃が大きいだろう。

 彼はハンカチで額や頬を拭いて何度も瞬き、脱線した話を元に戻すことで、気持ちを切り替えてくれたようだ。

 柔軟で臨機応変に対応できる人で良かった。

 親族総出でエイリーンを排除しようとした理由には、言い伝えの特徴を持つ他に、攻撃的な性格も含まれていた。


「癇癪を起す度に破壊行為を繰り返し、酷い時は生き物にも手を出す。叱れば攻撃対象が移り、被害も徐々に拡大したそうです」

「理由も無く急に豹変したわけじゃねぇだろ? 」

「勿論、何かしらの事情はあったのかもしれません。先代も話を聞く姿勢を取っていたと聞いています。エイリーンには妹が居ましたが、攻撃対象にされてしまい、使用人と亡きケイプ夫人が異常なまでにエイリーンを贔屓する姿を見て、流石に不信感を抱いたそうです」

「先代当主と妹には例の能力が通用しなかったのか? 」


 ケイプ家の先代当主とエイリーンの妹、またケイプ家の親族には能力が通用しないようだった。

 しかし、使用人とケイプ夫人を含む多くの人は、惑わされてしまったのではないかと、ケイプ卿は推測していた。


「うーん……能力を使う時にしっぺ返しみてぇなもんがあるのか? 理由が分からねぇと意味分かんねえ話だな」

「仰る通りです。せめて行動の原因を探ろうとしましたが、先に処断の話を持ち掛けた所為で先代当主に警戒されてしまって、亡くなる直前まで調査の協力を得られませんでした。本当なら、一家がカントリーハウスから戻った後に、カウンセリングを行う筈だったんです」


 頭の中で、疑問に感じた点と点が繋がる。

 まるで答え合わせを聞いている気分だった。

 あの異常さを言葉で表現して、人に伝えるのは難しい。

 その理由を知ることも難しく、現にエイリーンの不可解な言動を間近で見ても、理解できない。

 また、癇癪を起した時の攻撃性の高さも、よく分かる。

 同時に、私が受けた不遇の全てが彼女の仕業なら、怒りや憎しみよりも、不思議と本心が知りたくなった。

 酷い裏切り行為を受けたとはいえ、生まれた時から周囲に死を望まれるなんて、聞いていて切なくなる。

 それに、本当に能力を使えるとして、不可解な言動は代償を伴った事が原因だとすれば、誰にも理解されずに苦しんでいるのに、疎まれるなんて可哀想だとも思った。

 最近では幼稚な行動が目立っていたが、穏やかで世話焼きなエイリーンの姿も見たことがあるので、なんとも言えない複雑な気分になる。

 とはいえ、どんな事情があったとしても、私が被害を被って良い理由にはならないので、許すかは別問題だ。


「先代当主が考えを改めてから、エイリーンを隔離する為に領地に一人残して改善を試みた時期もありました。しかし、あの子が越してから僅か二か月で領地内は荒れて、領民に多大な被害が出てしまいました。報告を受け、直ちに娘を向かいに行きましたが、直後に悲報が届いたのです」

「旅行でカントリーハウスに滞在していたのでは……? 」

「表向きの理由はそうです。なので一家で向かったのでしょう。調査の内容では大きな山崩れに建物全体が巻き込まれたとされています。建物の裏に高い急な斜面があって、そこが崩れたようです。自然災害による悲しい事故に聞こえますが、これは他殺だと疑っています。土砂から熊や狼の亡骸が大量に発見され、裏手の門が全て取り払われていましたし、不可解な点が多すぎるんです」


 当然のように話すケイプ卿に、待ったをかけた。

 レイキッド様も違和感を感じたようで、ケイプ卿の憶測に反論を唱える。


「待って下さい。確かに今の話しだとエイリーンが怪しいですが、大前提として彼女は当時まだ九歳なので、計画的に犯行を行ったとは思えません」

「そうだな。仮に不満があったとしても、子供に調査隊を欺けるくらいの知識が備わってたとは思えねぇ」

「確かに、彼女一人では無理でしょう。しかし、彼女の暗示にかかった大人は違います」


 ケイプ卿の着眼点はごもっともで、私達は口を閉ざす。

 注意すべき点は、自我を持たない操り人形ではなく従順であることなので、個人の持つ知識や能力は、そのまま彼女の為に惜しみなく使用される。

 つまり、エイリーンが事故を望んでいたのであれば、暗示にかかった周囲の大人が、助言するなり実行するなりした可能性があるということだ。

 けど、彼の推理通り周囲が手助けをしたとして、僅か九歳の少女が、間接的に家族を殺める事が出来るだろうか。


「私の爵位は低いですし、裕福でもありません。他の親族も同じです。けど、決して現状の生活に不満などありません。必ずしも権力や財力が幸せに直結しているとは限りませんから」

「そう……ですね」

「そんなことより、家門の一員としてエイリーンが何か大きな過ちを犯す前に食い止める方が大事です。一歩間違えれば、一族全員が処刑される事も有り得ます。今回の皇太子殿下の記事を読んで、影響力の恐ろしさを再認識しました。なので、どうにかマゼラン当主には考えを改めて欲しいのです」

「……私も、侯爵様に口添えをするか検討致します」

「ありがとうございます。何卒、宜しくお願い致します」


 切りの良い所で話は終わり、ケイプ卿と別れた。

 思いがけない情報と過去の出来事を整理する為に、気晴らしにケイプ邸の周辺まで徒歩で戻る。

 ケイプ卿は、家族を守る為に長年苦しんでいた。

 その原因がお父様だと思うと、情けなくて恥ずかしい。

 婚約問題の記事を読んだ時、さぞ怖い思いをさせたと思うと申し訳なさでいっぱいになった。

 レイキッド様も複雑な表情で唸り、私も譲って貰った資料と連絡先に視線を落として溜息を零した。


「引き取って貰うどころでは無さそうですね」

「だな。能力については、まだ理解が追っつかねぇけど、一族全員が処刑されるってのは、有り得ねぇ話でもねぇんだよな。実際、両陛下はあの令嬢のこと嫌ってるしさ」

「あんなに深刻な問題を抱えていたなんて、全く知りませんでした……」

「つーか、侯爵は何してんだよ本当によぉ……」

「全く同感です。問題が山積みの屋敷を放ってまで、他所の家門に迷惑をかけるなんて……それにしても、どの家門にも言い伝えが残ってるんですねぇ? 」

「あー……この前聞くまで俺も知らなかったんだけど、城によく出入りしてる連中は、何か勘づいてんだろうな」

「そもそも囁かれてるって……いつ、誰から噂が始まったんでしょうね? 普通なら信じられないのに」

「そりゃ、最近で言えば侯爵の能力が……ん? 」

「レイキッド様? 」


 レイキッド様が一点を見つめて固まる。

 その視線の先に目を向けると、ケイプ邸の二階の窓を見上げていて、距離があるとはいえ、こちらに気付いた使用人が驚いて何処かへと走って行った。

 瞬間、辻馬車を降りてから仮面を外したままだったと思い出して、慌てて付け直す。

 けれど、もう遅かった。

 門に居た私兵も既にこちらを怪しんで話し合っている。

 目撃した使用人が出て来る前に、止む負えず履いていたスカートの丈を捲し上げると、レイキッド様の手首を掴んで走り出した。


「走って! 」

「おぁっ!? ちょっ……」


 全速力で来た道を戻り、そのまま大通りまで駆け抜ける。

 追手が来る前に隠れる場所はないかと辺りを見渡していると、ローウェンス家の紋章が装飾された馬車が遠くからやって来る光景が視界に入る。


 “ 助かった……! “


 安堵して一目散に馬車の方へ走った。

 レイキッド様が予め手を打ったのだと都合良く解釈して、手を振って止めたあと、深く考えずに馬車に飛び乗った。















 無人だと決め付けて呼び止めた馬車には、ローウェンス公爵夫妻が乗っていた。


「あら、マゼラン侯爵令嬢にこんな大胆な一面があったなんて意外だわ」

「がっはっは! 中々面白ぇ令嬢じゃねぇか! 」

「あ……いえ……お、お久しぶりでございます……」

「ネッサとチャーリーがまた面白いことをしてると思ったら……貴女達の仕業だったのね? 」

「い、いえ……すみません……一応、発案者はミルドッド伯爵夫妻です……」


 侯爵令嬢が公爵の馬車を止めたこと。

 そして、淑女に在るまじき姿を晒したこと。

 この二つの行動に後悔と羞恥心に駆られながら、ひたすら公爵夫妻に謝罪を繰り返す。

 よくよく思い返せば、レイキッド様がいつも使用するのは伯爵邸の馬車だったので、先走った挙句に思い違いをしていたことに気付いて自己嫌悪に陥る。


「親父がそんな畏まった格好してんの久しぶりに見たぜ。どこ行くんだ? 」

「レイラに頼まれて、お前を令嬢の護衛に戻すよう頼みに行くんだ。ついでに不当に解除した事への文句もな」

「あなた、公式な場では乱暴な言葉は気を付けてね。暴力もダメよ」

「わーってるよ! レイラにも後で文句言われっから、あっち着いたらちゃんとするって」


 ローウェンス公爵の容姿や振舞い言葉遣いまで、全て噂通りレイキッド様にそっくりだ。

 伯爵夫妻とレイラ様は護衛が変更された直後に、公爵夫妻へ手紙を送って助けを求めていたようで、公爵夫妻は直ちに北部から帝都に向かい、現在はタウンハウスで滞在していることが分かった。

 周囲が助けてくれようと動いていたと知り、感謝の気持ちで心温まっていたところで、馬車が停車する。


「え? 早くね? もう叔母……ちと待て、オルカ嬢……マズイぞ。仮面装着しろ」

「はい? ……ぇ……えっ!? 何むぐっ!? 」

「シィーッ!! 声出すなよ! 」

「あら、貴女達……思った以上に仲良しね」

「こりゃ確かに、兄貴が勘違いするのも頷けるわな」


 驚いた私の口を、慌ててレイキッド様が手で塞ぐ。

 同乗している気まずさもあって、外の景色に気付けなかったが、到着した場所は王宮だった。

 どうやら御者が、私達の行き先も公爵夫妻と同じだと勘違いをしてしまったようだ。

 強引に馬車を止めた挙句、行き先を告げなかったので明らかに私に落ち度があった。

 馬車の中に隠れて残るにしても、誰かに扉を開けられれば声で気付かれてしまう以上、弁明することもできない為、仕方なく仮面を装着して、公爵夫妻の後ろをついて行く事になった。

 幸い、変装もしていたおかげで、従者だと解釈されて怪しまれる事もなく、私とレイキッド様は謁見の間を出たすぐの廊下で待機させられる。

 けれど、大きな扉は開かれたままなので、中の様子も会話の内容も廊下に筒抜けだ。

 忙しさでやや苛立っている皇帝陛下に対し、公爵夫妻は簡単に挨拶を済ませると、早々に本題を切り出す。


「今日は約束も無く、一体何の用かね? 」

「我が息子レイキッドが、マゼラン侯爵令嬢の護衛に復帰する許可を頂きたい」

「正当な理由が無ければ今の決定を覆すことは出来んが、一応理由を聞いてやろう」

「陛下の選んだ護衛が引き起こした問題で、令嬢の身に危険が及んだからだ。号外には載ってなくとも返還された遺体の様子から、知らなかったとは言わせんぞ」

「…………」

「散々甘やかされ傲慢に育った第一皇子殿下を止められる者は、レイキッドを除いて他に居ないだろう」

「ロイダンに関しては耳が痛いが、アドバンズ子爵を護衛に復帰させることは出来ん」


 会話に耳を傾けながら、何気なく廊下の突き当りに視線を向けると、いつの間にか殿下が離れた場所から壁に寄りかかって立っていた。

 彼は現在、政務に関する全ての決定権を剥奪されてしまったので、仕事が無くなって暇を持て余している状態だ。

 そんな時に、ローウェンス公爵家の馬車が王宮に来て、気になって駆け付けたというところだろうか。

 ただ、聞き耳を立てるなら、何故近くに来ないのか。

 顔を見たくないので有難いとはいえ、首を傾げる。

 そんな彼を見張るように、兵も不自然に集まっていた。


「( また第一皇子殿下が来てるぞ。正式に謁見の間を出禁にされたんじゃなかったか? )」

「( ああ、朝礼ではそう聞いてる。今日は流石に使用人に手を上げないと思うけど……一応、動ける準備はしとくぞ )」

「( 女性は非難させて…… )ん? お前達はローウェンス公爵様の連れだったな? お前達も気を付けるんだぞ? 」

「危ないからこっち側に来い」


 返事が出来ずに、誤魔化すように首を傾げた。

 見張りの兵は私達が話せないのだと誤解したのか、同情の眼差しを向けられて、彼等の後ろに立つよう誘導される。

 心優しい兵に従って移動した後、眉間に皺を寄せる。

 皇子が謁見の間を出禁になるとは、何事だ。

 レイキッド様と仮面越しに顔を見合わせていた次の瞬間、陛下と公爵の怒号が響いて、肩が跳ねる。

 普段は冷静沈着な陛下も、ご兄弟である公爵相手では、ついつい本音が出て気が短くなってしまうようだ。

 今回の拉致未遂事件は、証拠不十分で皇室に非がないという主張に、公爵は真っ向から皇帝陛下の意見を否定した。

 また、レイキッド様を護衛に復帰させない理由に関しても、皇室の都合だけを押し通そうとする為、両者が熱くなりすぎている。


「オルカ嬢には皇太子妃になって貰いたいと思っている。それが実現するまでは、妙な気を起こされては困るんだ」

「誰かの息子と違って、レイキッドは与えられた仕事を全うしようとする責任能力がしっかりしてるさ」

「子を信じる気持ちを否定したくないが、少しばかり過信し過ぎているのではないか? 町中で二人を見かけた記者に聞く限り、恋人同士に見えたそうじゃないか」

「ゴシップばかり追いかける、その記者の目が節穴だったんだろう? 」

「妃教育に関しても、今更心変わりをされては困る。再教育をするにも費用と時間が必要だからな」

「マゼラン侯爵令嬢をそこまで繋ぎとめておきたいなら、もっと早くから手を差し伸べるべきじゃなかったのか? 噂が完全に消えない限り、令嬢は令息から軽視されて、今回のような問題がまた繰り返される」

「一度ある事は二度あるとは言うが、問題が起きたからといってすぐに手を引いては何も進歩しないだろう。人間の歴史は過ちの繰り返しだ」

「話を大きくして論点を逸らそうとしても無駄だ。今回はゴーレムから護衛を選んだからって、本人が安心してるようには見えない。かといって女性騎士を付けたところで、我が妻のような強さが無ければ、結局どっかの我儘息子を止められるとも思えないな」

「つまり公爵は、男尊女卑な思考で女性騎士を否定し、また貴族でありながら貴族出身の騎士は信念が脆いと言いたいのかね? 」

「だから論点逸らすなって言ってるだろ! 」

「しかし公爵の発言はそう受け取れる内容だったが? 」


 議会に参加したことはないけれど、こんな風に口論に近い議論が、常に繰り広げるられているのだろうか。

 そっと廊下から部屋の中を覗くと、宰相や来訪者が気まずそうに大人しく立っている反面、兵は皆どこか口元が緩んでいた。

 殿下の態度に苦労していたのか、公爵の言葉に同調するように小さく頷く者も居る。

 だが、次第に言い返す言葉がパターン化し始めた公爵は、徐々に勢いを失って口数が減っていき、反対に言葉の引き出しが豊富な皇帝陛下は、追撃を止める気配はない。

 負けそうな姿に、ついつい心の中で応援をしていると、謁見の間に相応しくない空気の抜ける間抜けな音と、数秒遅れて悪臭が漂う。


 ーっプッ、ブゥゥウゥゥウウゥ……ブブブブ……ー


 目の前で起きている状況が理解出来ず、公爵夫妻を除くその場の一同は唖然として言葉を失う。

 先に皇帝陛下が我に返って口を開く。

 ただ、反論を再開しようにも、被せるようにあの音がまた、謁見の間に響き渡った。


「ロ……」

 ーッブブッブゥゥゥゥウウウゥゥゥー

「ローウェン……」

 ーップゥップゥ……プ……プッー

「……おい」

 ーップップップゥ……ー


 未だかつてこの謁見の間で、皇帝陛下への返事をオナラの音で返した者が居ただろうか。

 皇族侮辱罪というより、それ以前の礼儀作法の問題だ。

 一早く切り替えたのは周辺に待機していた兵で、目をキラキラと輝かせていた。

 ローウェンス公爵は豪快かつ大胆で、多くの兵の憧れの的になっている人物だ。

 とはいえ、現状の何処にそんな眼差しを向ける要素があったというのだろうか。

 すっかり戦意喪失した様子の皇帝陛下が、やむを得ず折れる形でその場が収まり、何とも言えない空気が流れる。


「……分かった、検討しよう」


 最後まで声を発する気が無いのか。

 公爵は仏頂面で一歩下がって、大人しく立っていた。

 ハッと我に返った家臣が声を荒げたものの、皇帝陛下はこめかみの辺りを揉みながら、部屋の窓を全開にするよう指示を出すだけで咎める様子はない。

 体裁を気にした宰相は空気を読まずに、このまま野放しにしてはならないと更に声を荒げる。


「いくらご兄弟だとはいえ、これは明らかに皇帝陛下を侮辱しておられます! 」

「いい。それより、お前も窓を開けてこい」

「しっしかし! 」

「皇后にこれ以上、この悪臭を嗅がせるつもりか? 」

「い、いえ……」

「分かったら直ちに換気をしなさい。ああ、それとお前たちはもう下がれ。話はまた後日だ」


 公爵夫妻が謁見の間から退室する。

 そのまま後を追いかけて馬車に乗り込むと、レイキッド様は眉間に皺を寄せたまま、臭かったと文句を言っていたが、問題はそこじゃない。

 夫人も流石に不機嫌な表情になってしまい、この狭い空間で夫婦喧嘩が勃発したらどうしようと、ハラハラしながら大人しく見守る。


「親父くっせぇぞ! 漏らしたんじゃねぇだろうな!? 」

「んだとこの野郎!? 漏らすわけねぇだろ! 」

「こっちは仮面で鼻をつまめなかったんだぞ! 大体、謁見の間で盛大に屁ぇこく奴なんか見た事ねぇよ! 」

「あぁ!? さっき見たじゃねぇか! それに、あんなん言われて大人しくしてられっかよ! 」

「その通りよ。よくやったわ、あなた」

「は? 」

「へ? 」

「え? 」


 公爵夫人が肯定する言葉を口にした瞬間。

 私達は思わず間抜けな声で聞き返す。

 見れば眉間に皺を寄せたまま、扇子を折らんばかりにギリギリと握りめ、不機嫌を一切隠そうともせずに口を開く。


「自分達に一切の責任が無いですって? その上、自分達の都合は押し通したいだなんて、皇室は随分と自分勝手に成り下がったようね? 」

「ああ、全くだ」

「マゼラン侯爵令嬢、貴女はリクレットとの再婚約を望んでいるのかしら? 」

「あ、いえ……そんなことは、ありません……」

「そう、わかった。なら、私達もネッサ達と一緒に協力させて貰うわ。あの狸と狐の思い通りにさせないっ! 」


 目力が強い分、夫人の怒った表情は段違いに迫力がある。

 そう思うのと同時に、レイキッド様は間違いなく二人の子供だと納得しながら、静かに遠くの空を見上げた。


※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

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