~伯爵邸は相変わらず~
【修正版】
ーーレイキッド様と口論をした後。
様々なことに気付かされて、根本的な部分から考え方を変えた結果、思い切って誰かに協力を求めた。
勿論、疑い癖が消えたわけではない。
ただ、レイキッド様との再会に喜んだ反面、事件直後にもかかわらず、外の見張りは侵入を許した上に、その後も全く気付いている様子がないことに不安を覚えた。
レイキッド様の身体能力が高かったのも要因の一つだろうが、そもそも門番が少し増えた程度で、マゼラン家の広い敷地を警備するのは不可能だ。
お父様にこの事実を抗議するつもりはないが、今の状況では身の安全が保証されないということが証明された。
とはいえ、誰かをすぐに信頼するのは難しい。
けれど、互いの要求に見合ったメリットを提供し合える関係を築ければ、多少は不安が解消されるだろう。
そこで真っ先に浮かんだのは、遠方に住む親戚だ。
面識の少なさと帝都までの移動距離を考えると、協力を得られるかは賭けるしかないが、マゼラン家の親戚に手紙を送った。
言い伝えの意味を正しく伝える代わりに、お父様を傍で見張り、可能な限りで間違いを諭してもらいたい。
もし、親戚もお父様と似た考え方を持っていたなら、未成年だからと躊躇わずに、今度こそ屋敷から出て行くことまで覚悟した。
どうせ、このままの状態で留まり続ければ、事件の時のように、また使用人が怪我をする危険性もある。
返事を待つ間、レイキッド様を介して伯爵家と連絡を取ってから、正式に邸宅を訪問した。
騒動以来の再会で移動中は不安でいっぱいだったが、伯爵夫妻は以前と変わらず、温かく出迎えてくれた。
「オルカちゃん! 大変だったみたいね? 大丈夫? ご飯はしっかり食べてる? こんなに痩せちゃって……」
「お久しぶりです。前回は突然、帰ってしまって申し訳ございませんでした」
「そのことはいいんだ。レイキッドから色々と聞いている。こちらも配慮が足りず、不安にさせて悪かったね」
「いいえ! 私は……」
「ストップストップ。まずは中に入ろうぜ」
玄関先で話に花を咲かせていると、レイキッド様に中へ入るよう促される。
例の護衛をチラッと見てから、すぐに意図を理解した伯爵夫妻も納得したように頷いて、応接間に通された。
近衛兵を警戒しているのは、私だけではないようだ。
護衛には表で待機して貰い、勝手に移動しないように見張りを付けた後、ようやく私達は各々で感じていた罪悪感と再会の喜びを交わす。
そして気持ちにすれ違いが起きないように、伯爵夫妻は始めに後継者争いについて説明してくれた。
ミルドッド家は第一皇子を失脚させ、第二皇子を王位継承者に推していることや、その為に様々な計画を立てていることを聞かされる。
その計画には、婚約騒動も含まれていたようだ。
伯爵夫妻が殿下を快く思わない理由は、両陛下の意向と概ね被っていたことで、当初は協力関係にあった。
急な訪問で手厚く歓迎された理由もこれだ。
家具を買い揃えたことも、元々は両陛下から暫く私を匿って様子を見て欲しいとも頼まれていたが判明した。
しかし、現在は私の再婚約を巡って、両者の意見が対立しているようだった。
「君の意志を尊重して、再婚約に協力しよう」
「伯爵様の話は有難いのですが、何故途中で考えを変えたのですか? 」
「オルカ嬢は地位に固着するタイプには見えないからね。リクも望んでいないだろうからな」
ミルドッド夫人は、深刻な表情で大きな溜息を零した後、殿下の生い立ちについても説明してくれた。
「ロイダンの性格は……周囲に居た大人が原因よ。王位継承者を守る為に、戦時中は離宮で過ごしていたのだけど……時期皇帝を叱れる人が居ない環境で数年を過ごして終戦のタイミングで王宮に戻った頃には、今の性格に成長していたわ。政務に携わる歳までに改心させようと手を尽くしたけど、権力に目が眩んだ大人が弊害になってダメだった」
「はぁ……両陛下は親としての罪悪感から、数々の失態を耳にしても、改善を願って様子を見たんだ。君も許してるし、能力もあると思っていたからな」
生まれた時から時期皇帝として扱われていた殿下と対照的に、リクレット様とレイラ様はそれなりに肩身の狭い思いをしていたことも知った。
乳母の育児放棄が原因で、戦時中はリクレット様を伯爵邸で預かり、ミルドッド家の負担を減らす為に、レイラ様も北部で一時的に過ごすことになった。
そして帝都が落ち着いた頃、教育も兼ねてリクレット様と同様、二人は伯爵邸で終戦後の内乱が落ち着くまで滞在していた。
「あらやだ、大丈夫? 顔が真っ青よ? 」
「あ、いえ……久々の外出で……でも、大丈夫です」
「馬車に酔ったか? お茶を飲んで少し休むかい? 」
「い、いえ、本当に大丈夫! すみません、ここ最近は眠りも浅かっただけで本当に大丈夫です……」
心配する二人に罪悪感を感じつつ、適当に誤魔化す。
伯爵家が皇室と関りが深いことは知っていたが、想像以上に親密な関係だと知り、改めてお父様が起こした騒動を思い出して肝が冷える。
気にした様子がない伯爵夫妻の寛大さに感謝つつ、殿下のご兄妹に肩入れする理由を理解したところで、改めて予想外な内容で二人から謝罪を受けた。
「皇室には代々、不思議な能力について言い伝えが残っているの。過去に実際、使用した記録も王城の何処かに保管されていると思う。私は皇后陛下と実の姉妹ではあるけど、皇族ではないから、言い伝えがどこまで本当かは分からないわ。記録についても実物を拝読したわけじゃないしね」
「オルカ嬢には非常に言いにくいのだが……我が家に泊まるまで、君は言い伝えにあるドラゴンの能力によって、影響を受けているのだと思っていたよ」
「え!? 」
負い目を感じて不遇に耐えていた姿は、頑張っているというより、周囲には異常行動に見えたようだ。
自分でも理解し難いと思える瞬間は多々あった。
けど、今も全くの理解不能だとは思ってない。
味方が居ない状態で臆病な私に出来たのは、精々耐えて我慢することくらいだった。
それに、以前はお父様に認められたいと強く願っていた気持ちも、大きく作用していた。
「ドラゴンの血を最も濃く受け継ぐ者にだけ、不思議な能力が備わると囁かれているんだ。現状、皇族の誰にも能力が発現したと聞いたことはないが……ゴーレムの極秘の訓練内容で、例の力が使用されているのではないかと疑っている。彼等の行動は忠誠心という言葉で片付けるには、異常だからね」
「……はい、私も不気味だと思っています」
「オルカ嬢もまた、最近までどんな仕打ちを受けても平然と受け流す姿が、ゴーレムに似ていると思っていた。だが、マゼラン家が正式に婚約を白紙に戻す意向を示してから、周囲の考え方が大きく変化したんだ」
“ ゴーレム “ とは、高い忠誠心と鉄壁の守りを誇る近衛兵の通称だ。
申し訳なさそうに話す伯爵に、夫人も頷いていたかと思えば、むしろ今回のことに凄く驚いたと続けた。
「能力の影響を受けているなら、誰が何と言おうと無駄だと思ってたの。もしくは何でも許せるくらい、ロイダンが好きで仕方ないのかなって。恋は盲目って言うでしょ? まさか、単にオルカちゃんが化け物じみた忍耐力の持ち主だったなんて、誰も想像できなかったわ」
予想外な言葉に、返事もできず黙り込む。
我慢して耐えた姿を化け物とまで言われると、誤解内容も相まって複雑だった。
ただ、周囲の誤解が解けたことによって、両陛下は殿下への見方が変わり、能力が発現したわけでもないと知って大きく落胆したようだ。
そんな殿下の名声が落ちる一方で、意図せず多方面から私に対する評価が数段も高まり、温室の薔薇の事を聞いた議会の面々も、再婚約に賛成の意を示していた。
……以前は家門に抱く不安要素から、婚約に反対したくせに、都合の良い連中だ。
「名家出身の令嬢でありながら、並外れた忍耐力の持ち主で成績優秀な上に気品もある。我々から見ても素晴らしい人材だ。加えて君には侯爵と同じ能力が発現した。反対に第一皇子は皇室が大事にする信念に背き、重大な失態を犯した挙句に不思議な能力も無い。天秤にかけられても文句は言えないだろう」
「そうね。それに能力に関しては、最悪、ロイダンの子供を妃と一緒に皇室に迎えれば問題ないもの。あの子に子供を育てられるとも思えないからね」
夫人の発した言葉に、肌が栗立つ。
優しい伯爵夫妻をここまで怒らせた殿下には、もう味方は居ないのだろうか。
婚約解消は殿下にもメリットが大きいと思っていたのに、まさか社会的に孤立するとは予想外だ。
独りぼっちの辛さを知っている分、自身の招いた結果だとはいえ、少し同情してしまったが、血を最も濃く受け継いでいる以上、子を成して貰う必要があった。
また、妻子の身の安全を考えれば、非道に聞こえるだろうけど、殿下から引き離すのが最善だろう。
隣に座るレイキッド様は、興味が無いのか夫人に同意しているのか、特に反応することはなかった。
「誤解が解けたと同時に、今まで耐えたオルカ嬢のメンタルを皆で心配したんだ。背景を知らなければ、確かに手の平を返したように見えても仕方ないだろう。レイキッドから話を聞いた時は、行動を振り返って思い当たる節が多かったから、この点に関しては弁明の余地も無い。ましてや君が今まで受けた待遇を考えれば、疑心暗鬼になるのも当然だ」
「いえ。それはもう、大丈夫ですから」
予想外な事実の数々に衝撃を受けたものの、誠実に接してくれる伯爵夫妻に怒りを感じることはなかった。
それよりも、ドラゴンの能力が気になる。
すぐにでもマゼランに話を聞きたいのに、会えないもどかしさで溜息を零す。
伯爵は思い出したように、話題が切り替わる。
「……ところで、オルカ嬢が今日来た目的は、ケイプ家とコンタクトを取りたい……だったかな? 」
「はい。ケイプ侯爵令嬢をケイプ家の親族に引き取って貰いたいと思いまして……でも、連絡先も職業さえ何も分かりません。なので、ご存じでしたら教えて頂けないでしょうか? 」
「うーん……生憎、あの家門とは仕事で絡んでないなぁ……ネッサ、君はどうだい? 」
「私も同じね。教え子に居ないわ。人を介して調べることも出来るけど、信頼度が低い協力者を増やせばこちらの情報が漏れる危険性が高いわね。ケイプ侯爵令嬢を追い出すくらいなら、特に皇室が目くじらを立てる事もないだろうけど、問題は侯爵よね」
「はい……」
ミルドッド夫人の言う通り、両陛下はエイリーンを嫌っているので、護衛から情報が漏れたとしても大きな問題にはならないだろう。
しかし、戦友の形見を大事にするお父様の耳に入る危険性が高まるので、油断はできない。
沈黙が流れた後、扉を叩く音と主治医の声が聞こえた。
伯爵夫妻が入室をすぐに許可したが、この三人が揃うと、脳裏を過るのは愉快な茶番劇だ。
また何か企んでいるのだろうか。
そんな予想は的中したが、今回は一味違っていた。
「ホホホ、マゼラン侯爵令嬢、お久しぶでございます。お可哀想に少しやつれたのではないですか~? 」
「お久し…………っ!? 」
顔を上げると、ミルドッド夫人から借りたのか、主治医はドレス姿で颯爽と登場して、思考が停止する。
黒い布に黒いレースを頭に被り、皺を隠す為の厚化粧を施され、レンズが黒塗りされた眼鏡まで掛けている。
クルクルと陽気に舞う姿は、本当に楽しそうだ。
驚いて持っていたカップを落としそうになり、隣に座っていたレイキッド様がすかさず受け止めて、代わりにテーブルに置いてくれた。
すぐ隣の部屋で待機していたのか、タイミングを見計らって出て来た彼に、どう反応を返せば良いか分からずに混乱する。
「あ、あの……? 」
「どうでしょうか~? 令嬢にそっくりでしょ~? いや~まさかドレスを着て化粧をするなんて……人生は何が起きるかわかりませんね~? 」
「あらあら、思ったより似合ってるわ!ソファーに座る後ろ姿なら、オルカちゃんと見間違えちゃうわね! 」
どうやら化粧は夫人が施したようだ。
開いた口が塞がらず、そのまま硬直する。
誰が誰にそっくりだとだというんだ。
「ふむ、悪くないね。靴の高さを調節すれば身長もほぼ同じだ。体格も似ているから悪くないんじゃないか? 」
何が悪くないのかも分からず、助けを求めるようにレイキッド様を見れば、天井の隅を見上げていた。
さっきまでの重苦しい空気は何処へやら。
伯爵夫妻は主治医の恰好を褒めては、角度や場所、ポーズを変えて何やら試行錯誤を繰り返す。
絶句していた私に気付いて、夫人は満面の笑みで事前に計画を立てていたことを説明してくれた。
「護衛は私達で引き付けておくから、その間にオルカちゃんはレイキッドと一緒に、ケイプ邸に忍び込んではどうかなって思ってたの! 侯爵が出入りしているって言っても、常にあそこにいるわけじゃないでしょ? 使用人や私兵も居るだろうけど、偵察を重ねて侵入経路を確保してくればいいんじゃないかしら? 」
「はっはっは! 家系図なり記録書なりを拝借してすぐに戻せば、バレないだろう。実に名案だと思わないか? 」
「あ……はぁ……はい……お心配り、感謝いたします…」
「いや、我々こそ贈り物に感謝する。知らずに送り返してすまなかったね」
「二人の変装道具も一式揃えてあるわ! オルカちゃんは眼鏡をカバーする為に私お手製の仮面も作ったのよ? 」
「レイキッドにも格好いい仮面を作ったぞ? あとは帽子で髪を隠せば完璧だ! 部屋は……そうだな、家具の位置を調節してみたらどうだ? 」
イタズラっぽく笑う伯爵も、両手で何やら枠を作っては、楽しそうに案を出していた。
いつの間にか使用人達もウキウキしながら変装道具を一式部屋に運ぶと、成り行きで試着会が急遽始まった。
※修正箇所※
字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。




