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~もう一度だけ~

【修正版】

 

 ーー事件の翌朝。



 真実を話す前に、護衛は舌を噛み切って亡くなった。

 侵入者についても、現時点では何も分かっていない。

 治安隊と交わした定期巡回は日中のみの約束で、深夜に起きた騒動の目撃情報は期待できないだろう。


「命を捨ててまで秘密を守ったと言うことは、責任感が強かったのだろう。その忠誠心と覚悟をもっと他に使えば良かっただろうにな」


 “ アレの何処に責任感があったのだろうか…… “

 普段の様子を思い浮かべながら、喉元まで出かかった言葉を水と一緒に飲み込む。

 どうせ何を言っても無駄だ。

 同じことを思ったのか、傍らに居た使用人を横目で見れば、否定する代わりに顔を顰めて視線を逸らしていた。

 命を落としたのは残念だと思う。

 けど、私達に暴力を振るった事や、普段の言動から考えれば、少しも同情できなかった。


「本当に残念です……オルカの為に陛下が選んだ騎士だったって聞いていたのに……」

「そうだな。皇室にとっても厄介な問題だろうから、すぐに何か手を打ってくれるだろう」

「良かったぁ……ところで、色んな事が重なって疲れてしまってませんか? 疲労回復に良いお茶を購入しているので、食後に飲んでみてはどうですか? 」

「ありがとう……大変な目に遭ったのに、私の身体を心配してくれるとは……」


 お父様とエイリーンの会話に興味はなかった。

 以前は、談笑する二人に混ざりたいと切望していたが、今はむしろ、口を開けば失礼な言葉が飛び出そうで話しかけられたくなかった。

 視界にも映したくないので、視線を手元に落とす。

 そもそも関係修復を諦めた相手に、助けを求めたことが大きな間違いだった。

 守ってもらおうと、無意識に甘えていたのか。

 そう思うと、自分が情けない。

 目の前の問題に精一杯で、視野が狭まっていたようだ。








 朝食後、侯爵家の馬車を自室の窓から眺める。

 王宮へ出発するお父様を、エイリーンが律儀に見送り、遠目からでも二人が談笑している様子が伺える。

 その光景を、やっぱり羨ましいとは思えなかった。

 いつの間にか、両親は思い出の中に居るものだと気持ちに整理がついて、今の使用人達が味方で居てくれる分、独りぼっちだと感じることもなかった。

 思考をリセットして、与えられた権限の範囲内で対策を練っていると、治安隊と交わした書類が視界に入った。


「……そうだ、自分で追い出せば良いんだ! 」


 警備の強化を外部に頼ったように、お父様がエイリーンを追い出さないなら、彼女を引き取って貰うようにケイプ家の親族に連絡する事を思い付いた。

 勿論、ケイプ家の当主代理であるお父様が、何かしらの弊害になるだろう。

 しかし、あくまで代理であって親族と協力をすれば、状況が変わるかもしれない。

 エイリーンを除く、ケイプ家の人間とは面識が無い。

 住所も仕事も、名前すら分からない。

 でも調べればすぐに見つかる筈なので、早速侍女を呼ぼうと立ち上がると、廊下が騒がしくなる。

 眉間に皺を寄せて、溜息を零した。

 どうやら性懲りも無く、エイリーンがまた来たようだ。


「何で邪魔するの!? 」

「エイリーン様、どうか自室へお戻り下さい」


 お父様が外出した途端、これだ。

 大人しくなったと思ったのに、振出しに戻ったようだ。

 しかし、以前よりも彼女を阻止する人数が増えた。

 使用人や侍女長、執事長まで部屋の前に集まっている。

 外部の犯行だと決め付けるお父様とは対照的に、屋敷内の人間は、内部の犯行である可能性を疑っていた。

 何故なら、事件の晩。

 お父様が門番を連れ出した所為で表が手薄になったからといって、あんな短時間で侵入者がタイミングよく現れたことに、みんな疑問を抱いていた。

 また、暴行を受けた使用人が私と似た証言をしたことや、事件直後で屋敷全体の警戒心が強まったおかげで、エイリーンへの疑惑が一気に高まっていた。

 そもそも騒動が起きる数日前から、護衛と仲良くしている場面を多くの人が目撃しているので、警戒されるのも無理はない。


「だから! あの護衛を油断させようとしただけで、拉致なんて知らない! オルカに会わせてよ! 」

「油断させる為だとは言え、オルカお嬢様の自室に入ったのでしょう? 」

「そうしなければ私が怪我をしていたわ! 」

「という事は、オルカお嬢様が怪我をしても問題無い、そう判断したのでしょうか? 」

「揚げ足を取らないで! 私はただの令嬢で、訓練を受けてる現役の騎士に力で勝てるわけないじゃない!? 」

「左様でございますか」

「私は無実なんだから、オルカに会わせて! オルカに会いたいの! 」

「仮に今回の拉致未遂事件にエイリーン様が関与していなくても、以前お嬢様を傷付けた事に変わりないので、その申し出を受け入れる事は出来かねます」

「あの時はついカッとなって……だけど、本当は傷付けたいなんて思ってない! その事もきちんと謝って仲直りしたいから会わせて! 」

「恐れながら、出来かねます」


 執事長がエイリーンの要求を断固拒否すると、使用人達も同調して、彼女の言葉に耳を傾ける者は居なかった。

 何一つ思い通りにならない状況に癇癪を起しているのか、廊下から何かが割れる音が聞こえる。

 間を開けて騒ぎを繰り返す内に、エイリーンは周囲への説得を諦めて、扉越しに話しかけてくるようになったが、その内容は支離滅裂で、とにかく入室の許可を要求していた。


「オルカ! ねぇ、助けたのに酷いじゃない? 心配してるんだから開けてよ! 」

「エイリーン様、どうか自室にお戻り下さい」

「もう私のことは許したでしょ? だったら中に入れてよ! 避けないで! オルカは私のでしょ? いい加減、殿下の事も許して元通りにしてよ! 」

「エイリーン様! いい加減にするのは貴女です! これ以上、オルカお嬢様に迷惑を掛けないで下さい!! 」

「皆が私を信じてくれる♪ 皆が私を信じてくれる♪ 」

「……先日から歌ってるその歌は何ですか? 」

「何で皆、態度が変わんないわけ? しつこいな……」

「しつこのはエイリーン様です! 」


 以前は彼女に反抗しなかった所為か、ここまで狂気じみた怒り方をする姿は見たことがなかった。

 お父様が帰宅してから、ようやくエイリーンは大人しくなってホッと胸を撫で下ろしたが、ここで新たな問題が発生した。


「オルカ、彼が新しい護衛だ。変わらず日中のみの対応だが夜間は私兵を使って警備を強化するから心配ない」

「……あの、私兵を全員呼び戻せば、皇室からの護衛はもう断ってしまっても良いのではないでしょうか? 」

「いいや、それは出来ない。萎縮する必要はない」


 お父様が連れ帰った私兵と、皇室が新たに派遣した護衛に頭を抱える。

 少数の私兵はこの際、どうでもいい。

 それよりも、新しく派遣された護衛が問題だ。

 亡くなった護衛とは所属も体格も経歴も全然違う。

 自制心が強そうな印象の寡黙な中年男性は、輝かしい功績を持つ実力者で忠誠心が非常に高い……近衛兵だ。

 私の近況が両陛下に駄々洩れになる可能性が高く、加えて近衛兵にトラウマを持っていた。

 そんな彼等を側に置きたくないのに、お父様は護衛の経歴に気を良くして、話も聞かずに出掛けてしまった。


「お嬢様、お顔が真っ青ですが大丈夫ですか? どこか具合が悪いのでは……? 」

「あ……ううん、ちょっと……気持ちが落ち着く香りの紅茶を淹れて貰ってもいい? 」

「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」

「ありがとう」


 フラフラとした足取りで窓辺の席に腰掛けた。

 王宮には何種類かの騎士団や軍が目的別に存在する。

 王宮騎士団は王宮全体の治安維持や、皇族の使いとして最も動かしやすい常備軍の一つだ。

 活動範囲は主に屋外で個性豊かな人が多いのに対し、近衛兵は両陛下の傍を死守するエリート揃いの堅物だ。

 彼等の忠誠心は異常で、真面目というより気味が悪い。

 婚約の話が出た当時は、終戦直後で敗戦国の領土を吸収した事による内乱が、各地で頻繁に勃発していた。

 初めて近衛兵を見たのはこの頃だ。

 顔合わせの席で、暗殺者が大量に放した野犬が乱入する事件が発生し、その場が騒然となる中、傍に配置された近衛兵が陛下を庇って負傷していた。

 その時の光景が……異様だった。


 出血どころか、肉を噛み千切られているのに、痛みを感じている様子もなく、無表情で静かに指示を待つ。

 その姿はまるで、人の皮を被った人形のようだった。

 城の門番と一部の兵が買収された事で騒動が大きくなり、皇族の退路を確保する為に、囮になって野犬に大人しく食い殺された近衛兵も居た。

 可哀想だとか、そんな風に考えられる余裕もない。

 幼い頃に見たその光景はかなり衝撃的で、グロテスクで、思い出すだけで今も吐き気を覚える。

 そんな近衛兵が護衛だなんて喜べるわけがない。


「本当に嫌だ……どうしよう……」


 予想外な人物が護衛になってしまい、迂闊に行動出来ない分、ケイプ家の情報を調べて貰う事も、投資についても先送りになりそうだ。

 放置するならまだしも、悩みの種を作らないで欲しい。

 幸い、お父様と入れ替えにエイリーンは出掛けたまま外泊した為、屋敷内が静になった。

 とはいえ、このまま大人しく引き下がるとは思えない。

 使用人達も心なしかソワソワしながら頻りに外を確認して、門番もキョロキョロと辺りを見渡している。









 陽が沈んで辺りが真っ暗になった頃。

 テラスに硬い何かが投げ入れられた。


「石……? いや、紙……? 」


 石を包んでいた紙には、” 下を見ろ ” とシンプルなメッセージが書かれていた。

 流石にこんな粗末な方法でエイリーンが接触を試みるとは思えず、かといってお父様が警戒するような人物の字にしては、なんだか汚い。

 よくよく読むと綴りも間違えている。

 相手はそこまでの危険人物ではなさそうだ。

 護身用のナイフを片手に、テラスから下を覗く。

 そこには、ランタンを持ったレイキッド様が、人差し指を口元に当てて立っていた。

 会いたかった人物と再会できたことは嬉しかったが、すぐ隣の仮眠室から侍女が起きてしまいそうで、迂闊に廊下に出れない。

 どう見てもレイキッド様は不法侵入している為、お父様に知られれば追い返されるだろう。

 テラスに投げ込まれた時と同様に、外に出れない、と書いた紙で石を包んでテラスから落とす。

 レイキッド様がメッセージを見て悩む素振りを見せた後、ランタンを茂みに隠してから、近くの木に登って器用に自室まで来てくれた。


「レイキッ……」

「シッ! いくら室内でも、こんだけ静かなら廊下に話声が聞こえちまう」

「……でしたらこちらへ」


 衣類が収納されたドレスルームへ移動する。

 ここなら自室よりは、話声が廊下に漏れにくいだろう。

 再会した喜びより罪悪感が勝って、レイキッド様が声を発する前に、唐突に去った事やお父様が騒ぎを起こした事を謝罪した。


「動揺していたとは言え、困っていた時に助けて頂いたのに、問題を起こした挙句に帰ってしまって、本当に申し訳ありませんでした」

「なんつーか、俺も叔母さん達も怒ってねぇし、むしろ二人は心配してっけどさ。正直、俺は呆れてんぞ」


 言葉通り、呆れた表情が薄暗い部屋の中でもハッキリと見えてしまい、気まずさに視線を彷徨わせる。

 本音を言わずに泣き寝入りをする私の姿に、モヤモヤしているのだろう。


「あのさ、侯爵が怖いのか? 味方が居んだから嫌ならハッキリ言えよ。じゃねぇと状況が改善しねぇだろ? 」

「後継者争いの話が予想外で、動揺したんです……」

「リクを皇太子に推すかどうかって話なら、まぁ……俺はあんま考えてなかったけどさ。でも侯爵がどんな血生臭い後継者争いを想像してっか知らねぇけど、あの叔母さん達がそんなことすると思うか? 」


 答えられずに、沈黙になる。

 レイキッド様はムッとした表情で、すぐに有り得ないと否定した。

 しかし、長年の交流があるから断言できる話であって、最近まで指導者と生徒という立場でしかなかった私には、簡単に信じることはできなかった。

 皇室が現在抱えている問題は、両陛下の耳に入る前に、リクレット様がレイキッド様に相談して発覚したという流れがあったようで、成り行きで経過報告を耳にする内に、王位継承について偶然知っていたようだ。


「皇室と侯爵家がどんな約束したか知らねぇけど、オルカ嬢が自分の立場を理解してっから、あのクソ野郎を許してたんだと思ってたぜ」

「あれは……相手が皇族で政略結婚に負い目を感じただけです。お父様が強請った褒美という点では、家門の体裁を心配しましたけど……婚約解消後は辺境の地に移り住んで静かに暮らしたいとも思ってました」

「そりゃ無理だろ。仮に相手がリクじゃなくても、妃教育を受けた奴をそのへんの貴族令息に易々と渡すと思うか? 金かけて育てた作物を収穫前に横取りされるようなもんだぜ? 」


 レイキッド様の言葉は尤もだ。

 妃教育で使用する、文具や衣装類等の勉強道具から授業料まで、皇室が未来への投資として全額負担していた。

 お父様が妃教育を途中で辞退させない理由も、教育内容の素晴らしさと、それに伴う費用が免除されるからだ。


「オルカ嬢の再婚約が正式に決まるまで皇室は諦めねぇだろうし、それを見越して叔母さん達も相手探しに協力しようと思ってたんだぞ? まぁ……俺等も言葉が足りなかったとは思うけどさ、もう少し人を信じろよな」


 レイキッド様は私の返答に、段々と苛立っているようだ。

 しかし、事情があったとはいえ、投獄された記憶がある以上、やっぱり簡単に誰かを信じることは出来ない。

 だから冷静に、ミルドッド夫人との関係性や、両陛下の意向について淡々と伝えれば、却って火に油を注ぐ結果となってしまった。


「服を取りに行くって言った時も思ったけど、オルカ嬢って頑固だよな。最近までの関係っつったって、んなの一緒に暮らす内に自然と信頼が深まるもんじゃん? 何で関係性が上書きされねぇんだよ? 」

「知らぬ間に利用されるのが怖いんです。考えたくないけど、裏切られる可能性もあるじゃないですか? 」

「だから叔母さん達はそんなことしねぇつってんだろ! 」

「長年の交流があるからそう断言できるんです」

「いくら何でも卑屈だろ? 視野が狭いんだよ! 」

「そういうレイキッド様は考えが単純過ぎるのでは? 」


 言いたいことは分かる。

 けど、考えを一方的に押し付けるのは違うだろう。

 伯爵邸での事も、最近起きている問題についても頭がいっぱいで、落ち着いて物事を整理する時間すらない。

 町で新聞を読んでから、既に思考はパンク寸前で誰かに助けを求めたいと、ずっと思っていた。

 だけど、いつまでも付き纏う疑い癖が過去を思い出させて、身動きが取れなくなる。

 時折、断罪された光景が脳内にフラッシュバックして、悔しくて苦しいのに誰にも怒りをぶつけるも出来ない。

 そんな個人的な事情を全く知らないレイキッド様は、煮え切らない態度に、すっかり腹を立てていた。

 しかし、それは私も同じだった。

 始めの内は落ち着いた話し合いを試みていたが、真っすぐな話し方に感化されたのか、気付けば段々と苛立ちを隠せなくなっていた。


「邸宅でそれなりに過ごしたんだから相手がどういう人間かくらいは分かるだろ? 」

「後継者争いの話しで動揺する姿を見て、私だって葛藤してるんです」

「だから! 侯爵が考えてるような血生臭い心配はねぇっつってんじゃん! 」

「だから!それは交流期間の長さで確信できるものであって、私ではまだ判断材料が足りないんです! 」

「あーもう! 本当に頑固だな! 嫌なもんを嫌ってハッキリ言わねぇし、そのくせ疑ってばっかだし、それとも窮地に追い込まれてる状況を楽しんでんのか? 」


 楽しむとは、何だ。

 帰宅してからの出来事が次々に頭の中に浮かんだ後、お父様とエイリーンが談笑をしている光景を思い出した瞬間、なんとか保っていた理性の糸がプツリと切れた。


「いつ投獄されるか分からない現状で、何を楽しめって言うの!? 」

「は? 投獄って大袈裟な……」


 過去の出来事が頭の中を駆け巡る。

 疑わしいことは沢山あった。

 友人だと言って置きながら、裏切ったことも。

 傍観していた大人も、気に留めない肉親も。

 幼馴染に現を抜かす婚約者も。

 そんな過去に戻る前の結末を知らない人間に、怒るのは理不尽だと理解しても、黙っていられなかった。


「頼れる大人に囲まれて自由に生きてるような人間に、幼少期から味方が居なかった私の考え方を軽々しく否定されたくない! 」


 何か一つ嫌なことが起きると、あの頃の出来事を思い出して悔しくて苦しい気持ちが倍増する。

 だけど、当時の自分の気持ちが全く理解できないわけでもなかった。

 子供が一人で反論したって、大勢の大人に否定されれば判断力が鈍るのは当然だ。

 レイキッド様は驚いてすっかり大人しくなってしまったが、私の勢いは止まらなかった。


「それとも何? 親に放置された経験はある? 子供の頃に理由も分からず、大人から集団で虐待や嫌がらせを受けた経験は? 信じた相手に手酷く裏切られたことは? いくら否定してもゴシップ誌で叩かれて、貴族令息に卑猥な言葉を掛けられて、そんな状況でも肉親と婚約者は無関心だったのに、両陛下が動いた途端、急に歩み寄ってくる現状で簡単に誰かを信じられるわけないじゃない! 」


 危険から身も守ってくれる筈の人に裏切られて。

 努力して好感を得ようとした人に裏切られて。

 負い目を感じて酷い仕打ちの数々を許したのに。

 ……その相手にも、結果的に裏切られた。

 好奇の目に晒され、慎重に動いても根も葉もない噂はどこまでも付きまとって、助けてくれる人もいない。

 この過去に、今も苦しめられている。


「追い出された元使用人も元専属侍女も、伯爵邸で働く使用人達みたいに最初は優しかった! 伯爵夫妻のように手を差し伸べてくれた人も結局いなくなったの! 関係性が何で上書きされないかって? 理由があるからだよ! この間だって皇室から派遣された護衛が……っ」


 言いかけたまま、ハッと我に返って押し黙る。

 今まで誰にも言ったことが無い本音が一つ零れると、雪崩のようにあれもこれも巻き込まれて、気付けば全てぶちまけていた。

 レイキッド様の言葉が引き金になったとはいえ、何もかもを彼にぶつけるのは理不尽だ。

 座り直して深呼吸で気持ちを落ち着かせようとすると、レイキッド様が先にポツリと呟く。


「……悪い、無神経過ぎた」

「いえ、私も感情的になってすみま……」

「オルカお嬢様? 大丈夫ですか? 」


 使用人の心配した声に遮られ、慌てて言い訳を考える。

 思いのほか、口論で声が大きくなってしまい、仮眠室にまで届いてしまったのだろう。

 自室の方からドレスルームの扉越しに声を掛けられ、適当な言葉を並べて誤魔化す。


「あ、ご、ごめん! 何でも無いの! その、考え事をしていたらつい声に出しちゃっただけだから……」

「そうでしたか……最近は特に大変な日が続きましたから、お察しします。良ければ何かお飲み物をお持ち致しましょうか? 」

「ううん、大丈夫。ありがとう。驚かせてごめんね」

「とんでもないです。ゆっくりお休み下さいませ」


 口論の内容が聞こえたわけではなかったようで、咄嗟に考えた言い訳で納得した使用人は、安心してすぐに部屋を出て行った。

 自室の扉が閉まる音を聞き届けてから、レイキッド様と二人で安堵の溜息を零す。


「はぁぁ~……っぶねぇ……」

「はぁ……ビックリした」

「例の……拉致事件の所為で、屋敷の使用人も警戒しっぱなしなのか? 」

「え? どうしてそれを……? 」


 昼過ぎに町で号外が出回ったようだ。

 屋敷内が騒然としている中で、記者と内通して情報を流した者が居るとは考えにくい。

 エイリーンが騒ぎを起こしていたので尚更だ。

 となると、お父様の抗議の内容を元に、牽制目的で両陛下が新聞記者にネタを提供した可能性が高い。

 レイキッド様は心配して会いに来てくれたのだと知り、なのに口論になったことを改めて謝罪する。

 今回の騒動の一部始終を話すと、号外の内容とは少し異なっていたようで、驚いたように目を見開いていた。


「はぁ!? 皇室が派遣した護衛が起こした騒ぎだったのかよ? つーか騎士団を呼ばれて逆ギレしたって……そもそも治安隊の判断だったんだろ? 」

「はい。殿下に批判的な言葉を投げ掛けた記者を、治安隊が見過ごせなかったようです。確かに、反論されないことを理解した上で、面と向かって皇族を蔑むような言葉を口にするのは考えものでしたが……」

「んなこと言ったら俺はどうなんだよ? 」

「レイキッド様も過激な発言をしていますが、追い払う目的で衝突するのと、ネタ探しでわざと相手を刺激するのは違います。尾行するにしても、周囲に迷惑を掛けて良いわけでもありません。その辺の線引きを曖昧にすると、仕事を理由に敷地内へ侵入される恐れもあります」

「まぁ……それもそうだ」


 殿下共々、記者も追い払って欲しいと思っていたので、依頼する前に治安隊が動いてくれたのは有り難かった。

 それに、無抵抗な人間に対して執拗に嫌味を言う光景は、見ていて気分の良いものでもない。


「けどさ、記者の態度が悪かったんだろうけど、そもそも両陛下がネタにするのを許可してるし、なるべくしてなったっつーか……侯爵には話したのか? 」

「はい。特に対策を講じる気配はありませんでした。今回の騒ぎも、当事者の話に耳を傾けないと言うか……」

「乗り込んで来た割には、何も準備してなかったのかよ」


 マゼラン邸に戻ってから起きた出来事も説明すると、レイキッド様の表情はまた険しくなる。

 当然の反応だ。

 今後の対策として、ケイプ家の親族にエイリーンを引き取って貰うよう、連絡をしたいということまで話した。

 ただそこで、新しい護衛についても説明すると、レイキッド様も困惑した表情で頭を掻く。


「面倒臭ぇ奴が護衛になっちまったなぁ……何でそんな問題てんこ盛りなんだよ」

「はぁ……」

「まぁ多分、今回の拉致未遂事件の再発防止と、監視目的で付けたんだろうな。皇族の為に居るような連中を付けたのは、それなりの誠意の表れというか、そういう目的もあるんだろうけどさ」

「そう……でしょうね」

「俺が言うのもあれだけど、両陛下こそあんま信用しねぇ方が良いだろうし、動くんならその護衛を巻かねぇと後々面倒だと思うぜ? 」

「そうですよねぇ……私もそこで悩んでいます」

「ま、オルカ嬢のタイミングで良いからさ。叔母さん達に協力を仰ぐのも一つの手だと思う。すぐには難しいだろうし悩むだろうけど、どうにも何ねぇって判断した時は、天秤にかけても良いと思うし」


 レイキッド様の言う通りだ。

 後は自分の気持ち次第と言ったところだろう。

 問題は過去を引きずって、中々前に踏み出せない臆病さが原因だけど、目に見えて状況は最悪なので悠長にしてられない。


「レイキッド様は、どうしてそこまで親身になってくれるんですか? 」

「んー……俺も評判を良くしようと思って、前に色々試したことがあったんだ。縁談が中々決まんねぇしさ。あーまぁ……そん時に……色々、嫌なことが重なったんだ」

「え……?」

「見返せたわけじゃねぇし、謝って貰ったわけでもねぇし。でもそん時の悔しい気持ちだけは残ってさ。俺は、親切心だけでオルカ嬢を助けたいんじゃねぇんだ。多分、あの頃の自分を助けたいから、今のオルカ嬢に報われて欲しいんだと思う。結局は自己満足だ」


 初めて見るレイキッド様の寂しそうな表情に、返す言葉もなく視線を手元に落とした。

 何の不自由も無く生きてきたのだと決め付けて、八つ当たり同然で彼に言った言葉を思い出す。

 また短く謝罪をすると、お互い様だと言って笑ったレイキッド様に、笑みを返してから、自分の考え方が意固地で過去に囚われすぎている事に気付いた。

 簡単に忘れられるものではないけど、何もかも過去を基準にして、臆病風に吹かれては何も変わらない。


「レイキッド様、すみませんでした。それから、ありがとうございます」

「ん? いや、俺も言い過ぎて悪かったよ」

「いえ、さっきのことだけじゃなくて、今までのことも含めて……レイキッド様の本心を聞いたら、何だかちょっと頭がスッキリしたような気がします」

「お? おお。そりゃ良かった」

「はい。あの、それで……改めて、これからも強力して頂けませんか? 」

「最初からそのつもりだぜ? 」

「いえ、今まではちゃんと信じてなかったので」

「面と向かって否定されると流石に傷付くぞ? 」

「ふふふ、すみません。でも、これからはもう少し、誰かを信じて動こうと思います」

「そうだな。まぁ、焦らず無理しない程度にやろうぜ」


 頭にかかった靄が晴れたような、清々しい気分でレイキッド様に笑いかけた。

 本音を零せたからか、心も少しスッキリしていた。

 まだ、疑い癖が完全に消えたわけではない。

 それでも、その場で足踏みを繰り返すよりは、もう一度だけ誰かを信じてみようと思えた。


※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

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