~動き出す~
【修正版】
それまでの騒ぎが嘘のように、拒絶の意思をハッキリ伝えてから、エイリーンは大人しくなった。
その所為か、報告があったにもかかわらず、数日が経過してもお父様は何かしらの対策を講じる気配がない。
警備の強化に関しても、使用人が既に部屋の前を見張っていたので、現状維持のまま話が終わってしまった。
外で頻発している騒ぎも含めて、不安だから警備の強化を要求しているのに、考えが上手く伝わってないようだ。
執事長を介したのは失敗だったか。
そう思って今度はお父様に直談判を試みたものの、様子を見るの一点張りで、やっぱり動く気配がない。
どうも問題の受け取り方に、温度差があるようだ。
次に問題を起こしたら追い出すなんて言って置きながら、エイリーンのことも対処してくれていない。
今回の事は軽い注意で済ませたのか、それからもエイリーンは変わらずマゼラン邸で自由に過ごし、衝突を避ける為に私が自室に籠るしかなかった。
「……相変わらずお気に入りは変わってないようね」
そんな優遇されているエイリーンに尽くしていたのに、追い出された元使用人達はあっさりと切り捨てられて、さぞ無念だっただろう。
幸い、今の使用人達は家主が誰を贔屓していたとしても、損得勘定で私への態度を変える者は居なかった。
むしろ、混沌とした状況の中で要求や話し合いに応じず、娘を放って日に日に外出の時間が増える父親の姿を見て、不満を募らせているようだ。
多くを語らない寡黙で厳格なお父様だからこそ、矛盾した行動を繰り返せば、周囲が快く思わないのは当然だ。
実害が出ているなら尚更だ。
「失礼いたします。投資先について調査した資料をお持ち致しました」
「ありがとう」
「それと……例によって、また皇太子殿下がお見えになっておりますが、その……記者らしき人物も門の外に何人か居るようでして……」
「……無鉄砲に動くから、後を付けられてきたのね」
「如何致しましょう? 」
状況からして間違いなく損をするのは殿下だ。
しかし、こちらに被害が出ないとも限らない。
第一、過去に苦い思いをさせられてきたので、情報関係者に屋敷周辺でネタ探しをされるのは不愉快だった。
繰り返し門番を虐げる自分勝手な護衛が、余計なことを口走る可能性も十分あり得る。
当主が不在の状態で、エイリーンが起こした騒ぎに便乗して、殿下が無理やり屋敷内に押し入るなんてことになれば、私達だけでは対処できない。
そんなところに記者まで居るなんて最悪だ。
悩んだ末に、町の治安隊に通報する事にした。
彼等の給料は、貴族が納める税金から支払われているからか、特に経済力が高い家門の要請には反応が早い。
駆け付けた治安隊に皇室と交わした誓約書を提示すると、家同士が決めた婚約期間中の約束を無視できず、殿下は為す術もなく、ようやく帰ってくれた。
プライドの高い彼が、侮っていた相手に手も足も出ない状況で、更に世間からの風当たりも強い今、相当不満が溜まっているだろう。
そんな皇太子の憐れな姿を見た記者は、特ダネだと強気な態度でほくそ笑み、何かを熱心に書き留めていた。
いくら強力な後ろ盾があるとはいえ、不謹慎な言動を見過ごせなかった治安隊は、警備隊を経由して記者を王宮騎士団に引き渡していた。
仕事上、皇室を軽んじる行為を許せなかったか、或いはドラゴンの血に拘る内の一人だったのかもしれない。
想像以上の仕事ぶりを見せた彼等に、思い切って追加報酬を条件に屋敷周辺の定期巡回を交渉すると、治安隊の幹部から数時間後に良い返事を貰うことができた。
正式に書類を取り交わす姿を見た使用人達は安堵の表情を浮かべて、来訪者が帰ってから侍女長が喜びと感謝の言葉を伝えに自室へやって来る。
どうやら皆も、当主不在時に屋敷内の騒ぎに乗じて、殿下が押し入ることを恐れていたようだ。
「聡明なご判断に感謝致します」
「ううん、治安隊にも仕事があるだろうし、可能な限りで依頼してるから対応が遅れた時はごめんね」
「とんでもない! そもそも十分な人数の私兵が居るのに、外部に頼らざる負えない状況が異様なのです」
「え? そうなの? 見ないから、てっきり門番以外は解雇されたのかと……」
「いいえ。現在は空き家になっているケイプ邸で強盗が入らないよう、旦那様が警備をさせています」
「ケイプ邸って……代理の管理者を雇ってないの? 」
「経済的不安を省く為に先代当主が亡くなった後、使用人を含む私兵を解雇したと聞いております。旦那様は当主代理としてケイプ邸に足を運ぶことが多いので、マゼラン侯爵家で雇用した使用人が駐在している状態です」
「あー……そうだったね」
ケイプ家は歴史ある名家ではあるものの、経済力は先代当主が没して以降、著しく低下しているようだ。
となれば、生産性が期待できない状況から、保護している間は金銭面の負担を減らそうと考えたのだろう。
しかし、エイリーンは莫大な遺産を相続している筈なのに、どういうことだろうかと首を傾げる。
真実は何であれ、責任を全うしようとする意志と、素晴らしい友情愛は認めよう。
だが、問題が山積みになった屋敷を放ってまで、他所の家門の面倒を見る必要があるのだろうか。
それに、エイリーンの小遣いはどうだ。
相続した遺産から支出されていた筈だ。
好き勝手に浪費する姿を見てなんとも思ってないとしたら、行動が矛盾しているのでないだろうか。
毎月購入しているドレスや宝石は、警備の為の私兵と代理の管理者を雇うのに十分な金額だ。
「取り敢えず騒動が収まるまで、私のお小遣いで巡回を継続して依頼するから、アポなし訪問も多少は抑制されると思う。門番にもそう伝えてあげて」
「かしこまりました。皇太子殿下の訪問でいつも参っているので、きっと大変お喜びになると思います」
「ううん、むしろ大変な仕事を任せちゃって本当にごめん。新しい護衛に関しても頭を悩ませているだろうし」
心当たりがあり過ぎるのか。
侍女長は暗い表情で視線を落としたまま返事を返す。
私でさえ手を焼いているのだ。
彼女達はもっと迷惑を被っているだろう。
執着や劣等感を忘れろとは言わないが、せめて業務時間中はもう少し平常心を保ってもらいたかった。
護衛は日に日に態度も酷くなり、毎日相手をさせられている門番が遠目からでも、疲弊している様子が伺える。
「そうだ。この手紙をプレゼントと一緒にミルドッド伯爵家に送って貰える? 」
「こちらは……先日、私物と一緒に送られてきたもののようですが? 」
「うん。実は伯爵夫妻に贈るつもりだったプレゼントで、急遽こっちに帰ったから渡せなかったの」
「そうでしたか、承知致しました。良ければ庭園に咲いた美しい花も、一緒に添えてみては如何でしょうか? 」
「そうね。折角だから花束にして送ろうかな」
侍女が後ろを歩いてくれるおかげで、移動中の歩きづらさを感じることはなく、また巡回の件で喜んでいるからか、廊下ですれ違う使用人達も笑顔で会釈してくれる。
花束を作りたいと言えば誰も嫌な顔をせず、率先して庭師に協力を仰いで、リボンやメッセージカードを選んでいる内にどんどん人も集まって来た。
気付けば周囲が賑やかになって、お母様が生きていた頃のマゼラン邸に戻ったみたいに、平穏な一時を過ごした。
ある晩、またしても大きな問題が発生した。
数日間は騒ぎが重なることが減って、ようやく屋敷全体が落ち着きを取り戻せたと思った矢先の出来事だった。
「オルカ! ああ、会いたかったわ! やっと会えた! 」
「……エイリーン? 」
夜遅くにエイリーンの声で目を覚まして、寝ぼけ眼で上半身を抱き起される。
徐々に覚醒した頭で状況を整理しようと身体を離した際、視界の端でエイリーン以外の人が居たことに気付く。
ゆっくりと顔を上げれば、そこにはランタンを持ったあの自分勝手な護衛が、ベッドの傍に立っていた。
何故、彼がここに居るんだ。
暗い室内を見渡せば、開いた扉の前で誰かが倒れていた。
状況からして、明らかに二人の仕業だ。
「使用人に何をしたの? 危害を加えたの? 」
「少し眠って貰っただけですよ。軽い打撲程度で特に命に別状はないでしょう」
「自分が何をしているのか分かってるの? 」
「このような事態を招いたのは令嬢でしょう? ケイプ侯爵令嬢はただ貴女に会いたいと思っているだけなのに、頑なに拒んで可哀想だと思わないんですか? 」
口ぶりからして、どうやら護衛がエイリーンに唆されて、侵入を手助けしたようだ。
腕力に差がある使用人に手を出すなんてあり得ない。
日頃から彼に強い不満を抱いていたけれど、今回の行動は一線を越えている。
礼儀を弁えない理不尽な態度にも怒りを覚えた。
「義務を全う出来ない貴方には関係ない」
「相手が非道であれば護る価値もないですよ。大体、騎士とはいえこちらにも相手を選ぶ権利がある」
「なら、両陛下にそう言えば……」
「あーはいはいはい。自分では何にも出来ないくせにすぐ権力を使って抗議するなんて、本当に情けない。子爵みたいな奴には媚びるくせにさ」
「やめて、オルカは人に優しくされることがあんまり無かったから、きっと嬉しくなっちゃっただけなのよ」
「大体、この前はよくも俺の面子を潰してくれたな? 騎士団の連中を呼びやがって……」
「騎士団……? 治安隊が来た日のこと? それなら経緯を見ていたでしょ? 」
「止めれば良かったじゃないか! 準貴族だからって馬鹿にしてるんだろ!? 」
「オルカは将来、皇室に入る為に育てられたから、身分が低い人の考えを理解するのは難しいみたいね」
全くもってそんなことはない。
口調が変わって本心が駄々洩れのまま悪態をつく護衛に、エイリーンが便乗して愉快そうにクスクス笑う。
瞬間、目の前に居る彼女も、結局は過去に戻る前と同じで何にも変わってないのだと再認識させられた。
エイリーンの本性は初めから同じだ。
地下牢で顔を合わせた時の姿が、本当だったんだ。
決して徐々に変化したわけではなかった。
悠長に談笑を始める二人を警戒しながら、傍にあった呼び鈴をランタン目掛けて思い切り投げる。
直後に割れる音と共に、何かが粉々に散った。
恐らく呼び鈴に付いた硝子の装飾が、貴金属にぶつかって破損したのだろう。
護衛がランタンを落とした隙に廊下へ駆け出す。
「誰かーっ! 起きてーっ! 助けて! 」
「あっ……クソっ! 待ちやがれっ! 」
一階にある使用人の大部屋へ、一目散に走った。
静まり返った屋敷内に叫び声と足音が響く。
頭痛持ちだったお母様の為に他の建物に比べて、マゼラン邸は隙間風や外からの騒音をより遮断できるよう、特別にリフォームされていた。
防音性が高いからか、屋敷内の音は反響しやすく、おかげで眠っていた使用人達が次々に目を覚ます。
一階の廊下から扉を開閉する音が聞こえて、複数人の慌ただしい足音が近付いてくる。
しかし、階段を駆け下りた先のエントランスホールまで逃げたものの、誰かと合流する前に背後から髪を引っ張られ、敢え無く護衛に捕まった。
「離してっ! 誰かっ! 誰か来てっ! 」
「黙れっ! 大人しくしろっ! 」
身長差がある所為で髪を掴まれたまま足が浮く。
現役の騎士なだけあって、いくら手足をバタつかせても逃れられず、それどころか髪を掴む手の力が増してしまい、ブチブチと嫌な音を立てた。
掴まれた髪に全体重が集中する。
痛みのあまり目を開けることさえ出来ない。
反対に声も出ないのに、口を閉じることも出来ない。
「この……」
「やめて! オルカを傷付けないで! 」
護衛が空いた手を振り上げた瞬間、階段の上からランタンを持ったエイリーンが叫ぶ。
傷付けるも何も、原因はお前だろう。
護衛も似たようなことを考えているのか、薄っすらと目を開けて見れば、訳が分からずに混乱していた。
そこへ、ようやく騒ぎで起きた使用人達が集まった。
更に剣を持ったお父様も門番と庭師を連れて現れる。
四方八方から大勢に囲まれ、暴行を加えている場面まで目撃されてしまった事実に怖気づいたのか。
護衛はすぐに私を解放した後、両手を上げてガクガクと震えながら膝から崩れ落ちた。
「うっ……」
「オルカお嬢様っ! 」
頭皮が激しく痛み、頭を押さえる。
侍女がすぐに駆け寄って、今にも泣き出しそうな表情で身体を支えてくれた。
廊下脇に立っていた侍女長が、窓から何か見えたのか、怖い顔で急に走り出して、扉を勢いよく開ける。
すると、門の柱に取付けられていた壁掛けランプに照らされて、黒いローブを身に纏った数人の侵入者が、丁度逃げ去る瞬間が見えた。
前もって近くに待機していたようだ。
門番を連れて来たことで表が手薄になり、状況次第で建物内に侵入しようと目論んでいたのだろう。
「おのれっ! 拉致しようとしていたのかっ!? 」
「ひっ!? い、いえ! あ……あ……」
「こいつを地下牢に連れて行け! 黒幕を吐かせろ! 」
「そんな! あ、ご、誤解……あの、は、はな……」
「舌を噛んだ間抜けな男♪ 舌を噛んだ間抜けな男♪ 」
「ち、ちがっ! ケイプ侯爵令嬢、なんてことを……! 」
「オルカに乱暴をするからいけないんだよ? 」
「そ、そんなっ! だってそもそも……ぐぁっ!? 」
お父様が鞘で護衛の後頭部を殴り、床に倒れてから門番と庭師が地下牢へ運んで行く。
大きな屋敷や古い建物には、昔の名残で地下牢が設けられていて、私刑に限らず必要に応じて、罪人を一時的に拘置する場としても使用していた。
マゼラン邸の屋敷も、歴史ある古い建物だった。
何度も修繕工事を行っている影響で外観の面影は無いが、石造りの地下牢だけは当時のままだ。
その上、戦時中に使用された拷問器具まで揃っている。
お父様は皇室に抗議をすると息巻いた後、私に向き直って、謝罪の言葉を口にしていた。
「すまない……後継者争いの道具に利用しようと企む連中が、本格的に動き出したのだろう」
被害者から状況を聞きもしないくせに、調査前から決め付けるのはどうなんだ。
黒幕は誰であれ、エイリーンが関与していることは間違いないので、寝室のやり取りをそのまま伝えた。
けれど、彼女を咎めるどころか、感謝するお父様に怒鳴り声をあげたい衝動を抑えた。
説教する前に自分こそ洞察力を磨いたらどうだ。
エイリーンだけ無罪放免なんて冗談じゃない。
けれど、護衛と結託している決定的な証拠が無い為、上手く説明できず、エイリーンも必死に無実を訴えるので、場は混乱を極めた。
「私だって怖かった……油断させる為に、大人しく言うことを聞いてただけよ……うぅ」
「待って。貴女、寝室であの護衛と一緒に私を馬鹿にしながら笑ってたじゃない? 」
「本気で護衛と手を組んでいたなら、階段の上から大声を出さなかった! でも助けたかった……うぅ……殿下との事があったからって、酷いよオルカ」
「なっ!? 今は殿下のこと……」
「オルカ、もう止めなさい。エイリーンも怖い思いをしたんだ。それに主張にも一理ある。勝手な憶測で一方的に責めるんじゃない。……エイリーン、君のおかげでオルカが助かった。礼を言う」
「え……」
「もう部屋に戻りなさい。ああ、そうだ。エイリーン、脅迫されて怖かっただろう? 寝る前にお茶でも飲みなさい」
「ありがとうございます。おじ様」
お父様はエイリーンの主張を鵜呑みにして、疑う様子もなく、むしろ励ますような言葉まで掛けていた。
何故、娘の言葉に耳を傾けようとしないんだ。
そもそも警備を強化してくれれば、防げた問題だ。
皇室に抗議を入れる前に私兵を呼び戻して欲しい。
その後、いくら主張しても結局最後まで私の声がお父様に届くことはなく、警備態勢が変わることもなかった。
どう足掻いても私は令嬢で、当主の言葉を覆すことが出来ず、悔しい思いを抱えたまま大人しく自室へ戻った。
※修正箇所※
字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。




