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~葛藤と疑い癖~

【修正版】

 

 ♦♦♦♦


 専属侍女の騒がしい声で目を覚ます。

 室内を無遠慮に歩き回る足音に耳を傾けながら、彼女が退室した後に起き上がり、身体が意思とは関係なく、勝手に動き出して身支度を始めた。

 鏡の前に座ると、首から下はハッキリ見えるのに、顔は靄がかかって表情を確認できない。

 そこで、ようやく夢の中だと気付く。

 過去の出来事を見続けたいとは思えないので、憂鬱な内容を変える為に ” この場に居たくない ” と強く念じた。

 今までもこの方法で悪夢を回避して、見たい夢を見れたが、伯爵邸の事で葛藤している所為か、上手くいかずに内容を変えられない。

 それどころか自分の意思で動くことも、声を発することも叶わず、不自由な状態で目の前に映る光景を、ただ大人しく眺めるだけの悪夢を見続けることになった。


「支度は終わりました? 」

「……ええ」

「なら食堂に行くので早く廊下に出て下さい。はぁ……ほら、早くして! 」


 お父様は、マゼラン家の当主を務める傍らで、ケイプ家の当主代理でもある為、日中は屋敷を留守にする時間が多く、基本的に朝と夜にしか顔を合わせない。

 屋敷内の出来事は書類上でしか確認せず、忙しいを理由に母を亡くしてから、私は半ば放置されていた。

 そんな雇い主に怠慢を悟られない為の対策なのか、専属侍女は朝晩の食事には必ず食堂まで付き添ってくれるものの、移動時は横並びなので歩きづらい。

 時には道を譲る形で彼女の後ろを歩くこともあった。

 マナー教育を受けるまで教えてくれる人が居なかった為、初めは立ち位置の不自然さに気付けなかった。

 お父様に小細工が通用した理由は、執事長を含む多くの使用人が、口裏を合わせて問題を隠蔽したからだ。

 また、周囲の反応を気にして、嫌がらせや虐待に声を上げず、我慢し続けた自分も要因の一つだった。


「チッ……」

「……はぁ」


 廊下ですれ違う使用人達は、輪郭を含む顔全体に靄がかかって、取って付けたような目だけが見えた。

 そんな彼等から挨拶されることはない。

 むしろ嫌悪に満ちた眼差しを向けられる始末。

 異様な姿の原因は、恐らく向けられた視線を気にするあまり、夢に強く反映されてしまったのだろう。

 容姿以外は自分の行動も含めて、過去に体験した出来事が生々しく再現され、無作法な振舞いを咎めず、大人しく食堂の手前まで移動した。

 すると、先に居たエイリーンに話しかけられる。

 精神的な支えになっていた過去と、レイキッド様と口論した彼女の姿が重なって、改めてエイリーン・ケイプという人物が分が分からなくなった。

 目的が何なのか。

 自分で壊しておきながら、婚約解消に反対する理由も、全く理解できない。

 朝食の席では穏やかな表情で、お父様とエイリーンが当主に関する引継ぎの会話を交わし、時折談笑している。

 意識していた人物に関しては、普段通りの容姿で見える分、余計に違和感を感じて居心地が悪い。

 話の内容から察するに、エイリーンが既に成人を向かえた十八歳で、私が濡れ衣を着せられた十七歳の年だ。


「当主はやることが多くて本当に大変なんですね……おじ様は本当に凄いです。私はまだ全てをこなしてる状態じゃないのに、もう既に頭がいっぱいです……」

「着任を一年遅らせてあるから、焦る必要は無い。それに始めの内だけだ。正式にケイプ家の当主に着任するまでに、優秀な秘書を探しておいてやろう」

「本当ですか!? 実は何年も帰ってない屋敷に戻るのも心細く感じていたので凄く嬉しいです」

「はは、任せておきなさい。それに当主に着任した後も、好きな時にいつでも帰って来るといい」


 目の前で会話が弾む二人を眺めながら、静かに食事をしていた身体が揺れて、伺うようにお父様だけを視界に映しては逸らすを繰り返した。

  ” 自分も会話に混ざりたい、何が話したい ”

 なんて考えながらタイミングを計っているのだろう。

 十七歳の頃の私は、お父様に対する苦手意識が強い反面、認めてもらいたい、婚姻を結ぶ前にどうにか良好な関係を築きたいと強く望んでいた。

 しかし、残念ながら共通の話題がない。

 日頃からコミュニケーションを取れていなかった所為で、良い話題が浮かばず、また委縮していた所為で中々声を掛けることも出来なかった。


 お父様が食事を終える直前に、ようやく勇気を出して話しかけた内容は在り来たりものだった。

 当然、会話は盛り上がず、広がることもない。

 表情も笑顔から仏頂面に変わる。

 折角話しかけても談笑とは程遠い、相槌のような短い返事が返ってくるだけで、話題はすぐに無駄遣いに対する小言へと変わり、気まずい空気がその場に流れた。

 後になって判明したのは、過去の小遣いは全て当時の専属侍女が横領し、服も彼女が購入していたので、実際は私欲を満たす為にお金を使ったことはない。

 そもそも過去に戻るまでは、この時の小言は日常で使用する消耗品を指しているのだと勘違いして、私物を大事にするのは勿論、紅茶やお菓子も控えて節約していた。

 普段から香水も装飾品も身に付けていない娘の姿に、父親として本当に気付いてなかったのだろうか。

 今の私なら当時の置かれた環境が異様だったと理解できるのに、不思議と渦中にいる間はそれが当たり前で、不遇の原因は努力不足だからだと自分を責めていた。


 結局、雰囲気が悪いまま朝食が終わった。

  ” 家主の機嫌を損ねるな ” と言わんばかりに使用人から鋭い視線を向けられ、私がエイリーンに励まされれば余計に周囲から反感を買った。

 怒りを買うくらいならエイリーンから離れた方が良いと理解しても、あの頃は独りぼっちになるのが怖くて、簡単に離れられなかった。





 ◆


 突然、夢の場面が切り替わる。


 馬車に揺られながら夕空が視界に映った。

 何処かのパーティー会場に到着すると、既にメインホールで、殿下とエイリーンが曲に合わせて優雅にダンスを披露している。

 他の参加者はそんな二人を咎めるどころか、むしろ笑顔で拍手を送る一方で、会場入りした私には好奇の目の向けていた。

 会場に居る人も屋敷の使用人と同じく顔に靄がかかって、ギョロギョロと不気味に動く目だけが見える。

 婚約者と友人が会場の中心で、恋人同士のように踊る光景を壁際で眺めていると、直接話しかけてはこないものの、他の参加者が聞こえるように嫌味を言い始めた。


「(令嬢にはプライドが無いのかしら? 私なら恥ずかしくてパーティーに参加できないわ)」

「(アレの血が混ざっているような人は、考え方も異常なのよ)」

「(あっちは服がペアなのに、着飾ってる姿が逆に惨めというか……)」


 ここで彼女達に反論をすれば、自分に不利な内容でゴシップ誌の一面を飾るネタにされてしまうだろう。

 その内、貴族令息の何人かが卑猥な言葉でヒソヒソと聞こえるように話し始め、気持ち悪さに耐えながら大人しく時間が過ぎるのを待つ。

 何度か目が合っているので、殿下とエイリーンが私の置かれた状況に気付いているのは間違いない。

 ……けれど、助けてくれる気配はなかった。

 過去に参加したパーティーはどれも規模が大きく、時間で各部に分けられていた。

 一部と二部、長い時は三部以降も続く。

 妃教育の終盤では忙しさを理由に、主催者と挨拶を交わすだけで帰宅しても問題なかったが、余程の理由が無い限り、それまでは最低でも一部が終わるまで帰ることが許されなかった。

 理由は主催者に対する礼儀と家門の体裁。

 そして婚約者と幼馴染が反感を買わずに済む為だ。


 時間外の帰宅や不参加の時は ” 浮気だ不貞だ ” と騒ぎ立てるくせに、同じ当事者不揃いでも形式さえ守れば不問だなんて、噂好きな輩は堅物なのか思考回路が単純なのか、理解し難い。

 何が違うというのだろうか。

 ようやく帰宅しても、出迎えてくれる使用人が居なければ、面倒なドレスじゃない限り、脱ぐ時は専属侍女が手伝ってくれることもない。

 目が陽の光に弱い反面、マゼラン家の人間は他と比べてある程度の暗さでも辺りが見えるので、暗い廊下の中で灯りを見付ける手間が省ける点では助かっている。

 そんな家主の実子への態度とは対照的に、エイリーンはどんなに帰りが遅くても、執事長が他の使用人と一緒に出迎えていた。


「オルカ、さっきは助けてあげられなくてごめんね」

「おかえり……大丈夫だよ」

「皆が美味しいって言ってたお菓子を持って帰って来たの。あと軽食も今作って貰ってるから一緒に食べよう? まだ晩御飯食べてないよね? 」

「……私はいいから、貴女が食べて」

「え、ご飯食べちゃったの? 」

「ううん。でも………もう遅いし、食欲が無いの」

「お話し中、失礼します。オルカお嬢様、エイリーン様がこう仰っているのですから一緒に召し上がって下さい」

「そうですよ。折角エイリーン様がパーティー会場からお菓子を包んで貰ってきたのに、それを断るなんて薄情じゃありませんか? 」


 着替えを済ませたエイリーンは、パーティーのお菓子を毎回土産に包んで持ち帰り、時間も気にせず自室に押し掛けてくる。

 帰宅してからその晩の内に一緒に食べたがるので、当時はパーティーに参加する日は最後まで憂鬱だった。

 反論すれば、すかさず傍に居た侍女に言い包められ、食べたくもないお菓子を半ば強引に食べさせられる。

 その所為で、胃痛に苦しんで明け方に嘔吐することも少なくない。

 短い謝罪と美味しい物を共有したいという言葉だけで、長時間の苦痛と侮辱を簡単に許す甘さと、無理に合わせようとする当時の自分に苛立つ。


 何故ここまで侮られなければならないんだ。

 何故置かれた状況に疑問を感じなかったのか。

 何故もっと早く反抗しなかったのか。

 エイリーンの偽りの優しさだけが唯一の救いで、彼女に縋っていた事実が、今の私にとっては屈辱でしかなく、同時に情けなかった。

 信頼関係に伴うリスクを、疑い癖から夢を通じて警告されていると感じる一方で、不都合な事実から目を逸らしてばかりいた自分の所為でもあると思えた。

 心無い言葉と裏切り行為を経験したって、疑い癖が付いたって、結局は寂しくて誰かの傍に居たいという甘い考え方を変えられない、自分自身が腹立たしかった。


 ♦♦♦♦






「おはようございます、オルカお嬢様。魘されていたようですが、具合はいかがでしょうか? 」

「おはよう……ちょっと頭がぼーっとする……」

「少し熱があるみたいなので、安静にしていて下さい。朝食は食べられそうですか? 」

「スープなら……」

「かしこまりました」


 落ち着いた優しい声に起こされて、夢から目覚める。

 室内を無遠慮に歩き回る耳障りな足音はなく、カーテンも閉じたままだ。

 サイドテーブルにはぬるま湯が入った桶と、清潔なタオルが用意されていて、不満そうな表情を浮かべることなく、侍女が身の回りの世話をしてくれる。


「……ありがとう」

「いいえ、当然のことをしたまでです」


 少し前まで、今の待遇が何一つ当たり前ではなかった。

 あの頃の使用人の大半が追い出されたとはいえ、いつまた同じことが繰り返されるか分からない以上、不安が消えない。

 夢の内容を思い出して眉間に皺を寄せると、勘違いをした侍女から何処か痛むのかと尋ねられる。

 診察に来た主治医からは疲れが出ただけだと診断され、薬を処方されたが、恐らく原因は温室の薔薇だ。

 無意識だったとはいえ、広範囲に影響を与えてしまった所為で代償を払ったのか。

 だとすれば実害が出てしまう以上、やっぱり魔力を自在に操れるようになる必要がある。


 しかし、意図的にマゼランと再会する方法が分からず、また使用時に代償が伴う魔力について、詳しい知識が無い状態で色々と試す勇気もない。

 お父様に遠征中の状況を聞いたところで、欲しい情報が得られるとも思えず、図書館で調べたところで目ぼしい記録が残ってるとも思えないので、手詰まり状態に溜息が零れる。

 そんな私に追い打ちをかけるように、朝食を持った侍女が部屋に入って来ると、興奮状態のエイリーンも一緒に部屋に侵入してきた。


「オルカ! 会いたかった! 大丈夫? 話がしたくて……」

「エイリーン様、今すぐお部屋から出て行って下さい」

「ちょっと、離して! だってオルカがやっと帰って来たのに! どうして邪魔するの!? 」

「オルカお嬢様は体調を崩されておりますので、どうかお静かに願います」

「失礼致します。エイリーン様、騒ぎを起こすのであれば、どうぞご自身の部屋にお戻り下さい」


 他の使用人がエイリーンを追い出し、強引に入られないように部屋の前を使用人が見張ってくれた。

 思い通りにならず癇癪を起しているのか。

 扉が閉まっていても遠くから微かに騒音が聞こえる。

 拒絶しているのに、何故絡んでくるのだろうか。

 私がマゼラン邸に帰って来たと知った彼女は、昨晩遅くに外泊先から戻って来てしまい、お父様が仕事で屋敷を出た瞬間、騒ぎ出した。

 勘弁して欲しいと思いながら、幸いエイリーンを贔屓する使用人はもう居ないので、我儘が押し通されることも、私が無理に合わせる必要もない。

 昼前に熱は下がったものの、廊下から頻繁に聞こえる騒ぎの所為で休めず、昼過ぎに今度は表が騒がしくなる。

 窓から外を覗けば、訪問してきた殿下が門番と新しい護衛に怒鳴り、面倒事を増やしていた。

 本当に、勘弁して欲しい。


「お嬢様、皇太子殿下がお見えになりましたが、追い払っても良いですか? 」

「……うん、お願い」

「承知しました。贈り物があれば突き返しても問題ないでしょうか? 」

「ええ、問題無い……あ、ちょっと待って」

「何でしょう? 」

「エイリーンの独断で屋敷内に訪問者を入れないこと。それから皇太子殿下とエイリーンに、会うなら屋敷の外で会うよう伝えて貰える? 」

「かしこまりました」


 以前、私が体調不良を理由に殿下と面会を拒んだ際、庭園で二人が楽しくお茶を飲んでいたことを思い出す。

 お父様が留守の状態で、エイリーンが殿下を敷地内に入れてしまえば、皇族を相手に使用人が止めるのは流石に難しく、自室に侵入される危険性がある。

 謝罪や反省なんて端から期待してない。

 ならば初めから二人に逢瀬を勧めるついでに、問題行動を繰り返すエイリーンを連れ出して貰おうと考えた。

 しかし、窓辺で侍女が伝言を伝える様子を見て反応を伺っていると、思惑とは裏腹に殿下は暫くマゼラン家の馬車を見つめるだけで、そのまま帰ってしまった。

 その間、変わらず廊下で騒ぎ続けていたエイリーンの行動に首を傾げる。

 想い合っていたのでなかったのか。

 以前とは状況が違い過ぎて、世間からもバッシングされてしまった所為で、恋が冷めてしまったのだろうか。

 いつの間にか贈り物も、私の分だけだ。

 とはいえ、エイリーンの好みに合わせた物ばかりなので、彼女に渡しておけ、ということなのだろうか。


「オルカお嬢様、立て続けになってしまい恐れ入りますが、ミルドッド伯爵邸からお嬢様の私物が届きました」

「あ、うん。それは部屋に運んで来て」

「かしこま……」

「オルカ! ねぇ、また何処か行こうとしてるの!? 何処かの馬車がオルカの荷物を持ってるよ!? 」

「エイリーン様、何度も申し上げている通り、勝手にオルカお嬢様のお部屋に来ないで下さい」

「邪魔しないで! オルカ! ねぇ、話がしたいの! 」

「私は話したくないの。もう関わりたくも無いから勝手に入って来ないで」

「何で……何で急にそんなに冷たいの? 何を怒ってるの? あ、この前怪我させちゃったから? ごめん、あれはわざとじゃないの。許してくれるでしょ……? 」


 自分勝手な謝罪の言葉に苛立ちを覚える。

 しつこく騒ぎ立てる様子にもうんざりしていた。

 遠ざける理由を明確に伝えれば引き下がるか。

 諦めてくれることを願いながら彼女に向き直る。

 久々に真正面から見た顔はやつれ、今にも泣き出しそうに私を見つめるエイリーンは、まるで虐められて可哀想なヒロインのようだ。

 何故、被害者のように振る舞えるんだ。

 記憶を保持した状態で過去に戻った為、周囲からすれば私が急に豹変したように感じて戸惑うのは仕方ない。

 それくらいの理解はしている。

 だからといって、気を遣うつもりはない。

 仮に記憶が無くても、今までの非道な行いに対する拒絶心が芽生えたって何ら不思議ではない筈だ。

 それを理解出来ない程、侮られていたということか。

 距離を置くことによって二人の想いが勝手に成就すれば、私の未来が良い方向に変化すると思っていた。

 しかし、計画も無くつい口にした婚約解消がここまで拗れるとは思わず、また両陛下が私を皇太子妃にしたいと強く願っていることも、何より殿下が今ある地位を失う可能性があるなんて、全く想像も出来なかった。


「本当に私と殿下は友人なの! オルカと殿下の婚約をぶち壊そうなんて、一度も考えたことないわ! 」


 どう話を切り出そうか考えている間に、エイリーンから耳を疑う言葉が飛び出る。

 必死に訴える様は、演技をしているようには見えない。

 お父様と同じように、今の彼女に濡れ衣の話をしたって、何の意味も無いことは理解している。

 だけど、これは流石に聞き流すことは出来ない。

 どれほど人を馬鹿にすれば気が済むんだ。

 雨水が地面に落下するように、顔から表情が消える。

 怒りが限界に達して、却って冷静になれた。


「オ、オルカ……? 」

「誤解しないで、殿下に恋愛感情はない。相手が皇族だから我慢して、伴侶になる相手に歩み寄ろうと努力していただけよ。だって政略結婚だもの」

「え……? 」

「貴女の自己中心的な言動にうんざりしてるの」


 エイリーンは言われた言葉の意味が理解出なかったのか、顔を顰めたまま考え込んでいた。

 ようやく口を開いたかと思えば、 ” 何故、どうして? ” 、という問いで、やっぱり理解できないようだ。

 ハッキリ拒絶しているのに何故伝わらないのか。

 それだけ好かれているという自信の表れなのか。

 事実、過去の私は何でも許して、違和感から目を逸らし続けていたから、仕方ないのかもしれない。

 分からないなら、これから理解すればいい。

 態度が豹変して戸惑ったって、そんなの知らない。


「今まで、パーティー会場で私が他の参加者からどんな扱いを受けていたか見てたのに、毎回無視してたよね? 」

「え? あ、いや、だってあの時は……殿下の横を離れられなかったから……」

「使用人を使って、以前は自分の我儘を何でも無理やり押し通してたよね? 」

「そんなことない! それに、嫌ならオルカだって断れば良かったでしょ? 」

「今日何度も言ってるよ? ” 部屋に来ないで ” って。何でここに居るの? 」

「……」

「そもそも追い出された使用人達に貴女が妙なことを吹き込んだ所為で、今ある変な噂が流れたんだよね? 」


 最後のは張ったりだったが、エイリーンの表情が強張ったことで、憶測は確信に変わった。

 つまり、根も葉もない噂の原因は屋敷内にあって、屋敷内で働く人間の言葉を周りが信じたという流れになる。

 幼い頃に親しい人が次々に離れていく時期があったから、今回の噂についても疑わしいとは思っていた。

 黙り込んでしまったエイリーンに理由を問い詰めたところで、過去は変わらない。

 ついでに、大人しく耐えて我慢した過去の行動が無意味だったと理解するのと同時に、これらの事実を隠蔽し続けた執事長と元侍女長への怒りも沸々と湧き上がる。


「…………前にも伝えたと思うけど、家門にメリットが無いと判断したから婚約を解消するの。それに、貴女が友人だと主張したところで、周りはそう思ってない。だけどその件に関しては無責任な殿下に腹を立てているのであって、それを貴女がいくら弁明してもどうでもいいの」

「嫌……オルカ……」

「この説明でも納得できないなら、これ以上私から話すこたはない。分かったら出て行って」

「私……」


 私の怒りの原因を聞いても、エイリーンは認めたくないと言わんばかりに表情を歪め、力なく首を左右に振る。

 在り来りな謝罪の言葉で取り繕う姿に気持ちが揺らぐわけもなく、使用人に協力して貰いながら、エイリーンを部屋から追い出した。


「はぁ……」

「オルカお嬢様、お茶を飲んで少し休まれますか? 」

「うん。そうしようかな……」

「すぐに準備致します。それと、体調は大丈夫ですか? 今朝の熱をぶりかえしてないと良いのですが……」

「ありがとう。熱は大丈夫そう」


 エイリーンに歯向かうと、以前は使用人から嫌がらせを受ける事がよくあった。

 階段の手前で足を引っかけられ、食事から変な味がしたこともある……。

 過去の夢を見た所為でつい身構えてしまったが、幸い侍女は変わらず穏やかな態度で接してくれていた。

 用意された飲み物も特に変な味はしない。

 侍女はむしろ、エイリーンに怒っているようだった。

 ……理解者が居ると思うと、心が少し軽くなる。

 ようやく気持ちが落ち着いた頃、部屋に運び込まれた私物に視線を落とせば、旅行鞄の横に伯爵夫妻に渡す筈だったプレゼントと、見覚えの無い箱が置かれていた。


「ん? その茶色の箱は何? 私の持ち物に入ってなかったと思うけど……? 」

「これは…………お嬢様に届いた手紙のようですね? 」

「ちょっと待って、その封蝋……皇室からの手紙!? 」


 侍女が箱を開けると、中には大量の手紙が入っていた。

 どうやら私宛の郵便物を、伯爵邸に直接送っていたようで、差出人のほとんどが殿下だ。

 いくら甥とは言え、相手は皇太子なので無断で皇室からの手紙を処分できずに、伯爵夫妻が意図的に隠していたのだろう。


「はぁ……綺麗な便箋が勿体ない……」

「残念な内容だったのですか? 」

「うん……どれも呆れた内容ばかりだね」


 開封すれば、始めの内は理不尽な怒りが綴られ、回数を重ねるごとに過ちを反省するような文面へと変わり、最後には簡潔に ” 会って話がしたい、婚約者の役目を果たすべきではないか ” という内容になっていた。

 役目を果たせとは、どの口が言うか。

 不誠実な言動を繰り返しておきながら、皇太子としての地位は失いたくないということか。


「知らなかったとは言え、受け取った以上は返事を返すべきかな……」

「両陛下と交わした書類があるので、対応は不要かと思います。いっそ暖炉で燃やしましょうか? 」

「そうしたいけど、婚約期間中は一応保管しましょ。無いとは思うけど、仮に法廷で戦うなんてことになれば、人権を侵害したって理由で良い証拠になるわ」

「そうですね……分かりました」


 一緒に送られていただろう殿下からの贈り物は、やっぱりエイリーンが好む色合いの小物ばかりだった。

 そんなエイリーンからの手紙も大量に入っていたが、こっちは端から読む気になれないので、侍女に渡して一応保管して貰った。

 差出人のほとんどが悩みの種である二人だったことに頭が痛いような、返事不要な相手に安堵したような、複雑な気分で手紙を仕分けていると、リクレット様からも励ましの手紙が一通届いていたことに気付く。


「あ! あぁ……良かった……視察の関係で返信不要って書いてある……封蝋で殿下からのだと勘違いされちゃってたのかな……」

「危なかったですね。それにしても、大人っぽい綺麗な字ですね……第二皇子殿下は、確か第一皇子殿下よりも歳が二つ下でしたよね? 」

「うん。レイラ様も皇太子殿下とは四つ下で、まだ十三歳なのにお二人が政務に励んでいる話を聞くと、自分の未熟さを痛感する」

「いえ、お嬢様だって外交に必要な知識が備わっているではありませんか。お嬢様が未熟なら、あっちの手紙の差出人はなんだと言うんです? 」


 エイリーンと殿下からの手紙を冷めた表情で指さす侍女に、思わず苦笑する。

 最後に顔を合わせた時の天真爛漫な姿を思い浮かべながら、二人が自立して活躍している話を聞いた時は、本当に驚かされた。

 不満を抱いても耐えるばかりで何も出来ない自分の未熟さを再確認させられる。

 当面の生活に必要な資金を確保する事でさえ頭を悩ませ、お父様との関係修復を諦めているくせに家門からの援助を受けなければ何もできない。

 そんな自分も、不満を抱くだけで何にもして来なかった殿下と、そんなに大差はないのだ。


「私も同じね……」

「はい? 」

「ううん、なんでもない。今後の為に私もそろそろ投資を始めたいなって思ったの」

「投資先の候補をいくつか調査してお渡し出来ますが……ただ、あまり無理をなさらないで下さい。本当は安静にしてないといけないのに……」

「心配してくれてありがとう。でも調査だけは先にお願いしても良い? 」

「勿論です」


 成り行きでそのまま荷解きを済ませ、静かな時間を過ごせたが、夕方前にまた表が騒がしくなる。

 門番と新しい護衛が何やら言い争いを始め、エイリーンが仲裁に入っていた。

 妙な絵面に首を傾げつつ、最終的にエイリーンが護衛を引き離して、門から離れた場所に誘導している。


「今度は何を企んでいるんだか……」


 執事長を介して、お父様に騒動の一部始終を報告し、警備を強化するよう依頼する。

 プレゼントを手に取り、伯爵家に連絡を入れるべきかと頭を悩ませながら、また大きな溜息を零した。


※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

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