~環境の変化~
【修正版】
マゼラン邸に戻ってから二日後。
妃教育を受ける為に、王宮へ向かった。
帰宅に合わせて予定を組み込んだとは考えにくいので、恐らく殿下との鉢合わせを心配して、外泊中は伯爵夫妻が意図的に止めていた可能性がある。
期限付きの婚約が決定した後も、妃教育が継続されることに不満があったので、本音を言えば授業が行われなかったことを有難いと思っていた。
一方、婚約解消に同意を得られたものの、お父様は妃教育を途中で辞退する事に反対していた為、元々の予定をすぐに再会させたのだろう。
辞退に反対するお父様の考えを理解出来なくもない。
一般的な教養から各地域の細かな特徴、偽造防止対策に向けた品物の目利きや他国の文化を学べる妃教育は、厳しい上に勉強量が多い。
その分、豊富な知識が身に付く。
また、授業で必要なものは全て皇室が負担している為、不都合があるからと言って、途中で放棄するのは確かに無責任で勿体ない行為だ。
だが、理屈ではちゃんと理解しても、お父様の独断で事後報告をされると、複雑な気持ちになる。
問題がこれだけ大きくなっているのだから、決定する前に何か言って欲しいと思うのは我儘だろうか。
殿下がどんな性格で私がどう扱われていたか報告書で知った筈なのに、対策も無く危険地と化した王宮に送り出されて良い気分はしない。
今まで放置されていた分、期待はしていなかったけど、エイリーンの事も含めて無神経すぎる。
「……はぁ」
「美しいレディは溜息を零す姿さえ絵になりますね。しかし、マゼラン侯爵令嬢は私が必ずお守り致しますので何も心配はいりませんよ! 」
溜息を零すと、馬車に同乗していた護衛から歯が浮く寒い台詞が飛び出す。
ミルドッド邸での騒動が原因か定かではないが、レイキッド様はマゼラン邸に来ることなく、そのまま後任の護衛が新たに派遣された。
しかし、これがまた厄介な人だった。
今日から派遣された護衛は、丁寧な言葉遣いとは裏腹に、顔を合わせた瞬間から蔑んだような物色するような目を向けられ、不愉快な気分にさせられた。
御者の隣に座るか馬に乗って来れば良いのに、全くの初対面であるにもかかわらず、迷い無く同乗して来た事にも不満を覚える。
自分に酔いしれながら御託を並べ、最低限の礼儀も弁えず大股を開いて席を広く占領し、ぶつかりそうな程の距離にまで足を伸ばしているのも不快だ。
侯爵家の馬車は決して狭くはない。
むしろ、一般的な馬車よりも広く、殿下と婚約した時に皇族を乗せても問題無いよう内装にも拘っている。
大袈裟な言葉やエスコートは本来の目的を失い、単に男性が思い描く女性が喜ぶ態度を意識しているようで、偶然を装って手に触れたり、無意味に指を絡めようとする仕草も不快極まりない。
明らかに侮られている。
彼の振る舞いは、どうやら私とレイキッド様が良好な関係を築いていた事が原因のようだった。
頻りに比較するような遠回しな質問をしたかと思えば、決まって続くのは歯が浮くような寒い台詞だ。
期限付きとはいえ、特別任務に浮かれているのか。
財力に目が眩んで距離を縮めようとしているのか。
名家との縁談を見越しているのか。
そんな、意地悪い憶測が脳内に浮かぶ。
ようやく目的地に到着しても、周囲の視線も気にせず、彼は態度を改めようとはしなかった。
エスコートを拒絶してるにもかかわらず、馬車を降りる際、強引に手を握られ、あろうことか護衛は手の甲にキスをしようとしていた。
手袋をしているとはいえ、気持ち悪い。
流石にもう、これは容認できない。
咄嗟に手を引っ込めて、相手を鋭く睨む。
「……今後一切、エスコートは結構ですので、許可なく私の身体に触れないで下さい」
「照れた姿も可愛らしいですね。しかし、麗しいレディにエスコートをしない騎士などいませんよ」
「つまり、私の言葉だけじゃ納得して頂けない、ということでしょうか? 」
「え? え、いえ、決してそのようなことは……」
遠回しな言い方で権力を盾にするなんて、私も随分と性格が悪くなったようだ。
黙り込む護衛を無視して、そのまま授業に向かう。
今日は元々、マナー教育が行われない日なので、夫人に会うことはできなかった。
会いたいような、気まずいような。
けれど会えないと気になってしまい、頭の中は伯爵家の事でいっぱいだったが、それでも授業は滞りなく、予定時間を大幅に短縮して早めに終わった。
先生方は前回同様、驚きと称賛を口にしていたが、今回は褒めるだけではなく、今後の教育スタイルやスケジュールの見直しを提案される。
「計算や歴史だけではなく、各地域の特徴をしっかりと覚えていますね。実に素晴らしい……」
「語学に関しても、発音や綴りが本当に完璧です。令嬢の自主学習はどのようになさっているのでしょうか? 」
「恐縮です。学習方法は声に出して読みながら、脳と身体で覚えるようなイメージで行いました」
「なるほど……では、語学の授業に関しては、今後使用する教科書を一式お渡し致しますので、自宅学習をメインに変更致しませんか? 勿論、テストを兼ねた宿題は出します」
「おや、でしたら二度手間になるといけないので、私の授業も宿題を中心に他の授業と合わせて出席するという方向でどうでしょうか? 」
「そのスケジュールで私は全く問題ありません」
「それは良かったです。まぁ……心配事が多い場所に無理して足を運ぶ必要はありませんからね」
「成績優秀であれば猶更ですよ」
先生は独り言のように意味深な言葉を零す。
ミルドッド夫人から何かを聞いたか。
情報誌の内容に驚いているのか。
もしくは第一皇子に対して不満があるからか。
要因は分からないが、心配してくれているようだ。
けど、授業に無関係な話題に触れないのは有難い。
改めて思い返せば、これが正しい距離感だ。
指導者は本来、中立を保たなければならない。
いくら血縁関係があるとはいえ、私の推測通り妃教育を伯爵家が止めていたのであれば、両陛下の決定を妨げたとして、問題視されていないか不安が過る。
「それでは、あまり令嬢を引き留めても悪いですし、この辺で失礼しますね」
「どうかお身体に気を付けて下さいね」
「お気遣い頂き、ありがとうございます。本日も……」
「マ、マゼラン侯爵令嬢! 」
廊下で別れの挨拶を交わしていると、使用人が焦った様子で走って来る。
身分が高い人の出入りが多い王宮では、働く使用人も学問から礼儀作法まで、基礎知識を身に付けることを義務化されていた。
そんな使用人が人前で走るなんて、何事だろうか。
不安に思いながら用件を尋ねれば、両陛下からお茶の席に招待されているようで、予定時間より早く授業が終わったと聞いて、慌てて呼びに来たようだ。
大人しく帰してはくれないか、なんて考えながら気を引き締めて先生に改めて挨拶をする。
「では、私達はこのへんで失礼させてもらいますね」
「あまり無理をなさらずにね。ご自愛下さい」
「はい。本日もありがとうございました」
お父様から聞いた話と情報誌の内容を照らし合わせれば、少なくとも突然の呼び出しで皇太子殿下もお茶の席に同席しているとは考えにくい。
というより、同席してないことを願う。
案内されるがまま温室に入ると、両陛下はまだ来ていなかった。
「両陛下がお見えになるまで、良ければ温室を見て周りますか? 」
「いえ……すれ違うと申し訳ないので、席の周辺に植えられた花を近くで見ようと思います」
「かしこまりました。今咲いている薔薇は、もう少しで全て植え替えられてしまう予定なので、最後にこの美しい光景を見れるマゼラン侯爵令嬢は実に幸運ですね」
「最後? 」
美しさを追求した結果、温室では一部が枯れたタイミングで、同じ種類の花は全て植え替えてしまうようだ。
可哀想な上に勿体ない。
手元に視線を落とせば、先端が茶色く変色し、くったりと下を向いている小さな蕾が視界に入る。
花開く前に廃棄されるだろうと説明する使用人に耳を傾けたまま、周囲を見渡す。
「可哀想に……せめて綺麗に花開けば良いのに」
「令嬢は本当にお優しいですね。ただ、その蕾に関しては、間引……き…………え? 」
「え? どうかまし…………」
驚いた使用人が見つめる先を辿れば、元気が無い蕾の周辺に煙が薄っすらと現れた。
すぐに変色した花弁は綺麗な赤紫色に染まり、美しく花開く様子にギョッとする。
手で扇いでみたところで薔薇が元の色に戻るわけもなく、無意識に魔力を使用した事や人に見られたこと、何より皇后陛下の管理する温室の花に、なんてことをしてしまったんだと、頭を抱えながら一歩後ずさった。
間引く分の薔薇であれば謝罪で許して貰えるだろうか、なんて考えながら再度使用人に目を向けると、彼女は呆けたように周囲を見渡していた。
釣られて顔を上げた瞬間、目の前の光景に血の気がサーッと引いて身体が硬直する。
「……うそ……」
お茶の席を囲むように咲き乱れた他の薔薇まで、順々に赤紫色に変色してしまい、じんわりと全身に嫌な汗を感じる。
これはマズイ、マズイマズイ、非情にマズイことが起きてしまった。
皇后陛下が丹精込めて育てた温室にここまで影響を与えてしまえば、謝罪だけでは済まされない。
すぐに婚約問題が脳裏を過り、マゼラン家にとって不利な条件を追加されしまったらどうすれば良いんだ、と絶望しながら頭を抱える。
何が起きた、どうして魔力が発動した。
脈が速くなり、吐き出す吐息が震える。
困惑で真っ白になる頭をどうにか動かし、どう回避すれば良いか、何か打開策はないかと考えを巡らせた。
「ほう……見事だな」
「素敵……とっても美しいわ」
「!! 」
そこへ、背後から声が聞こえてくる。
振り向くと、両陛下が呆けたような顔で、関心しながら薔薇を見渡していた。
お茶の席は、出入り口からよく見える開けた場所にある。
私が説明を受けている時に運悪く二人が入ってきてしまったようで、薔薇の色が変わる一部始終をバッチリと目撃されてしまい、言い逃れはできない。
頭の中を整理できないまま、せめて醜態を晒さず潔く薔薇をめちゃくちゃにした事を謝罪した。
「皇后陛下の管理する温室の薔薇に、取り返しのつかないことをしました。誠に申し訳ございません……」
「あらあら、怒ってないから顔を上げて。とっても綺麗で見惚れちゃってたくらいよ。ねぇ、あなた? 」
「ああ。色が違うだけで、こんなにも新鮮で美しく見えるものなのだな。面白いものを見せて貰った」
「いえ! 恐縮です……」
「ふふふ、むしろ私達こそ急な呼び出しなのに待たせちゃってごめんね。さぁさ、座ってお茶にしましょ」
本当に気に入ったのか。
上機嫌な両陛下は近くに咲いた薔薇をまじまじと見つめながら、席に座ってからも頻りに褒めていた。
怒っていないことに安堵したものの、無意識とは言え自分の不注意で変色した花に囲まれるお茶の席は、なんとも居心地が悪い。
「初めに、第一皇子が迷惑を掛けてしまった件を詫びよう。すまなかった」
「い、いえ! 私も、至らない点が多くこのような結果になってしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、与えられる甘い蜜を啜るだけで義務を放棄したロイダンに非がある。皇太子とは何たるか、理解していなかったようだ」
私の不安とは裏腹に、着席してから真っ先に謝罪する皇帝陛下に慌てて頭を下げる。
この性格が少しでも受け継がれていれば、私が未来で投獄される事も、婚約解消が国民にまで問題視される程の大事にもならなかっただろう。
流石は仁君だと感心する一方で、身内相手に世論を利用した容赦無い手段と、過去の私を助けず傍観した事に対して、今回の積極的な行動に疑問と不気味さを感じる。
「それにしても久しぶりだな。すっかり大きくなったな、オルカ嬢」
「はい、お久しぶりでごじゃ、ございます……」
「ははは! 今日は貴重な瞬間を立て続けに見られるとは、実に幸運な日だな」
「ふふふ、オルカちゃんも驚いちゃったのね」
「すみません……」
「マゼラン侯爵にも同じ力が備わっていることは、知っているか? 」
「はい。ただ私は、お父様ほど上手く扱えてません」
皇帝陛下が魔力の存在を知っているかは不明だ。
自分も知識不足で無闇に憶測で話すわけにもいかず、素直に詳しくら分からないと伝えれば、話を掘り下げられることはなかった。
話題は妃教育に変わり、穏やかな雰囲気で始まったお茶の席だったが、婚約に関する話題が持ち上がった直後、空気が一変する。
「皇后から既に聞いたと思うが、我々はオルカ嬢を皇室に歓迎している」
「身に余る光栄です」
「言い方を変えよう。皇室は君を手放すつもりは無い」
思わず反射的に聞き返しそうになる言葉を飲み込む。
両陛下は変わらず穏やかな表情をしていたが、目が笑っていない。
皇帝陛下の瞳は黄色というより、もはや金色だ。
最後に会った殿下の瞳も、思い返せば金色だった。
殿下と同じ金色の瞳にじっと見つめられると、得体の知れない不安を感じて、頭の中で警鐘が鳴り響く。
それは婚約問題に対する不安というよりは、死の間際に立たされているような、そんな不安と恐怖に襲われる。
同時に、自分がここまで過剰に反応する理由が分からずに混乱もしていた。
「怖がらせてしまってすまない。ただ、今も君を家族に迎えたいと思っている。根も葉もない噂に関しては皇室が対処するから、決して力不足などと委縮せずに自信を持ちなさい」
「しかし……」
「オルカちゃん、心配しないでね? ロイダンを許してとは言わないわ。幸い、皇子は二人居るもの」
「……つまり、誰が皇太子であろうと私の肩書は変わらない、ということでしょうか? 」
「ええ、その通りよ」
笑顔の皇后陛下に、顔が引きつりそうになる。
再婚約の相手が元婚約者の兄弟である事は、政略結婚に置いて決して珍しくはない。
よくある例は、家門の後継者が変更された時だ。
そして例に漏れず、今回もこのケースだろう。
ただ、いくらリクレット様が穏やかで優しい方だとはいえ、陰謀渦巻く皇室に入りたいと思うわけない。
今は何かしらの利用価値を見出しても、将来その価値を失えば、殿下の二の舞になるだろう。
お父様が再婚を望まない以上、私が家門の後継者を生む必要があるので、再び政略結婚を結ぶ事になっても構わないが、せめて相手は皇室以外であって欲しい。
「侯爵家と交わした約束は、 ” 娘を皇太子妃にする ” という内容であって、必ずしも相手がロイダンである必要は無い。君があれを慕っていると思っていたからこそ、今まで大人しく見守っていたのだ。ああ、それから子を成した際、一人は侯爵家の後継者にするという約束も忘れていないから安心しなさい」
「……恐れ入りますが、両陛下はドラゴンの血を最も濃く受け継ぐロイダン殿下がその地位を退く事に対して、抵抗は無いのでしょうか? 」
「確かに、代々皇帝に選ばれる条件の一つに受け継がれた血が関係していた。しかし、無責任な言動を繰り返す人間が、果たして次期皇帝に相応しいと思うか? 」
「……」
「あれにずば抜けた能力が発現するか、今抱えている問題を丸く収めるだけの統率力や支持率があれば、次期皇帝として改めて検討しよう。だが、ハッキリ言って国を担うだけの能力がしっかりと備わっていれば、それがドラゴンであろうがドワーフであろうが、どちらでも構わないと思っている」
全くの正論に返す言葉も無く、口を閉じる。
国の未来を考えて選択するのは、素晴らしいと思う。
皇帝陛下だって一人の人間なのだから、守る対象が限られるのは仕方ない。
問題は、私も守る側の人だと認識していること。
見方を変えれば、それだけ評価して貰えているということだったが、やっぱり嬉しくない。
この際、守って貰えなくても良いから、守る側の人間として考えるのも止めてほしい。
そして、負い目を感じて耐えていた行動が、多方面に誤解を招いていたと今更知って、言い訳を並べて無駄に傷付いた過去の自分が情けなくて腹立たしい。
「国民や議会の面々はドラゴンの血に拘り過ぎている。能力も無い人間に王冠を被せた後がどうなるか理解していない。理解しようともしてない。ただ、ドラゴンの血を濃く受け継いでいれば良いという安易な考えと先入観を打ち消す必要がある」
「……あの、護衛が変更したのは何故でしょうか? 」
「ロイダンと対等に言い合える相手として、当初はレイキッドが適任だと思っていた。少々乱暴なところはあっても根は真面目で女遊びをするような奴でもない。ただ……我々の予想に反して、君達は仲良くなりすぎているように見えてな」
「レイキッド様と男女の関係などではありません」
「分かっている。しかし、念の為だ。理解して欲しい」
「……」
「随分と話し込んでしまったな。オルカ嬢の予定をこれ以上狂わせるわけにはいかん。馬車まで送ろう」
期間限定の婚約関係を最初に聞いた時から、妙に引っかかるとは思っていたが、恐らく三か月は殿下に課せられた関係修復までの期限なのだろう。
親として、皇帝として与える、最後のチャンスがそれまでだったというわけだ。
報復に怯えていたのに、なんとも拍子抜けする話だ。
リクレット様が次期皇帝になれば、理不尽な報復を受ける心配が無くなり、捏造や横領を防げなかったロイダン殿下が国を治めるより、未来は明るいだろう。
ただ誰が相手であろうと皇太子妃にはなりたくない。
例えそれが家門の為だと言われても、無理に背伸びをして掴んだ未来で、結局苦しむのは私とマゼラン家だ。
両陛下が馬車まで見送りに来てくれることになり、今までその場に待機していたらしい護衛は、予想外な人物の登場に慌てて頭を下げる。
「気を付けて帰りなさい。今度は共に食事でもしよう」
「リクとレイラもオルカちゃんが来たら喜ぶと思うわ」
「光栄です。侯爵様も交えて食事会に参加したいと思います」
「そうだな。ところで新しい護衛はどうだ?気負うだろうと思って敢えて騎士団の中堅に当たる人物を選んだのだが、ちゃんと守ってくれそうか? 」
皇帝陛下の言葉でチラリと新しい護衛に視線を向けると、頭を下げたまま微かに震えていた。
私と二人きりの時と全く態度が違う。
その様子に呆れながら、急なお茶の席で疲れてしまった所為で、もはや護衛なんて今はどうでも良かった。
しかし、返事を返す前に、扇子で口元を隠した皇后陛下が先に冷たい口調で護衛に言い放つ。
「貴女が誰を護衛しているのか、努々忘れないで頂戴。欲に目が眩んで変な気を起こさないよう、お願いね? 」
「は、はいっ!! 誠心誠意マゼラン侯爵令嬢を護衛させて頂きますっ!! 」
「フッ……宜しく頼むぞ。オルカ嬢はもはや余の娘も同然だ。その可愛い娘に何かあれば……正気を保てず消極的な選択を選ぶやもしれんぞ?」
「はっはいぃっ!! 肝に銘じますっ!! 」
「あ、あの……」
「ふふふ、それじゃぁね、オルカちゃん。今日は素敵な薔薇をありがとう。授業はもう受ける必要が無いくらい成績優秀だって聞いてるから、ゆっくり休んで」
「色々と重なって疲れただろう? また会える日を楽しみにしている」
怖い一面に驚きつつ、連携が取れた理想的な夫婦の姿を心の中で格好良いと思ってしまった。
また両陛下の牽制は効果抜群で、護衛は自ら進んで御者の隣に座った。
おかげで帰りの馬車は、密室で不快なアプローチを受けずに済み、一人になった空間でようやく肩の力が抜けて大きな溜息を零す。
「はぁ……疲れた……」
だが、私が告げ口をしたと誤解しているのか。
マゼラン邸に到着してから、護衛は不愛想な態度に変わり、感情が駄々洩れている様子に呆れて言葉も出ない。
そして前を横切った瞬間、舌打ちまでされる始末。
その様子に激怒した侍女長は彼を屋敷内から追い出し、執事長が言葉巧みに言い包めて、日中は門番の横に立たせることになった。
自室の窓から門の方を見下ろすと、門番に八つ当たりをしているのか、ハッキリとは聞こえなかったけれど、何やら言い争う光景を見てまた溜息が零れる。
「……言いにくいのですが、護衛を替えて頂いた方が宜しいのではないでしょうか? 」
「暫く妃教育の予定は無いし、派遣された初日にすぐ変更願いを出すのもちょっとね……」
「執事長の話によれば、彼は男爵家の庶子で準貴族だそうですよ。身分に対する執着や劣等感から攻撃的な性格のようですし、節操が無い人を傍に置き続けるのは危険だと思いますけど……」
「うーん……一応、王宮騎士団では中堅に当たる人で両陛下が選んだ方だから、簡単にクビに出来ないの。嫌な思いをさせてごめんね」
「お嬢様が謝るような事は何もございません! 出過ぎた発言をしました。申し訳ありません」
「ううん。確かに私も、不愉快な人だと思ってるから」
気色悪いアプローチを間近で見ていた侍女も、新しい護衛に対して強い不満を抱いているようだ。
両陛下が男女関係の問題を心配しているのは分かったが、何を基準にあの中堅騎士を選んだのかは、さっぱり理解できなかった。
窓の外を暫く眺めていると、遠くから殿下の馬車が屋敷に向かって来ていることに気付いて、窓辺から離れる。
「皇太子殿下が来ても通さないで」
「かしこまりました」
※修正箇所※
字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。




