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~意固地~

【修正版】

 

 起床早々ガックリと項垂れる。

 今回は切り良く終わったと思った矢先に、気になる話の途中でマゼランとの夢から覚めてしまった。


「はぁ……またか」


 しかし、朝食前という時間にも関わらず、表が騒がしくなった所為でマゼランのことはすぐに頭から消えた。

 性懲りも無く、殿下が訪問して来たのだろうか。

 そう思いながら窓の外を確認すると、一台の馬車が敷地内に入るところだったが、皇太子のものではなかった。


「侯爵家の馬車……? 」


 不安に駆られながら大人しく身支度を整えていると、少し経ってから、焦った表情の使用人が部屋に入るなり、朝食の時間が遅れると知らせに来る。

 エイリーンが個人で使用する馬車は、ケイプ家の紋章が装飾されているので、私以外でマゼラン家の馬車を利用する人物はお父様一人しかいない。

 常識外れな時間の訪問に、胸騒ぎを覚える。

 浮足立つ使用人から察するに、昨日送った書信が理由で、事前連絡も無しに来たことが容易に想像できる。

 主治医の診断内容をそのまま綴ったとは思えないが、少なくとも侯爵家が納得するだけの滞在理由が書かれていないのは確かだ。

 前回はエイリーンと一悶着があった末の外泊なので、大した怪我でなくても事後報告で許してくれたのだろう。

 だが本来は、厳格で予定が崩れることが大嫌いな人なので、恐らくこれ以上の勝手な振る舞いを見過ごせないと思ったに違いない。


「オルカ、何処に居る? 出てきなさい。帰るぞ」

「侯爵! あまりにも無礼ではないか? 連絡も無く突然来て家の中を探し回るなんて……」

「戯言に付き合う暇はない。娘をすぐに返して貰う」

「何故怪我をしたのか既に報告を受けているだろう? 危険人物の住む屋敷にオルカ嬢を連れ戻したところで、同じことが起きない保証は無いのではないか? 」

「主人の言う通りだわ。そもそも婚約を解消する原因にもなった令嬢を追い出さず、今までと同じ環境に住まわせるのは保護者として問題ではないかしら? 」

「我が家の問題に部外者が口を挟まないで頂きたい。娘をそうやって言い包めたのか?」

「事実だろう! 大体、こんなになるまで父親として気付けなかった侯爵にも問題があるんじゃないか? 」


 馬車が伯爵邸に到着してから暫くすると、伯爵夫妻の制止する声と、慌ただしい足音が廊下から響く。

 話し合いで決着が付かないと判断したのか、お父様が強硬に出て、好き勝手に邸宅内を歩き回っているようだ。

 侯爵家とはいえ、皇室と深い血縁関係のあるミルドッド家に横柄な態度を取るのはまずい。

 外泊してから何の音沙汰も無かったのに、現れるなり問題を起こす父親に会いたくはなかったが、連絡を全て伯爵に任せていた自分にも非があった。

 ここで、一方的に不満を抱くのは筋違いだろう。

 伯爵家に多大な迷惑を掛けたことを申し訳なく思いながら、廊下に出ようと立ち上がった瞬間、予想外な言葉を耳にする。


「御託は結構、娘は連れて帰る。これ以上貴様等の目論見にオルカが利用されるのは我慢ならん。近辺調査の報告書を読んで私も憤りを感じたが、だからと言ってオルカを皇室の後継者争いに巻き込まないで頂きたい」


 後継者争いとは、何の話だ。

 利用されるとは、何を指しているのだ。

 そんな私の疑問に答えるように、更に言葉が続く。


「第一皇子を皇太子の座から引きずり下ろし、第二皇子を推薦しようが伯爵家の意向にとやかく言うつもりは無い。しかし、それで娘を利用されるのは御免だ」


 状況が何も改善されないまま、私を帰すのは危険だと反対する伯爵夫妻の声は、明らかに狼狽えていた。

 そんな二人の反応を聞いて、心に靄がかかる。

 使用人を含むミルドッド家の人間は、良くも悪くも正直者で、正義感が強くて、嘘が下手だ。

 言い回しを美徳とする貴族同士の会話より、真っすぐな物言いに安心できて、居心地が良かった。

 だからと言って、疑い癖が消えたわけではない。

 お父様の言葉を聞いて、納得するまでに少しの躊躇いもなく、頭の中で ” やっぱり…… ” なんて言葉をすぐに浮かべた自分自身に嫌気が差す。

 受けた厚意を考えれば、秘密裏に私を利用しようとした事実を受け流したい反面、以前のエイリーンとの関係性や、断罪されたパーティー会場が脳内にフラッシュバックして、胃から酸っぱいものがせり上がる。

 気を許した後に裏切られる辛さを分かっていたのに。

 一時の感情で、性懲りも無くまた誰かを信じようとした事実が悔しくて悲しい。

 傍に居た使用人が心配そうに声を掛けてくれたが、僅かな物音に気付いて、お父様が部屋に入って来る。


「ここに居たのか。オルカ、立ちなさい。帰るぞ」

「待て! オルカ嬢を無理に連れ戻すことが正しいかよく考えるべきだ」

「それはつまり、娘を汚い権力争いに利用することを視野に入れろと言いたいのかね? 」

「言葉を慎みなさい、マゼラン侯爵。いくら貴女でも、皇室を侮辱することは許されないわ」


 お父様を見上げると、絶縁宣言を受けた地下牢での光景が蘇って、目眩を覚える。

 長年、身体に染みついた癖とは恐ろしいもので、こんな時でも平然を装う自分に心底呆れながら、私の疑い癖を肯定するような言葉が頭上から降ってきた。


「オルカ、よく聞きなさい。他人から与えられる見返りを求めない親切ほど、恐ろしく不気味なものはない。知らず知らずの内に良からぬことに巻き込まれるからな」

「侯爵! いくら何でも度が過ぎるぞ! 」

「オルカちゃん、驚かせちゃったわよね?嫌なら侯爵の言葉に従う必要はないのよ? 」


 今の状況が断罪されたあのパーティー会場と重なって、言葉に詰まる。

 目の前でお父様と伯爵夫妻が口論する様子を眺めることしか出来ず、声を発するどころか酷い耳鳴りが聞こえて、身体の末端からどんどん冷たくなる。

 恐怖で脳内を整理できないまま、段々と思考が消極的になってしまい、この場から早く離れたいと思った結果、大人しく帰ることを選択した。


「荷物は後で送って貰うから、一先ず帰るぞ」

「……はい」

「オルカちゃん! 待って、嫌なら言って……」

「……これ以上、ご迷惑をお掛けするわけにはいきません。突然帰宅する無礼をお許し下さい。滞在期間中、本当にお世話になりました」

「オルカ嬢! 」


 視線を足元に落としたまま、口からスラスラと言葉が勝手に飛び出る。

 日頃から感謝していたのは事実だ。

 でもこの時の言葉は心が籠ってない社交辞令だった。

 レイキッド様が部屋を出たすぐの廊下に立っていたが、俯いたまま彼の前を素通りしても、特に引き留められはしなかった。

 虚勢を張る姿は、彼の目にどう映っただろうか。

 お父様が乗り込んでから、邸宅を出るまでがあっという間で、一時的な体調不良を引き起こす程の気持ちの乱れは、皮肉にも疑い癖のおかげで、心身共にすぐ落ち着きを取り戻すことができた。

 しかし、思考が正常に戻ると、今度は葛藤が生まれた。

 疑い癖で納得した自分の考えを否定したくて、伯爵夫妻を信じる為の判断材料を探そうと、暫くしてから意を決して、お父様に口論していた内容を尋ねた。


「ミルドッド伯爵夫妻に述べていた、 ” 権力争い ” とはどういうことでしょうか? 」

「……ミルドッド家は元々、第一皇子を快く思っていなかった。理由はお前との婚約解消に至るまでの不誠実な言動と、政に対する積極性に欠けていることだ」


 またしても婚約に関する問題。

 先日の新聞といい、ここまで大事になってしまったことが情けなくて恥ずかしい。

 ただ、政務に積極性がないとはどういうだ。

 眉間に皺を寄せると、お父様は静かに話を続けた。


「提出された書類の要望通りにサインをするだけで、要請された内容の正当性を確認していなかったのだ」

「……つまり、偽造や横領がまかり通っていたということですか?」

「ああ。実際、一昨年の雨季に、ある土地で川が氾濫した影響で物資を要求する書類が提出された。以前にも川が氾濫した記録のある土地で、川沿いに被害が及ばぬよう、対策工事を施していた。その工事が失敗した事を理由に、再申請の書類が提出された際、殿下は調査せずに承認してしまった。けど実際は捏造で、物資は売り飛ばされ、得た利益を領主が密かに着服していた」


 以前、殿下が週に何度かマゼラン邸に訪問する際、予定を理由にすぐ帰っていたことを思い出す。

  “ 忙しい合間を縫って婚約者に会いに来た “ 、という建前でエイリーンに会いに来ていたが、政務が忙しいと言った内容も出任せだと思うと、ほとほと呆れる。

 いや、事実確認をせず大量に届く書類に ” サイン ” をするので忙しいという意味だったのだろうか。


「殿下は自身のペースを大事にする方だ。加えて授業の成績だけは良いから、自身の持つ知識を過信し過ぎた結果が、書類の文面だけで即決して処理をするに繋がったようだな」


 横領に味を占めた一部の輩は、同じ手口で捏造を繰り返し、異変に気付いたリクレット様とレイラ様が、陛下に相談した。

 結果、今年の初めに問題が明るみに出た。

 そして過去に遡って記録を確認すれば、捏造は殿下が政務に携わり始めた二年前から続いてたことも判明し、当然物資は既に売り払われ、年単位で大金が流れた分、皇室は大損害を被ってしまった。 


「婚約解消の意向を示した際に知っただけだから、詳しい経緯や進捗状況は不明だ。だが、ご兄妹が各地を視察しているところを見るに、調査は継続中なのだろう」

「……そうですか」

「話の続きは後だ。私も聞きたいことがあるから、後で執務室へ来なさい」

「はい」












 マゼラン邸に到着して会話が一時的に中断され、続きは朝食後にお父様の執務室で行われることになった。

 しかし、疲れてしまった所為で食欲が湧かず、話し合いの準備が整うまで、一階のテラスで休憩がてらゆっくりとお茶を飲む。

 幸い、エイリーンが外泊で不在の為、静かに過ごせたが、レイキッド様が屋敷に来る気配がない。

 今朝の騒ぎが原因で来れないのだろうか。

 そもそも仲の良い伯爵夫妻に失礼な態度を取ったお父様に腹を立てて、拒絶されてしまったのだろうか。


「はぁ……婚約問題に様々な目論見があったなんて……」


 レイキッド様も殿下を失脚させる為に、私を利用したとは考えたくない。

 第一、現時点では裏切り行為を受けてない。

 過剰に反応する自分を否定する傍から、知らずに利用された末に起きていたであろう、デメリットを考えると背筋に悪寒が走る。

 知らぬ間に誰かの恨みを買って、身に覚えの無い攻撃を受けた時、上手く対処できる自信がない。

 秘密裏に利用しようと企む人が、果たして身に危険が迫った時に味方になってくれるだろうか。

 利用価値が無いと判断された時、厄介払いでまた投獄されてしまうんじゃないだろうかと、ネガティブな考えが次から次へと頭に浮かぶ。


「違う。いくら何でも、卑屈過ぎるね……」

  

 秘密裏ではなく、打ち明ける時期を見計らっていた可能性だって十分あり得る。

 結論を急ぐ必要はない。

 落ち着いてから連絡をしてみよう。

 その時の出方を見てからでも遅くはない筈だ。

 ただ、そこまで考えたところで、やっぱり疑い癖が邪魔をして、葛藤が中々消えなかった。

  “ でもでも、だって “ 、と子供が駄々を捏ねるように、まとまりかけた考えはまた振り出しに戻る。

 頭の中で堂々巡りをしたまま休憩が終わり、お父様の執務室へ移動すると、珍しくソファー席を勧められた。

 無断で外泊した事は勿論、エイリーンとの揉め事について問い詰められるのだろうか、何時間も説教を受けるのかと考えるだけで気が遠くなる。

 朝食後にテラスで紅茶を飲んだことを後悔しながら、目の前に飲み物と茶請けが出揃うと、執事長は退室した。


「お前はもう少し洞察力を磨きなさい。相手が妃教育の指導者の一人だったとはいえ、容易く信じるな」

「……はい」

「エイリーンとも話したが、突然お前から避けられ、アドバンズ子爵に嫉妬してしまった末の衝突だったと聞いている……まぁ、お前があの子を避ける理由は想像が付く。だから私の方からも態度を改めるよう注意をしたから安心しなさい。もしまた問題を起こすようなら、あの子にはタウンハウスを用意して屋敷から追い出す」


 胸の内に感じる不服を口に出してしまえば、また大きな問題に繋がる発言をしてしまいそうで、喉元まで出掛かった言葉を紅茶と一緒に飲み込む。

 沈黙を肯定と判断したお父様は、次に婚約に関する私の返答次第で殿下が今ある地位を失うと続けた。


「両陛下が世論を利用したのは、第一皇子の能力を試し騒動の収拾がつかない場合は、第二皇子が皇太子着任後の名声を強化する二つの目的があった。第二皇子は商会を通じてボランティア活動を行っているから、比較しやすいように仕組んでいるのだろう」


 リクレット様は現在、まだ未成年である為、成人するまでは名前を伏せて商会を運営しているようだ。

 また、レイラ様も近々商会を立ち上げる為に様々な分野を勉強していたが、その過程で捏造や横領に気付き、行動を起こしたという背景があったと聞かされ、俯く。

 同世代の二人がそこまで自立していることに驚く反面、短期間の外泊に必要な所持金でさえ確保できない自分が情けなくなる。


「あの……ご兄妹が後処理に追われていることを、殿下本人はご存じでしょうか? 」

「いいや、水面下で進めているようだな」

「世論を通じて殿下の能力を試すまでもなく、ご兄妹との差は歴然のようですが? 」

「周囲に対して ” 皇帝陛下の血を最も濃く受け継いでいる ” 、という事実を覆すだけのインパクト作りと言ったところだろう。自分の努力を他人に伝える為には、時にパフォーマンスが必要だということだ」


 そのパフォーマンスで殿下が餌食になることを考えると、相手が誰であれ気分の良い話ではなかった。

 それにしても、過去と現在が違いすぎる。

 十六歳の年は、目立った大きな事件は無かった筈だ。

 いくら自分が情報に疎いとは言え、最低限の政治的な情報は抑えていたので、大きな損失を被る程の横領事件であれば知っていてもおかしくない。

 最後まで表に出ていなかった問題なのだろうか。

 ただそうなると、十七歳の時に断罪された際、殿下はその地位を脅かされている様子が無いのも変だ。

 今年の初めに問題が明るみに出るくらいなのだから、過去に戻る前のあの時期には既に発覚している筈で、婚約破棄を言い渡せる立場ではないのにおかしい。

 それとも、過去と現在で何か条件が違うのか。


「……ところで、侍女長から話を聞いたが、装飾品を全て盗まれただけでなく、パーティー用のドレスにまで被害が及んでいたようだな」

「はい。未然に防げず、申し訳ございませんでした」

「……いや、いい。ドレスルームに新しい服を買ってある。靴や鞄に関しても、新しく買い揃えた物を仕舞ってあるから、今後はそれを使いなさい」

「ありがとうございます」


 予想外な話題を振られて、反射的に淡々と答える。

 沈黙が流れた後、脳内で会話の内容を思い返し、何を言われたのかを理解するまでに時間が掛かった。

 自分への関心が薄いあの厳格なお父様が、私の不在中に服や小物を買い揃えてくれたという事実に、感謝よりも胸がざわつく。


 伯爵邸に乗り込んで、さも子煩悩な父親のように振舞ったところで、地下牢で私に暴言を浴びせた挙句に絶縁宣言をした人間の行動を、素直に喜べるわけがない。

 少しでも嬉しいと思う気持ちが生まれると、すぐに悲しい、悔しいという感情に抑え込まれて余計に苦しくなる。

 今のお父様には理解できないだろうけど、私に記憶が残っている以上、全てが無かったことにはならない。


 その後、再び沈黙が流れてしまったが、まだ話は終わってないのか、中々解放してくれなかった。

 話のテンポが悪くて、ヤキモキしながら大人しく座っていると、お父様は徐に立ち上がって、机の下に置いてあっただろう花瓶をテーブルの上に置いた。

 そこには、知らない花が活けられていた。

 正確にはその花を知っていたが、同じ種類で花弁が紫色なんて見たことがない。

 ふと、以前にも似たようなことがあった気がして、首を傾げながら花をまじまじと見つめているていると、お父様から深刻な表情で予想外な質問を投げ掛けられる。


「この花を咲かせたのは、いつだ? 」

「……はい? 」


 思わず、ぶっきらぼうに聞き返す。

 私が自ら花を育てたのかとでも聞きたいのか。

 仮にそうだったとしても、何故そこまで深刻な表情で尋ねるのか理解できない。

 短く否定すると、今度は取っ手の付いた小さなバスケットがテーブルに置かれる。

 枯れ草が入っているのかと思いきや、よくよく観察すると、茶色く変色したそれは枯れた花のようだった。


「よく、見ていなさい」


 お父様が手を添えてからすぐに、手品のように紫色の薄い煙が漂い、次第に枯れていた花はみるみる内に瑞々しさを取り戻して、元気な紫色の薔薇が花開いた。


「えっ!? 」


 花が元気を取り戻す瞬間にも驚いたが、 “ しまった “ 、とすぐに顔を顰めた。

 テーブルに置かれたバスケットは、以前、皇后陛下から頂いた薔薇とカスミソウが活けられた贈り物だった。

 問題が重なった所為で、完全に忘れていた。

 罪悪感を感じつつ、同時に紫色の薔薇なんてなかった筈だと、首を傾げる。

 そもそも帝都で紫色の薔薇を見たことが無い。

 驚きと混乱でお父様を見つめると、悲しげな表情で私の知らなかったマゼラン家の過去について話を切り出す。


「お前は覚えてないだろうが、親戚同士が集まる際は、庭園に咲いた花を含めて、全ての植物を一時的に刈り取っていた。昔から、 ” 紫の花を咲かせた子には、死と引き換えに莫大な富を得られる ” 、 ” 紫の花が咲いたら、誰かが死ぬ ” と言われて恐れられていたからな」

「え……」

「マゼラン家の親族は皆、単にくだらないゴシップにうんざりしたという理由だけで、辺境の地に移り住んだわけではない。親族同士の住まう距離が近いと、何故か紫色の花が咲く確率が高まるんだ」


 何代か前の当主は言い伝えを信じずに、親族を近い場所に住まわせていた時期があったようだ。

 しかし、ある時から紫色の花が咲き、偶然とは思えないタイミングで訃報が相次いでしまった事で、言い伝えの信憑性が高まり、皆元の離れ離れの生活に戻った。


「これが……その言い伝えの花、ですか? 」

「そうだ」


 そんな話は初耳だ。

 記録だって残されていなかった筈だ。

 意図的に隠していたのだろうか。

 また、お母様の葬式を最後に親族の集まりが途絶えたのは、言い伝えにある花が咲いた事が原因で、お父様が当主として注意喚起をしていたからだった。

 お父様が初めて紫色の花を目にしたのは、遠征中に医療班を手伝っていた頃で、初めは見知らぬ土地に咲く珍しい花だと、気に留めていなかったようだ。


「人員不足で前線から医療班に回った際、私が手当を施した仲間の回復が異様に早かった。それで、少しずつ違和感を覚えるようになったんだ」

「……手当の際、何か特別なことをしましたか? 」

「いいや、強いて言えば傷の回復を願っただけだ。奇跡を何度も目の当たりにする内に、特別な能力が自分に備わっていると気付いた。神の祝福だ先祖の力だと、舞い上がっていた当時の自分が今でも憎い」

「憎い……?」

「帝都に帰還後、陛下に能力を報告して、莫大な富を手に入れた。だが同時に、お前の母親が命を落とした事で、言い伝えを思い出して愕然とした」

「まさか、言い伝え通りだと思っているんですか? 」

「そうだ。これは祝福なんかじゃない。呪われた能力だ。能力を使用し過ぎた所為でお前の母親は……っ」


 言いかけたまま、お父様は無言で俯く。

 その様子を静かに眺めながら、マゼランから話を聞いていたからか、取り乱すこと無く冷静に話の内容を振り返る。

 お母様の死と、お父様の功績が重なったのは全くの偶然で、言い伝えにある ” 死 ” とは、自身の払う代償を指している可能性が高い。

 また、紫色の花が咲く原理については、煙の色と魔力に何かしらの関係性があると推測できるが、その辺はマゼランに聞いてみないと分からない。

 現時点でハッキリしてるのは、言い伝えの一部を誤って解釈していることだ。


「幼いお前から母親を奪って、本当にすまない……」


 しかし、事実を伝えようにも証拠が無い。

 資料も無ければ、家門に記録も残されていない。

 勘違いをしている様子から、お父様はきっと魔力に関する知識も無く、自然に能力を使用できただけで、マゼランと対話したことがなさそうだ。

 仮に夢の話を伝えても、信じて貰えるとも思えない。

 そもそも、私もマゼランとの再会方法が分からない以上、掘り下げて聞かれても困る。


「その……不思議な力を使ってから、体に異変はありませんでしたか? 」

「さぁな。何しろあの時は色々重なったからな」

「少しでも良いので、気付いたことはありませんか? 」

「こんな父親でも、心配してくれるのだな……」


 少なからず心配をしていても、それはお父様が今感じている内容とは全く違う。

 訂正しようにも、美化された言葉を勘違いだと遠回しに伝えたところで、また勘違いが繰り返される。

 今更、関係を改善したいと思っていないので、質問を諦めて話が終わるまで口を閉じた。

 お父様は一方的に喋り続けた後、今後は力を必要以上に使うなという忠告を最後に、ようやく長い話し合いの席から解放された。

 執務室を出て階段の方まで歩いていると、背後の足音に気付いて後ろ振り返れば、いつの間にか執事長が付き添うように立っていて、眉間に皺を寄せた。

 用件を尋ねると、単に部屋へ見送ろうとしただけのようで、その行動に心がざわつく。


「…………今まで通り、一人で自室に戻れるから、付いて来なくていい」

「かしこまりました……あの、お嬢様」

「何? 」

「今まで本当に、申し訳ございませんでした。旦那様も、オルカお嬢様の事で心を痛めております。出過ぎた真似だと承知の上で申し上げますが、もう一度だけ、旦那様に歩み寄るチャンスを頂けないでしょうか? 」


 執事長の謝罪は、私を裏切った元専属護衛の独りよがりな謝罪を連想させた。

 明確な理由も伝えず、被害者面をしながら謝罪したって、結局は自身の抱える罪悪感を軽減させようとする行為に過ぎない。

 その上、自身と合わせて他の誰かの過ちも赦して欲しいだなんて、どうしてそんな残酷な言葉を簡単に口に出来るのだろうか。


「……治療が遅れた負傷者によっては、今後の生活に支障が出る程の後遺症が残る場合があるそうよ」

「はい? 」

「軽度の痺れから歩行が困難になるまで、様々な後遺症があるみたい」

「……」

「私には、どんな後遺症が残ると思う? 」

「…………誠に、申し訳ございませんでした」


 彼等を許せない私の心が狭いのだろうか。

 頭を下げたまま謝罪の言葉を述べる執事長を置いて、そのまま真っすぐに自室へと戻った。

 朝から問題が続きで疲れてしまい、ベッドに倒れ込む。

 不意に、自室と直結しているドレスルームの扉が視界の端に映って、服や小物を新しく買い揃えてくれた話を思い出しながら、確認しようと中を覗いて目を見開いた。


「これ……全部……? 」


 何十着ものドレスと何十足もの靴が収納できる、広いドレスルームの中には、町で流行っているであろう華やかで色とりどりの新しい服でいっぱいになっていた。

 手前に置かれた未開封の箱を開けると、いつもショーウィンドーでしか見たことない可愛い靴が入っていて、別の箱には鞄や髪飾り、アクセサリーまで揃っている。

 洒落た帽子を恐る恐る指先で突くと、少し触れただけでも伝わる触り心地の良さに驚いた。


「……っ……」


 憧れていた物を買い揃えて貰えた嬉しさより、やっぱり悔しくて悲しい気持ちに襲われる。

 今更関心があるフリをされると、無関心だった頃よりも辛くて苦しい。

 少しでも喜びを感じると、地下牢の光景がフラッシュバックして、背中を丸めてその場に蹲る。


「……っ……ぅ……っ」


 原因が多すぎて、訳が分からずに涙がポロポロと零れる内に、息が詰まって上手く呼吸が出来なる。

 ドレスルームの前で侍女が静かに立っていたことに気付いたけれど、深呼吸じゃ到底今の感情を抑えられない。

 一度流れた涙は、簡単に止まることはなかった。


※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

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