~はじまり~
【修正版】
婚約者にエスコートを断られた。
でも、それは今夜に限った話ではない。
一人でパーティー会場の廊下を進んでいると、脇に立っていた他の参加者から好奇の目を向けられる。
気の所為か、いつもより視線が鋭く冷ややかだ。
私は気が強い方でもなければ、周囲を気にしない性格というわけでもない、むしろ真逆だ。
知らぬ間に、身に覚えのない悪い噂がまた増えたか。
今度はどんな行動が彼等の癪に障ったのだろうか。
そんな心配が頭の中でグルグル回って、平静を装った仮面の下で、不安を抱きながら歩みを速めた。
好奇の目に晒され、単身でパーティーに参加するのは毎度のことだ。
ただ、この日は何だか妙な胸騒ぎを感じていた。
そして胸騒ぎは的中し、会場入りして早々、予想だにしなかった出来事に見舞われる。
「オルカ・マゼラン! エイリーン・ケイプ侯爵令嬢に嫉妬し、度を越した嫌がらせにより、今日を以て貴様との婚約は破棄させてもらう! 」
会場のメインホールに入るや否や、大勢の参加者が集まる場で、私の婚約者である皇太子殿下から、婚約破棄を言い渡される。
傍らにはエイリーンがピッタリと殿下にくっつき、不安そうな表情でこちらをジッと見つめていた。
彼女は幼い頃から一緒に育った幼馴染であり、弱音を唯一零せる人物だ。
根も葉もない噂で周囲から孤立した私に、エイリーンだけは流されず、味方でいてくれた大事な友人だった。
「オルカ……どうして毒なんて……」
「エイリーン嬢、私が付いている。怖がることはない」
そんなエイリーンの様子を眺めながら首を傾げる。
たった一人の友人に嫌がらせとは、何の話だ。
知らぬ間に流れた噂のように、何か誤解をさせてしまったのだろうかと自分の行動を振り返っても、思い当たる節はなく、そもそも顔を合わせるのは久しぶりだ。
同じパーティーに参加するのに、婚約者が堂々と別の女性をエスコートして、自分が蔑ろにされても、嫌な顔を見せたことはない。
屋敷に迎えに来た時も、政略結婚だからと、気にしないように二人を笑顔で送り出した。
寂しさや悔しさはあっても、自信の無さから自分に魅力が無い所為だと諦めて、文句を口にしたことは無い。
今までだって二人の顔色を常に伺っていた。
それのどこに嫌がらせがあったというのだろうか。
「また、マゼラン侯爵令嬢が……」
「酷いわね……」
「やっぱりアレの血が流れてるから……」
会場中がざわつく。
囲うように集まっていた見物人は、妙に納得したような反応をしながら私を睨みつけていた。
” やっぱり ”だの、” やると思った ”だの、一体何を知ってそんなことを言っているのか理解できない。
だけど、敵だらけの空間で反論する勇気がない。
成人式と結婚式を翌年に控えている為、最近では妃教育の最終確認で本当に忙しかった。
嫌がらせなんて考える時間はない。
多忙で自分のこともおろそかになっていた。
仮に殿下がそんな私のスケジュールを把握していなかったとしても、王宮で授業を受けているのだから、講師を始めとする多くの目撃者も居る。
後日、確認すれば証言してくれる筈だ。
後ろめたいことは一切ないのだから、軽蔑と怒りに満ちた眼差しを向けられる筋合いはない。
そう思う反面、自信の無さから” 何故 ? どうして ?これは一体どういうこと ? ” と、頭の中では混乱してしまい、動揺を悟られまいと扇子で顔を隠す。
「恐れながら、身に覚えがございません。度を越した嫌がらせなど、して……」
「ええい! 見苦しいぞ! 貴様がエイリーン嬢に毒を盛ろうとしていた事は既に調査済みだ! エスコートを断られた腹いせに毒を盛ったのだな! 」
「そのようなことはしておりません。第一、私は会場に到着したばかりです。いつケイプ侯爵令嬢に毒を盛ったというのです?」
「白を切る気だな? おい、奴を連れて来い」
一度は怒声で言葉を遮られてしまったが、ここで怯んではダメだと、疑惑をキッパリ否定した。
だって本当に何もしてない。
全くもって何を言われているのか理解できない。
使用人達も遠くで立ち止まり、こちらの様子を伺いながらオロオロと落ち着きない様子で立っていた。
演奏者は楽器を置き、パーティーどころではない騒ぎで話し合う様子を視界の端で捉えつつ、唯一の友人も私にかけられた疑いに反論する様子がなかった。
そもそも疑いをかけた張本人なのか、それとも殿下が一人で勘違いをしているかさえ分からなかったので、思い切って質問を投げ掛けた。
「エイリーン、貴女も私を疑っているの?」
「黙れ! エイリーン嬢は心に深い傷を負っているというのに、無実を訴えてこの状況から助けて貰おうとでも思っているのか? 」
「いいえ、ただ私は……」
「マゼラン侯爵に使いを出せ! 事情を説明し、直ちに来いと伝えろ!」
殿下の言葉で、兵の何人かが外へ走って出て行く。
エイリーンは質問に答えてはくれなかったけれど、視線を伏せたことで、疑いを肯定的に捉えているのだと理解した。
同時に、会場に到着してから廊下に居た他の参加者の視線は、これだったのかということも理解して目眩を覚える。
否定してくれる人が誰も居ないのだ。
潔白を証明しなければならないと頭で分かっても、責め立てるような視線に囲まれている状況では、立っているだけで精一杯だった。
周囲から常に噂されても、嫌われても、エイリーンだけは孤独だった私に寄り添ってくれた大事な友人なのに、毒殺しようなんて思う筈がない。
……確かに殿下の言う通り、エスコートを断られたことでマゼラン家と婚約者である私の面子を潰されたのは、不愉快に感じていた。
婚約期間中から袖にされて、何も感じないわけがない。
結婚生活に日々不安を感じているのは事実だ。
今回のように婚約者に悪びれる様子も無く、毎回エイリーンをパートナーに誘うことや、デートでさえ三人で出掛けていたことも不満に感じていた。
その度に道化にされた気分だったからだ。
エイリーンもまた、相手がいくら殿下だからって、毎回快く誘いを受け入れる姿勢にも不満を感じていた。
けど、弱音を零せても、気楽に我儘をぶつけるられる相手ではなかったので、いつも我慢していた。
殿下が私にだけ向ける素っ気ない態度も、それで周りから白い目で見られて惨めな思いをしても、抗議するどころか嫌な顔一つ見せたことはなかった。
私達の結婚は、戦場で功績を認められたお父様が皇室から頂いた褒美の一つだ。
自分の感情を優先するには代償が大きすぎる。
だから負い目を感じて、全て我慢しようと決心した。
ゴシップ好きな輩の餌食になるまいと、今日だってパーティーの主催者に挨拶をしたら、すぐに帰ろうと思っていたのに、何故こんなことになったのだろうか。
震えそうな手に力を込めて立つ。
私は何もしてない、無実だ。
そこへ、見たことも無い使用人の男性が、兵に両脇から抱えられた状態で連れて来られる。
跪く男性と、私を犯人だと決めつける殿下の自信あり気な態度に、最悪な可能性が頭を過った。
自分の憶測が間違っていると思いたいのに、エイリーンに視線を戻すと、先程までの不安そうな表情はなく、優越感に浸るような笑みを浮かべていた。
その瞬間、裏切られ、罠に嵌められたのだと理解するのと同時に、抵抗しても無駄だと悟ってしまった。
そんな筈はないと否定したいのに。
唯一、弱音を零せる相手だと思っていたのに。
受けてきた仕打ちに不信感を感じて、無視していた感情が “ ほらね? “ と嘲笑っているようだった。
「おい、貴様! 取り調べで薄情したことをこの場でもう一度、申してみよ! 」
「わ、私は、オルカお嬢様に、ケイプ侯爵令嬢に毒の入ったグラスを渡すよう指示されました! 私は指示に従っただけです! どうかお助け下さい! 」
「だ、そうだ。オルカ嬢、これでも白を通す気か? 」
「……」
沈黙を肯定と判断した殿下は、その後も身に覚えのない罪について、つらつらと言葉を並べていた。
ただ、恐怖と絶望感で頭が真っ白になって、声を発することも出来なかっただけなのに、擁護してくれる人は誰もいなかった。
そればかりか感化されたように、周囲に集まっていたパーティーの参加者からも罵詈雑言が飛び交い、はしたない言葉まで浴びせられた。
私はすぐに警備兵に取り押さえられ、落とした扇子を誰かが踏みつける様子を静かに眺めながら、無抵抗で地下牢に連行される。
++
「抵抗しない潔さは認めるが、嫉妬のあまり毒殺を考えるとは、噂通り恐ろしい女だ」
薄暗く湿った狭い牢屋の中に押し込まれ、扉を閉める重い音と、吐き捨てるような兵の言葉を背中越しに聞きながら立ち尽くす。
陽の光が届かない肌寒い地下牢では、廊下にある松明の炎だけが唯一の灯りだった。
湿気か、それとも排水管から漏れているのか。
床の所々に水溜りが出来て、悪臭を放っている。
不名誉な理由で拘置された場所は、フロア全体が不快極まりない空間だった。
……沈黙したのは肯定したわけじゃない。
認めたくなかったが、罠に嵌められて自分だけの力ではどうにも出来ないと悟ったからだ。
付きまとう噂の所為で社交界では孤立して、屋敷の人間にさえ、普段から私の言葉に耳を傾ける人がいない。
そんな自分が、怒りで興奮した人間に無実を訴えたところで、話を聞いてくれるとは思えなかった。
往生際の悪い考えだと分かっていても、今まで心の支えになっていたエイリーンが、何かの間違いだと声を上げて助けに来てくれると信じたかった。
けれど、初めて見たあのおぞましい優越感に浸る笑顔を思い出して、今まで気にしないようにしていた違和感が次々に頭の中に浮かぶ。
思い返せば誰かと仲良くすると、エイリーンは必要以上に関係を切れと詰め寄って来た。
老若男女問わず、私に近付いた者を毛嫌いして、エイリーンのアプローチに応じなかった人は知らせも無く、いつの間にか姿を消した。
「孤立……させようとしたの……? 本当はエイリーンも、私を嫌いだったのね……」
殿下と会う時は、いつもエイリーンも参加していた。
二人は友人同士だと言い張って浮気を否定していたが、わざと目を逸らしていた事実と改めて向き合えば、明らかに二人の行動は親密過ぎて変だ。
それに、政略結婚だと割り切っていたけど、婚約者は明らかに自分に興味が無く、エイリーンに心を寄せていることは随分前から気付いていた。
殿下を慕っているわけではないけど、誠意の欠片もない分かりやすい態度が悔しくて、本当は腹立たしかった。
仮に殿下に下心があっても、エイリーンには無いと思っていたのに、今回の騒動で私は思い違いをしていたのだと結論付けて胸が苦しくなる。
彼女は、初めから婚約者の座を狙っていたのだろうか。
「エイリーン……」
本音を話せる唯一の友人が、殿下と結ばれたいが為に自分を罠に嵌めたなんて考えたくない。
私が孤立するよう仕向けていたなんて思いたくない。
過保護な程に心配してくれていた友人を信じたい。
信じる相手を間違えていたなんて思いたくない。
頭では答えが出ているのに、心では諦められずにいると、地下牢に誰かが足を踏み入れる音が響く。
兵とは違う軽い足音は、牢屋から少し離れた場所で止まると、間を置かずに聞きなれた声で名前を呼ばれる。
「オルカ? 」
「エイリーン…… !」
「こんな汚くて暗い場所に閉じ込められちゃって、可哀想だね、オルカ」
「エイリーン! 私、毒なんて知らない! 貴女にそんなことする筈ないもの! 」
「……」
「どうして黙ってるの? 信じてくれないの? ねぇ……」
灯りを手に持ったエイリーンが、牢屋のすぐ傍まで近付いてきたことで表情がハッキリ見えて身体を強張らせる。
会場で見た、あの優越感に浸る笑顔だ。
恐ろしさのあまり、言葉を言いかけて口を閉じる。
上機嫌な彼女は、牢屋の中の私を観察した後、考えるような素振りをしながら何かをブツブツと呟き始めた。
「邪魔者は消えたけど、どうしよっかなー……う〜ん」
「え……」
「場所は……ふふ、何処にしようかな~?ふふふ ♪やっぱり綺麗な所が良いし~」
「然るべき書類さえ準備してくれればいつだって解消するのに……本当は私をずっと邪魔だと思ってたのね」
「書類? あー……ふふふ、どうしてそう思うの? 」
「エイリーンも本当は、殿下を友人だと思ってなかったのね…殿下をお慕いしてたんでしょ……?」
「ん~? ふふ、何にも気付かない可哀想なオルカ♪ 誰にも信じて貰えない可哀想なオルカ〜♪」
「変な歌うたわないでよ……っ」
「またね、オルカ。こっそり来たからもう戻るよ」
「……っ」
信じたかった相手は何一つ質問に答えてはくれず、助けてくれる様子もなかった。
やっぱり自分は邪魔だったのか。
私が好いていただけで本当はエイリーンにまで嫌われていたと思うと、虚しさが込み上がる。
遠くで扉を開閉する音が響いて、地下牢は静寂に包まれた。
” 横柄な態度 ”
” 冷淡な表情 ”
” 贅沢三昧な暮らしを送っている ”
囁かれた悪評はどれも身に覚えがなかった。
横柄な態度や冷淡な表情と言われても、マナー教育で学んだ通り理性的に行動してるだけで、必要以上に相手の間違いを責めたことなんて一度も無い。
贅沢をして遊ぶ程の時間もない。
公の場に出る際、殿下の婚約者に恥じぬよう、ドレスやアクセサリーを購入しても、あくまで行事に必要な出費であって、贅沢三昧とは程遠いものだ。
そもそも普段は自分で買い物をしていなかった。
それでも誰かに怒りをぶつけず、言動に気を付けながら日々の噂に大人しく耐えてきた。
「本当はエイリーンにまで嫌われてたのね……」
時折、過保護なまでに自分に向けていた優しい言動は、嘘だったのだろうか。
今までのことを思い出しながら、憶測は間違いではなかったと、深い悲しみと寂しさで胸が苦しくなった。
ーー投獄されてから数時間後。
複数人の足音が地下牢に響き渡る。
現れたのは数人の兵とお父様を連れた殿下だ。
パーティー会場で私に言った身に覚えのない罪状を並べ立て、改めて婚約破棄の意思を伝えられた。
端からお父様は私の話を聞く気はないようで、疑惑について尋ねられることもなく、会場で聞いたような罵詈雑言を浴びせられ、その場で勘当を言い渡された。
幼い頃から構って貰えた記憶は少なかった。
それでも実の父親からの言葉に、心臓を抉られたような痛みと悲しみ、そして寂しさに襲われる。
激昂したお父様は散々怒鳴り散らした後、踵を返してすぐに立ち去った。
「勘当を言い渡されても、返事をしないとはな」
「……」
「貴様のような冷淡な女は他に見たことがない。毒に手を出したことも、隠す為の偽装工作を図るその姑息な手口も、全てが不愉快だ」
「……そうですか」
「ようやく出た言葉がそれか。政治的な婚約だったとは言え、涙を一滴も流さん……」
殿下は急に押し黙り、他に来ていた兵と共に、地下牢からそのまま出て行く。
誰も居なくなった空間で、涙が頬を伝う。
薄情だと責め立てたかったのだろうか。
ならば政略結婚であろうと婚約者に対する不誠実な言動はどうなんだ、会場で感情任せに騒げというのか、お父様に反論して情けない姿を晒せというのか。
頭ではお父様に対する悲しみや会場で感じた悔しさ、殿下への憎しみがグルグルと渦巻いているのに、一つも口をついて出ることはなかった。
今までの努力が水の泡になるなんて悔しい。
悲しくて、虚しい。
将来に不安を覚えながら、声を殺して涙を流し続けた。
陽の光が届かない地下牢で、どれくらい経過したか。
何度か食事が運ばれても、悪臭と精神的なショックで水も喉を通らなかった。
エイリーンが心配した様子で何度か殿下を連れて見に来ていたけれど、今更無実を訴える気力もない。
話しかけられても答えることもなかった。
憂鬱な日々を静かに過ごしながら、一生を牢屋の中で過ごすのだろうかと考えていたある日、いつもとは違う、一人分の足音が地下牢の中に響く。
現れたのは私の専属護衛、ミライド卿だ。
お父様は後見人になってから、まるで本当の娘がエイリーンだったかのように彼女を大切にする一方で、私は忘れ去られたように冷たくあしらわれてきた。
だから、私の話に耳を傾けず勘当したことも、会場で見知らぬ使用人の男性を見た時から全てを悟っていた分、寂しさはあってもそこまで驚きはしない。
しかし、ミライド卿が来たということは、お父様は私を忘れたわけでも見捨てたわけでもないかもしれないと、驚きと共に微かな希望と嬉しさが込み上がる。
期待を胸に鉄格子の方を見つめたが、ミライド卿は牢屋の前で片膝をついた後、静かに頭を下げた。
「どうか、お許し下さい。オルカお嬢様」
「……え?」
専属護衛の口から紡がれた言葉は、期待した内容と全く違うものだった。
ミライド卿は牢屋から出してくれるわけでも、お父様から言付けを頼まれたわけでもない。
彼が来た目的は、濡れ衣を着せたことによる懺悔だ。
計画は勘当を言い渡したお父様も把握していて、何なら協力者の可能性もあったようだ。
殿下も薄々その事実に気付いていながら、私を責め立てたことや、主犯格はエイリーンで、ミライド卿は知っていることや罪を告白する為に来ただけだった。
そして、仕える主人を裏切った罪悪感に耐え切れず、独りよがりな謝罪を始めた。
何かを一生懸命伝えようとしていたが、私は途中から意識が遠のき、深い深い夢の中へと落ちた。
次に目覚めた場所は、薄暗い地下牢ではなかった。
温かいベッドで寝かされていたらしく、不快な悪臭もない清潔な場所に移動していた。
顔を横に向けると、閉められたカーテンの隙間から漏れる陽の光が見えて、目が陽の光りに弱い分、その微かな明るささえも眩しくて目がチカチカする。
ここは、一体どこだろうか。
初めて見る部屋は、地下牢と比べものにならない清潔な場所だった。
「ぅ……ぁ……」
絶望の淵に立たされ、幻が見えてるだけなのだろうか。
喉が酷く乾燥して上手く声を出せなかったけれど、すぐにそんなことはどうでもよく思えた。
だらだらと布団の中で丸まり、誰かが部屋に入る音が聞こえても、話しかけられても、反応をしない。
水の中に居るように、聞こえる音も、視界もぼやけて、起きたばかりだというのに瞼が段々と重くなる。
そのまま眠り、次に目覚めると、またあの地下牢で横になっていた。
今までの努力や理不尽な仕打ちに対して、悔しさが込み上がったものの、次第に全てがどうでもよく思えた。
何の気力も湧かず、屋敷で過ごしていた頃の記憶を思い出しては、また見知らぬ部屋の一室で目を覚まして、また地下牢に戻る。
段々と夢と過去の区別が付かなくなっても、感覚が徐々に失われても、地下牢に囚われた私にとっては、もはや全てどうでもよかった。
※修正箇所※
字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。