表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元禿の下級妃、花の園と言われる後宮で花の手入れを行います  作者: 猫石
後宮入りさせられました! この野郎!
7/10

下級妃お披露目(くっそ悪趣味! ありえない!)

「うわ、くっそ趣味悪っ!」

 と、言葉を乱して私が毒ついたのは、入内の翌日で宴の前日……つまり昨日の事である。

 『くそ趣味が悪い』の言葉の先には『夏椿の宮』から届けられた、明日お宴で身に着けるようにと言うお言葉と一緒に届いた行李の中の衣がある。

 届けてくれた宦官の話では、なんでも新入りの妃には、四季を司る上級妃が『華祥の宴』に身に着ける衣装や装飾品を一つずつ贈るという慣例があるらしく、その言葉の通り、各宮よりそれぞれ行李や宝飾品を入れる箱が届けられたのだが、その中の一つが、とんでもなく悪意全開のひどい有様だったのだ。

 いや、品質は良い。さすがは上級比の贈り物である。意地と見栄、そして心意気の張り合いで成り立つ花街でも最高級妓女にしか身につけられないような最高級品だ。

 しかしそれはもう、趣味が悪いのだ。

 届けてくれ、一緒に中身を確認してくれた宦官も、言葉を失い、呆気にとられていた私の様子に傷ついて言葉も出せないと勘違いしたのだろう、慰めにもならない説明をしてくれた。

 何でも、通常であれば入する妃は皆、縁故があろうとなかろうと、どこかしらの季節の宮に入るため、新入りを受け入れた上級妃(の後ろ盾)に忖度しながらも、己が存在を誇示し、互いに牽制するように、それはそれは最高級の美しい衣や宝飾品を送りつける物らしい。

 だが、表向きの実家は所詮地方官吏であるため何の抑止力も発言力もなく、さらに残念ながら私は季節の宮ではなく、新設の小さな宮に居を構えた。

 つまり、守ってくれる実家も上級妃も、何の後ろ盾もない状態なのだ。

 だから気兼ねなく皆、気持ちのままに()()()()()()()()のだろう。

 それを聞き、改めて衣を見た私は、明日の自分の滑稽な姿を楽しみにしているであろう人物を想像し、溜息をついた。

(天上の花園も、幻想の花街も、やってることは大差ない。低俗だわ……)

 肩を竦め、侍女たちによって出され、皺を伸ばすように着物掛けに広げられた衣をみる。

 夏の妃の色である鮮やかな真紅を地に、鳳凰の大きな意匠が()()()()黒色の糸で7つも刺繍されている。

 これを着こなすのは至難の業だ。

 加えて『春桃の宮』からは鹿の角を軸に紅水晶の花飾りのついた笄と簪。『秋椛の宮』からは衣装の下につける鮮やかな紅の裳。『冬柊の宮』からは澄んだ水晶を連ねらた首飾りと耳飾りが届けられている。これを全部同時に身につけねばならないのだ。

 どれもこれも最上級品なだけに余計に始末が悪い。

 深窓の令嬢であれば、どうしていいものか悩み、そのまま身に着けて宴で笑われ、心が折れて引きこもってしまう、なんて落ちもありそうだが、そこは妓女上がりの私。

(こんな低俗な虐めに負けるわけないんだな)

 翌日。

 鹿角と紅水晶の髪飾りと水晶の首飾りをうまく使って髪を飾り、裳は婚礼道具の薄く向こうが透けて見える黒の紗を上に重ねで腰に巻き、最も趣味の悪い衣を身に纏うと、慶事の際に使用する黒の領巾(ひれ)を肩にかけ、偽実家から持ってきた飾りをつけた私は、堂々と主上様の前に出たのだ。

 そんな私の姿にわずかに目元を広げた主上様は、面白そうに笑って私を見た。

「コウシュン、よく来てくれた。噂に違わぬ愛らしさだな。その子蟲に見える奇抜な衣もよく似合っているぞ。確か夏の宮からのものだったか」

「ありがたきお言葉にございます。主上様のおっしゃる通り、夏の宮より下賜していただきました。私のような下賤な子蟲に対し、このように艶やかな子蟲に相応しいお召し物をいただきまして、嬉しく存じます」

 お褒めの言葉に頭を下げ口上を述べながら周囲を見ると、悔しそうに顔をしかめる夏の下級・中級妃たちと、泣き出しそうに目元を歪め、扇で顔を隠した上級妃が見えた。

(なるほど……あそこはそういう力関係か)

 大きな袖でほくそ笑む顔を隠す私に、主上様は高らかに声を上げた。

「コウシュン。その豪胆さと愛らしさに相応しい名を授けよう。その天道虫の如く天に向かって歩む姿を余は大変に好む。よって、その心意気と衣にちなみ、お前には『紅娘(ホンニャン)』の名を授けよう」

 その言葉に、会場はどよめき、笑いを堪えるもの、堪えられない者、深読みをしてか顔を顰めるもの、表情を変えない者。様々な様相を呈した。

(紅娘……って、天道虫ってつけたいだけじゃない!)

 流石の私も吃驚して表情を出さぬまま顔を上げると、目の前の主上様は、さも面白そうに笑っているのが見えた。

(分かっててこんな愛称をつけたんだ! 面白がっているようにしか見えない! このお方、かなり質が悪い!)

 などとは天上に住まう御方相手に嫁いだとはいえ、いくらムカついたとしても決していう事が出来ないため、私は渾身の力を振り絞り、一段と愛らしく見えるよう微笑み、頭を下げた。

「花の園にありながら、天の道に通じる特別なお名前を賜りましたこと、大変ありがたく存じます」

「ほぅ、誠に豪胆だな。気に入った!」

 礼をとった私に、主上様はぽんと膝を打つと、己が腰に下げていた翡翠の玉飾りを手に取り、側近を通じてそれを私に下げ渡した。

「ホンニャンよ。心して()()()()()()()()

「ありがたく拝命いたします」

 この日から、私は、花の園の蟲媛と揶揄れることになるのだが、そんなのは妓女同士のいざこざに比べたらなんてことはない。

 が、もちろん腹が立つので別者として考えられるはずもない。

 各宮から届けられた、悪意ある茶会への紹介の木札をバキバキとへし折りながら、私はこぶしを握り締めた。

「上等だ! この喧嘩、全部買ってやる!」

お読みいただきありがとうございます。

気合のもとになりますので、いいね、評価、ブックマーク等、していただけると大変に嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ