茶と箪笥(腹の探り合いともいう!)
「やぁ、来たね、コウシュン」
「タンラン様」
「まぁまぁ、頭をあげて。ほら、ここ」
この部屋の最も身分が高い方が座るために用意された長椅子に座ると、その隣をぽんぽんと叩きながら、立礼したままの私に声をかける。
そこに座れ、という意味なのだろうと頭をあげると失礼にならぬよう静かに移動し、そっと座る。
「もともと美しかったが、今日は一段と美しいな、コウシュン」
「お褒めのお言葉を頂き光栄です。」
にこりと笑う。
「イチモツをお持ちですのに、よく後宮にお越しになられましたね。タンラン様」
少々の皮肉を込めてそういえば。
「私は主上様の可愛い甥なのだし、君の飼い主だからね。お目こぼしを頂いているんだ。」
と返してきた男は、美しくまとめたぐるりと室内を見回し、私を見た。
「それよりコウシュン。こちらの宮は気に入ったかな? 小さいけれどなかなかの作りだろう? 調度も、お前が好きそうな物を集めたのだけれど」
確かに私に与えられたこの宮は、ここに来るさいに説明のために案内された他の宮(の外壁)より柱や建具に塗られた塗料の色彩は淡い色合いで華やかでありながら落ち着いていて、装飾も華美ではない。
内装や用意された調度品もそれに合わせられ、全体に整えられている。
この宮の建築に携わった者は洒落者なのだろう。
ただ残念なことに、全体的に暗めで簡素を好む私の趣味から遠くかけ離れたいるのだが、これに関しては思い当たる節があった。
(……姐さん、まだ誤解したままなのだわ)
姐さんの中では、私はまだまだ可愛い禿のままなのだろう。まぁ、宮廷側が用意してくれた設えに私のような出自の者が異を唱えるわけにはいかないので、笑顔のまま静かに頭を下げる。
「はい。私のようなもののために、このように素晴らしい宮を用意して頂きましたこと、心より感謝申し上げます」
そういえば、タンラン様はふはっと吹き出した。
「心がこもってないな。お前はすぐに顔に出る。知っているぞ、お前は簡素で暗めのものが好きなのだろう? だが甘んじて受けてくれ、これがいいと選んだ者がいる」
あぁやはりと思いながら、私はもう一度頭を下げた。
「私には過ぎた物ばかりで、感謝しかありません。……表情に関しましては、タンラン様と、連れてきた侍女下女達の前だけですのでご容赦を」
「あぁ、ぜひ、そうしてくれ」
「心得ました」
彼はくつくつと肩を震わせ面白そうに笑いながら小さく手を上げる。すると、先程彼が出てきたのと同じ衝立のその奥から、1人の男性が現れた。
「茶を入れてくれ」
「かしこまりました」
タンラン様の言葉を受け、静かに頭を下げた、背が高くひょろりとした体躯の男に、私は言う。
「タンラン様の茶器ならそちらに運び込みました。鍵はこちらに」
「有難く」
今回持ち込まれた持ち物の中でも一等豪華な作りの箪笥を指さし、首から提げた鍵を取り出して渡すと、それを受け取った男は頭を下げてから箪笥の鍵を開け、中から茶器を取りだし、炭に火を入れ湯を沸かし、黙々と茶を入れ始めた。
「随分と器用でいらっしゃるのね」
「タンラン様をお守りするのが仕事ですから」
そういって丁寧に茶を淹れた男が出したお茶を飲んだタンラン様は、穏やかに頬を緩ませる。
「ふむ、やはり上手いな」
「よろしゅうございました」
わずかに口元を緩ませた背の高い男は、そのままタンラン様の背後に立つ。
彼はタンラン様の茶入れ要員ではなく、護衛だと聞いているけれど、高貴な方は口に入れるものすべてに気を付けているのだろう。
彼の淹れた茶を口にしながらそう考えていると、タンラン様と目が合った。
「今後はお前も気を付けるように」
その言葉に、私は首を傾げる。
「……また表情に出ておりましたか?」
「いや、茶を飲む前にじっと見ていたからな。そのように考えているだろうと思っただけだ。ここは後宮だ。毒見役も用意しているが、今後は口にするものすべてに気をつけろ」
「畏まりました」
頷き、それから茶を飲み干した私を、タンラン様はじっと見て、それから言った。
「これはあれの鍵だ。慣例では、明日の宴の後から茶会の誘いが各宮から届くよ。籠の扉は開けておいてやる、上手く手入れしておくれ」
タンラン様は、己が懐から出した紐のついた鍵で、今回持ち込まれたものではない、この部屋の設えに馴染んで目立たない箪笥を一つ指し示した。
「かしこまりました、旦那様」
丁寧に頭を下げ鍵を受け取る。
小さい癖に重い鍵に、タンラン様と初めてあった日のことを思い出した。
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