策を練る(よく考えたら国家反逆罪!?)
翌日から、私は下級妃になる為の訓練を、六人の少女は侍女として恥ずかしくない所作や立ち振る舞い、教養、そして私相手に高貴な人の世話の仕方を、睡眠時間以外の全てで叩き込まれる日々が始まった。
とはいえ、高級妓楼で幼い頃から躾けられていた私は、宮廷での礼儀作法以外は逆に教師を遣り込めることもあり、早々に『お世話される者』という役しかなくなくなった。
一方、たどたどしい手つきで私の世話をし、失敗すれば躾用の鞭で容赦なく打たれる少女達はいっそ哀れで、食事や茶会の作法を学ぶ場で出される菓子の余りを渡し、労い、教育係がいないときに、こっそり所作や衣の付け方などを教え練習させてやった。
生活が落ち着けば、思案する余裕が出てくる。
考えることは、決して安くはない金を払って買った妓女に手を出すことなくこんな生活をさせ、半年後に後宮に送り出す男の意図。
まぁ、権力と金が欲しいだけなのだろうが、それにしても金がかかりすぎだ。
いったいどんな考えがあるのだろうと思っていたが、それは早々に、私に懐き始めた6人の少女たちから聞くことが出来た。
曰く。
私は、私を身請けした男の娘の身代わりだった。
男の娘――メイ コウシュンは男の庇護欲をそそる、非常に愛らしい顔立ちの少女で、そんな娘を溺愛する男は様々な場において、過去に傾国と呼ばれた美姫達を引き合いに出し、己が娘がいかに愛らしく、賢く、歌は小鳥の如く、舞踏も蝶の様に軽やかだと吹聴して回ったらしい。
しかも噂を広めるだけでなく、娘を決して家から出さず、屋敷で開く酒宴の席にて薄い紗の布を張った衝立や花を配したその奥に娘を座らせ、月あかりの下、風で揺れる木や布のわずかな隙間から垣間見えるようにし、歌を歌わせ、楽器を弾かせた。
憶測であるが、いずれ嫁に行く愛娘がより格式高く裕福な男に嫁げるようにと、親の欲目のままに吹聴し、さらに月下という貴人を美しく見える舞台に瞬きの間にしか見せないことで高嶺の花とした。
妓楼でもよくやる手法である。
男の策は功を奏し、娘は『月下の蝶姫』として名を馳せ、その地方の最高権力者はもちろん、離れた王都の有力貴族からも縁談が届くようになり、やがてその噂は主上様のお耳にまで届いた。
主上様は男に後宮に娘を差し出すよう言った。
男は大変に喜び、それを娘に聞かせ褒め称えたが、娘は悲鳴をあげて、頭を床にたたきつけ、泣き、叫んだ。
それが、男の企みが愛娘によって崩壊したと分かった瞬間だった。
娘は将来を言い交わした男がいたのだ。
父親の目を盗み、愛する男と情を交わした娘は、こともあろうに操をその男に捧げてしまっていたのだ。
男は激怒し、感情のままに娘を折檻し、相手の男とその親を呼び出した。
地方の高級官吏を両親に持ち、自身も官吏であった男は、後宮に出さねばならない娘を傷物にされたことに対して、相手の家が傾けないギリギリの額の金子を慰謝料として出させ、そのかわり溺愛していた娘を押し付けた。
しかしこのままでは主上様に顔向けが出来ないどころか反逆罪として取られかねない。
誰でもいい、後宮に娘を出さなくてはいけない。
男は、ほうぼうの親戚を娘を見繕ったが、男の眼鏡にかなう娘がいない。
万策尽き、困り果てた男は、上官に誘われて寄った花街で、上官が思いを寄せる最高級妓女の後にいた禿が目に入った。
それが私だった、らしい。
そうして慰謝料として巻き上げた金で私を買い、娘の代わりにした輝策を立てたというわけだ。
正直、馬鹿だと思う。
禿を身代わりにしたなんてばれれば、虚偽罪どころか国家反逆罪。男は家族諸共縛り首で、私も、主上様を謀った身分卑しき偽物と殺されるだろう。
(いや。いやいやいやいや!)
私は慌てた。
買われた身とはいえ、死ぬのは嫌だ。
そう思った私が取る手立ては一つ。
先に朝廷の高官に身請けされた姐さんに連絡を取り、助け求める事だった。
御用聞きの男に金になる簪を一つ渡し、姐さんからもらった耳飾りと一緒に手紙を届けてもらった。
そうして姐さんからの連絡を待ったわけなのだが……
「やぁ、来たね、コウシュン」
今日から私が暮らす宮。
数少ない部屋の中、主上様の訪れを待つ寝所に入る。
人払いした室内。
最も奥にある衝立の向こうから、耳に心地の良い低い声が聞こえ、そこから美しい顔をした男が見えたため、私は静かに顔の前で組むと、そのまま頭を下げた。
「お待ちしておりました、タンラン様」
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