輿入れ(人生、何があるかわからない)
イレイシェン国が首都ハヨウレンの大通りに、煌びやかな一行が通り過ぎるのを皆、平伏して待つ。
赤塗りの土台に繊細な彫金が施された金色の飾りが煌びやかに揺れ、屋根先がツンと吊り上がり、四方には鳳凰、応竜、霊亀、風虎の鐘飾りを揺らし、頂きには麒麟が輝く。
それは、王家に連なる高貴な方がそこにいるという証拠で、町を行きかう誰しもが、首を地につけ、通り過ぎるのを待耐えばならない。
「あれは、あれは」
長い長い行列が、その場を通り過ぎ去った後、わらわらと雲の子を散らすように己の場へと戻っていく人たちの中で、ただ一人、伸びきった髪と髭のせいで、顔を識別することができぬ老人が口を開いた。
「恐ろしや、あれは奇なる妃だ」
この日。
主上様が愛する花が、まだに絢爛豪華に咲き誇る美しい花の宮『後宮・四節の苑』に、一人の下級妃が入内した。
彼女の名前はメイ コウシュン。若干十五歳。
そもそも後宮に咲く花の妃には定員がある。
上級妃4名、中級妃8名、下級妃12名。
そして、現在の主上様が持てる妃の席はすでに満席。
にもかかわらず彼女の入内が叶ったのは、地方の上級文官を父に持ち、美しさ、聡明さ、賢さ、貞淑さという世の男性の妻に求められる全てを要素を持ち合わせながら、病弱なために屋敷から一歩も出ることなく、自家で行われる酒宴の席に隠れるように表れないことから『月下の蝶姫』として名を広めたこの令嬢の事が、この国で最も貴い方である『主上様』の耳に入り、それまでは差し出された妃をただ受け入れていただけの主上様が、初めて、自分から願い出たため、というのがその一番の理由だった。
そして今日の善き日、彼女はここへ現れた。
ただ一人の主である主上様のため、色は鮮やかで形も様々な大輪の花たちが、その美と教養を競う女の園に現われた下級妃は、なぜか四つの季節と色を冠した宮ではなく、それらを区切る川の支流となる池の浮島の、小さく輝く金鳳花の花に囲まれた小さな小さな四阿のような庵を与えられて住み着いた。
そんな異例の扱いを受ける、本来であれば気に留める必要もない地方出身の下級妃を、春、夏、秋、冬。すべての宮の女たちは、それぞれ見張るように眺める日々が始まった。
帝の寵愛が移らないように。
帝のお渡りが失敗するように。
一方、全方位から吊り上がった目で見張れる庵の中の少女は、作りこそは頑丈であるが装飾は簡素な、厳重に鍵のかかった箪笥を撫でながら遠い目をして呟いた。
「あ~ぁ、とんだ貧乏くじ、ひいちゃったなぁ……」
と。
新作始めました。
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