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いちまいめ

 青銅の鐘がごおんごおんと天を駆ける。


「なにしてんのさ」

「俺も一つ天国に行きたいもんだと思って鐘を聞いてんだ」


 噛んでいた草をぺっと吐き出して答えてやると、小僧はホウキを放ってケラケラと笑った。


「そいつァご苦労なこった。でもあんちゃんはもちっと働いた方がいんじゃねえのかい」

「生意気な小僧め。誰の口真似だ? ん?」

「そりゃあお節介の()()()だよ」


 何かと世話を焼いてはやれ田んぼを手伝え、やれ屋根を直せとケツを追い回してくる女の名前が耳に入ってうげぇと声が出た。


「今日はひとつ野良仕事でもと思ったが、おたつと聞いちゃそん気が失せる」

「あたいが何だって?」

「げ、おたつ」


 腕組みして睨む勝気な女に一歩二歩と後退り、とうとう門に背が当たる。仕方なく「参った、参った」と笑えば、目の前の女はフンと鼻を鳴らした。


「あんたよく和尚様に世話んなってるだろ。その大恩ある和尚様が腰をいわしてお困りときた」

「気の毒になあ。小僧、和尚様が不自由ないようにな」


 おたつは目の先に回り込んで頬を膨らませてみせた。


「だからあたい、あんたが恩を返せるように気を回してやったんだ」

「カァ、和尚様に迷惑かけて」

「和尚様、そりゃもうお喜びで『なら裏山で栗を拾ってきておくれ』とおっしゃったよ」


 厄介な仕事が片付いたと諸手を挙げる小僧の丸い頭を小突く。


「短気のにいちゃん、山姥がおっかねえからそんなむくれてんだな」

「ちがわい」

「なんだ、怖いってんなら仕方ねえ。あたいが代わりに行ってやるさ」

「怖かねえ」

「んならこれ、和尚様から何かあったらお使いなさいってな」


 おたつが寄越したのは和紙の包みだ。紐を解いてちらと覗けば墨のかおる(ふだ)が幾枚。

 ふん、こんなもん使わなくたって俺ァしっかりやれる。


「日暮れまでにはお帰りよ」

「わかってら」


 小僧とおたつに見せつけるように肩を怒らせ、どすどすと踏み鳴らして門を回る。

 裏山と言っても峠を越えるには苦労する立派な山だ。いがぐりの転がる場所を見つけたのは中天頃だった。


 今年初めての栗のはずが、なんだかついこの間もこうして草をかき分けいがぐりを探したような気分になった。妙なもんだと頭を振って籐の籠にひょいひょい、ひょい。

 籠の八分まで入れたところで子泣き爺でも憑いたようにまぶたが重くなる。

 今日は山を歩いて栗も仰山拾ったんだ。働きすぎだ。空はまだ青々と明るい。

 ちょうどいいや。栗の木に凭れてちと眠ることにしよう。


「……ろう、五郎!」


 揺すられて目を開けるとおたつの顔が青々と映る。ザァと風に木が鳴いた。


「なんでおめえがここにいんだ」

「いつまで経っても下りてこねえから迎えに来てやったのさ」

「ははあ、おたつおめぇ泣いてたな」


 うるさい、さっさと立ちな。

 威勢のいい言葉も俺が心配でここまで来たと思えば可愛いげがある。

 今度はカラスがガァと鳴いた。


「悪かったよ。さ」


 手を握って道を探す。

 だがどうしたわけか来た道は闇に消え、山のざわめきから逃げ歩くうちに俺たちはすっかり迷子になっちまった。


「どうすんのさ」

「どうするったって……」


 と、遠くにぼんやりと灯りが見えた。そのうちどんどん大きくなる。

 どうも寄ってくるらしい。


「人の声がすると思うたら、わけェのが二人もおったわ」


 掲げた提灯に現れたのは爺とも婆ともつかぬしわくちゃの顔だった。声からしてどうも婆らしい。

 腰の曲がらぬ元気な婆は「栗拾いの帰りかね」と籠を見た。


「ここらの山ァダメだ。夜にゃ歩けん。明日の朝までオレん()に泊めてやる」

「どうしたって下りられんか」

「うん。ダメだ」


 そんなら仕方ねえと俺たちは婆さんの家で厄介になることにした。

 ボロ家だが囲炉裏もある。礼に栗を半分やった。雑炊も食わせてくれたんで残りもくれてやった。


 婆さんは火の始末があるってんでおたつと先に床へ入る。


「なあ、あんた山に婆さんが住んでるなんて聞いたか」

「うんにゃ。爺さんも婆さんも聞いたことねえ」

「だよなあ」


 首を傾げて横になる。噛み合わないふすまの隙間からちろちろと漏れる灯以外はまっくらで、一つ空けて寝転がるおたつの顔はぼんやり白く浮かぶばかりで目鼻の所在もわからない。


「そういやあんた、首に提げてる袋にゃ何が……」


 おたつが途中で言いやめたので指された先に目をやる。

 胸元には見慣れない巾着袋がくたりと横たわっていた。


「そりゃおまえ、こん中にゃあ、こりゃあ……」


 これは『おむすびころりん』の時からずっとぶら下がってる収納バッグ!

 畜生、まだ昔話の中か! しかもこれが何の話かさっぱり見当がつかない。


 飛び起きて左腕をふすまにかざせば、そこには確かにラブリーなブレスレットが絡みついていた。

 ハートの飾りは以前見た時よりもピンク色の面積を増やしている。徐々に修復されてるのか?


「それ……」


 ()()()()()が呆然と呟いた。

 痩せぎすな彼女は零れ落ちそうな目を一杯に見開いてブレスレットを指さしている。


「これが見えて――」

「金太郎、じゃない、金太郎の中の人!」


 おたつの中の人物はそう叫ぶと、ハッとして口を覆ったのだった。

お読みいただきありがとうございました!

五郎とおたつの言い回しが様々入り交じったものだったのは……


次話は明日の同時刻(18時)更新となります。

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