9 作戦会議
「ふー、疲れた疲れた」
資料保管室に戻ってきた小林は、缶コーヒーを片手に、よっこいしょとパイプ椅子に座った。
小林の向かいに明智と中村がそれぞれ座った。明智はいちごミルクを、中村はスポーツドリンクをそれぞれ手にしている。
長机には、捜査記録等のファイルのほか、中村が自席から持ってきてくれたお菓子が置かれている。
小林は、缶コーヒーを長机に置くと、二人に話し始めた。
「退庁時間まであと1時間。とりあえず今まで分かったことを整理するか。明智くん、そこのホワイトボードに簡単にまとめてもらってもいいかな?」
「分かりました!」
いちごミルクを机に置いて、明智が部屋の奥に置かれていたホワイトボードを引き出してきた。ファイルも参照しながら、綺麗な字で書き始める。
【今までに分かったこと(推測を含む)】
①3月24日(金)午前0時頃、吉田さんは、赤羽駅東口の居酒屋で同僚と別れた。
②同日午前0時から1時までの間に、何者かが、何らかの理由で、何らかの方法により、吉田さんを公園の階段から転落させ、脳挫傷により死亡させた。
※吉田さんの靴の裏の付着物(公園の梅の花?)、後頭骨の骨折や着衣の擦り切れ(階段の角にぶつけた?)
③同日午前0時から3時10分までの間に、2人以上の何者かが、②を隠蔽するために、階段に倒れた吉田さんを公園の前面道路に移動させ、オートバイで吉田さんの首を轢くなどして逃走した。
※着衣のタイヤ痕の状況(ゆっくり慎重に轢いた?)、靴のかかとや側面、ズボンの裾に傷や汚れがない(2人以上で吉田さんの体を移動させた?)
「概略をまとめると、こんな感じでしょうか」
ホワイトボードに書き終わった明智が、小林の方に振り向いて聞いた。
「ありがとう、要点を押さえて、よくまとまってると思うよ」
「ありがとうございます! ですが、こうして見ると、まだ分からないことだらけですね」
「そうだな。まあ、分からないことだらけ、ということが分かっただけでも一歩前進というところかな」
小林は腕組みをした。少し考えて話し出す。
「この先の進め方だが、今回の事件は、交通事故ではなく殺人、傷害致死の可能性が出てきた。この段階で刑事課に引き継いで、俺たちは手を引くという方法もある。二人ははどうしたい?」
「もし可能であれば、我々三人で捜査して真相を究明したいです!」
「もっと明智キュン……もとい明智警部補を隅々まで捜査して究明したいです!」
明智と中村が同時に答えた。中村が何か変なことを言ったような気もしたが、小林は大きく頷いた。
「その心意気や良し! まあこの段階で刑事課に話を入れても『憶測に過ぎない』と言われて終わりだろうしな。俺たちで行けるところまで行ってみよう」
小林の言葉に、明智と中村が頷いた。
† † †
「さてと、吉田さんの靴の裏の付着物の鑑定については、俺が鑑識の重さんに頼むとして、次は何を調べたらいいと思う?」
チョコレートの包み紙を開きながら、小林が明智に聞いた。
「はい、『誰が』『なぜ』吉田さんに危害を加えたのかが知りたいので、吉田さんの周辺で何かトラブルがなかったか調べるのが手かと」
中村から強引に手渡された棒状のペロペロキャンディに困惑しながら、明智が答えた。
「俺も同意見だ。吉田さんの職場関係や家族関係を当たってみるか。吉田さんって公務員だったっけ?家族は奥さんだけ?」
「はい、防衛省整備計画局施設技術課部員だそうです。ご家族は、奥様の幸子さんですね。お子さんはいないそうです。あと京都にお母様がいらっしゃるようです」
明智がファイルを見ながら答えた。
「防衛省か。ガード固そうだなあ。奥さんは今どちらに?」
「京都市ですね。吉田さんのお母様と同居されているそうです。僕の実家からそんなに遠くない場所ですね」
「京都かあ。遠いなあ。そういえば、吉田さんの携帯って証拠物件にあったっけ?当日の通話状況を見たいよね」
「それが証拠物件のリストにないんですよね。還付してる訳でもなさそうですし」
明智が棒状のペロペロキャンディを舐めながらリストをめくった。中村が明智の顔をニヤニヤ見ている。
「提出受けずに奥さんに返したのかなあ。この段階で電話会社に照会かけるのも難しいしなあ……」
小林は天井を見上げて腕組みした。少し考えてから、明智と中村の方を向いた。
「よし、週明けに京都へ行くか!」
「はい!」
「おー!」
小林の掛け声に、明智と中村が同時に答えた。