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8 現場の勘

「これは……」


 ビジネスシューズのゴム底を覗き込みながら、明智が小さい声で小林に聞いた。


「梅の花びらだ。多分な。この草は芝生かな。かかとや側面に目立った傷は……ないか。明智くん、被害者の服って、どこか擦り切れたりしてたっけ?」


「はい、背広の背中とスラックスのお尻の部分に若干の擦り切れがあります」


「どんな感じで擦り切れてる?」


「そうですね……肩甲骨の下と、お尻というより太ももの付け根の辺りに、横に並んで入っている感じです」


「太ももの付け根か……ズボンの裾は?」


「写真を見ると、ほとんど汚れていないようです」


 それを聞くと、小林はビジネスシューズをそっとクリアケースに戻し、蓋を閉めた。そして、手袋を外してクリアケースと一緒に中村に渡すと、立ち上がって階段の方へ歩き出した。慌てて明智と中村もついて行く。


 階段前に差し掛かったところで、小林が立ち止まった。急だったので、小林に明智が、明智に中村がそれぞれぶつかった。


「小林係長! 急に止まらないでくださいよ。多重衝突事故発生です」


「すまん、すまん」


 小林が振り向き頭を掻きながら謝り、明智と中村が笑った。二人の笑顔を見て自分も笑った後、小林は二人に話し始めた。


「これは俺の勘なんだが、吉田さんはこの階段で亡くなったんじゃないだろうか」


 小林は、明智からファイルを借りると、死因等が記述された資料を開いた。


「吉田さんは、後頭骨(こうとうこつ)の下部を骨折していた。頭の後ろの下、首に近い部分だ。普通に地面に頭をぶつけて骨折したんなら、もう少し上が折れると思うんだよ。だが、ここならどうだ?」


 小林は、階段を指差した。


「公園の方を向いたまま、背中から階段に落ちたら、階段の段鼻(だんばな)が後頭部の下側に当たることもあるんじゃないか、ってな」


「段鼻?」


 中村が首をかしげて小林に聞いた。


「階段の踏み面の先端。角張ったところだよ」


「僕、試してみます!」


 小林たちが止める間もなく、明智が階段に向かい、頭を階段の下に向けて仰向けで寝そべった。


「小林さんの仰るとおりです! 後頭部の下側が階段の角に当たります!」


 中村はクリアケースを素早く地面に置くと、様々な角度からスマホで写真を撮り始めた。明智はそれに気づいて体を動かさないように頑張っている。緩やかな階段とはいえ、頭に血が上って少し苦しそうだ。それを見た中村が、明智の苦悶の表情を連写し始めた。必要かな?その写真。


 小林は急いで階段を降り、階段下の脇にファイルを置くと、腰をかがめて明智の頭を横から覗き込んだ。


「確かに、後頭骨が段鼻に当たってるな。上から勢いよく落ちれば、頭頂骨も階段の踏み面に当たりそうだ……明智くん、すまないがもう少し我慢してくれ。おーい、もう写真はいいぞ。これから明智くんを持ち上げるから、手伝ってくれ」



† † †



 小林は、階段の下側から明智の背中を押し上げて、その上半身を慎重に起こすと、明智の背中側から明智の両脇の下に自分の両腕を差し入れて抱きかかえ、中村に声をかけた。


「足、持ったか? こら、そんなところを見つめるな。明智くんが恥ずかしがってるだろ。準備できたか? それじゃ、せーの、で明智くんを持ち上げるぞ。慎重にな。よし、いくぞ、せーのっ!」


 小林と中村は、明智の体を持ち上げた。明智が小柄で華奢だったこともあり、すんなりと持ち上がった。そのまま道路の方へ向かう。

 ちょうど道路の真ん中に来たところで、明智の体をゆっくりと道路へ下ろした。


「明智くん、ありがとう! もう大丈夫だ。起き上がっていいぞ」


 小林の声に、明智が起き上がった。服の汚れを払うのも忘れ、驚きと喜びの入り交じった表情で明智が小林に話しかけた。


「こういうことだったんですね! 少なくとも()()()()()()()んですね!」


「あくまで俺の勘だがな……すまない、服を汚してしまったな」


「平気です! あ、そうだ、小林さん、僕の背中を見てもらえませんか? 吉田さんの着衣の写真と比較して、何か分かることがあればと思いまして」


「なるほど、分かった」


 小林は、階段の脇に置いていたファイルを持ってくると、着衣の写真が載っている資料を開いた。明智の背中と見比べる。身長差による違いはあるものの、明智の背広の背中とお尻の辺りに、うっすらと白い線状の汚れがついていた。


「着衣の擦り切れは、階段の段鼻が当たって出来たものだったのか」


 中村がスマホで明智の背中の写真を撮り、小林の方を向いた。


「小林係長、現場に来て良かったでしょ?」


「ああ、来てみるもんだな……よし!公園の土と芝生を採取したら帰るとするか。ナッチー、梅の木の写真を撮っといてくれ。あと、置きっぱなしのクリアケースを忘れずにな」


 小林は、そう言って階段へ向かった。

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