7 梅の花
「こんなに広いのか」
階段を上った小林は、公園を見回した。芝生には多くの木々が植えられており、木々の合間を縫うように石畳の小径が整備されていた。
「さて、明智警部補殿、問題です。この木は何でしょうか?」
先に階段を上がっていた中村がこちらに振り返り、明智に質問した。明智が首をひねりながら答えた。
「何でしょう? 桜でしょうか? 現場写真にも綺麗な花が写っていましたし」
「ブッブー、正解は梅でした」
「そうなのか? 俺も桜かと思った。これ、もしかして全部梅なのか?」
「お二人とも、花木に疎いみたいですね。こんなゴツゴツしてる桜はありませんよ。全部じゃないですが、梅がいっぱいでーす」
などと話をしながら、三人は階段を上がって右手に少し進んだところで、道路を見下ろせるベンチを見つけた。ファイルを持った明智が真ん中に座り、両脇に小林と中村が座った。
「さて皆さん、何かヒントは見つかりまっか?」
「なんだ、その変な関西弁は。まあ、半年前の話だからな。こんないい公園があることを知れただけ良かったかなあ」
そう言って、小林は空を見上げた。綺麗な青空が広がっている。空を見上げたたまま、小林は中村に尋ねた。
「そういえば、梅って何月に咲くんだったっけ?」
「種類にもよりますが、1、2月頃ですね。遅咲きなら3月以降も咲きますよ」
「そうすると、この写真に写ってるのは遅咲きなんですね。てっきり桜かと思いました」
小林と中村のやり取りを聞いていた明智がファイルを開き、現場写真を二人に見せた。
事件当日の昼間に撮られたその写真は、小林たちが車を停めた地点と現場の中間付近から撮影されており、遠目だが左手の公園にちらほらとピンクや白の花を咲かせた木が写っていた。
「だいぶ散ってそうだが、道路には花びらは落ちてないんだな」
「そうですね、風向きなどが影響しているのでしょうか。公園内は落ちた花びらでいっぱいだったかもしれませんね」
「桜の花も散れば見苦し、か……」
「梅ですって。まあ梅も桜も散れば面倒ですね。実家の家の前に桜の木があるんですけど、掃除がホント面倒なんです。特に雨上がりなんかは、濡れた花びらが箒やちり取りにくっついちゃうし。ちなみに、梅は『散る』ではなく『こぼれる』といいますデス」
中村の蘊蓄を聞きながら小林が足元を見ると、中村が右足で地面に『の』の字を書いていた。芝生は所々で土が露出していて、中村の靴は土で少し汚れていた。
それを何気なく見ていた小林は、ふと気になったことを明智に聞いた。
「被害者の靴の写真って、あったっけ?」
「はい、あります。ここですね」
明智がファイルの資料をめくった。黒のビジネスシューズを上から撮った写真が綴られていた。
「靴の裏の写真ってあるか?」
小林は続けて聞いた。明智が資料をめくる。
「靴の裏の写真はないですね」
小林は、中村の方を向いた。
「ナッチー、すまんが車の中から手袋と被害者の靴を持って来てくれないか? オッサンがあの距離を往復するのは、ちとキツい」
「ラジャー!」
崩れた敬礼をして、中村が走って行った。
† † †
「おまっとさんでした!」
「すまん、助かる」
あっという間に中村が戻ってきた。小林と明智がベンチから立ち上がり、中村が被害者の靴の入ったクリアケースをベンチに置いた。手袋は小林に手渡した。
「君たち、こういった取り扱いは本来ダメだからな。真似するなよ」
手袋をはめながらそう言うと、小林はしゃがんでクリアケースの蓋を開け、そっと靴の片方を取り出した。裏側を向ける。明智と中村も覗き込む。
ビジネスシューズのゴム底の溝には、こびりついた土と枯れ草のほか、花びらが1枚入り込んでいた。