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40 宴の終わり

「素晴らしい、素晴らしいぞ、明智くん!」


 突然遠藤が大声を上げて立ち上がると、ゆっくりと拍手を始めた。


「まさに『全て』じゃなあ。よくぞここまで真実に、この愛珍(アイジェン)に辿り着いた」


 遠藤が満面の笑みで明智を讃えた。明智は冷たく笑い、遠藤に話しかけた。


「いえ、遠藤さん。これが『全て』ではありません。それは遠藤さんが一番ご存じではないですか」


「なんじゃと? はて、他に何かあったかのう」


「遠藤さん、あなた、自衛隊施設をテロ攻撃する気なんてないでしょう?」


 遠藤の顔から笑みが消えた。明智は続ける。


「遠藤中央コンサルタンツにお邪魔してきましたよ。廃墟同然で誰もいませんでしたが。防衛省のOB名簿にも載っていないようですね。あなた、何者なんですか?」


 春木が驚いて遠藤の方を向いた。遠藤は無視する。明智は畳み掛けた。


「先ほど、あなたと春木企画官のやりとり聞かせていただきましたが、あなたは明らかに自衛隊施設へのテロ攻撃を引き延ばそうとしていた。その時は少し違和感を覚えただけでしたが、今なら分かる。あなた、テロ攻撃を実行する訳にはいかないんですよね。実際にテロ攻撃を行ったら、自衛隊施設の防護は強化されてしまうんですから」


「あなたの真の目的は、我が国の防衛力の弱体化ですね」


 明智が美しくも冷たい微笑みで遠藤の顔を見つめた。



† † †



「貴様……どこまで知っている?」


「僕は何も知らないですよ。ジェスフィールド76号、総参謀部第2部、党中央7号文件、SVR、偵察総局。ふふ、どうしたんですか、そんなに怖い顔をして。単に相互に無関係な公開情報を並べただけですよ? 最初の単語には一瞬ですが動揺しましたね。残りは無反応。ほんとに関係ないのか、完璧に隠したのか……」


「普通なら何のことか分からずキョトンとするはず。僕だって今回の事件を調べるうちに初めて知ったものばかりです。遠藤さん、あなた、()()()()()()の人ですね?」


 そういって、明智はクスクスと笑った。


「……お前は危険じゃ。我々の脅威となりかねん」


「我々って誰ですか? どこの国ですか? 少なくとも日本ではなさそうですが」


 遠藤は、明智の言葉を無視して明智が拘束されている椅子の近くまで歩いて行くと、明智の詰襟の学生服を胸元から力任せに引き裂いた。学生服のボタンが飛び散り、シャツが破け、明智の透きとおるような肌が露わになる。

 明智は一瞬怯んだが、すぐに遠藤を睨み上げた。


「ワシはなるべく人を殺さんようにしている。じゃが、本人からお願いされれば別じゃ」


 遠藤が舌なめずりした。明智に顔を近づける。明智は遠藤を睨み続ける。


「おぬしがワシに、殺してくれ、死なせてくれと泣きじゃくって哀願してくるまで、(なぶ)り尽くしてやる。おぬしのその美しい顔は果たしてどんな表情を見せてくれるのかのう。楽しみじゃ」


 遠藤が小林の方をちらっと見た後、何かを思いつき、ニタニタしながら明智に話しかけた。


「おお、そうじゃ。おぬしが辱しめられる姿、泣き叫ぶ姿は、おぬしの同僚にも鑑賞してもらうとしよう。その方が、おぬしも嬉しいじゃろうて」


 明智は遠藤を睨み続けた。小林が激怒する。


慧一郎(けいいちろう)に手を出すな!」


 小林は結束バンドを外そうと(もが)いたが、びくともしない。


 そのとき、店の入り口のドアを誰かが強くノックした。


「おーい、まだ営業時間中だろ? 開けてくれ~」


 男性の大声がした。ドアノブをガチャガチャ動かし、再び強くノックした。


「チッ、酔っ払いか。黙らせろ。その後、移動だ」


 遠藤がそう言うと、明智の後ろに立っていた店員がズボンのポケットに拳銃を隠して、ドアの方へ歩いて行った。店員が鍵を開けてドアノブに手をかけた瞬間、急にドアが開き、店員はバランスを崩した。外から手が伸び、店員をそのまま店外へ引きずり出した。


 それと同時に、でっぷりと太った男が店内に文字通り転がり込んできた。波越(なみこし)警部だ。防弾チョッキがはち切れそうだ。先陣をきって入店したのは想定外だったようで、相当慌てている。


「無事確認! 銃、左1名!」


 波越が大声で叫ぶと、重装備の警官隊がドアからなだれ込んできた。小林の後ろの店員が何の躊躇(ちゅうちょ)もなく拳銃を構え、波越を狙った。それを察した小林が思いっきり床を蹴り、椅子ごと後ろへ倒れ込んだ。椅子がぶつかり、後ろの店員がバランスを崩した。


 バン!!


 鼓膜が破れそうな大きな音がした。小林の椅子にぶつかった店員が床に倒れ込み、拳銃を落とした。店員が発砲した弾丸は、大きく逸れて天井に当たったようだ。警官隊が駆けつけ、拳銃を確保し、店員を制圧した。


 春木は、呆然と立ちすくしているところを警官隊にタックルされ、情けない声を上げながら床に転がった。すぐさま制圧される。


 遠藤は、老人とは思えない身軽さで厨房横の食料庫に駆け込み、扉を閉めた。警官隊が開けようと試みるが、扉は鋼製でびくともしない。


「油圧カッター持って来い! 周辺道路の封鎖を第2ラインまで拡げろ!」


 警官隊の怒号が響く中、波越が明智と小林のもとへ駆けつけて結束バンドを切った。


「遅くなってすまん! 刑事部との調整に手間取ってしまった……大丈夫か?」


 波越が2人の姿を見て、心配そうに言った。


「ああ、大丈夫だ。不確定な情報の中よく動いてくれた。助かった……」


 倒れた椅子から起き上がった小林が、両手両腕をさすりながら、波越に礼を言った。その足で明智の所へ向かう。


 明智の冷たい微笑み、漆黒の瞳はいつの間にか消え、ビリビリに破れた学生服姿を恥ずかしがっているようだ。顔を赤らめ、涙目になっている。何とか椅子から立ち上がったが、足がガクガクと震えている。


「こ、小林さん……い、今になって震えが……」


 小林は明智を抱きしめた。ドアの方をみると、半泣きの中村が駆け込んできた。

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