3 捜査記録
小林が交通課長の了解を取って資料保管室に戻ってくると、すでに中村がファイルを持って明智と一緒に待っていた。
「小林係長、遅いですよ! 交通捜査係の机に置いてたファイルを借りてきました」
「お前が早すぎるんだよ。なんで課長了解前に持ち出してるんだ」
小林は、中村からファイルを受け取ると、長机に置きパラパラとめくった。小林の両脇から明智と中村がそれぞれ覗き込む。
「中身はこれだけか。ったく、ほとんど進んでないじゃないか」
「だから先ほどそう言ったじゃないですか」
「そうだったな。さてと、どんな事件かな?」
3人は、ファイルに綴じられた資料を読み始めた。
† † †
事件が起きたのは、赤羽駅西口から南西に徒歩で10分ほど、少し高台になった場所にある団地前の道路だ。おおむね北東から南西に向かって緩やかな逆S字に伸びている一車線の道路で、道路の北西側に団地があり、南東側は崖になっている。
3月24日(金)午前3時10分、当該道路をパトカーで警ら中の警察官が、路上に仰向けで倒れている男性を発見した。当該男性はすでに心肺停止状態で、直ちに救命措置及び救急搬送を実施したものの、搬送先の病院で死亡が確認された。
死体検案書等によれば、直接の死因は脳挫傷。後頭骨下部のほか、頸椎や胸骨上部の骨折、背中や臀部等の内出血が見られた。死亡時刻は同日午前1時頃と推定される。
着衣を確認したところ、背広の襟及び両肩にかけてタイヤ痕等の汚れが認められた(後に大型バイクのものと判明)。その他、背広の背中とスラックスの臀部に若干の擦り切れが認められた。当該男性が路上に仰向けで寝ていたところ、首元にタイヤが乗り上げ、横切るように通過したものと推定される。塗膜片等の付着はなかった。
当該男性の救命措置と平行して緊急配備を行ったものの、被疑者の発見には至らなかった。目撃者もいない状況。
当該男性発見時の天気は曇り。事件前日23日の夕方から事件当日24日午前0時頃まで断続的に雨が降っていたことから、路面は濡れた状態だった。
現場周辺には、事件に関連すると思われるブレーキ痕や破片はなかった。現場となった団地前の道路には防犯カメラはなく、赤羽駅西口付近のコンビニ等から防犯カメラの画像の提供を受けて確認したものの、被疑者と思われる大型バイクの映像の発見には至っていない。
当該男性は、吉田学52歳、公務員。妻・幸子と二人暮らし。当該男性の職場同僚によれば、事件前日23日午後8時頃から事件当日24日午前0時頃まで、職場同僚と赤羽駅東口周辺の居酒屋で飲酒。かなり酔っていたとのこと。
事件が起きた現場は、当該居酒屋から当該男性の居住する公務員住宅へ向かう途中に位置する。
当該男性の妻・幸子は、同人によれば事件前日から京都の当該男性の母親宅におり、事件当日の午前9時頃に職場から連絡を受けて状況を把握した……
† † †
「……ということだそうだ。酔って路上で寝ていたところ大型バイクに轢かれ、被疑者の手がかりはほとんどなし。さてどうしたものか。もう一回防犯カメラの画像を見るところからかなあ」
小林はファイルをめくるのをやめると、パイプ椅子に座り、腕組みをした。小林の隣のパイプ椅子に座った中村が、眼鏡の位置を直しながら小林に話しかけてきた。
「あの団地って、確か今は誰も住んでないんでしたっけ?」
「そうそう、建て替え工事で全員退去中。あの道路って、駅から西の住宅街へ抜けるには少し遠回りになるから、団地の居住者以外はあまり使わないんだよ。だから事故が起きてから2時間近く発見されなかったんだろうなあ」
小林は、座ったパイプ椅子の前脚を浮かせたり下ろしたり、ギッコンバッタンさせながら、明智の方に顔を向けた。明智は真剣な顔でファイルを凝視している。
「明智くんはどう思う? 防犯カメラの映像見てみる? 聞き込みに挑戦してみる?」
「……小林さん、これって本当に事故なんでしょうか」
「えっ?」
小林はパイプ椅子の前脚を浮かせたタイミングで、危うく後ろにひっくり返りそうになった。