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22 明智の危機①

「防護性能ですか」


 明智は、門野(かどの)が言った単語をそのまま繰り返した。その内容を姉さんが知ってるのか知らないのか分からなかったため、どちらにも聞こえるようにしたのだ。

 門野が(うなず)く。


「ええ、明智さんもご存じのとおり、NBC等の防護措置のレベルを上げれば上げるほど工事費は高くなります。しかし予算には上限がある。防護性能を高く設定すればするほど、整備できる施設の数が減るんです」


 門野が明智の手をさする。気色悪いが我慢する。門野が話を続けた。


各幕(かくばく)・部隊は何も考えずに高い防護性能を要求してくる。その要求どおりに施設を整備したら、工事件数が減り、受注する業者も減る。吉田部員や永山副長の考え、つまり適正な防護性能の確保は、業者にとって迷惑な話なんですよ」


「それで、吉田部員たちの動きをOBを介して知った業者が、暴力団でも使ってあの2人を消したんですよ、うん。だからもう僕らに危険はないんです」


 話の真偽はともかく、主任の門野レベルでコントロールできる内容ではない。誰かの受け売りだろう。そう考えた明智は、もう少しつついてみることにした。


「それは本当なのですか? 誰かが仰っていたのですか?」


 門野が明智の顔をじとっとした目で見つめ、ニヤニヤしながら明智のワイングラスを指差した。


「あれ? 明智さん、この前の飲みっぷりに比べて全然進んでないですね。俺みたいにその白ワインを全部飲んだら教えてあげますよ」


 そう言って、門野は明智の手をさするのをやめると、自分のワイングラスを手に取り、白ワインを飲み干した。門野はだいぶ酔ってきているようだ。明智は覚悟を決めて白ワインを飲み干した。



† † †



 その直後、肉料理と共に赤ワインが出てきた。門野がウェイターから赤ワインのボトルを引ったくると、自らワイングラスに並々と注いだ。そして、そのワイングラスを明智に差し出し、飲むように要求する。門野がワイングラスに何か入れたような気がしたが、酔った明智にはよく分からなかった。


 明智は何とか赤ワインも飲み干した。顔が紅潮し、頭がフラフラする。ようやく門野が話し出した。


「ははは、思ったよりお酒に強くなさそうですね。それじゃあ、ご褒美にお答えしましょう。実は、春木企画官に教えてもらったんですよ。企画官が施設企画課の専任部員のときに声をかけられたんです。吉田部員の動きにOBの遠藤さんが怒ってる、逐次動きを報告してくれたら、東京勤務を約束するってね」


 やはり、裏切り者は門野だったか。明智は深掘りして聞かなければと思ったが、思考がまとまらない。

 饒舌になった門野が話し続ける。


「まさか、赤羽の飲み会の話を春木企画官に連絡した後、あの2人が死ぬとは思わなかったけど、まあ自業自得だよね」


 門野は、ワイングラスを傾けながら(あざけ)った。


「日本が武力攻撃を受ける可能性なんてほとんどない。防護性能なんて無視して普通の建物を建てればいいんですよ。どうせ部隊の筋肉バカどもは、どんな建物を建てたって分かりっこないんだよ」


 こいつは人の命を何だと思ってるんだ、職務の大切さを、同じ防衛省・自衛隊の仲間を何だと思ってるんだ。明智は激しい怒りを感じたが、頭がクラクラしてきて、何も言い返せなかった。



† † †



 明智は門野に支えられながらレストランを出た。泥酔したことは学生時代に何度かあったが、今回は何かおかしい。頭が働かない。スマホの入ったハンドバッグを忘れずに持ち出すのが精一杯だった。


 いつの間にか、人通りのない路地裏に来ていた。門野に支えられながら古い雑居ビルの非常階段近くに連れて来られた。


 明智は壁にもたれかかった。かろうじて立っている状態だ。とろんとした目に紅潮した顔。息が荒い。その姿をニヤニヤ眺めながら、門野が話しかけてきた。門野も泥酔している。


「普段はツンツンしてるのに、この色っぽい、しおらしい態度は何だ? 俺を誘ってるんだろ?」


 そう言うと、門野は明智を壁に押さえつけると、明智の(あご)に手を持っていき、明智の顔をクイッと上げた。明智は抵抗しようとしたが、力が入らない。ハンドバッグを落としてしまった。


「俺はなあ、アンタみたいなタイプの女が大好きなんだよ。イイ顔しやがって」


 門野は、淡いピンクの口紅をつけた明智の唇に顔を近づけた。


 その時、人影がもの凄い早さで近づいてきた。門野が振り返る。


「うちの名探偵に何してくれてんだ!」


 駆けつけた小林が門野を投げ飛ばした。

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