21 食事会
白のワンピース姿に白のハンドバッグを持った明智は、銀座の路地手前の交差点でタクシーを降りた。
人通りが多い。男だとバレないか心配でドキドキする。タクシーの運転手は気づいてないようだったし、きっと大丈夫だと明智は自分に言い聞かせた。
路地に入った先にあるレストランの方を向くと、店の前で立って待っていた門野が自分を見つけて手を振っていた。こちらも手を振る。門野はお洒落なスーツでビシッとキメていた。相当気合いが入っているようだ。
明智は慣れないヒールに苦戦しながらゆっくりとした足取りで店に向かったが、店の前の段差につまずきバランスを崩してしまった。倒れそうになるところを門野が咄嗟に駆け寄り支えてくれた。
「調査官! 大丈夫ですか?」
「す、すみません。ありがとうございます」
明智は声色に気を付けながらお礼を言った。門野は何も気づいていないようだ。
落としかけたハンドバッグの中をちらっと覗いたが、明智のスマホは小林のスマホと引き続き通話中になっていた。良かった。
2人はレストランの中に入った。
† † †
「ご無理を言ってお誘いして申し訳ありませんでした。日頃の連絡調整等でご迷惑をおかけすることが多かったものでしたので、是非とも明智調査官を慰労させていただければと思いまして。もちろん検査とは関係なく、割り勘ですのでご安心ください」
「お心遣いありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
2人はシャンパンで乾杯した。前菜を食べながら門野が話す。
「先日ご指示のあった件ですが、ようやく各幕僚監部との調整が整いました。もうすぐデータをそちらへ提出できそうです。いやあ、ほんと大変でしたよ」
「お手数をおかけしてすみません、いつも本当にありがとうございます」
何のことかサッパリ分からなかったが、明智はとりあえずお礼を言った。門野が少し驚いた顔をして笑いながら応じた。
「いえいえ、こちらこそ提出期限を延ばしてもらってすみませんでした。って調査官、今日はどうしたんですか? いつもなら冷たい笑顔で『今度期限が遅れたら許しませんよ』くらい言いそうですけどね」
門野が笑いながら言った。姉さんなら言いかねないなと思いつつ、明智は慌てて取り繕った。
「し、仕事中と普段は違いますわ」
「そういうもんなんですね。あ、そういえば、先日、吉田部員が亡くなった関係で、職場に警察が来たんですよ。そのとき、調査官に顔がそっくりな若い男性の警察官がいらっしゃって。しかも名字が『明智』なんですよ。もしかして調査官のご兄弟か何かですか?」
門野がとんでもないことを聞いてきた。明智の鼓動が一気に早くなる。どうする? 否定するか? いや、自分ではあまり分からないが、姉に似ているとよく言われるし、ここは肯定して様子を見ることにしよう。
「ほ、本当ですか? それ弟かもしれません。今年、警察庁に採用されて、今どこかの警察署で色々と勉強してるみたいなんです」
「そうですか! あれだけ似てるんですし、きっと弟さんですね。調査官と違って大人しい感じでしたが」
そう言って門野が笑った。
「そ、そうかも知れませんね。弟は私より落ち着いて物静かですしね。意外としっかり者なんですよ」
明智も合わせて笑った。とりあえず乗り切れたようだ。明智はホッとした。
スープの後、門野が白ワインを頼み、明智も同じものを頼んだ。自分は姉さんほどお酒に強くない。気をつけて飲まなければ。
魚料理が届いた頃合いで、明智は少し探りを入れることにした。
「吉田部員、残念でしたね」
門野が少し黙ってから答える。
「ええ。ほんと、残念です」
「そして永山副長も。あれは本当に事故なんでしょうか。わたし怖くて……」
明智は小声でそう言うと俯いた。門野が白ワインをゴクンと飲むと、明智の手にそっと触れた。
「明智さん、きっともう大丈夫です。あの件に手を出さなければ」
「あの件?」
顔を上げた明智が聞いた。
「防護性能ですよ」
門野が小声で言った。




