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18 真相への一歩

「姉さん! 普通の格好をしてって言ったよね!」


「あら、これが()()でしょ? 皆さま初めまして。慧一郎(けいいちろう)の姉の真由美(まゆみ)です。会計検査院第2局第6課の調査官をしております。慧一郎がいつもお世話になり、誠にありがとうございます」


 (あで)やかな振袖姿の真由美は、怒る明智を軽くあしらい、小林と中村に優雅な一礼をすると、小林たちの右手のソファーに座った。

 その美しく中性的な顔立ちは、明智と双子と言われても納得してしまいそうだ。背後の窓から見える庭園の風景と相まって、幻想的な雰囲気すら感じる。


 ローテーブルに置かれた紅茶を皆に(すす)め、自ら一口飲むと、真由美が小林たちに話し始めた。


「慧一郎から話を聞きました。赤羽での会合の件ですよね。ご迷惑をおかけしてすみません」


 小林が応じる。


「いえいえ、こちらこそお手数をおかけしてすみません。3月23日の夜、赤羽でご一緒されていた防衛省の吉田さんが轢き逃げに遭いまして、その捜査の一環で、あの日の状況等をお聞きできればと思いまして」


「承知しました。ちなみに防衛省の方は、あの会合について何か仰っていましたか?」


「いいえ、何故か真由美さん達が参加していたことを隠していまして。それも気になるところです」


 それを聞いた真由美が苦笑した。


「なるほど……検査院職員が受検庁、つまり検査を受ける相手方と接触することは、何かと物議を醸しますからね。防衛省の方が私たちに気を遣ってくれたのかもしれません」


「そういうことですか……それにしても、そのような危険を冒してまで、どうしてあのような会合に出席されたのですか?」


「あの日の会合は、私の上司だった永山(ながやま)副長と吉田部員が、防衛省の改善のために共闘しようとしたものでした」


 真由美が経緯を語り始めた。



† † †



「永山副長は、温和な人柄で皆から慕われていましたが、検査能力の高さでも一目置かれていました。そんな副長が昨年から取り組んでいたのが、自衛隊施設の建設工事の効果についてでした」


「多額の国費を投じて建設した自衛隊施設が、我が国の防衛に役立つものになっているのか、全国の駐屯地等に立ち入り調べたのです」


「壮大な話ですな」


 そのテーマの大きさに、思わず小林が驚いた。真由美が続ける。


「ええ、永山副長だからこそ検査できたのだと思います。詳細は話せませんが、検査が進むにつれて、自衛隊施設のNBC防護措置の多くが基準に達していない可能性が出てきたのです。NBCについてはご存知ですか?」


「核・生物・化学兵器ですね」


 中村が得意気に答えた。真由美が微笑む。


「そこで、永山副長は、防衛省でNBC防護措置の工事の調整をしている施設企画課と、技術基準を策定している施設技術課にそれぞれ見解を求めました。しかし、両課は正面から答えようとせず、資料の提出についても、様々な理由をつけて引き延ばし続けました」


「そんな中、永山副長に内々に接触してきたのが、施設技術課の吉田部員だったのです」


 真由美がティーカップに手をのばし、紅茶を一口飲んだ。その動作一つ一つが絵になる。ティーカップをローテーブルに戻すと、真由美が話を続けた。


「吉田部員は、自衛隊施設のNBC防護措置が不十分なことについて、かねてから疑問を持っていたようです。そして、内部からの改善は困難であると考え、会計検査院の指摘という外圧を利用して、NBC防護措置の向上を図ろうとしたのです。そのための内々の打ち合わせが、あの日の赤羽の会合だったという訳です」


「そういう経緯だったのですか……」


 小林はソファーにもたれかかった。話の大きさに軽く眩暈(めまい)を感じた。気を取り直し、気になっていたことを聞いた。


「そういえば、吉田さんが永山副長に何か渡していたようですが、あれは何だったのですか?」


「あれは、全国各地の自衛隊施設ごとに必要とされるNBC防護水準と、実際の達成状況をまとめたリストです」


「まさに国家機密ですね。スパイ映画みたい」


 中村が驚きの声を上げた。真由美が笑う。


「いえいえ、そこまでのものではありません。ですが検査には大変役立つ情報です」


「姉さん、そうすると、今は永山副長がそのリストを使って検査を続けているの?」


 明智が聞いた。真由美が沈痛な面持ちになった。


「いいえ、永山副長は亡くなったの。吉田部員と同じあの日に」


 風が吹いたのか、真由美の背後で庭園の木々が激しく揺れ動いた。

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