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17 厄介な存在

「高柳氏の言ってた『イン』は、会計検査院の『院』だったということですね」


 居酒屋「ノロちゃん」で飲んだ翌日。資料保管室のパイプ椅子に座った中村が(つぶや)いた。


 ……会計検査院。明治13年に内閣の前身である()(じょう)(かん)に直属する機関として誕生。その後、大日本帝国憲法下では天皇に直隷(ちょくれい)し国務大臣に対して特立(とくりつ)の地位を有する機関として、戦後は国会、内閣、裁判所のいずれにも属さない憲法上の独立機関として在り続ける特殊な国家機関。その実体は国民にほとんど知られていないが、権限は絶大で、国費の使い方等について組織・個人を実地に検査し、会計経理を監督し、その適正を期し、かつ是正を図る……


「……そして、重箱の隅をつつきまくって重箱自体を破壊する。全公務員が敬遠する忌まわしき存在。あな恐ろしや、恐ろしや……」


 芝居がかった中村の説明を聞きながら、小林が自分の向かい、中村の隣に座っている明智に話しかける。


「それにしても明智くんのお姉さんが会計検査院の職員だとはなあ」


 明智が苦笑しながら答える。


「4月に同じ部署で調査官に昇任したと聞いていたのですが、まさか防衛省担当で、しかも吉田さんたちの飲み会に同席していたとは。本当に驚きました」


「だが、これはチャンスだな。お姉さんに話を聞くことができれば、真相に一歩近づくことができるかもしれない。会うことはできそうかな?」


「平日は検査で不在にしていることが多いみたいですが、土日なら可能かと。ただ、ちょっと……」


「ちょっと? 何か問題がありそうか?」


 明智が言い淀み、小林が心配そうに聞く。少し迷ってから、明智が答えた。


「……ちょっと厄介というか、変わったところがあるのですが、皆さん大丈夫でしょうか?」


「変わり者には慣れてるから大丈夫だよ」


 小林は、きょとんとした顔の中村を見ながら答えた。



† † †



 土曜日、小林たち3人は、駒込(こまごめ)にある明智の姉の自宅の前に到着した。料亭のような門構えの中を覗くと、庭園の奥に平屋の屋敷が見える。中村が呆気にとられた様子で明智に聞いてきた。


「え、これ六義園(りくぎえん)じゃないんですか?」


「六義園は向こうですね。ここが姉の自宅です」


「これが明智くんのお姉さんのお宅か。確かに変わってるな」


「え……あっ、この家は父が東京に滞在するときに使っていた家でして、今は姉が使ってるんです。少々大きいですが社宅みたいなものです。変わってるのは姉自身でして」


 慌てて明智が説明していると、門の向こうから和服姿の老女が歩いてきた。明智の前に出て一礼する。


慧一郎(けいいちろう)お坊っちゃま、お久しゅうございます」


「ああ、ばあや、息災でなによりだね。今日はよろしく」


「でた、『ばあや』」


「まさかリアルに『じいや』と『ばあや』を見聞きすることになるとはなあ」


「ち、違うんです! この人は社宅の管理人みたいなもので……ね、ばあや?」


「左様でございます」


 などと話しながら一行は庭園の石畳を進み、屋敷に上がってすぐの応接室に通された。


 応接室は洋間で、入って左の壁には大きな暖炉があり、暖炉の前には大きなローテーブルが置かれている。それを囲むようにソファーがコの字に配置されていた。

 小林たちは暖炉の正面に向かって並んで座った。小林が真ん中に座り、右手に明智、左手に中村という並びだ。

 ほどなくして、ばあやが紅茶とクッキーを用意してくれた。ティーカップもそうだが、応接室の調度品は派手さこそないものの非常に高価なものに間違いなさそうだ。右手の窓を見ると、素晴らしい日本庭園が一望できた。


「お待たせいたしました」


 応接室に明智の姉が入ってきた。その(あで)やかな振袖姿に小林たちは目を見張った。

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