16 謎の人物
小林たち3人はテーブルの料理と酒を急いで平らげると、店の奥の事務室に向かった。事務室では、野呂がノートパソコンを開いて待ってくれていた。
「3月23日のデータを開いといたよ。ぼくは厨房に戻るから自由に見てね」
「ありがとう! 野呂ちゃん。恩に着る」
小林は、ノートパソコンの前に座り、店の奥から入口に向かって店内全体が見えるように設置された防犯カメラの動画を早送りで見始めた。小林の両側から明智と中村が覗き込む。
「あ、これ高柳さんじゃないですか?」
中村が声を上げ、小林はデータを通常再生にした。午後7時50分頃だ。高柳が入口の引戸を開けて店内に入って来た。続いて吉田と門野が入り、入口左の6人掛けテーブルに向かった。
「あれ? 3人だけ?」
「後から来るみたいですね」
吉田たち3人が下座に並んで座ったのを見て、明智が答えた。小林は動画を早送りした。少しすると、高柳がスマホを見て門野に声をかけた。門野が店の外に出る。午後8時ちょうどだ。小林が動画を通常再生にして呟く。
「謎の人物のお出ましだ」
入口の引戸が開いた。門野に続き、50代位のスーツ姿の男性が入ってきた。白髪交じりの短髪に丸眼鏡をかけている。いかにも温和そうな顔立ちだ。
続いて、20代位のスーツ姿の女性が入ってきた。ショートカットの髪型に美しい中性的な顔立ち。女性というより美少年という感じだ。
あれ、この顔はどこかで見たような……と小林が思ったとき、隣からパソコンを覗き込んでいた明智が叫んだ。
「ね、姉さん!」
「姉さん?!」
小林と中村が同時に驚いた。明智が困惑しながら答える。
「はい、間違いありません。でも、どうして……」
確かに、改めて動画の女性の顔を見ると、明智に瓜ふたつだ。
「と、とにかく最後まで見てみよう」
そう言って、小林は動画を早送りした。
† † †
防犯カメラの動画では、5人が談笑しながら飲食をしていた。早送りということもあるが、明智の姉と思われる女性がとんでもない勢いで日本酒をおかわりしていた。
「明智くんのお姉さん、呑むねえ」
「はい、日本酒が大好きで、うわばみです……あ、あれ何でしょう?」
明智が声を上げた。小林が動画を止めて少し巻き戻した。通常再生する。見ると、吉田が向かいに座った白髪交じりの男性にA4の茶封筒を渡していた。
「もしかして札束?」
「いや、何かの書類だな」
白髪交じりの男性が茶封筒を開くと、中にはダブルクリップで綴じられた書類が入っていた。その男性は書類を見ながら吉田と二三言葉を交わした後、茶封筒を鞄にしまった。
その後またしばらく談笑が続いた。高柳が中心となって話をして、皆が笑っているようだ。門野は時々スマホをいじっている。明智の姉と思われる女性は、ひたすら日本酒を飲み続けている。高柳がそれに気づいたのか、指を差して何か言うと、皆が大笑いしていた。
「仲良さそうですね」
中村がそう言って少しすると、飲み会がお開きになったようで、全員が立ち上がり、会計を済ませると店の外に出た。動画の時間を見ると、午後11時50分を少し過ぎていた。
† † †
「いやあ、驚いた。まさか明智くんのお姉さんだとは」
動画を止めると、小林が明智に話しかけた。明智が答える。
「僕もです。まさかこんなところで会うというか、見るというか……」
「お姉さんは東京に住んでるの? 隣の白髪交じりの男性は知ってる?」
「姉は僕より4歳上でして、大学卒業と同時に東京に引っ越しました。今は駒込に住んでます。隣の男性は知らない方ですね。姉の職場の上司でしょうか」
「職場? もしかしてCIA日本支部とかですか?」
「会計検査院です」
「うわあ……」
「……ある意味スパイよりヤバいかもな」
明智が答えた役所の名前を聞いて、中村と小林が小さな声で呻いた。




