12 公安の影
「吉田さんのスマホは警備課が持ってるっぽいですよ」
資料保管室で小林と明智がファイルの資料を整理していると、交通捜査係に聞きに行っていた中村が戻ってきて、開口一番そう告げた。小林が尋ねる。
「警備課? どっちの係だ?」
「公安係らしいです。それで、交通捜査係経由で公安係に吉田さんのスマホを仮出しさせて欲しいって問い合わせたんですが、本庁に確認するの一点張りで。頭に来ちゃう」
「そのまま有耶無耶にされてしまいそうだな。それにしても、何だって公安が出てくるんだ?」
「それが交通捜査係でもよく分からないらしくて。事件後すぐに公安係が来て、スマホを持っていったらしいです。その後バタバタしてて、証拠物件のリストに入れ忘れたとか言ってました」
「色々怖いなあ。とりあえず、後で交通捜査係には、証拠物件リストに追加するよう言っておいてくれ」
「吉田さんの職場と何か関係があるのでしょうか?」
明智が資料をファイルに綴じながら聞いた。小林が答える。
「防衛省か。可能性はあるな。まあ公安はとにかく秘密主義だから、聞いても教えてくれんだろうがな。そういえば、吉田さんの肩書きって何だったっけ? 長くて忘れちまった」
明智がファイルをめくる。
「ええっと、防衛省整備計画局施設技術課部員ですね」
「なかなか覚えられそうにないな。どんな仕事なんだ?」
「施設技術課は、全国の自衛隊施設の設計の基準作りや研究などをしているみたいですね」
明智がスマホで検索しながら答えた。
「秘密基地の設計をしていて、外国政府のスパイに消されたとか?」
中村が真顔で小林に聞いた。小林が笑いながら答える。
「さすがに、それは映画の世界だな。だが、公安が動いてるってことは、何かヤバい団体や個人が関わってる可能性がある。気をつけないとな」
「やはり公安係から情報提供を受けるのは難しいのでしょうか。それができれば効率的なのですが」
検索していたスマホをポケットに片付けて、明智が小林に尋ねた。ため息混じりに小林が答える。
「難しいな。逆にこちらが一方的に情報提供を求められて、この事件から手を引けとか言われかねないな」
「そうなんですか……」
明智が肩を落とした。
「まあ、公安が干渉してこなければ、こっちも無視して進められる。スマホ関係は公安を刺激しそうだから当面諦めるか」
そう言うと、小林は頭に両手を置いて、パイプ椅子の背もたれにもたれかかった。
† † †
「ようやく防衛省と調整完了! 明日、時間取ってくれるそうです」
自席の電話で防衛省と調整していた中村が資料保管室に戻ってきて、右手でピースしながら小林と明智に報告した。
「おお、アポ取れたか。ありがとう!」
小林が中村を労うと、中村がスキップしながら明智の隣、小林の向かいのパイプ椅子に座った。中村が明智にハイタッチする。明智が慌てて応じた。笑顔でそれを見ながら、小林が2人に話しかける。
「さてと、明日話を聞く相手は誰だったっけ?」
明智がメモを見ながら答える。
「はい、事件当日に吉田さんと一緒に飲んでたとされる、高柳陽一専門官と、門野大輔主任ですね。お二人とも、吉田さんの部下で、防護設備係という部署だそうです」
「吉田さんの奥さんが言ってた『仲の良い同僚』だな」
「はい、そうですね。このお二人に話を聞くことができれば、吉田さんの仕事上のトラブルの有無や、事件当日の足取りも聞けるかと。あと、吉田さんが電話で話していたという『ビーシー』や『私がいる間に』のヒントが得られるかもしれません」
「そうだな、よし、明日は気合い入れて頑張るか!」
「はい!」
「ラジャー!」
小林の掛け声に、明智と中村が応じた。




