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10 京都にて①

百万遍(ひゃくまんべん)って凄い地名だな」


「現場百遍、百万遍!」


 バスを降りた小林が(つぶや)くと、反射的に中村が声を上げた。それを聞いて明智が笑いながら2人に説明を始めた。


「大昔に、この近くのお寺のお坊さんが、疫病を鎮めるために念仏を百万回唱えたんだそうですよ。詳しくは僕も知らないのですが。向こう一帯は京都大学ですね。あっちに上がって行けば銀閣寺です」


「銀閣寺かあ。日帰りじゃなければ行きたかったなあ」


 などと話しながら、3人は細い路地に入った。学生街らしい喧騒はすぐになくなり、閑静な住宅街が続く。明智がスマホの地図を見ながら2人を先導した。



† † †



 吉田の実家は、古いが手入れの行き届いた和風の一軒家だった。到着した3人は、和室に通され、仏壇に手を合わせた後、座卓の上座に並んで正座した。開け放たれた窓の外は坪庭になっていて、心地よい風が入ってくる。


 セミロングの髪型に上品な雰囲気の吉田幸子(さちこ)が冷たい緑茶をお盆にのせて和室に入ってきた。お茶請けに金平糖が添えられている。幸子によると、百万遍近くのお店のものだそうだ。

 小林は、緑茶と金平糖を一口頂いて、現状を説明し始めた。


「ご主人が亡くなられてから半年、鋭意捜査をしているところですが、残念ながらまだ犯人確保には至っておりません。そのため、改めて証拠等を一から丁寧に調べ、事件、事故の両面から捜査しているという状況です」


「事件? 交通事故ではないのですか?」


 座卓の下座、小林たちに向かい合って正座した幸子が驚いた顔をした。


「犯人の手がかりがない中、あらゆる可能性を排除せずに捜査しているという状況です」


 小林が慎重に答えた。それに対する幸子の反応は意外なものだった。


「ありがとうございます。私、どうしても主人があんなところで寝ていたというのが信じられなくて。何か事件に巻き込まれたのではないかと、ずっと気になっていたんです。夫はお酒に強い方でしたし、しかも、あの道を通ることはほとんどないんですよ。若い頃東京にいた時は、あの公園で同僚とお酒を飲んだりしてたみたいですが……」


「そうだったのですね。ご主人がトラブルに巻き込まれたなど、何かお心当たりはございますか?」


「いえ、残念ながら……あの人が誰かに恨まれるなんて考えられなくて」


 小林は、仏壇に飾られた吉田の写真に目を向けた。


「……ご主人、優しそうな方ですね。色々な方に慕われていたのではないですか?」


「ええ、不器用で生真面目なところはありましたが、ほんと優しい人でした。友達は地元の同級生くらいで、東京にはいなかったようですが、職場の同じ班の人たちとは仲良くやっていたみたいです。亡くなった日も、転勤前で忙しいのに、その人たちと飲みに行ってたみたいですし」


「4月異動だったのですか?」


「ええ、急に大阪勤務が決まって、本人も驚いていました。詳しくは教えてくれなかったのですが、仕事で何かあったようで」


「何かトラブルがあったのですか?」


「それがよく分からなくて……転勤が決まった日の夜に、夫が自宅で誰かと電話してたのですが、『ビーシー』がどうとか『私がいる間に』とか、何やら難しい顔をして話をしていました。電話が終わった後、夫に聞いてみたんですが、ちょっと大変な仕事があって、4月の異動まで忙しくなるって言うだけで……」


「ありがとうございます。ご主人は携帯電話で話されていたのでしょうか。もしよろしければ、その携帯電話をお借りすることはできないでしょうか」


「あら、そちらにないのですか? うちにはまだ戻ってきてないですよ」


 小林と明智は顔を見合わせた。

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