私にできること
私は走った。
後ろからユリーが追いかけてきていたが、気にせず走り続けた。ユリーは王女として登城しているため、現在ドレスを着ている。対して私は平民の格好のままできたので非序に走りやすい。
追いつかれることなく人が多い方へと目的地へと行くことができた。場所は知ら無いので、騒がしい方へ騒がしい方へと走っていったが、予想は当たったようだ。
だんだんと逃げていく人が多くなり、目的地に到着するまでに後ろにいたユリーは見当たらなくなっていた。
到着するとその場は混沌と化していた。
「逃げろー!!」
「なんなのあれは!?」
混乱する声が飛び交っている。
今まで秘密にされていたのだから彼らにとってはいきなりこのような事態になったようなものだ。こうなってはもう隠すことなど不可能だろう。
私は気にせず走り続けた。
人が多く未だ穴の片鱗すら見ることができ無い。私は逆走していっているので余計進まなかった。人混みを掻き分け、進んでいくうちに地面に黒いものを見つけた。
それは穴だった。見たことがないほど深くどこまでも真っ黒な穴。それが人が歩くくらいの速さで広がっていっていた。
「いやだー!!助けてくれー!」
気づけば穴に落ち始める人がいたようで、悲鳴が黒い空間に響き渡った。その声はその人が見えなくなっても響き続ける。
私はゾッとした。
この穴は果てしない。
「エリー!見つけた!」
後ろから肩を掴まれ振り返る。
そこには息を切らしたユリーがいた。
「エリー、どこにいく気?」
「そんなの言わなくてもわかるでしょ?こっちにはもう黒い穴しかない」
「そんなことわかってるっ!」
ユリーはキリリと歯を食いしばり私の肩を揺さぶった。
見たことないほど怒っている。ユリーの指が私の肩に食い込んで痛みを感じる。
「黒い穴へ行ってどうする気なの?どこへ行くの?中へ入る気なの?」
私は迷った。
その質問にどう答えるべきか。
私はどうしたいのか、まだ己の中でも答えが出せていなかった。
私の迷いを見抜いたのか、時間経過に伴って怒りが落ち着いてきたのか、ユリーはフーッと息を吐き出し、掴んでいた私の肩を離した。
「掴んでしまって悪かったね。それはごめんなさい。でもこれはエリーの命に関わることだよ。私はエリーに死んでほしくない。まだ迷いがあるのなら、今はまだ逃げるべきだと思う。」
「ユリー……。」
私はどうしたいのだろうか。
あれほど死にたくなかったのに、あれほど自分の運命を呪っていたのに、今はなにも感じ無い。今まで感じていた死への恐怖も跡形もなく消え去って、薙いだような気持ちになっている。
この喧騒を見て思ったのは、もう足掻いても無駄だと言うこと。
もし今私が逃げたとしてすぐに捕まるだろう。
ここには兵士が集まってきてるのだから逃げるだけ無駄だ。
本当に私で穴が無くなるとは信じられないが、可能性があるのなら……。
既に自分の中で結論は出ていた。
わかっていても勇気が出なかった。
自分から飛び込む勇気など。
その時、
ドンっ!!
「どけ!邪魔だ!」
逃げようとする人に押され私は倒れてしまった。
「エリー!」
ユリーが私に手を差し伸べるのを見て、私は慌てて立ちあがろうとして気づいた。
このまま立ち上がらなければ……。
「エリー!どうしたの!?早くしないと!」
ユリーが私の手を掴む。私はそれを払い除けた。
「ねえ、ユリー。逃げて。私はもう動けない。」
「エリー……、なに言ってるの?」
ありえないとでも言うようなユリーの顔に少し笑ってしまう。でもこれはもう決めたこと。
「もう動けないから逃げてって言ってるの。」
「なんで!?どこか怪我したの?なら私が運ぶか……っ!」
私はユリーの言葉が終わらぬうちにゆりーをトンっと軽く押した。倒れるほどの衝撃ではなく、優しく背中を押すように。
「あと少しで黒い穴はやってくる。私はその前に兵士たちに見つかる。見つかったら私はすぐに落とされる。どう足掻こうが無駄だよ。私に諦めさせて。」
「私は諦められない!」
立ち上がらせようとするユリーと揉み合っていると、黒い穴が近づいてきたようで、対応に当たっていた兵士たチラホラ見えるようになってきた。
私はその中で1番偉そうな人に声をかけた。
「すみません。王女殿下をお願いできますか?」
その人は座り込んでいる私を見てギョッとし、必死に私を立たせようとしているユリーを見てもう一度ギョッとしていた。巻き込んでしまって構わないが、ユリーのことは知っているみたいだし、どうにかしてくれるだろう。
「王女殿下!危ないので下がってください!」
「いや!離して!」
日頃はそこら辺の男より断然強い彼女も精神的に不安定なせいかただ暴れるだけで、その人に引きずられていった。
それを見守っていた私はユリーが無事この場を離れた安心感と寂しさで胸がいっぱいだった。
「お嬢さん!危ないから逃げて!」
親切な人が私に声をかけてくれるが、私はただ首を横に振り申し出を拒絶した。
私の手を取って強制的に離れさせようとする人には、
「私が生け贄です。」
と言ってその手を拒んだ。
どんどん黒い穴が近づいてくる。穴というにはサイズが大きすぎて、地面のない部分が近づいてくる感じだ。
渡すが無心に神に祈った。
どうか、この騒乱が静まりますように……。
一瞬の浮遊感が私を襲う。最後に目を開くと、私に向かって必死に叫ぶユリーの姿がぼんやりと見えた。




