二度とあり得ない光景
幼い頃の宝物は捨てにくいのです。
「ここは……?」
ユリーに連れてこられたのは、執務室だった。造りは簡単なものだけど、質素には見えない。飾りからして、この部屋を普段使っているのは女性だろう。
「ここは、私の執務室だよ。」
そう言われると納得だ。
「それは…、王女としての?団長としての?」
どちらかによって私の王城に内での立場が変わってしまう。王女としてだったら、親しいお友だち。団長としてだったら、仲睦まじい恋人。
出来れば、前者の方がありがたいのだが…。
「王女に与えられた部屋だよ。」
その言葉を聞いて安心した。いつイケニエとして差し出されるのかは知らないが、最後の時くらい、快適に過ごしたいからね。
おもむろに、ユリーが引き出しを漁り始めた。
そして何かを取り出して私に見せてきた。
「エリー見て!これのこと覚えてる?」
エリーが差し出してきたのは、白いハンカチだった。丁寧に折り畳まれていて、しわ一つない。普通のハンカチにしか見えないが…何かをあるのだろうか?
「ちょっと借りてもいい?」
ユリーに了承をもらって、ハンカチを受けとる。畳まれていたハンカチを開いてみると、花の刺繍らしきものが表れた。らしき、というのは、下手すぎて花かどうか断言できないからだ。恐らくだが、これは白ユリ。二本の白ユリが刺繍されていた。
「これはどうしたの?」
分からないので諦めてユリーに聞いてみる。すると、彼女は不服そうな顔をして言った。
「えー覚えてないの?これを作ったのはユリーじゃない。」
私が作った…?
そして、ユリーにあげた?
私が縫った刺繍で、白ユリが二本刺繍されていて、ユリーにあげたもの……。
「あ!これはもしかして……二人で贈りあったハンカチ?」
そういえば、昔プレゼントしたことがある。確か、お互いに刺繍のお勉強が始まった時期で、なかなか上手くいかず、落ち込んでいた時のことだ。お母様たちが「お互いにプレゼントしてみない?贈る相手がいた方がより頑張れるわよ。」と提案してきたのだ。
「ユリー、まだ持っていてくれたのね。」
「エリーは違うの?」
「もちろん、持っているに決まってるじゃない。確か、バラの刺繍だったよね。」
ガチャッ
私たちがはしゃいでいた時だった。突然、扉が開き、私たちは一気に現実へと引き戻された。
王族の部屋にノックも無しに入ってくるなんて何事だろう?怪訝に思っていると、男が一人入ってきた。
「皇女殿下はいらっしゃいますでしょうか⁈」
入ってきたのは兵士だった。兵士はひどく息が乱れ、相当焦っているのが窺える。
「いるけど、なんのよう?」
王族への無礼にユリーは怒っているようだ。足をトントンと動かしている。もし大した用事ではなかったらこの兵士は最悪死刑にされるかもしれ無い。そんな呑気なことを考えていたら、次の瞬間、とてつもなく大きい爆弾を落とされた。
「伝令です!穴が急速に広がり始めたので今すぐ生け贄を連れてこいとのことです!」
頭が真っ白になった。まだ覚悟すら決まってい無いのにこんなに急に事態が動くなんて。
「そんな!?」
ユリーも驚いている。一瞬、この騒動も込みで罠として連れてこられたのかと思ったが、これは罠ではなく本当にたまたま偶然なのだろう。ユリーは固まってしまった。
それを見て私は走り出した。
「エリー待って。」
後ろから焦ったユリーの声が聞こえる。だが、そんなことは気にしてられ無い。一刻を争う事態なのだ。
正直、なにも考えていない。
まだ自らの死を意識していない。
ただひとつ思ったのは、私がいかなければ多くの人が死んでしまうということ。
どれくらい速く穴が広がるかなんて予想でき無い。私が急いで行かなければ私の大切な人たちは死ぬ。
私の頭にあったのはたったそれだけだった。




