542.ザージバル
542.ザージバル
エルに諭されて、直ぐにカナリスの街へやってきた。
本来であれば城壁の門番に、カナリス伯爵への先触れを頼み、手順を踏んで会いにいく必要があるのだが、今は1分1秒が惜しい。
姿を見られる事も無視して、空を駆け領主館の門の前へ降りていく事にした。
『すみません。以前、伺った事もある、ドラゴンスレイヤーのアルド=ブルーリングです。このような不躾な来訪、真に申し訳ありません。ですが至急の案件なんです。直ぐにカナリス卿へ取り次いでもらえませんか? お願いします』
敢えて「ドラゴンスレイヤー」の称号を出し、プレッシャーを与えて急いでもらう。
幾らカナリス伯爵が、オレが使徒だと知ってはいても、普段ならこんな失礼は絶対にしない。
オレが相当に焦っているのが分かったのだろう。騎士は「幾ら御当主様の客人とは言え、このようなやり方……いえ、分かりました。少々お待ちください」と苦言を呈したいのを堪え、踵を返して走ってくれた。
そして10分ほどの時間が過ぎ、領主館の扉が開かれると同時に、カナリス伯爵と何故かダカートの風が走り寄って来る。
あ、ザザイさんもいる。良かった、ちゃんと治ったんだ……治療を終えて、直ぐに出てしまったから、少しだけ心配だったのだ。
少しの笑みを浮かべるオレへ、カナリス伯爵は人目も憚らず一息に言い切った。
『あ、アルド君、ルイスベル君は? 無事なのか? ちゃんと見つけられたのだろうか?』
『いえ……ミュラー領の手前まで出向いて必死に足取りを探したんです……でもどれだけ探しても、痕跡すら見つけられませんでした……』
『やはりか……アルド君、伝えたい事があるのだ。少し時間をもらえないだろうか?』
『それは構いませんが……やはり? カナリス卿は何か知っているのですか?』
『それは……ここでは少しマズイ。誰が聞いているか分からない。取り敢えず、付いてきてほしい』
『分かりました』
結局、何かを知っている様子の伯爵に促され、オレ、エル、アシェラは領主館の客間へ通されたのであった。
◇◇◇
オレはカナリス伯爵、ダカートの風が席に着いたタイミングで、早速 口を開く。
『カナリス卿、先ほどの言いよう。何かをご存じなのですか? ルイスの行方を知っているんですか?』
カナリス伯爵はダカートの風を一瞥し、どういった言葉使いで返すかを考えている。
これはカナリス伯爵が、オレの正体を知っている事からの態度だ。普段、人の目がある場所では、オレへの態度はあくまでドラゴンスレイヤーとして。
しかし人の目が無い場合は全く違う。まるで魔族の始祖ティリスに接するかのように、畏まって話してくるのだ。
カナリス伯爵としては、ダカートの風の連中がオレを使徒だと知っているかを判断しかねているのだろう。
そんなカナリス伯爵へ小さく首を振ってやると、伯爵は全て合点がいったように、あくまでドラゴンスレイヤーとして話しかけてきた。
『アルド君、ダカートの風からも聞いていると思うが、ルイスベル君達の追跡には、最終的に騎士の大隊が投入された……』
『それはラヴィさんからも聞いています。ここカナリス領まで逃げのびたのは良いですが、大量の騎士に包囲されたと……』
『その騎士だが、恐らくザージバル領の騎士が使われたようだ』
『は? ザージバル領って……隣領のザージバルですか?』
『ああ、そうだ。そもそも、ミュラー領から大隊を呼び寄せても、ルイスベル君達に追いつけるはずは無い……距離があり過ぎる。それを理解しているからこそ、ザージバルに協力を申し入れたのだろう。現に私の所にもミュラー家から、「賊の逮捕」を理由に騎士の派遣を求められた。「賊とは誰の事か?」と尋ねて、突っぱねたがね。しかし代わりにザージバルから領内への騎士の通過を了承させられてしまった』
『じゃあルイスは、ザージバル領の騎士に捕まったって事なんですか?』
カナリス伯爵は、渋い顔を隠す事も無くゆっくりと頷いている。
『もしかしてルイスを捕まえた後、真っ直ぐミュラー領へ向かわずに、ザージバル領へ向かった?』
『恐らくは……関所の騎士から、大隊がザージバル領へ帰ったと報告が上がっている。更にそこにいるダカートの風のリーダー、ザザイも騎士の鎧にザージバルの紋章があるのを見たそうだ。恐らくルイスベル君は、一度ザージバル領に運ばれてミュラー領に向かったと思われる』
嘘だろ? ザザイは騎士にザージバルの紋章が入っているのを見ていたのか……くそっ、ザザイの治療が終わった後、意識が戻るまで待てば今頃ルイスを取り返せたかもしれないのに……全部が裏目に出ている。
そもそもカナリスの街から見て、ミュラー領はほぼ西にある。対してザージバル領は北だ。
くそっ、通りでどれだけ探しても、痕跡すら見つからなかったはずだ。向かった方向が想定と全く違うなんて……
『じゃあ、ルイスは今もザージバル領にいるって事ですか?』
『それは……罪人などは普通、直ぐに移送されるのが慣例だ。そんな者を長く自領に留めたい領主はいないからね。カナリルの街からザージバルの街まで4日。そこからミュラーの街まで7日として……何も無ければ、ルイスベル君は丁度 今頃ミュラーの街へ到着している頃だろう……』
カナリス伯爵の言葉が終わると同時に、オレから殺気が吹き上がる。
「兄さま! 急にどうしたんですか! 落ち着いてください!」
「アルド、エルファスの言う通り! 先ずは落ち着く!」
「分かってる……大丈夫……大丈夫だ」
そこからは魔族語を話せないエルとアシェラへ、カナリス伯爵の言葉を伝えていった。
「要はザージバルと言う隣の領が、今回の一連に噛んでいた……そう言う事ですか?」
「ああ。完全に出し抜かれた……くそっ、考えれば分かったはずなんだ。自領でもない場所に、いきなり騎士の大隊なんて派遣出来っこないって事を……」
「兄さま……これからどうするつもりなんですか? ルイスはミュラー家に捕らえられてるんですよね?」
エルの言葉に即答出来ない……フォスターク王国との戦いは、しょうがない事と覚悟はしていた。
しかし魔族の皇家の1つに真正面から喧嘩を売るなど……最悪はティリシアと言う国自体と争いになる。
それは将来 妖精族と魔族に、取り返しのつかない禍根が残る事でもあるのだ。そして、それを最も危惧していたのは、他でもないルイスだった。
アイツは魔族と妖精族の未来を憂いて、オレを探しにティリシアまで来てくれたんだ。
軽はずみに動いて良いのか? この件は1歩間違えれば、種族として大きな禍根を残す……でもルイスを放っておくなんて出来るわけ無い……どうすれば良い……
考えて考え抜いて……最終的にオレが出した答えは、酷く適当な物だった。
「エル、お前はブルーリングへ戻ってくれないか?」
「僕だけブルーリングへ? それはどう言う意味です? 兄さまやアシェラ姉はどうするつもりなんですか?」
「エル、聞いてくれ……今回の件はオレだけで判断できない。でもルイスが攫われて10日以上が経っている。恐らくルイスは魔食いの首輪を着けられて、反抗できないようにされているはずだ。あの首輪は装着者の魔力を生きていく最低限しか残さないからな。アレをずっと着けられたなら……恐らくルイスの命はもって1年。早ければ半年だ」
「もって1年……早ければ半年……」
「本当は皇家だろうが何だろうが、乗り込んで叩き潰してやりたい。でも今回はティリシアって国と敵対する可能性がある……だからお前はブルーリングへ飛んで、父様とお祖父様から知恵を借りてほしい。もっと言えば、最悪の場合に備えてほしいんだ……」
「最悪の場合って……」
「魔族との戦争……ルイスが捕らえられた以上、世界地図も奪われたと思って間違いないと思う。地図を見れば分かる通り、ティリシアとフォスタークは内海を挟んで隣同士なんだ。当然、オレ達が作ろうとしてる国とも隣になる……」
「ちょっと待ってください。兄さまは、魔族が海を渡って攻めて来るって言うんですか? そんな事できるんですか?」
「分からない。ただ北の皇家ブリンガー家は、土地の祝福が受けられない事から、代々海へ恩恵を求めて来たそうだ。どの程度かは分からないが、造船の知識は持ってるだろうな」
「そ、そうだ! 使徒だって事を話せば良いのでは? 元々、僕達はティリシアのマナスポットを修復したいだけなんです。魔族と争う必要はありません。だったら……」
「そうだな……今言ったのは万が一の話だ。実際は使徒だってのを話せば、そう酷い事にはならないと思う」
「そうですよね……良かった」
そこからもエルと話したのだが、やはり今回ばかりは事が大きすぎると言う事で、エルはブルーリングへ帰る事となった。
「兄さま……後を頼みます。何かあれば直ぐに駆け付けますから……」
「ああ、頼りにしてる。それとルイスは絶対に助け出すからな。オリビアへそう伝えてくれ」
「分かりました」
こうしてエルが去って、ダカートの風も席を外し、オレとアシェラ、カナリス伯爵だけが残されている。
これからどうするか……出来る事を模索して、先ずはカナリス伯爵からミュラー家へ、ルイスを解放するよう働きかけてもらう事にした。
『カナリス卿、お願いがあります』
『はい、アルド様。私に出来る事であれば、なんなりと』
『主家に対して難しいとは思いますが、カナリス家からミュラー家に対して、ルイスを解放するよう嘆願してもらえませんか?』
『その件は既に何度も手紙は送ってあるのです……そもそも今回の件の発端は、クエン=フォン=ミュラーがルイスベル君達に謀反の罪を着せたのが始まり……そんな事をするはずは無いと、再度の調査を請願してあります』
『ルイス達が謀反? そんなバカな……アイツがそんな事、するはず無いでしょうが!』
『アルド様、落ち着いてください……勿論、私にも分かっています。ルイスベル君は心の底から魔族の未来だけを案じていました。あれほどのチカラを持ちながら、高潔な精神をも併せ持つ……彼は英傑と呼ぶに相応しい者です。恐らくはクエン卿が、ルイスベル君を手に入れるために仕組んだのだと思われます……』
こんな状況なのに……カナリス伯爵の言が何故か嬉しかった。
ルイス、お前はティリシアの領主に「英傑」と呼ばれるほどの男になったんだな……最初に会った頃からの思い出が、走馬灯のように映し出されていく。
『アルド様? どうかなさいましたか?』
『いえ、何でもありません……少しだけ昔を……思い出していただけです』
『そうですか……』
今回の一連の流れを聞いたが、やはりカナリス伯爵にも良い案は浮かばず……エルからの返事を待つしか、オレの出来る事は無かったのであった。




