541.焦燥
541.焦燥
ザザイの治療を始めて、1時間が経過した。
何故こんなに時間がかかったのか……実は腹の傷は腸を傷つけており、輸血をしても徐々に流れ出てしまう状態だったのだ。
しかしこんな状態で輸血を止めれば、訪れるのか確実な死……結果、アシェラが腹の傷を治すまで、オレはひたすら輸血魔法を使い続けたのである。
『ザザイはオレ達3人の兄貴みたいな人なんだ。心の底から礼を言う。ありがとう、アルド……しかし、またお前に借りを作っちまったな。もう足を向けて寝れなくなっちまった』
『君がいなかったらザザイは……本当にありがとう、アルド君』
『また借りを作ったな。オレで出来る事なら何でも言ってくれ。命だろうと差し出してみせる』
『3人共、止めてください。元はと言えば、ルイスを助けようとして受けた傷です。だったら、アイツの親友である僕が治すのは、当然の事ですよ。それより、ルイスが何処に連れて行かれたか知りませんか? どんな事でも良いので、知ってる事があれば教えてください』
オレの問いに、3人は難しい顔で黙り込んでしまった。
『すまねぇ……オレ達は囮になって、逃げるので手一杯だった。正直、相手の顔すらまともに見てねぇんだ。ましてやルイスが何処に連れてかれたかなんて……本当にすまねぇ』
くそっ、無駄骨か……しかしオレ達が来なければ、ザザイは間違いなく死んでいた。
良かったのか、悪かったのか……複雑な思いが渦巻くが、これ以上 ここにいてもしょうが無い。
『分かりました。では僕達は行きます。ルイスの事で何か分かったら、カナリス伯爵に伝えて下さい。お願いします』
『分かったぜ。ザザイの目が覚めたら、オレ達もカナリスの街へ向かう。あれだけの部隊が動いたんだ。絶対に、誰かの目に入ってるに違いねぇ。伝手を総動員して必ず手掛かりを掴む』
パーガスの言う通り、大隊規模の騎士が動いたのなら、間違いなく動向は知れるはず。
ルイスが攫われて数時間……今なら見つけるのは、そんなに難しく無いはずだ。
少しの楽観と共に、ダカート村を後にしたのだった。
◇◇◇
収納経由でエルと連絡を取り、先ずは一度 合流する事を決めた。
分かれてから1時間以上経っている事から、先ずはお互いの情報を擦り合わせたかったのだ。
「エル、任せっきりにしてスマン。取り敢えず、ザザイさんの治療は終えてきた」
「いえ、気にしないで下さい。ザザイさんが無事で良かったです。ルイス達を助けるために、命を落としたなんて……命が助かって良かったです」
「そうだな。それでお前の方は何か分かったか?」
「いえ……マナスポットからダカート村を辿って、更にカナリスの街への街道を調べたんですが、何の手掛かりも見つけられませんでした」
「そうか……ラヴィさんの話では、ルイスは「50人規模の大隊」って言ってたらしいからな。流石にそんな数が動けば、何かしらの痕跡が残ってないとおかしい」
「そうなんです。僕もそう思って、虱潰しでは無く大まかに調べて先へと進んだんですが、何の形跡も無くて……水や食事、トイレで絶対に何か残っているはずなのに……」
これは一体……賊はカナリスの街へ向かっていないのか? もしくは街道を通っていない?
一時は直ぐに見つかると高をくくっていたのだが、急に背中へ冷や水をかけられたような感覚が襲ってくる。
「どうすれば良い? 予想以上の速さで進んでるのか? いや、それでも痕跡すら残ってないのは流石におかしい……そもそも騎馬隊でもあるまいし、数時間でそんなに長い距離を移動できるとは思えない。じゃあ、やっぱりカナリスへ向かっていない? だったら何処へ……」
ぶつぶつと独り言を呟くオレを、エルとアシェラは不安そうな顔で見つめている。
気だけが急く中、どう判断しても間違える予感しか沸いてこない。
何か見落としているのか? でもルイスを確保したなら、真っ直ぐミュラー領に向かうはずだろ? 隠密部隊? いや、50人もいて隠密もクソも無い。くそっ、迷ってる時間なんか無いのに……何か確証が1つでもあれば……
結局どれだけ考えても良い案が浮かぶ事は無く、時間だけが過ぎていく。
「エル、アシェラ、正直どうすれば良いのか判断しかねてる……このまま街道沿いに追うか、森を突っ切って探すか……それとも全く違う場所へ向かってるのかもしれない。どうすれば良いと思う?」
エルとアシェラも判断出来ないのだろう。2人共、難しい顔をするだけで、口を開こうとはしない。
沈黙が続く中、アシェラが絞り出すように話し始めた。
「判断できなくても、人がいきなり消えるなんてあり得ない。街道と森、両方怪しいなら、二手に分かれて探そう。ルイスが攫われてだいぶ経つ……考えてる時間が勿体ない」
確かにアシェラの言う事は、1つの答えである。こうして答えの出ない問題に、頭を抱えていても意味など無いのだから。
分からないままでも、当てずっぽうにでも動けば、何か手掛かりが見つかるかもしれない。
「そうだ……そうだな。手分けすれば、見落としてた手掛かりが見つかるかもしれない……エルもそれで良いか?」
「正直、判断できません……ですが、この状況ではアシェラ姉の言うように、動き回って手掛かりを得るしか方法が思いつきません。何もせずただ見てるよりは、闇雲にでも動いた方が可能性はあるかと……」
「決まりだな。オレとアシェラは森を探す。エルは街道沿いを探してくれ」
「待ってください。兄さまとアシェラ姉は、ザザイさんの治療で魔力が減ってるんじゃないですか? だったら危険な森は僕が探します」
「大丈夫だ。2人なら最悪は休息も取れる。どうしてもキツイ時は、交代で魔力を回復するよ。それよりお前も範囲ソナーで魔力は減ってるだろ? ルイスを見つけるまで、どれだけ魔力が必要なのか分からないんだ。お前は安全な街道を頼む。それと1時間おきに収納経由で報告をしあおう。お互いの状況を知っておいた方が良い」
「分かりました。でも無理はしないでくださいね?」
「それはお前もだ。何かあった時は魔瘴石を使うのを躊躇うなよ? ケチって怪我なんてしたら洒落にならん」
エルは苦笑いを浮かべながら小さく頷いた。それはまるで、「オマエガナー」と言っているように感じられる。
まぁ、昔と違い今のオレ達なら、母さんの「魔王の一撃」もある事だし、迷宮踏破はそこまで難しくは無いはずだ。
そこからは細かな打ち合わせを行い、それぞれの探索場所へ散っていったのである。
◇◇◇
エルと別れ日が暮れるまで探したのだが、騎士の姿はおろか痕跡の1つすら見つける事は出来なかった。
「くそっ、どうなってるんだ。まるで煙みたいに消えるなんて……カナリスの街まで、普通に歩いて4日。こうなったらカナリスの街まで行こう。それでもダメならミュラー領までだ。何があっても絶対にルイスを助けだしてみせる!」
「兄さま……」
「だってそうだろ? アイツが何か悪い事をしたのか? 魔族って種のために、全てを後回しにして動いてただけじゃないか! 何でアイツが攫われなきゃいけないんだ……おかしいだろ……」
オレの愚痴を聞き、エルは決意の籠った目で小さく頷いた。
「そう……ですね。その通りです! ルイスは何も間違った事はしていません。分かりました、僕も腹を括ります。最悪はミュラー家の屋敷に忍び込んででも、ルイスを助けましょう!」
「ああ。エル、ありがとう」
オレとエル、2人で覚悟を決めた所にアシェラが口を挟んでくる。
「2人共、熱くなり過ぎてる。ミュラー家は他国の皇族。無茶をすれば独立が早まるだけじゃなく、妖精族と魔族が敵対する。ルイスは、その確執を一番 心配してた」
「じゃあ、どうしろって言うんだ、お前は。このままルイスを見殺しにしろって言うのか?」
「そうじゃない。お師匠やお義父様、お祖父様に相談する。きっと良い知恵を出してくれるはず」
父さんと祖父さんか……母さんなら兎も角、2人は間違いなく「切り捨てるべき」と言うだろう。
あの2人は為政者として、身内すら切り捨てる非情さを持っているはずだ。
「エル、アシェラはこう言うが、どう思う?」
「……父様とお祖父様なら、恐らく切り捨てるべきだと言うでしょう……母様だけは分かりませんが、それでもミュラー家と敵対する事は止めると思います」
「オレも同じ意見だ。こうなると、意地でもミュラー領に入る前にケリを付けないと……どうしようも出来なくなる」
「そうですね……でも、こうも手掛かりが無いのでは、どうしたら良いのか……」
結局、昼に出なかった答を、今また探す羽目になっている……こうして時間だけが過ぎていく。
「さっき兄さまが言ったように、カナリスの街まで捜索の手を広げましょう。それでも見つからなければ、ミュラー領の入口まで……それ以上は、判断できません」
「分かった……それで行こう。大丈夫、オレ達の移動速度なら、違うルートを通ったとしても、先回り出来るはずだ。大丈夫……きっと大丈夫だ……」
「そうですね……僕達は使徒です。きっと何とかなります……」
強がりを言うオレとエルを、アシェラは何とも言えない顔で見つめていたのであった。
◇◇◇
ルイスを探し始めて10日……ミュラー領の入口まで捜索範囲を広げたが、結局 手掛かりすら見つける事は出来なかった。
「どうなってるんだ! これだけ探して手掛かりすら手に入らないなんて! おかしいだろ!」
「兄さま、落ち着いてください」
「何でお前は落ち着いていられるんだ? もう10日だぞ……最悪は、ミュラー領に入られてる……」
「もしかして、僕達が見落とした物があるのかもしれません……カナリス伯爵へ会いに行きましょう」
「カナリス伯爵に何が出来る……ミュラー家にビビッて、ルイス達を見殺しにした相手だぞ。オレ達の事もミュラー家に売るつもりなんじゃないか?」
吐き捨てるように言い放ったオレに、エルは少しの怒気を込めて口を開いた。
「兄さま! 言って良い事と悪い事があります。現にカナリス伯爵はルイス達を助けるために、ダカートの風を向かわせたじゃないですか! 兄さま……悔しいですが、僕達では見つけられなかったんです……こうなったら周りに助力を頼むしか……」
「……すまなかった、エル……そうだな。ダカートの風の皆も、知り合いに当たってくれるって言ってくれてたんだ。何か情報があれば、カナリス伯爵へ伝えてもらうよう話してあった……分かった、カナリスの街へ向かおう」
どうしようもない苛立ちを、エルにぶつけてしまった。日本での年齢を入れれば、オレが一番年長者なのに……心の中で2人へ丁重に頭を下げつつ、カナリスの街へ向かったのであった。




