535.交渉
535.交渉
オレ達は表面的には丁重に扱われ、用意された馬車へ乗り込んだ。
馬車の中にはオレ、氷結さん、カズイの3人に加え、騎士、隊長の5人。隊長と騎士は入口に陣取り、万が一にも逃げられないよう目を光らせている。
こんなヤツ等、簡単に意識を奪えるのに……そうは思っても、母さんは逃げるつもりは無いらしい。
不敵な笑みを浮かべて、良いオモチャを見つけたとばかりに、楽しんでいる。
あー、コレ、碌な事にならないわぁー。どうか人死にだけは出ない事を祈りつつ、馬車に揺られていったのである。
◇◇◇
馬車に揺られる事、30分ほど。街の中心にある領主館の玄関で、ゆっくりと馬車は止まった。
『到着だ。足元に気を付けて降りられよ』
この隊長、馬車の中でも最低限しか話をせず、オレ達を舐めているのがありありと分かる。
そもそも、何処の誰がオレ達に用があるのか、それさえもコイツの口から語られていないのだ。
『さあ、コチラだ。くれぐれも粗相の無いように。失礼があった場合、身の安全は保障できない』
お前、いきなり連れてきて、その言い草は無いんじゃないか?
コイツにとって人族であるオレと母さんは、本来 礼を尽くす相手では無いのだろう。
恐らくオレ達をファーレーンの者と思ってるんだろうが……取引しようって相手にこの態度じゃ、纏まるものも纏まらないだろうに……
オレは喉まで出かかった言葉を、必死に飲み込んだのである。
『では、この部屋でしばし休まれよ。何かあれば、このメイドへ申し付けてほしい』
隊長はそれだけを告げ、踵を返して部屋を出て行ってしまった。
この部屋にはオレ、母さん、カズイに獣人族のメイドが1人。それとフル装備の騎士がいるのみだ。
「母様……ここは敵の真っただ中じゃないですか……どうするつもりなんですか?」
「アルは心配性ね。こんな包囲、逃げようと思えばどうとでも出来るじゃない」
「それはそうですけど……」
「私に良い考えがあるんだから、黙って任せなさい。アンタは素直に私の言葉を通訳してくれれば良いのよ」
何を仕出かすつもりなのか……こうなったら、後は野となれ山となれだ。オレはもう知らん!
こうして30分ほどが経った所で、先ほどの隊長がやってきた。
『お待たせした。我等の主の下へ案内しようと思うが、武器の類は預からせてもらう』
この野郎……目的もここが何処かすら伝えず、自分の都合だけ押し通すつもりなのか?
流石のオレも、いい加減ムカついてきたぞ。
「アル、コイツは何を言ってるの?」
「武器を寄越せと言ってます……何の説明も無く、連れてきておいて武器まで奪うとか……あまりにも一方的すぎます。母様、もう逃げましょう」
オレの言葉を聞き、母さんは少しの思案の後、小声で口を開く。
「アル、アンタの収納に、全員の予備武器は入ってたわよね?」
「え? ああ……まぁ、そうですね……エルが念のためにって言って、入れてました」
「じゃあ、万が一、戦闘になるようなら直ぐに出して頂戴」
「ちょっと待ってください。母様は本当にコイツの言う事を聞くつもりなんですか? こんなやり方、母様が一番嫌いな方法じゃないですか!」
母さんは小さく肩を竦めた後、一息に言い切った。
「今回だけよ。アルジャナでどうしても確かめておきたい事があるんだからしょうがないじゃない。良いから、早く武器を渡しなさい」
えー、マジで? オレの短剣ってミスリル製で、1本 1000万くらいするんですけど……しかも2本に予備武器のミスリルナイフも合わせれば、3~4000万ですよ?
万が一、返してもらえなかったら、弁償してもらいますからね? 逃がしませんよ?
渋々ながらも武装を解くと、隊長は目に喜色を浮かべ、マジマジとオレの短剣を見つめている。
これ、本当に返してくれるのか? 不安だ……本当に不安だ。
我が家には小さな子供が2人と、もうすぐ赤ちゃんが産まれてくると言うのに……こんな事で散財してる余裕は、ウチにはありませんことよ!
ハァ……どうしてこうなった……
結局、母さんの謎の圧に負け、オレ達は武器を渡した後、隊長の後に続いたのである。
◇◇◇
『お前達が最近、ミスリルを密輸している輩か? 騎士団から話は上がっている』
隊長に促されるまま、少々こじんまりとした謁見室へ通された途端、中央の椅子に座るオッサンからいきなり訳の分からない事を言われてしまった。
密輸だと? いきなり何を言い出すんだ、このオッサンは……
『ちょっと待ってください。僕達は密輸なんてしていません』
『密輸をしていない? ではこの街に入る際、税金を払ったと言うのか? そんな報告は聞いていないぞ』
え? もしかして街に入る際 商品の税金を払わないといけないの? マジで?
あれ? ちょっと待てよ……日本でも国を跨ぐ商売には税金がかかってたような……いわゆる関税ってヤツだ。
フォスタークでも商人が街に入る際には、馬車の荷を確認されていたような……
あー、これ詰んだわ。オレ達、このオッサンの言う通り、確かに密輸してるわ……だってこの街に入る時は、冒険者カードで出入りしてたし……どうしよ……
1人、挙動不審になっていると、母さんが呆れた顔で口を開いた。
「カズイ君に通訳してもらったわ。密輸ねぇ……アル、私の言う事をドワーフ語に直して頂戴。ちゃんと一字一句 間違わずに訳すのよ」
「え? あ……はい」
この人は何を言うつもりなんだろう……オレ達が税金を払っていないのは事実なのに……
オレの心配を他所に、母さんはスラスラと言葉を発していく。
「確かに街に入る際、運んできた商品に応じて税金を払う必要があるのは知ってるわ」
『街に入る際、商品に税金を払わないといけないのは知っていました……』
「でもそれは、商人が他の街で仕入れた物に限るはずよ。私達は見ての通り冒険者。アナタ達は魔物の素材や、元々持っていた個人の財産からも税金を取るって言うつもりなのかしら?」
『あ、なるほど……えーっとですね……それは商人が他の街で仕入れた物に限るはずです。僕達は見ての通り冒険者。持ち物は魔物の素材か元々持っている物しかありません。税金を払う必要は無いと思いますが……』
オレの言葉を聞き、中央に座るオッサンが不敵な笑みを浮かべて口を開く。
『なるほど……確かに冒険者であれば、税金を払う必要は無いな……純粋な冒険者であればな』
何だ、オッサンのこの余裕……他に何かあるのか?
『では1つ聞くが、お前達は本当に冒険者なのか? いや、オーガの巣を殲滅するほどの武を持つのであれば、本当に凄腕の冒険者ではあるのだろう……聞き方を変えよう……お前達が売ったミスリル。あれは本当にお前達が持っていた物だったのか? もっと言えば、あれだけのミスリル……本当は何処かから流れてきているのでは無いのか?』
『……』
コイツの言いよう……オレ達がオーガの巣を潰した事も調べてあるって事か……その上でミスリルの密輸ルートを作ろうとしている先兵ではないかと疑っているのだろう。
オッサンはオレ達を値踏みするように眺め、一挙手一投足を見つめている。
この場には沈黙が支配し、誰も口を開く者はいない。
そんな中、カズイに通訳してもらった母さんは、厭らしい笑みを浮かべて口を開く。
「アル、私の言う通りに訳して頂戴。ふぅ……私達を調べたみたいだけど、何処か怪しい所はあったのかしら? そもそもこのミスリルは私達が元々持っていた物よ。貴族のアナタは知らないだろうけど、街から街へ旅する際、銀貨や金貨、白金貨をジャラジャラもち歩くなんて出来ないの。価値のあるミスリルやアダマンタイトへ変えておくのは当たり前でしょ? ここイリルで換金して、住み易そうなら腰を据えようと思ったんだけど、領主がこれじゃあ考え直した方が良さそうね」
えー、このまま訳すの? 端々で煽ってる感じがするんですが……
揉めるのは嫌なので、出来るだけオブラートに包んで伝える事を決めた。
『あのですね……ミスリルは僕達が元々持っていた物です。街から街へ旅するのに、貨幣を沢山持つのは危ないですから、財産は希少金属へ変えていたんです。今回の事は、そろそろ何処かの街で腰を据えようと思っていた所に、ゴンタさんと知り合えたので、手持ちの希少金属をお金に変えてもらっていたんです』
母さんの内容をだいぶ端折ったのだが、ヤツはドワーフ語を話せない。きっと誤魔化せるはずだ。
『ふむ、要はあれだけのミスリルを、お前達は冒険者の稼ぎだけでコツコツ貯めたと……そう言い張るつもりか?』
『はい……』
オッサンは呆れた様子で肩を竦め、居住まいを正してから口を開く。
『話にならんな。お前達はアルジャナでミスリルやアダマンタイト、オリハルコンがどれほど希少か分かっているのか? お前達が売ったミスリル……幾ら懐に入ったかは知らんが、末端価格では軽く大白金貨10枚はくだらない。あんな量を個人が集めてみろ。直ぐにハイエナが集まって、身ぐるみ剝がされるに決まっている。こっちが下でに出ている内に、サッサと真実を話せ。本当はファーレンで、大規模なミスリル鉱脈が発見されたのでは無いのか? どうなんだ!?』
あー、コイツはオレ達がファーレーンの紐付きだと疑っているのか……そしてミスリルも、そのルートで流れて来たと思っているようだ。
しかし、オレ達はファーレーンなど行った事も無いわけで……どうやって説明しようか頭を悩ませていると、母さんはしたり顔で耳打ちをしてきた。
「アル、カズイ君から聞いたわ。何を言われても、さっきの理由を話して突っぱねなさい。そもそもミスリルの出所は私のヘソクリだし、何も嘘は言ってないじゃない?」
「それはそうですが……でも、この人達、絶対に納得しないですよ? 最悪は暴力に訴えてくるんじゃ?」
「それこそ、こっちの思うつぼじゃない。そこの柱の影に騎士が数人隠れてるし、最初からそのつもりだったのかもね」
やっぱり……想い通りに進むのなら交渉で、決裂した場合はチカラで押さえつけるつもりだったようだ。
本当に、この手合いは皆 考える事が同じ……いや、最初に言葉で交渉してきただけでもマシな方か……
少しの憤りを見せるオッサンと、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる母さんを見て、きっと最後は力尽くでの解決になる事を、覚悟したのであった。




