534.続イリルの街 弐 part3
534.続イリルの街 弐 part3
イリルの街に逗留して、既に2週間が過ぎた。
ゴンタに売ったミスリルも既に半分以下になっており、オレ達の手元には1億5千万円程度の金がある。
どうやら継続的に仕入れが出来ると理解したらしく、商業ギルドのサブマスターであるゴンタの兄が全面的に協力しているのだとか。
やはり右から左へミスリルを流すだけで、莫大な富を得られるともなれば、目端が利く者であれば注力するのは当然の事だ。
その兄だが、実は少し困った事になっている。
やり取りは全てゴンタ経由で行っており、実際には一度も会った事は無いのだが、「ゴンタを抜いて、私と直接取引してもらえないだろうか?」との手紙を送って来るのだ。
しかも、その手紙をゴンタに運ばせてくるのだから、更にたちが悪い。
『ゴンタさん……この件は前にも断ったはずですよね? 僕達はゴンタさんとしか取引はしません』
『すまねぇ、ぼっちゃん。兄貴には何度も言ったんだが……お前では話にならんって聞いてもらえねぇんだ……』
こう話すゴンタは既に1千万円以上の報酬を得ており、身なりに最初の頃の面影は無い。しかし実家の話となると、途端に背を丸め俯いてしまうのだ。
うーん……これは普段どんな扱いを受けているのか良く分かるってモンだ。
何とかしてやりたい気持ちはあるが、事は領主一家内のパワーバランス……要は権力争いそのものである。
オレが一番 首を突っ込んではいけない案件なのだ。
可哀想ではあるが、残りの希少金属を売り捌くのに、後1ヶ月もあれば終わる。
その頃にはゴンタの手元にも、数千万円単位の金が残っているはずだ。その金を元手に商売を始めるもよし、冒険者の道を再び歩き始めてよし。
本当に辛いのであれば、領主家から完全に独立して自分の道を歩いて行けば良い。
後少し……そう思いながら、ゴンタとの取引を続けていったのである。
◇◇◇
実はミスリルを売り始めてだいぶ経つが、1つ困った事があった。それは……やる事が無い事……要は暇なのだ。
ゴンタの兄が前のめりになった事から、取引のスピードは各段に上がった。それは良い。
しかし纏まった時間が取れない事から、依頼を受ける事すら出来ず、日がな一日ボーっと雲を数える事になってしまったのだ。
そんな日々に、最初に文句を言い出したのは、安定の氷結さんである。
宿屋のベッドに寝転がりながら、驚愕の言葉を吐きやがった。
「アル! 毎日毎日、ボーっとしてるだけじゃない! アンタは使徒で忙しいんじゃないの! こんな事をしてる時間なんて無いでしょ!」
「そうは言っても……2,3日で次の取引があるので、遠出できないんです……母様も分かってますよね?」
「だって暇なんだもん! もぅ……暇潰しに、この領に2つあるって言う、マフィアの1つでも潰しに行こうかしら……」
おま! 絶対にヤメロよな! そんな事をしたら、確実に指名手配されてしまう……裏と表の両方で。
放っておけば、コイツは絶対にやる……面白そうって理由だけで、この街を混沌に叩き込む……オレには見える!
隣で顔を引き攣らせていたカズイと早急に解決策を練った所、1つの案を思いついた。
それは弟子……氷結さんはAランク冒険者らしく、魔法の教え方から実践の方法、果ては効果的な運用まで幅広く知見がある。
しかも、これだけ我儘でどうしようもない人なのに、人に教える事を苦としないのだ。
結果、冒険者ギルドへ頼み込んで、臨時ではあるが魔法使いの教官の職を手に入れたのである。
まぁ、実際には、ギルドの演習場で道場破りを行って、力づくで認めさせたのではあるが……
こうして氷結さんとカズイは、時間が出来た際にはギルドで後身の指導に当たっている。
通訳のカズイが、日に日に疲れ果てていくのは見なかった事にしようと思う。
そして残されたのはオレだけなのだが、ボーっと雲を数えてるわけでは無く、魔道具工房にお邪魔していたりする。
以前の旅の際、ここイリルの街で、アルジャナの魔法陣を習ったのを覚えているだろうか?
記憶を頼りに工房を訪ねた所、なんと向こうもオレの事を覚えていたのだ。
曰く『お前! あの時の坊主か! 元気だったかよ。お前の教えてくれた魔法陣で、オレの株が爆上がりだぜ』と、嬉しそうに受け入れてくれたのだ。
それからは暇を見て、アルジャナの魔法陣を基礎から習い、お返しにフォスタークの魔法陣を教えている。
『しっかし、お前は何者なんだ? 魔法陣の種類だけじゃなく、繋ぎ方や使い方もオレが習った物と全く違う。根っこは同じに感じるが、一体どういうこった?』
『お互いに詮索は無しの約束ですよ。そんな事より、これ。「魔力増量」、この魔法陣は何に使うんですか? 単純に消費魔力が増えるだけなんじゃ?』
『ん? あー、それはだな。魔力の消費を増やす代わりに、効果を上げる魔法陣だ』
『え? 効果を上げる? そんな魔法陣があるんですか……僕の知らない物が沢山ある。イグルーさん、報酬は払います。申し訳ありませんが、詳しく技術を学ばせてもらえませんか? お願いします!』
そう頭を下げるも、イグルーは難しい顔をするのみで、頷こうとはしない。
他を当たるか? そう考え始めた所で、ゆっくりと口を開いた。
『報酬なんざいらねぇよ。それにタダで技術を教えるつもりも無ぇ』
しょうがない、やっぱり他を……そう諦めかけた時、イグルーは小さく笑みを浮かべて一息に言い放った。
『ギブ&テイクだ。オレの知ってる技術は隠さず教えてやる。その代わりお前の持ってるモンも全部吐き出せ。どうだ?』
『ギブ&テイクですか……分かりました。契約成立ですね』
『ああ、よろしく頼むぜ。弟子&先生よ』
『こっちこそ、お願いします。先生&弟子さん』
こうしてオレは魔道具を、母さんとカズイはアルジャナの戦闘知識を学ぶ事になったのだった。
◇◇◇
更に1週間が過ぎ、イリルの街に滞在して1ヶ月が経つ頃、とうとう想定していた最悪の事件が起きてしまった。
ミスリルの転売は、ゴンタは当然として、ゴンタの兄も確実に利益を得ている事から表面上は順調に進んでいたのだが……その上、何と、ミスリル販売の件が領主の耳に入ってしまったのだ。
『すまねぇ、ラフィーナの姉御、アルドぼっちゃん……事が親父の兄貴……この領の領主にバレちまった……』
あー、時間の問題だとは思っていたが、転売を始めて1ヶ月でバレるとは……どうやらこの街の領主は有能らしい。
「母様、どうやら転売の件が、この街の領主に見つかったみたいです」
「カズイ君から聞いたわ。まぁ、いつかはこうなると想定してたんだし、しょうがないんじゃない?」
「そうですね……まだミスリルは1/3残ってますが、ここらが潮時ですか……」
「ええ。直ぐにでも、この街を出ましょう。本当は今日、可愛がってたブロンズの魔法使い達と、依頼に行く約束をしてたんだけど、どうやら無理そうね……」
母さんは少し寂しそうな顔で小さく肩を竦めている。
『ゴンタさん、教えてくれてありがとうございます。僕達は直ぐにでも、この街を出ようと思います。短い間でしたが、アナタと取引できて良かった』
『すまねぇ……領主が出てきちまった以上、オレにはどうする事もできねぇ……稼がせてもらった金で、アイツ等ともう一回、やり直してみる。アンタ達はオレ達の恩人だ。ありがとう』
そう言ってゴンタは深々と頭を下げている。
「アル、領主は切れ者なんでしょ? ゆっくりしてる暇は無いわ。直ぐに発つわよ」
「そうですね、分かりました」
確かに母さんの言う通りだ。相手が有能なのであれば、ここも何時まで安全なのか分からない。
ゴンタ達を残して席を立とうとした所で、酒場に騎士がなだれ込んできた。
『全員、動くな! 従わない者は叛意ありとみなして、拘束する!』
この場で一番偉いと思われる騎士が、入って来るなり一息で言い切った。
その間にも騎士達は続々と酒場になだれ込んでおり、僅か数十秒で包囲は完成してしまう
これは……幾ら何でもタイミングが良すぎる……もしかしてゴンタが裏切った?
当のゴンタは騎士の行動に驚き、口を開け辺りをキョロキョロと見回しているだけだ……これが演技なら、アカデミー賞が取れそうだな。
そして隊長と思われる騎士は、ゆっくりと歩きオレ達のテーブルの前で足を止める。
『ゴンタ殿、申し訳ありませんが、後を付けさせてもらいました。ここからは我等に任せて、アナタは席を外してください』
『ふざけるな! オレの後をつけただと? 何のつもりだ! そもそもこの人等は何も罪を犯しちゃいねぇ! どこかに連れて行く権利なんざ、お前等には無ぇはずだ!』
騎士は面倒臭そうに小さく溜息を吐き、部下へ指示を飛ばす。
『ゴンタ殿を領主館へお連れしろ。抵抗するようなら捕縛しても構わん。急げ』
『はっ! ゴンタ殿、コチラへ……』
『放せ! オレは領主館なんざ行かねぇぞ! おい! 放せって言ってるだろうが!』
ゴンタは仕切りに抵抗していたが、多勢に無勢。直ぐに2人の騎士に捕縛され、店の外へ連れ出されてしまった。
『ふぅ……あの人はいつまでも厄介者だな。そうは思わんかね? 人族の諸君等よ』
コイツは……明らかにオレ達を舐めている。その態度を隠しもしないのが、更に鼻につく。
どうするか……この程度の騎士、オレ達なら無傷で制圧出来る。どうせこの街は出るつもりだったのだ。このまま逃げるのが正解なんじゃ……
心のスイッチを「戦闘」へ切り替えた瞬間、隣から声が響く。
「アル、待ちなさい。カズイ君から大体の事は聞いたわ。コイツ等は私達を、どうしても領主の前に連れて行きたいのよね?」
「そうだと思います……恐らくミスリルの流れを掴んで、一儲けしたいって所でしょうか?」
「ふーん……どうしても招きたいって言うなら、行ってやろうじゃないの。同行するってこの騎士に伝えて」
「え? ちょっと待ってください。逃げるんじゃないんですか? 僕達ならこの程度の包囲、簡単に突破出来るじゃないですか」
「アル、ちょっと落ち着きなさい。私に良い考えがあるの……良いから、そう伝えて……」
母さんは不敵な笑みを浮かべて、言い切った……この顔は氷結の魔女……いや、イタズラを思いついた氷結さんの顔だ。
この人は言い出したら聞かないわけで……「クックック……面白くなるわよ……」と呟く母さんの言う通りに事は運ぶのであった。




