532.続イリルの街 弐 part1
532.続イリルの街 弐 part1
ブルーリングへ帰ってきて3日が過ぎた。
既に小割りに鋳潰したミスリルとアダマンタイトは手元にあり、これからイリルの街近郊のマナスポットへ飛ぶところである。
「じゃあ、ちゃちゃっと行くわよ。アオ飛ばして頂戴」
「はい、姐さん」
メンバーは以前と同じく、オレ、氷結さん、カズイの3人。やはり身重のライラは当然として、アシェラには2歳のシャロンの傍にいてほしい事からの人選である。
「アルド、いってらっしゃい」「パパ、いてらさ」
「シャロン、ママの言う事を聞いてお利巧にしてるんだぞ。アシェラ、シャロンを頼むな」
「アルド、使徒の重責は分かりますが、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「ああ、無理はしないよ。レオンを頼む、オリビア」
「アルド君……絶対、無事に帰ってきてください。お願いします」
「絶対、帰って来る。約束するよ。ライラこそ無理しないでくれよ? お腹の子、頼むな」
3人の嫁との暫しの別れを惜しんでいると、氷結さんが呆れた顔で口を挟んできた。
「アンタ達ねぇ、毎度毎度、良く飽きないわね。そもそも、そーゆーのは自宅でやってきなさい。カズイ君を見て。呆れてるじゃないの」
むぅ……これは旅に出る際の恒例行事なのに、氷結さんに呆れられてしまった……でも、これが無いと気合が入らないのだからしょうがない。
ここは華麗にスルーさせてもらうとしよう。
「じゃあ、行ってくる。3人共、子供達を頼むな」
面倒なので軽く氷結さんを無視すると、途端に文句が飛んでくる。
「何よ! 何で無視してるのよ! アンタねぇ、前から思ってたんだけど、私を軽く扱ってない? そんなだからマナスポットを壊しかけるのよ。本当にもぅ……」
うっ……流石は氷結の魔女だぜ。痛い所を確実に突いてきやがる。
無視した事でへそを曲げたのか、いつまでもギャーギャーうるさいので、アオにサッサと飛ばしてもらう事にした。
「アオ、イリルの街のマナスポットへ飛ばしてくれ」
「……分かったよ」
結局、アルジャナへ飛ばしてもらった後も、氷結さんの文句は続いたのである。
◇◇◇
マナスポットから予定通り5日でイリルの街へ到着した。
「さてと、何とか間に合ったわね」
ゴンタとの待ち合わせは今日の昼である。これは硬貨を鋳潰す時間を考慮していなかった事から、ギリギリの旅程になってしまった事らの言葉だ。
「そうですね。まさかお祖父様が、硬貨を鋳潰せなんて言うとは思わなかったですから。急いでくれたボーグには感謝しかありません」
「まぁ、代わりに余計な宿題をもらってきたみたいだけど、しょうがないわね。でも触媒の血って強い魔物が良いんでしょ? だったら、どっかの主を倒した際にでも採取するのが良いんじゃない?」
「はい、そのつもりです。流石にこれだけのために、わざわざ魔物を狩りに行くのはちょっと……」
母さんは肩を竦めて返してくる。
「じゃあ、少し早いけど向かいましょ。待ち合わせの場所は以前の酒場で良いのよね?」
「はい、そのはずです」
「あのお店なら、またディアの肉を食べましょ。前の時はアイツ等のせいでしっかり味わえなかったもの」
母さんは言い終わる前に、意気揚々と先に行ってしまう。オレとカズイは肩を竦めて母さんの後を追うのであった。
◇◇◇
「やっぱり美味しいわねぇ、この肉……うまうま。ディアだっけ? ウーヌス大陸にもいると良いのに」
「そうですね……だいぶ先の話ですが、ジョー達がマッドブルの養殖を成功させたら、ディアも試してもらいましょうか?」
「良いわねぇ。開拓村に行けば、世界中のお肉を食べられるようにして頂戴。アルなら出来るでしょ?」
またコイツは無茶な事を……養殖はそんな簡単じゃ無いぞ。しかし母さんの言葉も一理ある……養殖するのに、陸の生き物なら海より格段に簡単なはずだ。
エサと環境を整える事が出来るなら可能なのか? まぁ、その環境を整えるのが大変ではあるのだが。
でも多彩なお肉かぁ……うん、目指すだけなら良いかもしれない。立派な特産品になるだろうし、これからに期待だな。
そうして3人でディアの肉に舌鼓を打っていると、待ち人であるゴンタと取り巻きの2人が店に入ってきた。
『何だい何だい。アンタ等、また来たのかい? 金も持たず他の客にたかるなら、帰っておくれ』
『何だと、ババア! 客に向かって何だ、その態度は!』
『アンタ等が客だって? バカをお言いでないよ。金を払ってこその客だよ。人様にたかるのは物乞いって言うのさ。そもそも、いつまでそんな生活を続けるつもりだい。魔物が怖いなら冒険者なんて止めちまいな。そんな姿、死んだニノイも見たか無いさね』
『このババア! 約束が無けりゃ、こんな店、頼まれてった来るか!』
ゴンタ達は店に入るなり、店員に小言を言われている……えー、オレ達、アイツ等と同じテーブルに座らないといけないの?
他の客もあからさまに眉を顰めており、周りからどう思われてるのか、嫌でも分かると言うものだ。
アイツ等と交渉なんて出来るんだろうか……ミスリルを渡したが最後、逃げられる未来が見える。
「アル、アイツ等、何を揉めてるの?」
「あー、何と言うか……普段の素行が悪すぎて、店員さんに出ていけって言われてます。どうも普段から人にたかってるみたいで、金を持って無いと思われてるんでしょうねぇ」
「ふーん……もう面倒だから、店員さんに私達が出すって伝えて。正直、これ以上騒ぎになるなのは、流石に恥ずかしいわ」
なんと! アナタにも、恥ずかしいって感情があったんですか!? 生まれて20年ちょっと、初めて知りました!
「分かりました。本当はアレと一緒のテーブルに座りたく無いんですが……しょうがないですね」
嫌々ながら、未だに店員と言い合いしているゴンタ達の下へ進み出て、なるべく小声で話しかけた。
『あのー、すみません。彼等の分は僕達が払いますので……席に座らせても良いですか?』
『アンタ……以前、コイツ等に絡まれてただろ? もしかして脅されてるのかい?』
『あー、いえ、そう言うわけじゃなくてですね? ちょっと取引をしたくて、ここで待ち合わせをしてたんです』
『取引? 兄ちゃん、悪い事は言わないから止めておきな。コイツ等 相手に取引なんて、金を持ち逃げされるのが落ちだよ』
『心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。逃げるなら地の果てまで追いかけますから……その際には相応の報いは受けてもらいます』
オレからドラゴンスレイヤーとしての殺気が漏れ出たのだろう。怒りを露にしていた店員は、一転 顔をひきつらせながらゴクリと喉を鳴らし、素直に引いてくれた。
『ではこの席を借りますね。ゴンタさん達、座ってください。注文は僕達と同じ物で良いですか?』
『あ、ああ……すまねぇ。今は手持ちが無くてな……』
こうしてお互い交渉のテーブルに着いたのだが、食事代すら持って無いとか……本当にコイツ等と交渉して大丈夫なんだろうか……不安だ。
◇◇◇
店員が不安そうに見つめる中、先ずは現物を見せるため、ハンカチに包まれたミルリルの塊を取り出して優しく置いた。
ゆっくりとハンカチを広げると、ゴンタ達は呆けたように言葉を吐く。
『これは……本当にミスリル……』
『す、すげぇ。あ、アニキ、これだけのミスリル、一体幾らになるか分からねぇですぜ』
先ずはオレ達が本当にミスリルを持っているのを分からせるため、半分だけ見せたのだが効果は覿面だった。
『これの他にも、まだミスリルはあります。それに少量ですがアダマンタイトも……もう一度聞きますが、アナタ方は本当にこれを売る事が出来るんですか? 先ほども言いましたが、もし誠実な取引をするつもりが無いなら、ここで言ってください。以前の事は水に流し、アナタ方には何もせず立ち去る事を約束します。万が一、持ち逃げでもするようなら……僕達は地の果てでまも追いかけて、相応の報いを受けさせます。どうですか?』
ゴンタはオレの目を真正面から見つめつつ、ゴクリと喉を鳴らす。
『だ、大丈夫……実は既に兄貴へ話は付けてあるんだ……売り先の目途は立ってる』
『そうですか。では最初の取引といきましょうか。これを換金してもらえますか?』
そう言ってオレが出したのは、ミスリルではあってもほんの一欠片……小指の先ほどしかない、ミスリルの欠片である。
『これだけ? さ、さっきの塊は?』
『流石に最初からあれだけのミスリルを渡す事は出来ません。何事も先ずは信用ですよ。これを換金して頂ければ徐々に大きな物をお願いしたいと思います』
ゴンタは先ほどから打って変わって、眉間に皺を寄せている。
コイツはバカなのか? いきなり何千万ものミスリルを渡すはずが無いだろう。ちょっと考えれば分かりそうな物だが……
そこからは少しだけ揉めたが、母さんがウィンドバレットを漂わせ始めた所で、ゴンタ達は顔を真っ青に染めて頷いたのである。
『では2日後にまたここで。時間は今日と同じお昼にしましょう。良い取引が出来る事を願っています』
『ああ……分かったぜ。こんな欠片でもミスリルだ。アニキの伝手をフル活用してふんだくってくる。期待して待っててくれ』
直ぐにゴンタは立ち上がり、走り出しそうな勢いで店を出て行った。
「ふぅ……取り敢えず、先ずはあの欠片を売ってもらいます。あの量なら直ぐに売れると思いますので、次の取引は2日後。問題はそれまでどうやって過ごすか……」
こう話すのには訳がある。元々オレ達が持っていたアルジャナの金は2万円ほどしかなかった。
先回の食事代に今回の分。更にゴンタ達へ驕った事で、残りの金は雀の涙なのだ。
このままでは野宿コースまっしぐらである。
「どうせはした金しか持って無かったんだからしょうがないわ。お腹も膨れたし、予定通り冒険者ギルドへ向かいましょ。数日分の旅費ていど、私達なら直ぐにに稼げるわよ」
「そうですね。取り敢えず今日の宿代だけでも稼がないと……早速、向かいましょうか」
「アルジャナなら、僕はアイアン、アルドはシルバーの依頼を受けられるから……割の良い依頼があると良いね」
「そうですね。それに母様は先ずは冒険者登録しないといけませんし……少し急ぎましょう」
店員の訝しそうな目を他所に、オレ達は意気揚々とイリルの街の冒険者ギルドへ向かったのである。




