530.へそくり
530.へそくり
母さんが悪い顔で話し始めた内容は……
「私達が持ってるこの国のお金って、アンタが前に持ち帰ってきた分があるだけよね?」
「まぁ、そうですね。今 手元にあるお金は、フォスタークの価値に直すと金貨2枚って所です」
「このままベージェって街を目指すとしても、旅の路銀は必要でしょ? アルはどうやって路銀を工面するつもりだったの?」
「前に旅した時のように、冒険者として依頼を受けようかと……」
「やっぱり……カズイ君に聞いたわよ。以前の旅ではミスリルナイフのせいで、何度も強盗にあったって。こっちじゃ、ミスリルやアダマンタイト、オリハルコンは数倍の値段らしいじゃない。フォスタークで用意して、こっちで転売すれば路銀なんて直ぐに稼げるじゃない」
「確かに……その通りです。すみません、こっちでミスリルの価値が高い事を忘れてました。でも何で今、そんな事を?」
オレがそう聞くと、氷結さんは待ってましたとばかりに話し始めた。
「良ーく聞きなさい。この転売は簡単に路銀を稼げるはずよ。それこそ旅の路銀どころか、一財産を築けるくらいに。でも実際にそんな量の希少金属を売ってみなさい。そこら中からハイエナ共が、群れを成してやってくるに決まってるわ。その中には当然、権力を持った者もいるでしょうね」
「じゃあ、ダメじゃないですか。絵に描いた餅って言うか……」
「最後まで聞きなさい。そこでコイツ等を使うのよ。このドワーフは一応、領主の親族でしょ? 恐らく希少金属を売り払う伝手も持ってるはずよ。無ければ親族を頼って紹介してもらえば良いわ。根っからの悪人ってわけじゃ無さそうだから、それぐらいは融通してくれるでしょ。それに万が一、危ないと判断すれば、簡単に切り捨てられる。名前も知られていない今なら、足が付く事も無いわ」
コイツ……全てのリスクをコイツ等に押し付ける気なのか……何て恐ろしい事を考えるんだ。〇イに「お前の血は何色だ」って叫ばれるぞ?
しかもこの人は、危なくなれば早々に切り捨てるつもりでいる。
うーん……これに頷いても良いのだろうか? 自慢じゃないが、オレの価値観は小市民なのだ。
小悪党だからと言って、こんな無茶を押し付けて良いのだろうか?
「か、母様……幾ら何でも、この人達に全てを押し付けるのは可哀そうって言うか……」
「何でよ、ちゃんとそれなりの報酬は支払うつもりなんだから良いじゃない。それに話を聞けば、きっとコイツ等も頷くんじゃないかしら?」
「分かりました……聞いてみます……」
そして未だに土下座中の彼等へ、事の次第を話してみると、驚いた事に是非やらせてほしいと言い出したのだ。
『本当にやる気なんですか? 申し訳ありませんが、僕達は自分の素性を話すつもりはありません。それに危険だと判断すれば、直ぐに姿を消すつもりです。それでもやるんですか?』
この話のリスクを過大なほど誇張してみたのだが、コイツ等の意思は変わらなかった。
何故こんなにも頑ななんだ……そう思って少し彼等の事情を聞いてみた所、コイツ等は現代日本で言う半グレのような者達らしい。
日本のように、統治機構が確立されている国なら兎も角、ここは中世と変わらない。当然ながら本職の方々が腐るほどいらっしゃるのだ。
表では依頼出来ないような物を扱う裏ギルドから、法で裁くまでも無い些細なイザコザを仲裁する地域密着型のマフィア。
このイリルの街にも2つのマフィアがあり、北と南で軽い緊張関係を続けながら存続しているそうだ。
『オレにはどっちにも伝手がある。稼ぎの5%ずつも渡してやれば、そっちは丸く収められるはずだ。それにミスリルやアダマンタイトの売り先にも当てはある。兄貴が商業ギルドのサブマスターなんだ。何とか頼み込んで商人を紹介してもらう。だからオレ達にやらせてくれないか?』
うーん……確かに領主の親族なら、伝手があるのも理解できる。でもなぁ……いきなり喧嘩を吹っかけてきた相手だし……信用が0どころかマイナスなんだけど。
まぁ、母さんだって何億も換金するわけじゃないだろうし……今回は頼ってみるか。
「母様、コイツは領主の親族だけあって………………」
母さんへ、そのままの話を伝えた所、更に恐ろしい事を言い始めた。
「なるほどね。良い機会だし、使い倒してやりましょう。軽く神銀貨を100枚ぐらい換金してもらいましょう」
は? ちょ、ちょっと待て! か、神銀貨1枚が100万円として…………いっちおくえーーーーーん!!!
おま、バカなのか? こんな訳の分からんヤツと、いきなり1億の取引とか!
「か、母様、か、神銀貨100枚って……どこにそんなお金が? 父様やエルでも、そんな金額ポンと出せないでしょ?」
「ん? 私のポケットマネーに決まってるじゃない。私だってそれぐらいは持ってるわよ。失礼しちゃうわね」
うそ? おま、そんなにお金持ってたの? え? 何で?
「アンタだって家を建てるのに神赤貨を何枚も使ったんでしょ? 私だって報酬は貰ってたんだから、それぐらいは持ってるわよ」
「そ、それにしても100枚は……」
「それに私は一応、領主夫人でしょ? 月に神銀貨 3枚の小遣いも貰ってるしね」
マジか……言われてみれば、確かにコイツはブルーリング男爵夫人で、幾つもの迷宮を踏破した女傑でもある。
しかも普段の生活では、諸々の一切をブルーリング家から捻出してもらっており、小遣いは貯まる一方だったのだとか。
「母様がそんなにお金を持っていたとは……だったら次からプリンは有料に……」
「嫌よ! 何で私がお金を払わないといけないのよ。アルが作ったのなら、私にだって食べる権利があるでしょ!」
えー、お前、お金持ってるじゃん。ちょっとぐらい払っても罰は当たらないと思うんですが……
「母様がお金を持ってるのは分かりました。でも神銀貨100枚なんて、そんな量を売る必要があるんですか? アルジャナのお金はフォスタークでは使えないんですよ?」
「ハァ……これからアナタとエルは、ここアルジャナで沢山のマナスポットを解放するんでしょ?」
「はい、そのつもりです……」
「だったら今回だけの話じゃなくて、その旅の路銀はどうするの? その都度、依頼を受けてはした金を稼ぐつもりなの?」
「……」
「それにもし旅の途中で、貴重な魔法具や魔道具、情報や必要な物を見つけたとして、手元にお金が無いとどうしようも無いでしょ。お金は使うためにあるの。貯め込んでるだけじゃ何の価値も無いじゃない。アルジャナでは希少金属が高価だって言うなら、何処の街でも換金には危険が付きまとうわ。だったら、この機会に纏まったお金を手に入れておいた方が合理的だと思わない?」
確かに母さんの言ってる事は筋が通っている。でも、しこたま貯め込んでたヤツに、言われたく無いんですが!
しかし どうやら母さんは、これから先の旅も見越しての行動のようだ。自分のヘソクリを、将来のオレ達のために使ってくれる……これは足を向けて眠れないな。
「分かりました。母様の案で行きましょう。それと将来 必要になる路銀の事まで考えてくれるなんて……何て言ったら良いか……ありがとうございます」
「ん? アル、アンタ勘違いしてない? ちゃんと両替はしてあげるから、都度 お金は貰うわよ?」
おま! 金取るのかよ! オレの感動を返せ!
その後も色々と話をしたのだが、母さんのヘソクリは総額2億ほどもあるらしい……どんだけ貯め込んでやがったんだよ。
ん? ちょっと待て……お前、ナーガさんに借金を押し付けて、ブルーリングへ逃げてきたんじゃなかったか?
コイツは……なんてヤツだ。次にナーガさんに会ったら、絶対にチクる事を誓ったのである。
◇◇◇
母さんの小遣いでアルジャナの金を手に入れると決めたのだが、当然ながらそんな金額を持ち歩いているはずが無い。
結果、ゴンタと2週間後に再度 落ち合う事を決め、ブルーリングへ帰ってきた。
「ふぅ……やっぱりブルーリングは落ち着くわね。取り敢えず私はお風呂へ入って来るわ」
「はい。カズイさんはどうします?」
「僕も今日はゆっくりするつもりだよ。流石に少し疲れたからね」
「分かりました。僕はお祖父様とエルへ旅の報告をして自宅へ帰ります。じゃあ出発は3日後ですから。ここで落ち合いましょう。忘れないでくださいね」
「分かってるわよ、アルは細かいわねぇ」「3日後だね。ちゃんと準備しておくよ」
こうして2人と別れ、祖父さんとエルのいる執務室へ向かったのだが、一連の流れを話し終えるとエルは苦笑いを浮かべ祖父さんは大きな溜息を吐いた。
「アルド、話は分かった。ただ神銀貨をそのまま売るのは止めておけ。両面の絵柄を削るか鋳つぶしてから売るようにしろ。慣例化してるとは言え、通貨を破損させるのは何処の国でも違法となる」
「アルジャナほど離れていれば、見つからないのでは? 100枚もあると流石に削ったり鋳つぶすのはかなりの手間で……」
「その100枚が問題なのだ。今はお前の言う通り、アルジャナで神銀貨を売ろうがフォスタークに見つかる事は無いだろう。だが100年後も同じだとお前は言い切れるのか?」
「それは……」
「貴族の中でコインをコレクションする者は少なくない。現にこのブルーリングでも各国の通貨は一通り揃えている。他国へ行く際に、貨幣を知らなければ騙される可能性があるからな」
「確かに騎士団にも各国の通貨が飾られてますね……」
「特に神銀貨の意匠には美麗な細工が施されている。ミスリルの美しさに美麗な細工、残そうと考える者がいる可能性は高い。遠い将来とは言え、妖精族の始祖が罪を犯したなどと証拠を残すわけにはいかん」
「手間を惜しんで後世に禍根を残すのは悪手ですか……分かりました。ただ流石に削るのは、量も減って勿体ないので、鋳つぶそうと思います」
「方法は任せる……話は変わるが、アルジャナに魔道具や魔法具、価値のある物が無いかは注意深く観察しておけ。アルジャナであればフォスタークの顔色を伺う必要は無い。場合によってはブルーリング家として商売を始めても良い。独立を画策する以上、これからも金は必要になる。お前の負担が増えて申し訳ないとは思うが、頭の隅に入れておけ」
「なるほど……確かにアルジャナなら余計なシガラミは無いんだ……分かりました。街を回る際には気を付けるようにします」
「話はそれだけか? なら下がって良い」
「はい、失礼します」
執務室をお暇すると、エルも一緒に着いてきた。どうやら先ほどの商売の件で話したい事でもあるのだろう。
「兄さま、すみません。ただでさえ過酷な旅なのに、更に商売の事まで任せる事になってしまって……」
「気にするな。お祖父様も言ってただろ? 何か売れる物が無いか、道中で気を付けるだけだ。大した手間じゃない」
「それはそうですが……」
「で、どうした? それが言いたかったわけじゃないんだろ?」
「はい。僕が目利きを出来るわけではありませんが、人を使って兄さまの手伝いは出来ると思うんです。何か気になる物があれば、気にせず買って来て下さい。これはその軍資金です」
エルはそう言って神赤貨を2枚と神銀貨を10枚をよこしてきやがった。
おま、これって合計三千万円もあるじゃねぇか! これだけの金で何を買って来いって言うんだよ!
マールへの宝石か? サナリスへのおもちゃか? あ! 分かった、側室へのプレゼントだな!
そう言えばエルの側室大作戦は始動してたんだよな……実際の所、どうなってるんだろ……凄く興味があります!
「エル君や、立ち話もなんだし……久しぶりに兄弟水入らず、君の部屋で少しお話でもしようじゃないか? な?」
エルは何かを察してか、苦笑いを浮かべながら小さく頷いたのであった。




