529.イリルの街 弐 part2
529.イリルの街 弐 part2
街の中を楽しそうに歩く母さんの後を、カズイと2人付いて歩いている。
そんな母さんだったが唐突に足を止めた後、オレとカズイだけに聞こえる声量で思ってもいなかった言葉を吐いた。
「アル、カズイ君、気付いてる?」
いきなり何を? 何の事かと後を振り返ろうとした所で、再度 母さんの声が響く。
「動かないで。店を出てから数人に後を付けられてたけど、徐々に増えてるわ。今だと5人って所ね」
「5人? 付けられてるって……もしかしてさっきの男達が?」
「多分そうでしょうね。尤もアンタやカズイ君が、過去にこの街で何もしてなければ……だけど?」
「僕は狙われるような事は、何もしてません。以前、この街に寄った際は旅の準備を整えただけです」
「ぼ、僕も依頼をこなして、路銀を稼いだだけで何もしてないと思います……」
「じゃあ、決まりね。十中八九 何かしてくると思ったけど、こんなに早く動くなんて……案外、アイツ等のボスは優秀みたいだわ」
「そんな……たったあれだけの事で? しかも母様の強さは理解してるはずなのに……」
「理由を教えてあげる……バカだからよ。バカだから相手も見ずに喧嘩を売るし、やられても仲間を連れて報復にくる。あの手合いは言っても聞かないから、体に叩き込んでやるのが一番なのよ。アンタも知ってるでしょ?」
「それはそうかもしれませんが……動物じゃ無いんですから……」
「犬やネコでも喧嘩を売る相手は選ぶわ。アイツ等は動物以下って事よ。徐々に仲間が集まってるみたいだし、ここじゃ人が多すぎるわね……アル、範囲ソナーを打って、人がいない場所へ案内して」
「返り討ちにするって事ですか?」
「当たり前じゃない。例え人の形はしてても、全員に言葉が通じるわけじゃないの。言っても分からないヤツは体に叩き込む! それしかないでしょ?」
あー、この人、完全にスイッチが入ってるじゃないですか……もしかしてお腹も膨れて体を動かしたい……食後の運動なんて思ってないですよね?
機嫌が悪そうでは無いのが唯一の救いか……気は進まないが、言う事を聞かないと、こっちに飛び火しかねない。
オレは小さく溜息を吐いてから、300メードの範囲ソナーを打ったのである。
◇◇◇
母さんの指示通り、人通りの無い路地裏へ足を踏み入れた所、男が数人 オレ達の前に立塞がった。
む、後ろからも……回り込まれたか……
『クックック……自分から人通りの無い路地へ入ってくれるとはな。誘き寄せる手間が省けたぜ』
こう話すのは、背は低いが筋骨隆々のドワーフだった。何かの小汚い革鎧を着込み、背中に大剣を担ぐ姿は、間違い無く冒険者のそれだ。
そんな男の後ろには、先ほどの酒場で散々 母さんからウィンドバレットを叩き込まれた3人の男が、卑屈な笑みを浮かべて立っている。
マジか! ドワーフ! 転生して初めて見たぞ! やっぱり背は低いのかぁ。でも凄い筋肉だなぁ。手先が器用だって話だし、ビックリするような技を使ってくるかも。
オレが初めての見るドワーフに、感動しているのを尻目に、母さんは心底 面倒くさそうに口を開く。
「ハァ……あれだけ一方的にやられて、まだ懲りて無いの? この街の野良犬にはもう少し厳しい躾がいるみたいね」
『このクソ女、何言ってるか分かんねぇんだよ! さっきは良くもやってくれたな! 今度はゴンタのオヤジを連れて来たんだ。無事に帰れると思うなよ!』
「アル……あの蛆虫、何言ってるか分かんないんだけど、絶対 私の悪口 言ってるわよね?」
「あー、まぁ、そうですね……無事に帰れると思うなって言ってます。それと話しぶりから、あのドワーフが頭みたいですね」
「ふーん……アル、カズイ君、手出しは無用よ。どっちが上か、私が骨の髄まで叩き込んでやるんだから。それと空間蹴りは無しでいきましょ。見られると、後々 面倒だわ。最悪、領主が出張ってくるかもしれないしね」
「分かりました……邪魔にならないよう端に寄ってます……」
「は、はい……危なかったら言って下さい。加勢します……」
会話を聞いていた男達だったが、理解出来ない言葉と怖気づかないオレ達の態度に、とうとう怒りの声を上げた。
『何を話してやがる! 木偶の言葉なんざ使うな、こっちまで無能がうつるぜ!』
その無能にやられたのは誰ですか? 氷結さんがドワーフ語を話せなくて本当に良かった。もし理解できてたら、あの獣人族の顔が酷い事になってたはずだ。
そろそろ始まりそうなのでカズイと道の隅に移動すると、男達のボスであろうドワーフが怪訝な顔で口を開く。
『テメェ等、どういうつもりだ……女を……魔法使いを1人で戦わせるつもりか?』
『あー、そうですね。どうしても1人でやるって聞かないので……どうぞ僕達は気にせず戦ってください』
『ふざけやがって……あの女をぶちのめしたら、次はテメェ等の番だ。覚悟しとけ』
「何時になったら来るのよ。いつまでもグチグチと……怖くなったんなら土下座しなさい。そしたら許してあげない事も無いから。アル、訳して頂戴」
「はい……」
かなりオブラートに包んで訳したのだが、氷結さんの言葉を聞き、男達の目から殺気が滲み始める。
『男2人は奴隷にして……この女は全員で輪姦してから娼館へ売っぱらう。顔には傷を付けるな……後で楽しめねぇからな』
男共の目に殺気だけで無く、色が混じり始めたのを氷結さんは見逃さなかった。
あ、マズイ……氷結さんから殺気が滲んできやがったよ。殺しちゃダメですからね? アルジャナへ着いて、いきなり殺傷沙汰とか嫌なんですけど!
男共は氷結さんを囲むように動き、逃がすつもりは無さそうだ……その数8人。
『痛い目の後はヒィヒィ言わしてやるからよ! 楽しみに待っとけ! 行くぞ!』
ドワーフの男が叫んだのを合図に、全員が氷結さんへ殺到する。
幾ら母さんが稀代の魔法使いとは言え、この人数に立ち位置。流石に加勢するか? そう考えた所で男達が一斉に吹き飛んだ。
母さんはウィンドバレット(そよ風バージョン)を一瞬で発動し、全員の顔面に叩き込んでいる。
「あらあら、こんな物なの? 私を手籠めにするつもりなんでしょ? だったらもっと情熱的に来ないと! ほらほら!」
うわー……更に追加の(そよ風バージョン)15個を漂わせ、地面に倒れている男達へ撃ち続けている。
逃げ出そうとした者へは足に、向かって来ようとする者へは顔面に……その攻撃は男達の顔が腫れあがって、目と口が数字の3になるで続けられたのであった。
◇◇◇
『『『『『どうもすみませんでした!!!』』』』』
これがどういう状態なのか……あれから10分ほど氷結さんに、躾を施された男達は、〇〇を漏らし終いには泣き出してしまったのだ。
今は全員が土下座をして地面に頭を擦りつけている……目と口を数字の3にして……
「ふぅ……久しぶりに暴れたわね。若い頃を思い出しちゃったわ」
おま、マジで? 若い頃、こんな無茶をやってたの? これって若さで言い訳できる限界を超えてるだろ!
改めて氷結さんの恐ろしさに戦慄しつつも、すぐ目の前には土下座の男が8人もいるわけで……
これ一体、どうやって収拾すれば良いんですか? この惨状を生み出した悪魔は、既に興味を失っている。
何と「面倒だから、アル、後始末をお願いね」と丸投げされてしまったのだ。
そりゃ、氷結さんはドワーフ語を話せないので、持て余すのはしょうがない。
でも、全部を丸投げするのは違うって言うか……コイツ等、どうすりゃ良いんだよ。
もうリリースすれば良いんじゃ……そうオレの中のナマケモノが囁くが、一時は母さんを犯した後 娼館へ、オレとカズイを奴隷に落とすとまで言ったのだ。
このまま放逐すれば、また何か仕出かすか何処かで同じ悪さをする気がする。
かと言ってコイツ等を更生させる義理など、オレにあるはずも無く……そもそもコイツ等、何で衛兵や騎士に捕まって無いんだ?
小悪党とは言え、確実に法の裁きを受けるべき人間だろう。
『お前等は、店で因縁を付けて返り討ちにあい、逆恨みで後を付けて仕返しまでしようとした。しかもオレ達を奴隷に売り飛ばすとも言ってたよな? 流石に犯罪だろ。何で捕まらないんだ? それともこの街は、そんな事がまかり通るくらい治安が悪いのか?』
沸いた疑問を聞いてみたのだが、男達は俯いたままバツの悪い顔で黙り込んでしまった。
何だこの態度は……何か理由があるのか? しかし男達は何も語らず、時間だけが過ぎていく。
この沈黙を破ったのは、安定の氷結さんである。後ろで一連の会話を、カズイに通訳をしてもらっていたようだ。
男達に再び(そよ風バージョン)の雨が降り始める……うわっ、その魔法、成人男性が殴ったくらいの威力はあるんですからね?
どうやら氷結さんは、男達が口を開くまで止めるつもりは無いらしい。
そうして数分が経過した頃、ボスのゴンタと呼ばれるドワーフが叫ぶまで雨は続いたのである。
『や、止めてくれ! は、話す! 話すから! これ以上は死んじまう!』
ゴンタの話した内容はこうだ。
どうやらこのゴンタは、現領主の弟の5番目の息子だと言う。若い頃から素行が悪く、ずっと昔に勘当されているらしいのだが、大した悪事を起こす気概も無く、厄介者として放置されているらしい。
『ほ、本当は奴隷に売ったり、娼館へ流すつもりなんて無かったんだ。そもそもそんな伝手なんざ持ってねぇ……そんな悪事をこなせるなら、こんな生活して無ぇよ……』
確かに言われてみれば、コイツ等の装備にお高そうな物は無い。何かのレザーアーマーに量産品っぽい武器。しかも薄汚れており、とても金を持っているようには見えない。
『そもそもコイツが酒場で絡んだのだって、腹が減ってた所へ美味そうなディア肉を見て、何とか奪えないかと考えての事だった。このアルジャナで人族相手なら、脅せば何とかなると思ったらしい……』
『じゃあ、オレ達の後を付けたのは?』
『アンタの腰のモンが目当てだった……コイツが逃げる時、その短剣が目に入ったんだ。それはミスリルの短剣だろ? 売れば1年は遊んで暮らせる……』
あ! そう言えばドゥオ大陸では、ミスリルやアダマンタイト、オリハルコンなどの希少金属はトーラス大陸より貴重だった。
以前の旅でもミスリルナイフは刀身を黒く染めて、普段使いの短剣は鉄製を使ってたのを思い出す。
『こっそりスれれば御の字……人数を集めて脅せば、差し出すだろうと……』
蓋を開けてみればコイツ等は、本当に小悪党だったらしい。衛兵に突き出しても、一応 領主の親族では軽い罰で出て来てしまうのだろう。
「母様、聞きました?」
「ええ。カズイ君からおおよその話は聞いたわ」
「どうしましょう? 反省してるみたいですし、もう放置で良いんじゃないですか?」
母さんは悪い顔で何かを考え込んでいる。コイツがこんな顔をする時は、絶対に碌な事を考えてない。オレは断言できる!
「か、母様? もう良いじゃないですか。あまりやり過ぎると、一応は領主に連なる者みたいですし、面倒な事になっても面白く無いでしょ?」
「何よ、私が悪い事を考えてるみたいじゃない! 失礼しちゃうわね!」
そう思ってるよ! お前、絶対 碌な事しかしないじゃないか!
しかし本人に言えるはずも無く……そうして少しの時間が過ぎた頃、ヤツはニチャっとした顔で口を開いたのである。
「アル、良い事を思いついたんだけど……」
これは長くなる……確信めいたオレの勘が、囁いたのであった。
アルドの異世界転生のコミカライズ1巻が2/25に発売されます(>_<)
作者は亜城シロ先生。現役の高校生でジャンプ新人賞を取った天才さんです。
是非、手に取って貰えると嬉しいです(*´Д`*)
オーバーラップノベルズから3巻も発売中なので、そちらも是非 お願いします(●´ω`●)




