528.イリルの街 弐 part1
528.イリルの街 弐 part1
ブルーリングを発って5日が経過した。オレ達の前にはアルジャナの最西端であるイリルの街が広がっている。
「やっと着いたわね……これがアルジャナ……本当に多種族が一緒に住んでるのね……」
母さんは大口を開けながら、街行く様々な種族を眺めている。
オレが初めてベージェに入った時は、久しぶりの人に会えた感動で、この光景をジックリ眺める余裕など無かった。
しかし改めて眺めてみると、確かに母さんが呆然とする意味が分かる。
各国が同盟を結んでいる今ですら、国境の近くでは種族間の小競り合いは続いているのだから。
「ウーヌス大陸でも、皆がこうやって生きていければ争いも少しは減るんでしょうけど……」
「そうね……この国のこの光景……これが精霊が望んだ世界なんでしょうね……」
オレと母さんの2人は、とめどなく流れる人の歩みを、ただただ眺めていたのだった。
◇◇◇
少し遅い昼食を摂ろうと、たまたま目に入った酒場へ足を踏み入れた。
「アル、これは何て書いてあるの?」
「どれですか? あー、これはボア肉のシチューですね。頼みますか?」
「嫌よ。ボアのシチューなんてフォスタークでも食べられるじゃない。折角アルジャナへ来たんだから、ここでしか食べられない物を食べたいわ」
「ここらでしか食べられない物……だったらこれはどうですか? ディア肉の香草焼き。ドゥオ大陸にしかいないみたいなので、フォスタークでは食べられないですよ」
「良いわね! 私はそれにするわ。後はサラダと飲み物だけど……アル、適当に頼んでおいて」
「適当にって……別に良いですけど、後で文句を言わないでくださいよ」
このパターンは絶対、文句を言う流れだ。最悪はオレの分を奪われる覚悟だけはしておこう。
「カズイさんは決まりましたか?」
「うん。僕もディアにしようと思う。話を聞いてたら、久しぶりに食べたくなっちゃった」
「じゃあ僕もディアにします。その方がお店も楽でしょうし。店員を呼びますね。すみませーーん!」
勢いのまま店員へ声をかけたのだが、訝しそうなな顔をされただけで無視されてしまった。
あ! ここはアルジャナだった。人族語が通じるはずが無い。メニューはドワーフ語で書かれていたので、ここイリルの街はドワーフ語が公用語なのだろう。
『すみませーん。注文良いですか?』
『はいよ。ちょっと待っておくれ』
先ほどとは打って変わって、恰幅の良い魔族のオバサンが返事を返してくれる。
『注文は何だい?』
『このディアの香草焼きを3つと、後は………………』
『分かったよ。香草焼きは少し時間がかかるからね。サラダと飲み物を先に出すよ』
『はい、ありがとうございます』
一通り注文を終えた所で、酒場の隅に座る3人組から露骨な舌打ちが聞こえてきた。
『チッ、人族がアルジャナに何の用だ……しかも生意気にディアの肉だと? オレでも高くて食えねぇのに……木偶風情が……』
この声量……恐らく聞こえるように話しているのだろうが、オレは紳士である。しょうもない喧嘩は買わない平和主義者なのだ。
しかし敢えて聞こえないフリをした事で、余計に男達の怒りに油を注いだらしい。
『おい、木偶共、何 無視してやがる。金だけおいてサッサと出てけ。ディアはオレ達が食ってやるからよ』
『くっくっく……怖くて声も出せねぇってか? 痛い目を見る前に、サッサと帰れ。おい、テメェだよ』
あー、鬱陶しい……この手合いは痛い目をみないと分からないのだ。しょうがない、お腹も減ったしサッサと片づけよう。
埃が立たないよう外へ連れ出そうかと考えた所で、いきなり男達へウィンドバレット3発が飛んで行く。
は? 誰が……考えるまでもありませんでしたね……やっぱいアナタですか……
氷結さんは不敵な笑みを浮かべつつ、そよ風バージョンを顔面に受け、悶絶している男達の下へと歩いていく。
『こ、コイツ、魔法使いか! いきなりぶっ放しやがって、いかれてやがる』
「何言ってるか分かんないのよ。先ずはその臭い口を閉じなさい」
そう言って、追加のそよ風バージョンを2発ずつ撃ち込んだ。
『ま、待て。オレ達の後ろに誰がいるのか知ってるのか? ゴンタのオヤジだぞ。お前等……ぶっ』
うわっ、しゃべってる途中に、魔法を追加で撃ち込むとか……容赦ないですね。
「分かんないっつってんでしょうが! 折角、初めての国でワクワクしてたのに……アンタ達のせいで台無しよ!」
今度は3発ずつ……ちょっとやりすぎでは? 男達、ビビッて足が震え始めてますよ?
「母様、そのへんにしておきましょう。どうもこの3人、ここ等の顔役の知人みたいですね。あんまりやり過ぎると後が面倒です」
「顔役ねぇ……ふーん……じゃあ、ソイツにキッチリ落とし前を付けてもらわないといけないわね。アル、この3人へ伝えて。私達がご飯を食べ終えるまで、そこで大人しく座ってろって。その後、顔役ってヤツの下へ連れてってもらうわ……一言一句、そのまま伝えるのよ。それと逃げようとすれば、次は殺傷型を使うって脅しておいて」
え? ちょ、ちょっと待って……コイツ等の親分の所に殴り込みをかけるの? マジで?
「ちょ、ちょっと待ってください。こんなヤツ等、このまま逃げせば良いじゃないですか。何で他所の土地に来て、ワザワザ喧嘩なんてするんですか。おかしいですよ」
「先に喧嘩を売ってきたのはコイツ等よ。そもそも他所の土地だからこそ、足が付かなくて自由に動けるんじゃない。何言ってるのよ、アルは……それにこの手合いは頭を潰せば良い駒になってくれるはずよ。精々、こき使ってやりましょ」
コイツ……鬼だ……鬼がいる。普通、違う土地に来たら、多少はビビるって言うか……配慮するだろ?
何で生き生きと、暴力に訴えようとするんだよ! おかしいだろ!
お前はアレか? 世紀末覇者なのか? そう言えばアシェラも拳王って呼ばれてるらしいし、お前等 師弟は屍の山の上で高笑いでもするつもりなのかと! 何処に向かってるんだと! 声を大にして叫びたい! ……ハァハァ
思わず心の中で、盛大に突っ込んじゃったじゃないか!
「か、母様、お願いですから穏便に……あ、料理が来ましたよ。きっとお腹が空いてイライラしてるだけですって。ほら、このディア、意外にサッパリしてるのに旨味があって美味しいんですよ」
「どれ……美味しいじゃない! マッドブルも良いけど、これも違った美味しさがあるわねぇ」
「でしょ? 面倒な事はサッサと忘れて、料理を楽しみましょう。ね?」
男達をオレの体で隠すように立ち、後ろ手で「逃げろ」とハンドサインを出す。
コイツ等は見た感じ冒険者崩れのようなので、きっと分かってくれるはずだ。
まぁ、アルジャナとフォスタークでハンドサインが同じとは思えないが、何となく雰囲気で察してほしい。
そんなオレの思いも虚しく、男達は怯えた様子を見せるだけで動こうとはしない……お前等、そんなだから、こんな関わっちゃいけない人に喧嘩を売るんだよ!
冒険者としての嗅覚0じゃねぇか!
氷結さんが分からないドワーフ語で『逃げろ』と呟いた所で、やっとオレの意図に気が付いたようだ。
こそこそと逃げ出していく男達を、体を使って隠していく。
やっと店の外へ出てホッとした瞬間、氷結さんが気にした様子も無く呟いた。
「あんな小物、どうでも良いわ……でもねアル、あの手合いはアナタが助ける価値なんて無いと思うわよ?」
「気付いてたんですか」
「当たり前でしょ。まぁ、丁度良いわ。アナタにも良い勉強になるでしょうしね……」
意味深な母さんの言葉を最後に、オレ達は食事へ戻っていく……オレの勉強? この人はたまに良く分からない事を言う。
魔女の深慮に首を傾げながら、オレ達はディアの肉に舌鼓を打ったのであった。
◇◇◇
『ご馳走さまでした。凄く美味しかったです』
『お粗末様。そこの姉ちゃんがさっきのヤツ等をぶちのめした時は、胸がスーっとしたよ。アイツ等も昔はゴールドを目指すって頑張ってたんだけど、仲間の魔法使いを無くしてからは酒に溺れちゃってねぇ。今では街の嫌われ者さ』
『そうだったんですか……仲間を……』
『残された者があれじゃあ、死んだ者も浮かばれないよ。最近では、かなりヤバイヤツ等と付き合ってるって聞くし、アンタ等も気をつけなよ』
『はい。色々とありがとうございました』
『人族って事で何か言うヤツがいるとは思うけど、頑張りなよ。ちゃんと精霊様は見てるんだからね』
お店のオバサンの話から、やっぱりアイツ等は冒険者崩れだったようだ。
仲間の死か……確かにオレもルイスやネロが目の前で死んだりしたら……いやいや、そうじゃない。
人は誰でも生きている限り、前に進まないといけないはずだ。一時は立ち止まったとしても、ずっとその場に居続けるなど許される事では無い。
店を出て物珍しそうに辺りを見回している母さんへ、先ほど聞いた話を聞かせてみた。
「ふーん……良くある話ね。冒険者をやっていれば死は隣り合わせの存在よ。アンタも知ってるでしょ?」
「それはそうですが……彼等の気持ちも少しだけ分かるんです……」
「そんなの私だって分かるわよ。じゃあ、何? 可哀そうなアイツ等のために、私達がディアの肉を恵んでやらないといけないの?」
「いえ、そうじゃないですが……」
「だったら何が言いたいのよ。あのねぇ、アル。人は誰だって戦ってるの。それは過去の自分だったり、目の前の困難だったり……この世に幸せだけの人なんていない。どんなにお金があって、チカラがあっても必死に生きてるの。類まれなチカラを持つアナタなら分かるでしょ?」
「それは……そうです」
「だったらあんなヤツ等の過去なんて忘れなさい。それより今を真剣に生きてる人の方がよっぽど尊いわ」
母さんの言う事は真理なのだろう。確かに足を止めた瞬間から、人は堕落していく。
オレとは対照的に、飄々と歩く母さんを眺めながら、数年ぶりのイリルの街を散策するのだった。




