521.ナーガの春? part1
521.ナーガの春? part1
そろそろアルジャナへの旅を再開しようと思っていたのだが、少し問題が発生した。2つ目の開拓村の件である。
既にスライエイブの主も倒してあり、道中の森もコンデンスレイで焼き払って街道を作る下準備も終わっているのだが……懸念していた件が立ち塞がったのだ。
それはマナスポットの2キロほど手前に大きな川が流れている件。
川の幅はおよそ100メード。雨で増水した際を考えれば、堤防を作るには両端を更に100メードほど離して作る必要がある。
そうなると必然的に全長300メードもの橋が必要になってくるのだ。
300メードの橋……この世界でそんな物を作れるのか? その規模の橋を架けるには、高度な構造力学と材料力学が必要なのだから。
「300メードの橋ねぇ……この世界でそんな物、見た事も聞いた事も無い……そもそも橋脚をどうやって川の中に建てるんだ? 日本で普通に橋を渡ってたけど、作り方なんて知らないぞ」
思わず独り言が出てしまったが、オレに橋を架ける知識などあるはずも無い。
そもそも日本でも、橋の設計は専門の資格があったほどの専門職だったはずだ。大学を出ただけの人間が、簡単に出来るような代物では無い。
「ハァ……適当な事を言って、後でどうしようもなくなるのもなぁ……やっぱり断るか……」
この件はマナスポットを解放した際に、父さんと祖父さんへ既に伝えてある。
しかし、2人にも良い案が浮かぶわけも無く……結果、「アル、使徒の叡智で何とか出来ないかな?」と無茶振りされてしまってい
たのだ。
「橋が無理なら、渡し船? 確か日本でも明治時代までは渡し船が一般的だったんだよなぁ。2つ目の開拓村を作るのに、物資はマナスポットを使って送るって言ってたし、作業者だけなら渡し舟でも問題無いのか?」
やはり、どれだけ考えても良い案など出るはずも無く、代案として両岸に渡し舟を置く事を提案し、お茶を濁したのであった。
◇◇◇
結局、橋を架けるの件はオレ達の手に余るとして、父さんからエルフ経由でドワーフへ打診する事となった。
何でもドワーフの国ゲヘナフレアには、他国に無い独自の技術が多くあると言う。
もしかして、大河に橋を架ける知識を持っているかもしれない。更に言えば、独立した際にはお隣さんになる事もあり、水面下ではあるものの早めに接触する事を決めたのだ。
万が一、フォスターク王国にこの動きが露見した場合、独立 待ったなしは当然の話である。
しかし既にオクタールの件がカムル王子の耳に入っている以上、そろそろ隠すにも限界がきているのも事実なのだ。
であれば、多少のリスクは飲み込むしか無い……安全を考えすぎて、勝負所を見逃すなど愚の骨頂 以外の何もでもないのだから。
こうして2つ目の開拓村の件も当面の方針を決めた際、執務室でエルや祖父さんと話していた所、母さんからそろそろアルジャナへ旅立とうと声が上がった。
「そうですね。そろそろ頃合いですか。じゃあ、アルジャナへは1週間後に旅発つって事でどうでしょう?」
「私は問題無いわ。アシェラとライラ、カズイ君にはアルの方から話しておいて」
「分かりました」
「それとギルドには一度、顔を出しておきなさい。王子から依頼が入ってると面倒だわ」
「確かに……また無視したなんて思われたら最悪ですしね」
「私としては、どうせ数年後には独立するんだから、適当に相手をしておけば良いと思うんだけど……アルは嫌なんでしょ?」
「独立したとしても、交渉国としてフォスターク王国は残り続けます。あまり不義理をして、印象を悪くしたくはありません」
「どっちにしろ敵対するんだから、そう変わると思えないけど……まぁ良いわ、アンタの好きになさい」
うーん……母さんの言う事も一理あると思うが、独立した後もフォスターク王国と付き合っていくのは変わらないわけで。
国と地方領主と言う関係が、国と国になるとしても……あまり適当な扱いをして、余計な禍根を残したくは無い。
母さんもそれ以上は言うつもりが無いのだろう。既に次の議案であるエルの側室の件に興味が移っている。
コイツ、この件を完全に面白がってやがる……いつかエルやマールに刺されるんじゃないのか?
困った顔のエルを横目に見ながら、アルジャナや王子、橋の件におもいを馳せていたのであった。
◇◇◇
母さんからギルドへ顔を出すよう言われた次の日の事。早速、王子からの依頼が無いかを確認しにやってきた。
「ナーガさん、おはようございます」
「おはようございます、アルド君。今日は1人でどうしたんですか?」
「実はそろそろ旅に出ようかと思いまして……その前に殿下から依頼が来て無いかを確認にきました」
「旅……依頼……そう言う事なら応接間を使いましょう。こちらへ」
ナーガさんにいつもの応接間へ通され、席に着いた所でノックの音が響き渡る。
「どうぞ」
ナーガさんの許可で入ってきたのは、年のころ15~6歳になるであろう少年であった。
手にはお盆を持ち、紅茶が2つ乗っている。酷く仏頂面した顔のまま、少し乱暴にお茶を置いていく。
「コラッ、そんな乱暴に!」
「……すまん」
「アルド君、ごめんなさい。この子、まだお茶くみに慣れてないくて……」
「いえ、大丈夫ですよ。君、頂くよ、ありがとう」
そう声をかけた途端、何故か少年は下を向き肩を震わせ始めた。
え? もしかして泣いてるのか? むむむ……叱られたのがそんなにショックだったの?
「もう良いから、下がって」
ナーガさんがそう告げても、少年はその場から一歩も動かず、肩を震わせ続けている。
なになに? さっきので、そんなに傷付いたの? ガラスのハートなの?
一種、異様な空気の中、少年は震えた声で小さく言葉を吐いた。
「オレだよ……」
「オレ? もしかして、どっかで会った事あったかな? ごめん、思い出せないや……」
こっちは気を使って話しているのに、少年は未だに肩をプルプル震わせ続けている。
どうしたものかと考えていると、コイツはとうとう声高に爆弾を投げつけてきやがった。
「オレだよ、オレ! ヤルゴだよ! 以前ミルドで殺し合いをした、この国に3人しかいないSランク冒険者のヤルゴだ!」
ヤルゴ……ヤルゴだと? コイツは何を言っている? だってヤルゴは、もう直ぐ30になろうってオッサンのはず……この少年は、どう見ても成人したばかりだろうに……
少年の吐いた言葉の意味が理解できない。
言われてみれば確かに面影はあるように感じるが……
「ヤルゴ、静かになさい! 今はアルド君と大切な話をしているんです。直ぐにお盆を持って出ていきなさい」
「くっ……はい」
ヤルゴと名乗った少年は、ナーガさんの叱責で小さくなって下がっていった。
「ごめんなさい、アルド君。まだミルドの頃の癖が抜けて無いみたいです。後で強く言っておきますので……」
え? ナーガさんの言いよう……アイツって、本当にヤルゴなの? 嘘? マジで? なんで? どうなってるの?
あまりに驚いているオレの姿を見て、先に話さないと会話にならないと判断したのだろう。
ナーガさんは少し恥ずかしそうに口を開いた。
「実は1ヶ月ほど前、ここブルーリングのギルドへ、ヤルゴが訪ねてきたんです………………」
ナーガさんの話はこうだ。
ヤルゴはいきなり現れたと同時に、花束を突き付け言い放ったそうだ。「オレと結婚してほしい!」と……
いきなり仕事場にやってきて求婚する……一歩間違えれば事案である。
最初はナーガさんも本気にせず、以前の仕返し程度に思っていたのだとか。
しかしヤルゴは真剣で、終いにはギルドのど真ん中で土下座をして頼み込んだそうだ。
公衆の面前での土下座……しかも明らかに付き合っている様子の無い様子……ギルド内は驚きと冷やかしで大喧噪に陥ったと言う。
傍目には何とも情けない姿だっただろうが、ヤツはそれでも一息に言い切ったそうだ。
曰く「ダメなら潔く身を引く。一生アンタの前に姿は見せねぇ……ただ……少しでも望みがあるなら、オレをアンタの傍に置いてくれねぇか? 頼む……」と……
ここまで真正面から想いを打ち明けられれば、ナーガさんでなくとも女性なら少しは心を動かされるのでは無いだろうか?
結果、勢いに押されたナーガさんは、「か、考えてみます……」と返事を保留にしたそうだ。
そして次の日より、朝はギルドへの通勤から帰り道の護衛……献身的な騎士の如く振る舞ったと言う。
「アイツ……いきなり求婚したんですか……なんて不器用なんだ……」
「わ、私も女ですから……そこまで想われて……悪い気はしませんでした……」
しかし、ここで1つ問題が発生する。
ナーガさんはショタコン……ゲホンゲホン……少し幼いくらいの子が好きなのは何となく気が付いていた。
当然、30手前のオッサンには、どうしても興味が持てなかったらしい。
それを正直に話した所、何とヤルゴは若返りの霊薬を飲むと言い出したのそうだ。
マジかよ……そこまでするか? お前、バカだろ?
ナーガさんとしても、流石にどうして良いのか判断に迷ったらしく、氷結さんに相談したらしい……
そして全てを聞いたヤツは、嫌らしい笑みを浮かべて言い放ったのだとか。
「ふーん……良いんじゃないの? 本人が飲むって言うなら、飲ませれば良いじゃない。少しはあの憎ったらしい顔が、可愛くなるかもよ?」
「ラフィーナ、真面目に聞いて! 確かにエルフの掟で、伴侶に「若返りの霊薬」を使う事を許されてるわ。でもそれに恋人や知り合いは含まれないの。もしヤルゴに霊薬を使えば、本国には自動的に夫婦になったとみなされるわ……」
「そんなの、どうとでも言い逃れ出来るじゃない。ここブルーリングにはドライアドがいるのよ? ヤルゴが勝手にドライアドから霊薬を貰ったって言えば、エルフだって何も言えないじゃない」
「それはそうかもしれないけど……」
「あのね、ナーガ。アンタもヤルゴの事、少しは気になってるんでしょ? だったら、一歩を踏み出すべきじゃない? 大体、ガーギルの時だって……」
「それは言わないで! 私だって、あれは後悔してるのよ……」
「ハァ……いけ好かないヤツだけど、ヤルゴは腹を括った。だったら次はアナタの番よ。男と女の事なんだから、嫌なら嫌ってハッキリ言ってやれば良い。でも気になってるんでしょ?」
「だって……私もいい歳だし……この先、私の事を好いてくれる人なんて出てこないかもしれないし……」
「アンタは昔からそうやってイジイジと! だったら若返りの霊薬を飲ませれば良いじゃない! それでも気に入らなければ、そこ等のドブにでも捨ててやれば良いのよ」
こうして、ほぼ言いくるめられる形で、ヤルゴに若返りの霊薬の飲ませたのだとか……ひでぇ。
幾らヤルゴでも、その扱いは流石に可哀そうって言うか……憐れヤルゴ、骨は拾ってやるからな。
そしてヤルゴは、体が小さくなった事で思うように動けず、リハビリの期間を設ける事になったそうだ。
しかもヤルゴは、餞別として殆どの金をミルドの冒険者ギルドとパーティメンバーへ寄付してきたらしく、ほぼ無一文に近いのだとか。
結果、リハビリの期間はナーガさんの手伝いをする事で、お小遣いをもらって食い繋いでいるそうだ。
うーん……寄付してきたのは素晴らしいと思うよ? でも転がり込んだ相手に食わせてもらうとか……お前、どこまで不器用なんだよ。
まぁ、ナーガさんも頼られる事自体に嫌悪感は無いらしく、少し嬉しそうにヤルゴの世話をやいている。
ナーガさん、時と場合によっては、アナタ、ダメ男製造機になるのでは?
ダメ男製造機と不器用野郎……この2人、案外お似合いなのかもしれない……
これはオレが口を出して良い話ではない。一通りの話を終えた後、オレは何も言わずギルドを後にしたのであった。




