519.報告 弐 part2
519.報告 弐 part2
リュート伯爵からの手紙を読み、次の日には急いで王都へと旅立つ事を決めた。
メンバーはオレ、カズイ、アシェラ、ライラの4人。
アオに飛ばしてもらえば一瞬で済むはずなのに、例の如く王子の目に配慮して馬での移動だった。
そして王都で久しぶりの父さんと再会し、更に1週間が過ぎた ある日。
「アル、そろそろ向かおうか」
「はい、父様。でも本当に父様も一緒に行くんですか?」
「ああ。荒事には役に立たないだろうけど、僕も一応 貴族家の当主だからね。一定の牽制にはなるはずだよ。以前のように、正面から罠に嵌められる心配は無くなるからね」
「すみません。父様にまでお手数をかけさせて」
「そんな事は気にしなくて良いよ。さあ、顔を上げて。そろそろ出発しよう」
「分かりました」
父さんはこう言うが、本当に頭が下がる思いである。
王都では、1人魔道具販売の調整から領地経営の最終判断、各貴族家との交流から折衝まで、全てでこなしているのだ。
毎晩、遅くまで机に齧り付いている姿は、正に「社畜」と言う言葉がピッタリくる。
更に最近では、王城から「官僚として士官してほしい」と要請まであるのだとか。
実はフォスターク王国の貴族家では、2~3代に1度は官僚を輩出し王国に貢献する慣例がある。
しかしブルーリング家は、祖父さん、ひい祖父さん共に仕官しなかった事から、父さんにお鉢が回ってきたのだ。
今は返事を濁して先延ばししているらしいが、「どうしたものか……困ったよ」と、頭を抱えていた。
王子に会ったら、オレが各種依頼を受ける代わりに、その件を免除してもらえないかも聞いてみたい。
こうしてそれぞれの思いを乗せて、父さんとオレ、アシェラとカズイの4人で王城へ向かったのである。
いつもは付いてくると聞かないライラは、何故か「屋敷で留守番してる……」と悔しそうにしていたのは何故なのか……謎だ。
◇◇◇
「ふむ……ブルーリング卿も一緒か……まぁ良い。良く来てくれたな、楽にしてくれ。それと……久しいな、卿よ。無事フォスタークへ戻り嬉しく思う」
「廃嫡したとは言え、このアルドは我が息子である事に変わりません。以前の件も鑑みて、殿下に失礼が無いよう同行した次第であります……改めてカムル殿下におきましてはご機嫌麗しく存じます」
「私のような者にそのようなお言葉、勿体なく存じます。殿下もご健勝のようで嬉しく思います」
いきなり何がどうなってるのか……実は王城へ上った途端、オレ達は客間にすら通されず、いきなり王子の執務室へ案内されてしまったのだ。
王子の後ろには現宰相のリュート伯爵と4人の騎士が立っており、父さんとオレが並んで跪き、その後ろにアシェラとカズイが続いている。
「しかし卿よ。国外追放の沙汰が出て1年半……早いものだな。卿ほどの武があれば大した事は無いだろうが、外の世界はどうであった?」
「ハッ、人族語すら通じぬ外国を旅して、改めてフォスタークと言う国に守られていた事を実感した次第です」
「なるほど……如何にドラゴンスレイヤーと言えども、言葉に風習、常識に考えが違う外国は、勝手が違うか。人族である卿には、人族の国フォスタークが心地いいのは当然の事だな」
「はい。やはり私はこの国……ひいてはブルーリングの人間です。以前に約束した通り、これからは故郷のためにチカラを尽くす所存です」
カムル王子は小さく何度か頷き、オレの言葉に笑顔を零している。
この人……少し変わったか? 以前は何処かオレを怖がってる節があったのに……今はオレの帰還を心の底から喜んでいるように見えるんだが。
オレの心を見透かしたように、眉尻を下げた王子が口を開く。
「卿は私の態度を不思議に思うか?」
「え……あ、いえ、滅相もありません……」
「良い……正直な所、以前の私は卿が怖くて仕方が無かった……それはそうだろう? 卿は、およそ人とは思えない速さで動き、魔物の王と呼ばれる竜種すら屠るのだ。その武は当に人の枠を超えている。そんな相手に恐怖を覚えないわけが無いだろう。違うか?」
「……」
これはどう答えれば良い……頷けば、王子がオレにビビッていた事を認める事になる。首を振っても、王子の言葉を否定する事になるのだ。
しかし何も答えないのも悪手である。王子の言葉を無視など許される事では無い。
「すまんな、意地の悪い質問であった。卿の立場であれば、どう答えても不敬に当たるな……」
「いえ……こちらこそ申し訳ありません……」
「ふっ……それだ」
「? 私が何か?」
「卿はどんな理不尽があっても、決してチカラで解決しようとはせぬ。今のような意地の悪い質問にも、理性でもって最適解を模索する。思えば卿の卒業式でもそうだったな。いきなり現れた私に対して、最大限に敬意を払って対していた。その次の国外追放の際にもだ。理不尽な罠に嵌められて、絶体絶命でも決して自暴自棄にはならない。私の私室に忍び込んだ際にも……本当は恨み言の1つでも言いたかっただろうに……卿は礼を尽くしつつ、身の潔白のみを訴えた」
むむむ……これまた答え難い事を……その通りですって言えば良いのか?
しかし事実は王子の言う通りだとしても、その場その場で打算があったのも確かである。オレは王子の言うような清廉潔白な人間じゃない。
どう答えようかと悩んでいると、王子は小さく笑って更に口を開いた。
「くくっ……卿は存外 分かり易い男だな。豪胆に見えて隙もあるか……私がもう20も若ければ、一緒に酒でも飲みたい所だ……話が逸れたな。私が言いたいのは、卿は信用できると言う事だ。その圧倒的な武を、無暗に振るう事など絶対にしない。何があっても対話による解決を優先する、非常に理性的な男だと思い至ったのだ。であれば、恐れる事など何があろうか。卿には正面から誠実に接するのが一番だと判断した」
だから、これもどう返せば良いんだよ! そもそも交渉相手には、正面から誠実に接するって当たり前の話じゃないのか?
先ほどとは違い、王子はオレの答えを待っている。向こうが腹を割って話している以上、こちらも相応の覚悟で返すのが誠実な対応を言うものだ。
「殿下……殿下が思われるほど、私は大した人間ではありません。現に貴族として生まれながら、その重責を全て弟へ押し付けました。何不自由なく育ててもらったのにです……もしかして私は怠け者なのかもしれません。楽なのが好きなのです。誰かに跪かれたり跪いたり、嘘を吐いたり吐かれたり……そう言った全てが面倒に思える……この程度の人間なのです」
「くくくっ……楽が好きか。確かに腹の探り合いは面倒だな。卿の言う通り、それでは貴族は務まらぬ。また一つ、卿と言う人間が分かった気がするぞ」
「お恥ずかしい限りです……」
「ふふっ……卿を見ていると、その生き方に羨望すら湧いてくるな。自分の望む未来を自分のチカラで切り開いて行く……私にはどんなに願っても手に入れられない物だ。尤も、それも全て、卿ほどのチカラがあればであろうがな……」
王子の目はオレを見ているようで、ここでは無い何処か遠くを見ているように感じる。
そんな僅かな時間が過ぎた後、再び王子が口を開いた。
「ふぅ……では卿よ。何かあった場合は、以前の約束通り、冒険者への依頼と言う形で頼み事をさせてもらう。それで問題は無いか?」
「はい。謹んでお受けさせて頂きます」
「以前にも言ったと思うが、私は卿を遣い潰すつもりは無いのだ。しかし卿のチカラは無視するには強すぎる。願わくば、そのチカラをフォスタークの未来……民草のために、正しく使ってほしい。そうすれば、卿の未来は輝かしい物になるだろう」
「殿下のお言葉、しかと胸に刻み付けます」
ふぅ……これで話は終わりだろう。無事に切り抜けられたと安堵した所で、王子は特大の爆弾を落としてきた。
「では引き続き、フォスタークのために励んでほしい…………時に卿よ。少し面白い噂を耳に挟んだのだが、何か知っているか?」
「噂……ですか?」
無事に交渉を終えたと思ったのに……噂だと?
「エルフの国ドライアディーネから流れてきた物らしいのだが……何でもドライアディーネにあるオクタールの街に、精霊ドライアドが降臨したと聞いた……しかも人族のドラゴンスレイヤーが、その立役者であると言う。人族のドラゴンスレイヤーと言えば、卿とその仲間しか私は知らぬ。卿は何か知っているか?」
これは……どう返せば良い? オクタールの街はドライアディーネの中でも比較的フォスタークに近い場所にある。
ドライアド降臨から数年が経っている以上、噂が流れてきても不思議では無い。
しかし全てを話す事など出来るはずも無く……かと言ってあからさまな嘘を吐けば、王子の不信感を煽る形になってしまう。
どうする……どうすれば良い……この考えている間すら、時間をかければ疑いを深くしてしまうのだから。
テンパったオレの口から咄嗟に出た言葉は、酷く適当な物だった。
「お、恐らく以前の武者修行の旅の際、オクタールの街に立ち寄った件が大袈裟に伝わっているのでは無いかと……」
「武者修行? 卿が学園を卒業した後、世界を回って武を磨いた件か?」
「はい……以前のオクタールの周辺では、オーガが大量に発生していました。そこへ偶然通りがかった私が、群れを討伐したのです。その際、ドライアド様に仕える神官の少女を助けましたので、その件が「ドライアド様を助けた」から「ドライアド様を助けたなら降臨されたのか?」と変に誇張されたのでは無いかと……」
「ふむ……なるほどな。因みに、その助けた娘の名は何と言う?」
「な、名前ですか……随分前の事なので……確か「クリュー」と名乗ったと記憶しています……」
ごめんなさいカズイさん! 咄嗟にアナタの彼女の名前を使ってしまいました!
でもオクタールにいるエルフの名前なんて、他に知らなかったんだから許してください!
「クリュー……分かった。一応、ドライアディーネに問い合わせる事にしよう。我が国のドラゴンスレイヤーが街を救ったとなれば、彼の国へ貸しを作れるやもしれん。ラーハルト、後の子細は任せるぞ」
「畏まりました、殿下」
王子は宰相であるリュート伯爵へ詳細を調べるよう指示を出している。
良かった……適当な名前を言わなくて……後でエルフへ口裏を合わせてもらうよう根回しをしておかなくては。
「しかし……卿はオーガの群れさえ簡単に屠るのだな……流石はドラゴンスレイヤーと言った所か……」
「未だ修行中の身ではありますが……」
王子だけでなく、後ろの騎士達もゴクリと喉を鳴らしたのが分かった。
「で、では卿よ、これからも私の……フォスタークの剣として努めてくれ。下がって良い」
「ハッ、では失礼します」
こうして王子との謁見は無事に終わったのだが、大きな懸念が1つある。
オクタールの件が、真偽不明の噂だとしても王子の耳にまで届いたと言う事だ。
あと数年もすれば、グレートフェンリル王都にフェンリルが降臨した件も、きっと噂が届くのだろう。
オレが使徒になって8年……もうすぐ9年か……「独立」この言葉が一気に現実味を帯びてくる。
しかも父さんの仕官の免除も頼め無かった……父さんは何とかするよと笑っていたが、これはオレの失態だ。
屋敷へ帰る馬車の中、オレだけでなく父さんやアシェラ、カズイまでもが口数が少なかったのは気のせいでは無かったのだろう。




